ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
「ふっふっ♪ふんふんっ♪ふんっふふっ♪ふーんふーん♪」
キッチンで鼻歌混じりに包丁を動かすクルピンスキー中尉。
口ずさむ曲はあの料理の名が題にもなっている例の軍歌だ。
しかし、うろ覚えなのか所々リズムがおかしく、またサビの部分をずっと繰り返している様だった。
「フジキくん、もう少し待っててね。」
「はい」
そして、時折思い出したかの様にダイニングに座る俺へと声をかけてくる。
今の彼女はいつもと違ってシャツの上にエプロン姿。
この家にあった藍色のエプロンを胸へと垂らす中尉の格好はとても様になっていて、伯爵と言えど女の子なんだなぁと感じてしまう。
長い背丈に、スラリと伸びた脚、無駄な贅肉など一切ないウエストで、モデル顔負けの胸囲を持ち、端整な顔を彩る睫毛は黄金色…。
こうして中尉のエプロン姿を少し距離を置いた場所から見ていると、改めてその抜群のプロポーションを意識してしまう。
何だが直視できなかった。
いつもの軍服姿とは違うからこそ引き立つ、身体の線。
美人の多いウィッチと言えど、ここまで完璧に整っている魔女はクルピンスキー中尉位な者ではないだろうか?
「あぁーもうっ眼に染みるなぁ…!」
そんな美貌の持ち主は今、玉葱を刻んでいるらしい。
その眉目秀麗な顔を涙で歪ませて押し潰す様に玉葱に刃を当てていた。
包丁とまな板との間で微塵切りされる、玉葱の音が部屋に響く。
(手料理ね…。)
久方振りに温かい料理が食べられると思うと、少し晴れやかな気持ちになる。
やはり毎日に冷えた缶詰では味気ないし、飽きがくる。
まだこの時代にはレトルト食品も電子レンジもないのだから缶詰しか選択肢はなかった。
レストランも殆んど営業していないし、やっていてもべらぼうに高いので無理な話だ。
それにしても、クルピンスキー中尉の手作りとは…。
嬉しいのだが…何か、何か心に引っ掛かる。
まるで、マニュアルに書いてある重要な手順を忘れた様な…まぁいっかでは済まされない胸騒ぎ。
そういう類いの引っ掛かりと、晴れやかな気持ちとがさっきから俺の心に同居している。
「はて…?何だったか?」
「何か言った?」
俺の無意識に呟いていたらしく、その独り言にクルピンスキー中尉は反した。
「いえ、何でもありません。」
「そう…?」
まぁ、大抵こういう引っ掛かりは心配のし過ぎで起こる物だ。
だから、多分取るに足らない事だろう。
俺はそう考えると、エプロン姿のクルピンスキー中尉を視界の端に納めながら彼女の料理を待ち続けた。
───
(ボクの事見過ぎでしょ…?)
クルピンスキーはキッチンで調理器具を動かしながら、自身に注がれる視線を肌に感じた。
勿論この場には彼女と家主の一等兵しかいないので、熱い視線は彼の物だ。
クルピンスキー…というかウィッチ全般に言える事だが、彼女達はよく観衆の注目を集める。
名誉ある軍人。
しかも、見た目が麗しいとくれば視線の的になるのは当たり前。
尊敬、羨望、憧憬…時には嫉妬。
そんな各種視線を凱旋の度に受けている。
そんな環境に身を置く彼女は、他者から自分がどう見られているのか察するのに熟達していた。
だから目の前の、黒髪の青年の視線に気づかないという事はない。
でも、先程から自分に注がれる彼の目線。
それは今まで彼女が受けていた物とはちょっと種類が違った。
尊敬でも羨望でも憧憬でも…勿論、嫉妬とも違う。
一瞬、自分に対する恋心でも持っているのかとも思ったが、そういう訳でもないらしい。
何故なら今までそういう関係になった女の子達からぶつけられていた物とも違うから。
しかし、名状し難い視線は不思議と不快な感じはしなかった。
彼から注がれる視線はいつもそうだ。
「嫌な感じはしないからいいか…」
基本、楽天家である彼女は頭の中でそう結論付ける。
これが気持ちの悪い、下心丸出しの視線であったなら彼への対応も考えなければならない。
が、そうでないなら別に良い。
むしろ、その照射される目線に心地よさを感じる自分もいた。
「イテッ…ッ!」
突如、感じる軽い痛み。
(あれ…?)
伯爵は小指に目を落とす。
褐色の大地に赤い線が流れていた。
物思いに耽り、ながら料理をしていたからか、手に持つ小さな白刃が自分の指を掠めてしまった様だ。
「大丈夫ですかっ!?」
反射的に飛び出た悲鳴に、ダイニングに腰かけるフジキが反応した。
「アハハ…指切っちゃったみたい。大丈夫、大丈夫。」
ダイニングの方を見ると心配そうなフジキの顔が見えた。
即座にそう返し、傷付いた小指を咥える。
そんなに深くはなさそうだ。
だけど…
(あちゃーっどうしよう…?)
クルピンスキーの褐色の肌から飛び出た鮮血が、まな板の上で微塵切りされた玉葱に飛び散ってしまっていた。
白い玉葱と紅い血液が見事なコントラストを形成している。
これが飲食店ならやり直しを要求されるに違いない。
伯爵はカゴに積まれた玉葱に目を寄せる。
あの後、近くの市場で買ってきた玉葱。
ウィッチだからとおまけして多く売ってくれたので、数には余裕があった。
でも、これをもう一度刻む労力はハッキリ言って煩わしい。
目も痛くなるし、何より生ゴミが余計に出てしまう。
なら…
(まっいっか…火にかければ殺菌されるし、隠し味?)
クルピンスキーは自身の血が混じった玉葱を深く考えずに豆の入ったフライパンへと投下した。
後はまな板を水で流し、コンロの火をかけてしまえばこちらの物。
証拠隠滅完了だ。
(後は待つだけ~ってね。)
グツグツと湯気が立ち始めたフライパンに蓋をして、クルピンスキーは微笑んだ。
───
「…」
「…」
机の上に置かれたクルピンスキー中尉お手製のエンドウ豆のベーコン添え(仮称)を前に俺と中尉は言葉を詰まらせる。
そもそも、この料理の名前をエンドウ豆のベーコン添えだというのは無理があった。
というか固形物が無い。
ペースト状の離乳食みたいになっている。
「中尉」
「はい?」
「これどれ位で煮込みました?」
「いやー煮込んだつもりは無いんだけどぉ?フライパンだし?」
「では、火をどれ位にしていましたか?」
「最大火力?」
「成る程、それが原因ですね。」
原因が解った。
クルピンスキー中尉は火加減が解らなかったのだろう。
強火で十数分火にかけられた事で、エンドウ豆は見事に液状化してしまったのだ。
どこをどう見てもエンドウ豆のベーコン添えには見えなかった。
まぁ、でも突っ込んだのは豆と玉葱とベーコン。
この様な状態になってもそこまで絶望的な味にはならないだろう。
俺は恐る恐る、緑色が鮮やかなペーストを救い上げ口へと運んだ。
「どうかな?」
期待の眼差しで俺を見詰める伯爵。
エンドウ豆の青々しさと玉葱の香ばしさが、ネチョリとした感触と共に口腔内を蹂躙する。
「素材の味が効いてますね…」
感じたままを形容した。
確かに絶望的ではないが…決して美味しい訳ではない。
それに彼女は水の量も多く入れてしまったらしく、どことなく水っぽい。
折角作って貰って、中尉には申し訳ないが、諸手を上げて絶賛できる物ではなかった。
「そっか…なんかゴメンね。ちゃんとできると思ったんだけどなぁ…。」
それは俺の微妙な顔でクルピンスキー中尉にも伝わったらしく、申し訳なさそうに目を伏せた。
それでも、俺の為に作った事のない料理に挑戦した伯爵を残念がらせたくはない。
そうだ…
「…この料理に少し一手間かけて頂いても良いですか?」
俺はある考えが思い付いた。
───
ペースト状のエンドウ豆が入ったフライパンの前。
キッチンで俺はクルピンスキー中尉と肩を並べていた。
「これにトマトの缶詰入れればいーの?」
「はい、そしたらまた軽く火をかけて下さい。軽くです。」
俺は中尉にそう指示をする。
伯爵は缶詰の山の中にあったトマトの水煮をフライパンへとぶちまけた。
そして、再び火をかける。
今度は最大火力でなく弱火だ。
「ちょっと焦げ付かない程度にかき混ぜて下さい。」
「こう?」
続く指示に従い、中尉はお玉を持った小麦色の手首を動かし始める。
「そうです、そうです、いい感じです。」
「いい匂いがしてきたね?」
伯爵がしばらくフライパンをかき混ぜていると、食欲を促すトマトの香りがキッチンに漂い始めた。
上品な野菜の薫りだ。
「何か困ったらトマトの缶詰ですよ。一緒に煮ればなんとかなります。」
ちょっと自信あり気に返す俺。
前世の独り暮らしの時、トマトの缶詰にはとてもお世話になった。
一缶数十円で安いし、適当な具材と一緒に火にかければ忽ち美味しいスープに変身する。
具材が変な味のする物でも強烈なトマトの匂いで誤魔化せるので味の心配もいらない。
貧乏時代はいっつもトマトスープに白米が俺の夕飯だった。
でも、やっぱりこの過去はクルピンスキー中尉に打ち明ける事はできないだろう。
「もう充分です、火を止めて。」
「はいっと…。」
「後は胡椒で味を整えましょう。必ず味見しながらやって下さいね。」
「うん、解った。」
火を止め、ペッパーミルで胡椒をフライパンへと振りかける伯爵。
そして、時折胡椒を振る手を止めお玉に軽く掬って舌をチロリと付けて味見をする。
「これでいいかな?」
何度か胡椒をまぶし、自分で納得できる味になったのだろう。
さっきまで、自分が口を付けていたお玉を中尉は俺の方へと差し出した。
お玉に掬われた赤いスープに唇を寄せる。
唇が火傷しそうな熱さで包まれた。
「美味しいですよ、中尉。」
「そう、ありがとう。」
伯爵はそう言うと、少し嬉しそうに目を細める。
「でも。フジキ君って料理が得意なんだね?どうして?」
「ははっ…昔、ちょっとだけ…。」
まさか前世の独り暮らしで自炊してましたとは言えない。
俺は笑って誤魔化した。
「案外、何とかなるもんだね。」
「はいトマトの缶詰は偉大ですから。」
「ちゃんと覚えておくよ。作り方も何となく解ったしね。」
机の上に配膳された赤いエンドウ豆のスープ。
俺と中尉はそれを口に運びながら他愛のない会話をする。
もう少なくなった指でスプーンやフォークを握るのは慣れた物。
対面して座る伯爵と遜色のないスピードで食べ進めた。
俺と中尉合作のトマトスープは溶けた豆があんこの様に潰れているので、ポタージュスープ風である。
そして決して不味くない。
何か特別調味料を入れた訳でも、出汁を取った訳でもないのにしっかりとしたスープになる。
やはり、トマトの缶詰は万能だ。
「先生の作ったエンドウ豆のベーコン添えと、このスープどっちの方が美味しい?」
「うーん、甲乙付け難いですね。でもこっちは何だが懐かしい感じがします。昔、よく自分で作っていたので…。」
「そうなんだ。じゃあ、今度、ペテルブルグ基地でも作ってみようかな?毎日下原ちゃんに作らせるのも忍びないし…。」
「下原…?」
俺は彼女の発音した扶桑のウィッチの名前に眉を動かした。
「あぁ…502のウィッチだよ。下原定子ちゃん。知らない?同郷だったと思うけど?それとも海軍所属だから陸軍のフジキ君には縁遠いのかな?」
「いえ…知ってはいますが…。」
というか今、思い出した。
多分、第五話
確かアニメ「ブレイブウィッチーズ」で料理係の下原定子少尉が遭難した回。
そこで代打で料理当番をかって出たクルピンスキー中尉の手料理で、彼女のメシマズが発覚するのだ。
キャビアをふんだんに使った紫のスープとかどうやったら作れるの?
そんなレベルでメシマズだった。
「胸騒ぎの原因はこれだったのか…」
「…?」
俺の呟きに疑問符を浮かべる彼女。
今更、胸に引っかかっていた疑問が解消される。
もう遅いんだけどな。
───
トマトスープを平らげた後、いつもの様にカールスラント語の授業をクルピンスキー先生から受け、雑談し残りの時間を過ごした。
そして、時刻が夕方に差し掛かる前に伯爵はペテルブルグ基地へと帰って行く…。
すっかり暗くなった寒村の一室に取り残された俺。
一人、ダイニングの裸電球を灯し、今日新たに覚えた単語の復習をやっていた。
指がこれなので受験勉強の如く書いて覚える事はできないが、ひたすら眺めて単語を暗記し、発音を覚えるのだ。
今週もブリタニア行きのチケットを買えなかったので帰り支度もできず、手頃な暇潰しもない今の俺には勉強しかやる事がないのだ。
だけどもう夜も更けてきた。
「今日はこんなもんか…」
そう独り言を吐いて、壁に掛けてある時計を見る。
結構な時間になっていた。
今日はここまでにして床に就いてもバチは当たらない筈である。
(シャワーでも浴びて寝るか…)
そう考え、手帳を閉じたその時だった。
───ドンドンドンッ
誰かがこの部屋の扉を叩く音が響いたのだ。
「クルピンスキー中尉?」
咄嗟にその名前が口に出た。
この数週間、我が家を訪ねてくる人は陽気な伯爵しかいないから十中八九彼女だろう。
でも、どうして戻ってきたのか?
「忘れ物ですか?」
彼女が再びこの部屋にやって来る理由など、それしか思い付かなかった。
きっと何か大事な物を忘れたに違いない。
俺はそう合点すると、扉の前まで歩み寄りドアノブをガチャリと回転させる。
「中尉…何をお忘れにっ…えっ?」
しかし、扉を開けてすぐ言葉を失う。
月夜の下、ドアの前に立っていたのは予想外の人物だったから…。
詳述すると白髪の、小柄な、カールスラントの少女。
「久しぶりね、フジキ一等兵。」
エディータ・ロスマン曹長だった。
すみません少しご感想の返信が遅れます