ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
「エディタ…」
「発音が違う、エディータ…」
「エーディータ?」
いつの間にか、俺の横へと席を移動しているロスマン曹長。
顔を赤らめ、隣に座った小さな少女に促される様に異国の名前を発音する。
カールスラント語の発音は難しい。
勉強をしていても、異国人の俺にとってはアクセントが掴み辛かった。
「ちょっと違うわね…エディータよ?」
曹長は酔っ払うとしつこくなる性格の様だ。
平素の彼女とは比べ物にならない圧で俺に正しい発音を求める。
「エデーィータ…?」
「エディータ!ほら言って!」
「エディータ?」
「…う~ん、まぁ良いでしょう。」
何度かロスマン曹長の名前を呟くと、ギリギリ先生の及第点を頂けたらしい。
彼女は満足そうに小さな頭を俺の肩へと預けてきた。
しなだれかかる曹長。
少女と密着する事で、テンポの速くなった心拍数を体で感じた。
「ねぇ、もう一度言ってくれないかしら?発音の練習…復習は大事よ?」
「エディータ」
「うん、完璧ね。上達が速いわ。」
嬉しそうにその小ぶりな喉を鳴らす。
そして、ロスマン曹長はゆっくりと腕を伸ばし、俺の二の腕へその細い手首を回してきた。
腕に組み付かれている。
肩に頭を預けてのこの体勢。
「エディータ、近いです。」
「うーん?勲章の事は許してあげましたよ?」
「それはそうですが…」
やはりというか、今日のロスマン曹長は何故かいつもより距離感が近い。
部屋に侵入する時の一悶着もそうだったし、今隣に座って絡み付くように座っている姿勢もそうだ。
酔うとスキンシップが激しくなる人もいるが、曹長もそのタイプと見えた。
「一等兵はこういうのは嫌?」
そして、何だか甘い吐息でそんな事を嘯いてくるのだから心臓に悪い。
「嫌というか…」
さっきから、ミルクみたいな体臭と上品なシャンプーの香りに柔らかいワインの匂いなんかが混ざった大気が俺の鼻腔を刺激して、気が気ではない。
そもそも、名前で呼ばれるのがそんなに嬉しい事なのだろうか?
ふとその心理を尋ねてみたくなった。
「曹長、あの…。」
つい癖で魔女の事を階級で呼んでしまった。
すると、曹長は不機嫌そうに眉を潜めて不服を訴えった。
「エディータよ?」
「すみません、エディータ…その…」
「何かしら?」
彼女はしなだれかかった頭を傾ける。
俺の肩により多くの体重が食い込んできた。
「名前で呼ばれて、何か嬉しい事でもあるんですか?」
一拍の静寂。
でも、すぐに曹長は反応した。
「…それはあるわ、だってヴァルトルートはクルピンスキー中尉って呼ぶんでしょう?」
「えぇ、まぁ…」
「ふふっ、じゃあそれだけで嬉しい。特別って感じがして。」
「特別ですか?」
「そう特別。」
名前を呼ばれて感じるという優越感。
そこに何だか言葉では表す事のできない、危うさを感じた。
勿論、ロスマン曹長は今アルコールで脳を揺らされ、思ってもない行動をとっているのだとは考えられる。
でも、アルコールはそれと同時に人の本質を晒け出す効果もあるのだ。
人に名前で呼ばれ、嬉しいという感じる彼女の本質。
まさか、彼女は孤独を感じているのではないだろうか?
そんな考えが頭をよぎる。
曹長はウィッチで、どこか達観しているとは言ってもまだ19歳。
その小さな肩にのし掛かる世界からの重圧は想像できない程、重く過度な物だろう。
俺なんて曹長位の時は…この世界では軍隊にいたが、前の世界では偏差値の低い大学で馬鹿な事をやって過ごしていた。
あの時はまだ世界があんな風になるとも思わず、平和を甘受し、飽食を当然と考え、ただただ限りある時間を浪費していた。
それが当たり前と誤認して。
隣の彼女はそんな馬鹿とは対照的に、まだ12の時から白い指で機銃の引き金を引き、硝煙を肺に吸い、超空を舞って戦ってきた。
身を粉にして、弾丸濃霧の間を切り抜けて…それがロスマン曹長の普通だった。
だって世界を救う魔法を持っているから…。
そんな終わりなき戦場の中、ロスマン曹長が孤独を感じ続けているのだとしたら?
そうやって8年間も世界を救えという周囲の重圧に耐えているのだとしたら?
本当はティーンエイージャーらしく、まっとうな青春を謳歌したいと心のどこかで考えているとしたら?
いつかその精神はポッキリと折れてしまうに違いない。
───そうか、感じていた危うさの正体はこれだったのか。
ワインで揺れる思考の中、ぼーっとそんな事を考えた。
すると、自然と俺の歪になった手は彼女の肩へと回っていた。
俺は密着する彼女を抱き寄せる。
「一等兵?」
急に肩に手を回された曹長は不思議そうに声を上げた。
鈍色の髪を僅かに揺らして。
俺のこの行動が意外だった様だ。
「エディータ、何か辛い事があるのなら自分に話して下さい。こんな手で力になれませんが、話を聞く事位はできます。嫌な事は溜め込まないにこした事はありませんから。」
隣にいる魔女に、ひどく無責任な言葉を投げ掛けた。
力にはなれない。
だけど話は聞く。
根本的には何も解決しない。
善人ぶった偽善。
それでも今の俺には…何の力もない俺にはこんな事をいう位しかできなかった。
「貴方…何か勘違いしていない?」
だけど、肩に手を回されたロスマン曹長は見当違いだと諭す様に呟いた。
「わたしはそんなに弱くありません。でもその言葉は少し頼もしかったわ…ありがとう。」
曹長は半分以上が義指となった俺の掌を握り返して、目を閉じる。
どうやら、俺の見当違いでは無さそうだ。
…でも、彼女は俺にその弱味は見せてはくれないらしい。
「名前を呼んで?」
「エディータ…」
「ふふっ今はそれで充分よ。」
弱々しく、少女は再び微笑んだ。
───
ヴァルトルート・クルピンスキーはペテルブルグ基地に帰還するなりラルの指揮官室の扉を力任せに開け放つ。
「隊長っ!先生がいないって本当!?」
「ヴァルトルートッ!」
それをラルは煩わしい物を見るように顔を歪めて迎え入れる。
いつもの様に机上の書類へとペンを走らせるその姿はどこか不機嫌そうであった。
「入室する時はノック位しろ…!」
ラルの苛立ちは言葉の節からも見てとれた。
入室するクルピンスキーの方に目も向けず、書類へ文字を刻み続ける。
「ノックなんてしてらんないよっ!」
対するクルピンスキーも感情的な声。
ひどく取り乱している事が一目で解る。
「本当に先生が無断で基地をっ?」
彼女が取り乱す理由。
それは帰還してすぐ彼女の一番大切な同僚が無断でペテルブルグ基地を抜け出したというとんでもないブレイキングニュースが彼女の鼓膜を刺激したからである。
「しーっ声が大きいっ!周りに広まらん様に私だって気を付けているんだぞ?」
ペンを握っていない方の人差し指を唇に当てて静かにしろのジェスチャーをするラル。
どうやら、大事にしたくは無いらしい。
それもその筈。
下手したら逃亡罪にもなりうる無断外出は、外出した本人のみならずそれを監督する上官までもが責任を問われる一大スキャンダルなのだ。
「うーん、少なくともウィッチの皆は知ってるよ?」
「…誰から聞いた?」
「直ちゃんっ!」
「アイツ…ハァ…」
ラルは頭の中で後で直枝をしめる事が決定された瞬間だった。
ただしサーシャ経由で。
「先生がやったのは脱柵だけじゃない、ストライカーユニットも無断で利用した。武器の類いは持ち出してないのが不幸中の幸いだな。」
眉間に皺を寄せながらラルは状況を説明した。
「先生の行き先に見当はつくか?」
そして、クルピンスキーに助言を求める。
捜索をしようにもロスマンの行き先が解らなければ意味がない。
ラルは付き合いの最も良い褐色の魔女なら何か知っていると考えたのだろう。
「…彼の所かな?」
少し考えてからクルピンスキーはポツリと呟いた。
「例の一等兵か?確か今日行ってたよな?」
「うん、まぁ…入れ違いになっちゃったか…」
「先生もお前もどうして、只の歩兵なんぞに肩入れするんだ…?」
眉間に皺を寄せたままは言葉を続ける橙色の魔女。
理解不能。
そう言いたげな口振りだ。
「…ボクはともかく先生は当たり前だと思うけどな?目の前で自分を守る為に死にかけられたら罪悪感で変になっちゃうでしょ?
隊長、言い方悪くないかい?」
クルピンスキーはラルの物言いに思う所がある様だ。
小麦色のウィッチは少し顔を鋭くさせる。
「確かにそうかもな。私も外出禁止の事は反省している。…だが、ヴァルトルートお前はどうしてだ?」
そして、彼女の敵意ある変化を長く戦場を共にした上司は見逃さなかった。
502指揮官のグンドュラ・ラルはすかさず追撃する。
「…っ先生の命の恩人だからだよ。」
思わぬ追及に言い淀むクルピンスキー。
ラルはペンを走らせる指を止め、目を細めた。
緑色の二つの視線を、クルピンスキーがネックレスの様に首にかけている銀色の"鍵"へと移す。
「その割には随分と執着してるじゃあないか?かわいい女の子でもあるまいし…どうしたヴァルトルート、お前らしくもない。この際、教えてくれないか?」
伯爵の性質を知っているからこそ沸き上がる、当然の疑問。
それをラルは問いかけた。
重くなっていく場の空気。
感情の流れを見る事ができるなら、今のこの場はとても濁って見える事だろう。
「ボク自身、よく解らないんだ。」
しばらくの沈黙の後、首にかけた鍵を握りしめクルピンスキーは喉を震わせた。
「多分、フジキ君への同情だとは思う。彼が五体満足ならこんな感情は湧かない。でも、今まで経験した事がないんだ。色恋沙汰とは絶対に違うんだけど、変な感じ…。」
何ともくどく曖昧な返答。
事の当事者の一人であるクルピンスキーですらその明確な理由を言語化できていないのだ。
それが解るとラルは一層悩ましげに皺を増やした。
「ハァ…先生にも忠告したが、ほどほどにしろ。私達ウィッチがたかだか陸兵一人に時間を費やせる程、戦線は好ましくはない。」
本日、二度目の溜め息を吐く指揮官は、諦めた感じで眼前の部下の視線から逃れる様に、再び手元の書類へ淡い緑色の目線を落とす。
そして、また指を動かし始めた。
「隊長、これって…?」
忙しなくペンを擦り付ける書類が気になったのか、伯爵もその茶色がかった瞳を机上へと向けた。
「あぁ、先生の外泊届けだ。内密にしろよ。」
橙色の魔女が書き記していた書類。
それはウィッチが外泊を願い出る際、隊長であるラルに提出すべき外泊届け。
正規の手続きに必須の紙切れだ。
「今回の件、私が内々で処理する。いいか、他のウィッチから何か聞かれたら、先生はちゃんと私に外泊届けを出してからペテルブルグ基地を出たと言うんだ。まぁ、私の代筆だがな…。くれぐれも余計な事は言うなよ?」
「グンドュラ…」
「上がりが近いとはいえ先生もまだ現役のウィッチ。こんな事で不名誉除隊じゃあ彼女も不本意だろう。今回は見逃す。伯爵、お前も気を付けるんだな。オラーシャ解放の為にペテルブルグを離れる日もそう遠くない筈だ。」
ラルはそう締め括るとロスマン名義の外泊届けに、司令官としての署名を書き留めた。
「朝になったら先生を迎えに行ってこい。」
───
「ねぇ、お腹が減ったわ、わたし夕飯を食べてないの。」
白ワインの瓶を空にして暫く、相変わらず俺の隣に陣取るロスマン曹長は急に空腹を主張してきた。
まさか今まで空きっ腹にお酒をいれていたのか?
流石カールスラント人と言った所だ。
「夕飯にしては夜も更けて来ましたが…」
「いいじゃない口寂しいの、酔い醒ましにもなるでしょう?」
「と言いましてもこの家には…」
缶詰位しかない。
と言おうとして俺は昼下がりに食したある料理の存在を思い出した。
「これ貴方が作ったの…?」
机の上に配膳したトマトスープに少女は驚きの声を発する。
「えぇ、まぁ」
本当は伯爵との合作なのだがアルコールで揺れている曹長に説明するのは面倒。
そう思い言葉を濁した。
「ふーん、料理できるのね貴方。感心したわ。」
少女は温め直され、湯気を立てる赤いスープを口へと運ぶ。
果たして彼女の口に合うだろうか?
「あら美味しいじゃない。」
「お口に合いましたか?」
「えぇ、とびきり美味しいって訳じゃあないけど家庭の味ね。」
そう言うとまたスプーンで赤い液体を救い上げ、食道に送る。
曹長の女性特有の小さな喉仏がコクンと鳴った。
スープを啜る曹長はやっぱり19歳の少女にしか見えない。
思わずあどけない少女の顔を見つめてしまう。
「…どうしたのジット見て。」
「いえ、こうしてみるとエディータも年相応なんだなぁと思いまして。」
「どういう意味?」
鈍色の魔女は怪訝な顔になる。
「そのままの意味です。悪くとらないで下さい。」
「ウィッチにそんな事を言うなんて…わたし以外に言ったらどうなるかしらね?」
ウィッチ全般に言える事だが彼女達…特にあがりの近くなっている魔女に年齢の話をすると嫌な反応をする事が多い。
まだ、少女…下手したら十歳にもならない頃から空を飛び、それしか生き方を知らない人間からしてみれば、それまでの生き方にピリオドを打つ年齢という概念に過敏に反応してしまうのだろう。
勿論、先生と呼ばれるウィッチだって…。
「本当にすみません。」
「何故謝るの?」
「本来なら敵を倒すのは大人の仕事だ…それをまだ少女とも言えるエディータ達を戦場へ送って。大人にできない事をエディータ達に階級だけ与えて押し付けて…本当に申し訳ない…。」
「…貴方のせいではないわ、一等兵。頭を上げて?」
部屋に響く謝罪の言葉。
夜はどんどん更けていく。