ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに…   作:まったりばーん

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突然、ツケは返ってくる

「どうして…?」

 

思わず疑問の言葉を声に出す。

俺を前に二つの細い脚で立つロスマン曹長に「お久し振りです」と咄嗟に口にする事ができなかった。

こんな時間に、こんな少女。

予想外過ぎる。

何だがロスマン曹長の纏う雰囲気もいつもと違って見えた。

 

「曹長…です」

 

曹長は動揺する俺を他所にそう呟く。

 

「はい?」

 

聞き取れなかった訳ではない。

でも、反射的に聞き返した。

 

「だから私は曹長よ?中尉だなんてそんなに偉くないわ?いつ出世したのかしら?貴方、一体誰と勘違いしていたの?」

 

曹長はそう言って相貌の照準を真っ直ぐと、俺の黒目に合わせてくる。

目を逸らすのはマナー違反。

そう主張する様に彼女の黄色がかった瞳が俺の視線を絡み取った。

 

何故だろう?

 

別にクルピンスキー中尉とはやましい事があった訳ではない。

だが、どうしてか、眼前のロスマン曹長に正直にその事を話すのを回避したい自分がいる。

クルロスだからとかそういう理由じゃなく。

もっと、根元的な…本能とも言える感覚だ。

海馬の奥の警報器がそれだけは言うなと鳴り響く。

そんな感じ。

 

「クルピンスキー中尉が…先程までいらしていたので、つい…」

 

でも、数瞬の躊躇いの後、正直に喉を震わせた。

選択肢など他にないから。

 

「…そう。ニセ伯爵と私を間違えたのね?」

 

少し、テンポを遅く曹長は反応する。

 

「はい。曹長がいらっしゃるとは思っていませんでした。」

 

「夢にも?」

 

やけに詩的な表現で曹長は問い返した。

 

「えぇ…?夢にも…」

 

「ふふっ、悪い人。じゃあそういう事にしておきます。」

 

彼女は微笑んで、意味深な言葉を語尾に置いた。

 

「ロスマン曹長?」

 

話が噛み合わない。

まるで霞を相手にしているみたいな。

会話のやり取りの一つ一つにまるで掴み所がなかった。

 

「とりあえず、もう帰りの列車はないの。家に上げて?」

 

「は…?」

 

今何て言った?

この人?

帰りの電車がない?

 

「だからぁ、もう帰りの列車がないんです。一晩泊めてくれないかしら?それとも一等兵はこんなにか弱い女の子を一人、夜の街に放り出す悪い人なの?」

 

そして曹長は冗談めかして、色白の綺麗な喉を鳴らす。

依然、視線を逸らさぬまままで…。

 

「それはかまいませんが曹長、外泊許可はちゃんと取りましたか?」

 

「う~ん、知りません。」

 

「え?」

 

頭に一発重いの喰らった。

そんな心持ちになる。

ウィッチが外泊許可無しに所属基地を離れて一晩明かす。

そんなの大問題だ。

というかウィッチでなくとも軍規違反。

脱柵した曹長を、このまま家に泊めてしまえば俺も共犯となる恐れすらあるのだ。

 

「いけません曹長。今からでも基地の誰かへ連絡しなければ貴女のウィッチとしてのキャリアが…」

 

慌てて声を上げる俺。

今からでも遅くない、誰か基地の者を…

 

「うるさいですね。えいっ…!」

 

だが、銀髪の魔女は俺の言葉を最後まで聞かなかった。

それどころか、小さな体を俺へとぶつけ、俺ごと自分の身体を部屋の中へと押し込んだ。

そして、後ろ手に扉を締める。

すかさず、ドアの鍵をロックする曹長の細く白い指。

 

ガチャリ…!

 

施錠される鈍い音が玄関口に響き渡った。

 

扉、曹長、俺という位置関係。

 

しかも、寄りかかられている。

彼女が俺に体当たりして部屋に侵入したのだから当たり前と言えば当たり前。

でも、こんな体制、色々とマズイ気がする。

まるで俺がドアまで小さな女の子を追い詰めたみたいな体制なのだから。

 

「ロスマン曹長?」

 

酒臭い…。

室内に入った事で、初めて俺は曹長の纏うアルコールの匂いを認知した。

改めて密着する少女の顔を覗き見る。

裸電球に照らされる瞳はトロンと虚ろで、息遣いも浅い。

そして、何より顔の赤さ。

普段、色白でその髪の色彩とあわせて雪だの絹だのと形容されるロスマン曹長の顔が、ほんのりと朱に染まっていた。

その原因はきっと冬の寒さではないだろう。

 

酔っているんだ。

ロスマン曹長は…。

 

「曹長、お酒臭くないですか?」

 

それが解ると一気に肩の力が抜け落ちた。

この状況がまずい事には変わらない。

でも、酔っぱらいには何を言っても無駄なのだ。

 

「えへへ…、いいじゃない?」

 

「飲み過ぎです。」

 

小柄なウィッチは俺に預ける体重の比重を大きくする。

少女の小さな頭が俺の胸板に押し付けられた。

俺とロスマン曹長の身長差は頭一つ分。

殆んど顎の真下で曹長が肺を上下させる物だから、頭皮のシャンプーの薫りに混じって、絶妙なアルコール臭い呼気が鼻腔を刺激した。

 

全くどうしてこんなに飲んだんだ?

 

「わたしだって飲みたい日があるの、悪い事ばかり考えちゃう日とか、今日がそれ…黙って相手をしてはくれないの?手酌酒は寂しいわ。」

 

俺の考えを読むように、上目遣いになるロスマン曹長。

 

「自分である必要が見出だせません。それこそ、中尉と…」

 

「ヴァルトルートは駄目…ニセ伯爵じゃあ駄目なの。勿論、他の502のメンバーもダメ…、だから貴方、貴方が良い…これ持ってきたの。」

 

ロスマン曹長はそう言うと見せ付ける様に背負ったリュックから、酒瓶を取り出す。

 

「これは…白ワイン?」

 

曹長の腕に握られているのは新大陸産の物と思われる白ワイン。

青く光る硝子瓶にこじゃれたラベルが巻かれていた。

とても軍から支給された物とは思えない。

恐らく自費で購入したに違いない。

 

「ねっ?付き合って?」

 

「しかし、自分はクルピンスキー中尉からお酒を控えるようにと…」

 

「また、ヴァルトルート?」

 

伯爵との約束。

アルコール依存性に陥らない為に禁酒する。

その約束を破らない様に、抗議の声を上げるが、途端に曹長の声に中断された。

 

「ねぇ?どうして彼女の名前を出すのかしら?…フジキ一等兵?教えて上げます。女性と二人でいる時は、他の女性の名前を出すのはマナー違反。貴方の母国ではどうかしらないけど…この欧州ではね?解りましたか?」

 

そして、いつだったか聞いた様なフレーズで俺にこれ以上、伯爵の名前を出さない様に釘を刺した。

まるで生徒を叱る先生の様に。

 

「…それに、わたしのいる前ではお酒を飲んでもいいじゃない。ヴァルトルートも許してくれる筈よ。」

 

これまでのやり取りで解った事だが、曹長に何かとても嫌な事があったというのは何となく察する事ができた。

そしてそれは恐らく、部隊絡みの事だ。

だから、逃げる様にして…文字通り現実逃避の為、第三者のいるこの部屋へとワイン片手にやって来たのだろう。

 

大丈夫かこの人?

 

本当ならペテルブルグ基地に連絡を取りたい。

だが、生憎この家に電話線は引かれていないのだ。

追い出そうにも相手はウィッチ。

一筋縄ではいかないだろうし、仮に追い出せたとしても寒空の下、一晩彼女を外に置くのは紳士的ではない。

しかも酔っ払っているのだから下手したら凍死してしまう。

折角、俺が指を失ってまで曹長を凍死から救ったのにそれでは本末転倒だ。

 

上げるしかない…家に。

 

俺は意を決して舌を動かす。

 

「解りました。ロスマン曹長。但し、お迎えの方がいらっしゃいましたらお引き取り願います。」

 

「大丈夫よ、迎えなんてこないから。」

 

半ば投げ槍気味に曹長を迎える準備ができた俺に、鈍色のウィッチは蠱惑的に目を細めた。

そして、手を引かれる様にダイニングへと移動した。

 

「シャルドネ…」

 

机の上に置かれた白ワイン。

曹長が買い求めたと思われる酒瓶のラベルを見てそう呟いた。

シャルドネ。

確か白ワインによく使われるブドウの品種だ。

 

「知ってるの?」

 

「えぇ…まぁ…」

 

「あら、よく知っているわね?ガリア原産の白ブドウよ、新大陸でもよく作られているの。飲みやすいからオススメです。」

 

ブドウの品種を呟いた事にロスマン曹長は赤らめた目を丸くする。

俺の口振りに意外だと言わんばかりに。

別にワインについて殊更、詳しい訳ではない。

でも、前の世界でたまに安い白ワインを手に取ると大抵シャルドネと書いてあった。

だから、そのシャルドネという響きの良い上品そうな名前だけ自然と覚えてしまったのだ。

でも、こっちの扶桑では、ワインを飲むといった事がまだ一般的でない。

久し振りに名前を見た。

 

「ねぇ、貴方、ホントに扶桑の人?」

 

白髪の少女の続く言葉に一瞬ドキリと胸が高鳴った。

 

「どういう意味です?」

 

動揺を押し込んで喉を震わせる。

 

「…悪く聞こえるかも知れないけど扶桑の人ってワインについては詳しくないわ。下原さんも、菅野さんも、ひかりさんも白ワインっていう物には反応するかもしれないけど、ラベルに書いてあるブドウの品種について何か知ってる事があるかしら?」

 

目を丸くしていたロスマン曹長の視線はいつの間にか、追及の眼差しへと変わっていた。

 

「…欧州に来てもう五年目になりますから、前に何度か嗜む機会がありまして。」

 

口を籠らせ言い訳をした。

まぁ不自然な物言いではないだろう。

 

「ふ~ん、そう。」

 

彼女の視線は相も変わらず、疑念の火を灯していた。

 

「とりあえずは開けましょう?」

 

本題に入る。

そういう風な感じでロスマン曹長はポンッとコルクの詮を抜く。

仄かに葡萄酒の良い薫りが辺りに漂った。

そして、細い指で一点の曇りのないワイングラスへ白ワインを注ぎ込む。

あっという間に二つのグラスは淡い琥珀色の液体で満たされた。

 

「やはり自分はご遠慮を…」

 

「折角持ってきたのに、どうぞ?」

 

「いや…」

 

「ど・う・ぞ」

 

「はい」

 

控え目な抗議は圧殺され、彼女はワイングラスを俺の側に寄せた。

 

「ふふ、乾杯ね。」

 

彼女はそう言って自分のグラスを掴んで手を伸ばし、目前に置かれた俺のグラスへとぶつける。

チィンッ…と硝子の響く音がした。

そのまま、無色透明の酒杯にピンク色の唇を寄せるロスマン曹長。

そしてコクリと喉を鳴らす。

一口分、白色の葡萄酒を食道へと送った。

俺は手を動かさない。

曹長がグラスから口を離すと、酒杯と唇との間に唾液の線が描かれた。

 

「貴方も…」

 

微動だにしない俺に勧める様に口を動かす。

 

「いただきます。」

 

そういう他、術はない。

ワイングラスを両手を使って包むように持ち上げ、傾けて口内にワインを流し込んだ。

鼻に広がる上品な薫りとは裏腹に、クルピンスキー中尉との約束を破ってしまったという罪悪感を感じてしまう。

久し振りにアルコールを摂取したからだろう。

まだ、舌を濡らす程度にしか口に含んではいないのに心地よい酩酊感が込み上げる。

気持ち良く頭が揺れる。

霞はじめた頭で正面の曹長を見据えた。

カールスラントの小柄な少女は、その外見に似合わず既にグラスの中身を空にしていた。

 

「お酒、弱いのかしら?」

 

俺の視線に気が付いたのか、挑発する様な声音で再びグラスを葡萄酒で満たした。

裸電球に照らされるガラスの酒杯が怪しく波打つ。

芳醇な薫りがまた辺りに広がった。

 

「人並みだとは思いますが、クルピンスキー中尉と約束して以来、久し振りに飲んだもので…」

 

自分の体温が熱くなり、心拍数が上がっていくのが解る。

 

「貴方…それ解って言っているの?」

 

「あっ…」

 

うっかり、クルピンスキー中尉の名前を口にしていた。

声に出すなと釘を刺されていたのに。

 

「まぁ、いいわ」

 

彼女は少しだけ不機嫌そうな顔になるともう一度、ワイングラスに唇を寄せる。

淡い琥珀色のワインが一瞬にして消えた。

色白の肌が益々赤みを帯びていく。

 

「所で一等兵、貴方、最近何か私に話す様な事はあったかしら?」

 

「話すような事…」

 

「えぇ、お話しましょう。」

 

勿論、ある。

曹長から預かっていた剣付きヒスパニア十字金賞を売ってしまった事。

次にあったら謝罪しようと心に誓っていた取り返しのつかない事だ。

でも、今の今まで雰囲気に呑まれてか、その恥ずべき過ちをロスマン曹長に打ち明ける事ができていなかった。

それを今、言わなければならない。

彼女が自らその機会を与えてくれたのだから。

 

「…曹長、謝罪しなければならない事があるんです。」

 

ワインで濡れた舌を躍動させる。

 

「…何かしら?」

 

彼女は三杯目となる白ワインを自身の酒杯に傾けながら相槌を打つ。

 

「実は…」

 

並々と三度目のワイングラスが満たされた。

 

「実は?」

 

そして、ウィッチはまた、桜色の唇をそのグラスへと近付ける。

 

「前にお預かりしていた剣付きヒスパニア十字金賞を売ってしまったんです。生活費に困り…本当に申し訳ありませんっ!」

 

半ば絶叫に近い謝罪と共に殆んど水平に頭を下げた。

テーブルの木目が間近に見える。

 

…言ってしまった。

 

あれだけ覚悟していた事だと言うのに。

どんな罵倒でも受け入れる心積もりでいたのに。

謝罪を終えた今の脳内は、これからどれだけ彼女に言い訳を連ねるかにシフトしていた。

本当に…本当に、情けない。

 

「ふふっ…」

 

だが、思いがけない音が、そんな軟弱な考えを吹き飛ばす。

気のせいだろうか?

相対する魔女が笑った気がした。

それも、嬉しそうに。

 

「ロスマン曹長?」

 

どんな顔をしているのだろうか?

恐る恐る面を上げた。

 

「そっかぁ…売ってしまったのね?私の勲章。」

 

電球のオレンジ色の光りに照された少女の顔。

何だか歪んで見えた。

あぁ…笑っているから?

 

「貴方はそれを気に病んでいるのね?」

 

「は…い」

 

「いいのよ、気にしないで。許して上げます。」

 

「は…?」

 

彼女の呆気ない、他人事の様な口振りに…変な空気が肺から漏れた。

 

「でも、条件があります。」

 

ワインを口許に近づけたまま曹長は嘯く。

 

「いつもヴァルトルートの事を何て呼んでいるのかしら?」

 

「えっ?」

 

「何て呼んでるの?」

 

「どうし…」

 

「言って?」

 

「クルピンスキー中尉とお呼びしています。」

 

「そう、クルピンスキー中尉って呼んでるの?軍にいた時みたいに?」

 

「はい」

 

「じゃあ、私の事はエディータって呼んで?それで勘弁して上げます。」

 

それだけ言ってロスマン曹長は三度目の葡萄酒を空にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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