ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに…   作:まったりばーん

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突然流れは変わる物

「やってしまった…」

 

目の前のルーブル紙幣の札束の高さに思わず溜め息を吐いた。

この金は今日、俺がある物を売り払った対価として手に入れた物だった。

 

…そう、エディータ・ロスマン曹長から"預かっていた"剣付きヒスパニア十字金賞である。

 

ロスマン曹長がネウロイ大戦前の…今大戦の前哨戦とも言われているヒスパニア動乱で武功を建て授与された勲章。

1000人程度にしか授与されなかった記念勲章。

そんな彼女の魔女人生を彩る記念品を売ってしまったのだ…自分は。

生活費が底をついたという浅ましい理由で…。

確かに俺が扶桑に戻るまでの間に生活に苦しむ事になったら売却するという約束の基、預かっていた武勲である。

だから、少女との約束を違えた事にはならないだろう。

しかし、そうは言っても罪悪感を感じずにはいられない。

 

あんな人類の希望とも言えるウィッチの大切なメモリアルを、こんなちっぽけな無力な男の生活資金の為に手放したのだから…。

 

予想通り、剣付きヒスパニア十字金賞は俺の幾月かの生活を乗り切る価値を有しており、今まで目にした事もない量の現金を恵んでくれた。

背骨が凍りついてしてしまう程の。

そして今、その大量の札束一枚一枚に印刷されたオラーシャ帝国の女帝がもう引き返せないぞ?と俺を睨んでいる。

そんな気がした。

 

──ロスマン曹長になんて説明したらいいんだろう?

 

鈍色の髪をなびかせる少女の顔を思い浮かべる。

この事をあの魔女に打ち明けたらどんな反応をするだろう。

怒る姿は想像できない。

でもきっと、ちょっと残念そうに瞳を曇らせて「気にしないで」と健気に微笑するに違いない。

 

…なんだか死にたくなってきた。

 

だが、罪悪感を感じる一方、義指越しに感じる現金の重みに胸を撫で下ろす自分もいる。

特にここ数日は財布から一枚、また一枚と消えていく紙幣に怯えた生活を過ごしていた。

この時代はまだ前の世界と違ってそれほど金融網の国際化は進んでおらず、扶桑にある自分の銀行口座から、北欧のこの街へと簡単にお金を引き出す事はできなかった。

それに加え、スオムス軍では衣食住が保障されているので安心だと考え、給与は半分程度家族の元へと送金している。

更に、戦時下の物価上昇が拍車をかけて、手元の資金はこの数週間の間に尽きてしまったのだ。

これが平時ならもう少し余裕のある生活もできたのだろうが、それならそもそも、欧州にはいない。

俺の指も10本付いたままだろう。

 

だからこれは仕方のない事…。

 

…でも、惨めにこの生活苦をそう言い訳をしたってやってしまった現実は変わらない。

 

「次、曹長に会ったらちゃんと謝ろう。」

 

部屋で一人、呟いた。

というかそうする他、俺にできる事もない。

思えば一ヶ月程度、先生と慕われる聡明な魔女の顔を見てはいなかった。

クルピンスキー中尉の話では、新人教育に勤しんでいるとの事なので、曹長も忙しい身の上なのだろう。

次に会える機会がいつ来るかは解らない。

だが、何だかロスマン曹長とはまた会える筈だというおこがましい自信が胸のどこかにあった。

勘…といっても言いかもしれない。

でも不思議と再会の予感を感じるのだ。

まるで、何かに裏打ちされたみたいな。

それに、会えなくたって電報でも手紙でも何でも、謝罪の意を伝える手段はある。

 

許されるかどうかは別として…。

 

「腹減ったな…」

 

そう心の中で割り切ると、人間余裕が出てくる生き物。

気づくと胃袋が空腹を主張していた。

お金の問題からここ二、三日、食事の量を減らした節約生活を送っている。

しかも、昨日は遂に戸棚が空っぽになり水しか口にしていなかった。

お陰で体重はガクンと落ち込み、頬もいつもより痩けた顔。

はて、最後にお腹一杯になったのは何時の事だろう。

記憶のページをめくり上げる。

 

…チクショウ、軍隊に居た時じゃねぇか?

 

二度目のこの人生。

軍隊に戻りたくはないが軍人時代が一番、食生活が充実していた。

扶桑の北国の食事は酷く質素で、白米に漬物しかついてこない。

こんな所まで、前世の昭和初期と言われた時代にそっくりだった。

飽食にまみれた前世が懐かしい。

前の世界の下品にも思える食生活に思いを馳せる。

駅前には飲食店の灯りが広がり、スーパーには生鮮食品が溢れかえる。

 

グゥ…と腹の虫が鳴き声を上げた。

 

…取り敢えずは久方振りに満足な食事を取ろう。

胸に罪悪感を感じるのと引き換えに、充分すぎる程、懐事情は温かい。

俺は札束から数枚、紙幣を抜き取ってポケットに突っ込むと、外の冷たい大気へと身を投げた。

 

───

 

肩に感じる重さが札束から食料に変わる。

最寄りの食料品店で買い物袋に入るだけ軍の横流し品である缶詰を買い込んだ。

俺の指では料理ができないから、その必要がない缶詰が今の俺の主食だった。

最後に温かい食事を食べたのはロスマン曹長のエンドウ豆のベーコン添え。

あれは本当に美味しかった。

今まで食べた中で一番の豆料理。

それを作ってくれた少女の笑顔がまた、脳裏に過る。

ロスマン曹長へ授与されたきらびやかな褒章が、鈍色のブリキ缶に変わり果てたと考えると改めて罪の重さを自覚してしまう。

 

「だ~れだ?」

 

突如、そんな声と供に俺の視界は遮られた。

同時に脳内で再生されていた小柄な魔女との思い出は中断される。

俺は背後に立つ何者かに両手で目隠しをされているらしい。

この声、濃い体臭、そして瞼に感じる柔らかい手の感触…。

 

「クルピンスキー中尉?」

 

「んっ正解!よく解ったね。」

 

「こんな事をする女性、貴女しか知りませんよ。」

 

俺が後ろに回る彼女の正体を答えると、クルピンスキー中尉はその褐色の指をゆっくりと離した。

振り替える間もなく、さっきまで後ろにいた中尉は俺の視界に躍り出る。

紺色のトレンチコートを羽織り、トレードマークの軍帽を被った伯爵は悪戯が成功した子供みたいにニンマリと笑っていた。

そして、その長い人差し指で俺の肩に食い込む買い物袋を指差すのだ。

 

「それ持とうか?重そうだけど?」

 

パンパンになった手提げ鞄。

それを見て伯爵は俺の事を不憫に思ったらしい。

 

「それには及びません。指はこんなんですが体は健康です。」

 

まさかウィッチとはいえ女性に荷物持ちをさせるのは男としていかがな物か?

そう思い、彼女の申し出をありがたく固辞する。

 

「…そう、ていうか何入ってるのソレ?」

 

「缶詰です。」

 

中尉の疑問に答える様、気持ち体を傾けて手提げ鞄の中身を伯爵に見える様に覗かせた。

 

「軍の横流し品じゃないのさ。さては主計係のどっかが小遣い欲しさに売り払ってるな…隊長に報告した方がいいかなぁ?」

 

テキーラ色の目を半眼にしながら呆れる伯爵。

どうやら缶詰のラベルに印字されたカールスラント軍の物を表す刻印が目に留まった様だ。

まぁ横流し品とはそういう非合法な物。

場合によっては武器なんかですら流出する。

そして俺も今朝、似たような事をやってしまった。

 

「そうっ…ですかねぇ…?」

 

「どうしたのさ変な声して?」

 

その罪の意識からか語尾を少し濁してしまう俺。

 

クルピンスキー中尉にやってしまったことを話してしまおうか?

 

一瞬、こんな考えが頭に過る。

ここで俺がロスマン曹長の勲章を売り払ったと告白すれば、中尉を経由してその事実が彼女に伝わる。

そうすれば直接会わずに謝罪の意を…

 

「いや、何でもありません…。」

 

そんな卑怯な考えに陥りそうになるのを必死に奥へと押し込んだ。

 

「まぁ、いいやキミの部屋に行こうよ。」

 

「はい…。」

 

そしてまた、いつだかみたいに褐色の少女に手を引かれ俺は仮住まいへの家路へとつくのだった。

 

───

 

「そんなに缶詰を買い込んでどうするのかと思ったら、まさかソレをそのまま食べるだなんてねぇ。」

 

「生憎、この指では料理などできない物で…。」

 

「ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ…ただ、味気ないなぁと思ったから。」

 

「ペテルブルグ基地には悪いですがこう言った横流し品にはお世話になってます。火を通さなくても食べられますし、保存も効く。」

 

鈍色に光る時計の長針はちょうどてっぺんを指す時間。

時刻は昼時。

俺とクルピンスキー中尉は部屋で先ほど買った缶詰を前にスプーンを上下に動かしていた。

まさか俺一人で食うわけにもいかないので、客人である伯爵にもお好きなのをお一つどうぞと差し出したのだ。

 

「フジキ君、今までずっとこんな物食べてたんだね。」

 

「そうですね、初日以外は。」

 

思い返すと伯爵が食事時に我が家を訪ねてきたのはこれが初めてだった。

 

「何だがベルリン防衛戦が懐かしいなぁ…あの時はボクも缶詰とビスケットしか食べてなかった。」

 

缶詰に入ったソーセージを齧りながらどこか遠い目になるクルピンスキー中尉。

冷たい缶詰の口当たりが、5年前の敗北の記憶を呼び起こしたのかもしれない。

 

「帰れるかなぁ…。」

 

褐色の少女はポツリと呟いた。

寂しそうに。

 

「帰れますよ、カールスラント。」

 

「そうだよね、ボクが弱気になっちゃ駄目だね。」

 

彼女はすぐに笑ってみせる。

でも、やっぱりどこか寂しそう。

陽気で楽天家な彼女らしくもない。

でも、本質的にはきっと伯爵も年相応の少女なのだろう。

 

「そうえばさっき、初日以外はって言っていたけど最初は外食にでも行ってたのかい?」

 

話題転換とばかりにクルピンスキー中尉は微笑して、喉を震わせた。

顔はもう、いつもの伯爵に戻っている。

 

「いえ、実はロスマン曹長に手料理をご馳走になったんですよ。」

 

「へぇ、先生が何作ってくれたの?」

 

俺の発言に中尉は意外そうに反応した。

 

「エンドウ豆のベーコン添えです。」

 

「あーっアレねぇ…陸軍がよく作る奴だ。パスタなんかに絡めて食べると美味しいけど、先生も随分と渋い物をチョイスしたんだねぇ。味はどうだった?」

 

「とっても美味しかったです。」

 

「そう、また食べたかったりする?」

 

「まぁ、機会があるなら食べてみたいですけど。」

 

「ふーん、そうなんだ。」

 

唐突に中尉は立ち上がる。

そのまま、缶詰が積まれているキッチンの方へと向かって行く。

 

「中尉?」

 

何がしたいのだろうか?

俺は困惑気味に声をかける。

 

「いや、フジキ君がエンドウ豆のベーコン添えを食べたいって言うからさ、ボクも一肌脱ごうと思って。」

 

そして、彼女は缶詰の山から一つを手に取ると、手首を捻ってラベルを俺に見せ付けてきた。

 

「はぁ…?」

 

ラベルに刻まれたカールスラント語。

 

Erbsen

 

…確か豆。

 

小麦肌の手におさまる豆の缶詰は軍歌にもなっているあの料理の原材料。

 

「缶詰ばっかりじゃあかわいそうだし、今日はボクが作ってあげるよ。エンドウ豆のベーコン添え。簡単だしね。」

 

鈍く光を反射する、ブリキの缶詰を手に取って褐色の少女はウインクした。

 

───

 

「あれ…?わたし?」

 

軽い倦怠感を身体に覚えながらエディータ・ロスマンは自室のベッドで目を覚ます。

起きて間もなく頭痛を感じ、思考は靄がかかったみたいにだるい。

 

「っていうか、寒っ…!?」

 

そして、彼女の意識が覚醒すると同時に、ペテルブルグ基地の肌刺す冷たさが少女の痛覚を刺激した。

 

「えっこれって…!」

 

ロスマンが自分が一糸纏わぬ産まれたままの姿だという事を理解するのに時間はさほどかからなかった。

少女は慌てて毛布を手繰り寄せると、赤子のスワドルの様にその身にグルリと巻き付ける。

 

昨晩何があったのか?

 

その疑問は床に散らばるある物で、瞬時に解消される。

視線を木目が美しい床板へと移すとワインの空き瓶が数本転がっていたのだ。

どれもニセ伯爵が好きな銘柄。

ノイエカールスラントの赤ワイン。

 

「はぁっ…そうだったわね。」

 

この段になり、小柄な魔女は昨夜クルピンスキーと身を重ねたのだという事を思い出す。

まぁ、その相手は既にこの部屋にはいなかったのだが…。

三日前、ラルに意図的に外出を制限されてからという物、彼女は何ともいえない喪失感に陥った。

そして、そんな弱ったロスマンを放って置く程クルピンスキーも紳士ではなく、「話を聞くよ?」とワイン片手に優しく近づかれ、昨晩美味しく頂かれたという訳だ。

 

「全く、相手をするなら最後まで面倒見なさいよ…。」

 

ロスマンは毛布の端をギュッと握りしめながら、今ここにいない相手に文句を言う。

昨日はあんなにねちっこく求めてきたというのに、用が済めば朝にはいない。

自分も女性の癖に、クルピンスキーは女心という物を解らないらしかった。

それでもそんな不粋な伯爵に少しだけ心が救われているロスマンも確かに存在する。

解決法が酷く快楽的で、下品で、褒められた物ではないにしろ一晩の繋がりで心は幾分か楽になっている。

あの一件以来、未だに上官のラルとはギクシャクした関係が続いており、それに伴ってか502統合航空団内の雰囲気もあまり良い物ではない。

エディータ・ロスマンはペテルブルグ基地の実質NO2。

小柄で忘れられがちだが、隊内では一番歳上だ。

それが指揮官のラルと表立ってではないが、反発しあえば空気が悪くなるのも必然ともいえよう。

 

「わたしも大人にならなきゃダメか…。」

 

昨晩、毛布と伯爵の体に包まれながら何度も耳許でクルピンスキーに囁かれた。

 

───隊長だって悪気があってやった訳じゃないさ、気持ちは解るけど大人になってよ?パウラ?

 

説得するシチュエーションはどうかと思う。

でも、彼女の囁きは尤もな事。

ラルだって半分はロスマン自身の為を思って、彼に会いに行く事を止めたのだ。

いつかは和解しなければならない。

ラルは隊長と階級の事もあり、自ら和解を申し出る可能性は低い。

だから、ここはロスマンが大人になり、折れてやらねばなるまい。

勿論、不服ではあるけれど。

 

「あら?」

 

ふと、枕元に一枚のメモ用紙が置かれているのに気がついた。

半分に折られていて、シーツと同じ白い色だったので今の今まで判らなかった。

ロスマンは毛布から腕を伸ばし、細い指で広い上げ、顔の前でその紙切れを広げてみる。

 

───先生、おはよう。先生のかわいい寝顔を見ていたかったけど、時間がないからもう行くね。今日はフジキ君に会いに行く日なんだ。机に魔法瓶にお茶を淹れてあるから酔いざましにでも飲んで。それじゃあ。

 

 

何て事はない、クルピンスキーがロスマンに宛てた書き置きだ。

 

 

でも、何気ない文章の羅列を見て鈍色の少女は、再び倦怠感に襲われた。

 

先生は再び、毛布の端をギュッと握った。

 

 

 

 

 


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