ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに…   作:まったりばーん

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すっかり、色は変わってる

「あらっ…朝?」

 

エディータ・ロスマン曹長は羽毛布団の軟らかさに包まれながら瞼を開いた。

窓越しに日光の暖かさを感じ、鳥のさえずりが聴こえてくる。

どうやら時刻は朝らしい。

普段の動きとは考えられない位ゆっくりとした動作で上半身を起こした。

頭に感じる倦怠感。

昨日飲んだ葡萄酒がそうとう効いている。

思考に靄がかかった様な、典型的な二日酔いだ。

心なしか見える景色もいつもと違って見えた。

 

…なんだか天井の模様も違って見える?

 

(あれぇ…天井?)

 

生活感のある見知らぬ天井。

というか見慣れた天井とは明らかに材質が異なる。

ペテルブルグ基地の天井はこれよりも無機質な感じだ。

だって駐屯地なのだから…。

眼前の天井はもっと民家にでもありそうな…。

そこまで考えてロスマンはハッとする。

いくら酷い二日酔いでも天井の柄が違って見える筈はない。

確認する様に目線を横へ傾けた。

そこには、冷たさを感じるペテルブルグ基地の石壁ではなく、生活感のあるクリーム色の壁紙が広がっている。

 

…ここはペテルブルグ基地ではない。

 

ロスマンがそう判断するのに材料の不足はなかった。

そして、それを認識すると同時に甦るのは昨晩の記憶。

不在のクルピンスキーと扶桑の青年の事を考えていたら、いつの間にか白ワインを手にしていた記憶。

あっという間にボトルを一本あけた記憶。

無断でストライカーに脚を嵌め込み、ハンガーを飛び立った記憶。

青年に名前を囁かれて言葉にできないこそばゆさを感じた記憶。

彼に頼って下さいと言われて胸が揺れ動いた記憶。

就寝の段になって一つしかないベッドを彼に勧められた記憶。

そして、自分は床に寝ると遠慮する一等兵を無理矢理引っ張って、強引にベッドへ引きずり込んだ記憶…。

 

───家主の貴方が遠慮する必要はない筈よ。ここは貴方の家。だからこのベッドで一等兵が眠るべきです。そうは思わないのかしら?

 

確かこんな事を呂律の回らない舌でほざいたのは覚えている。

 

…という事はこの肌に感じる温もりは?

 

ロスマンは先程からあえて考えない事にしていた熱源へと意識を向けた。

すぐ隣に丁度、人肌位の温もりをさっきから感じている。

おそるおそる、視線の方向を壁から隣へと変更する。

 

「フジキ一等兵…?」

 

───案の定というべきか、家主の青年が鈍色の魔女と同じ羽毛布団にくるまりながら気持ち良さそうに寝息を立てていて…

 

ロスマンは二日酔いがイッキに覚めていくのを酷く、冷静に認識した。

 

…何という事だ。

 

自分は彼と一晩、同衾してしまったのだ。

ウィッチが男性と同衾する。

それは非常にマズイ事を意味した。

どこまで本当かは解らないがウィッチが男性とそういう…所謂、男女の関係を築いてしまうと魔女は魔法力を失い、只の少女となってしまう。

そういう見識が世間の一般理解だ。

別にこの際、この異国の青年とそういう関係になるのは気にしない。

誰にでも一度や二度の間違いはある。

でも、もしそれが原因で魔法力を失ったとなれば、ロスマンと横で眠るフジキは目も当てられない結末を迎えてしまう。

具体的には軍法会議、一直線。

懲役刑か禁固刑かは知らないがシャバの空気は吸えなくなる。

しかも、あろうことか白髪のウィッチは無断で脱柵までしているのだ。

 

(あぁ、わたしったらっ!お酒を飲むと性格変わるって自覚はあったけど…っ!)

 

頭をグシャグシャと掻き毟る。

何度かクルピンスキーと身を重ねた経験はあるが、伯爵曰くお酒が入ると積極的になるのはロスマンの方だという事。

確かにロスマンもうっすらとその自覚はあった。

 

(流れに任せてヤッちゃったの?わたし?)

 

小柄な魔女は慌てて自分の今の状況を確認にかかる。

 

「服は乱れてない…?」

 

昨晩は酔った勢いで軍服のまま床についたらしい。

しかし、カールスラントの黒を基調とした軍服は特に乱れた様子は無い。

変な体勢で寝てたのか少し皺はついているけれど…。

 

「ズボンも…脱いではいないわね。」

 

羽毛布団を捲り、下半身の確認も行うがズボンを脱いで下半身だけスッポンポンという格好でもなかった。

手を当てて触診してみる。

特に違和感も感じない。

 

「痛くも…ない?」

 

これはおそらくロスマンの想像になるが、初めて異性とそういう事を行えば下半身に相当な違和感を覚える筈。

クルピンスキーとヤッた時でさえ感じるのだからその比ではないだろう。

判断するに、どうやら彼女の桜色のクレバスは無事らしい。

 

「えいっ!」

 

最後のチェックとばかりにロスマンは魔法力を展開してみる。

彼女が念じると直ぐにキツネの耳と尻尾が飛び出した。

その魔法力、魔法圧、供に衰えは感じない。

ついでに言えば毛並みも良い。

…という事は?

 

「彼、わたしの事を抱いてないの?」

 

どうやらフジキは大変紳士的な人物の様だ。

ベッドへ無理矢理引きずり込んだのはロスマンの方だと言うのに自分からは手を出していない。

 

そう…自分からは…。

 

隣で心地よさげに肺を上下させるフジキ。

若干、羽毛布団をはだけさせながら寝息を立てる彼の太い首をロスマンは直視できない。

なんせ、フジキの首筋…その肌色のキャンバスには桜色の痣が複数、這うように描かれているのだから…。

 

まるで吸盤に吸い付かれた様なピンク色の痕。

その痣の意味を知らない程、彼女は無垢ではなかった。

 

「どうやって誤魔化しましょう?」

 

誰に言うでもなく独り呟く。

久し振りに経験したペテルブルグ基地外の朝。

口が少ししょっぱかった。

 

───

 

水の跳ねる音が少女の鼓膜を刺激する。

 

(あったかい…)

 

鈍色の少女は取り敢えず、シャワーを浴びる事にした。

フジキを起こさない様、慎重にベッドから抜け出した彼女は家主の許可を得ないままバスルームへ侵入し、今は頭からお湯を浴びている真っ最中だ。

昨日はシャンプーもせずに眠った物だから、髪の毛がベタついていて不快だったのがその理由。

あと、お湯に当たれば現実逃避できるから。

ふと、姿見に映る自分の裸体を観察した。

鏡が反射するのは、同年代の魔女に比べて線の細い少女の体躯。

彼女の愛称の由来でもある。

 

(もしかして手を出す程、魅力的な体ではないの?)

 

良く言えばスレンダー。

悪く言えば貧相。

 

病弱な体質が祟ってか、背丈もそんなに伸びなかった。

肉付きも決して良い方ではなく、肋骨がかすかに浮き出ている。

そして、髪の毛と同様の色白美肌にはピンク色の痣は残っていない。

自分はフジキにいくつか残したというのに…。

本当に彼は髪の毛一本も、魔女の体を汚してはいない様だ。

そこに安心をすると同時に、何だか残念さを感じてしまう。

この体、魅力的ではないのだろうか?

 

(キス位はしたのかしら…?)

 

ぼーっと、特に意識をせずにそんな風に考えた。

 

(っなんでそんな事を考えるのっ!これじゃあわたしが欲求不満みたいじゃない!)

 

そして瞬時に考えを取り消す。

 

頭を横にブンブンと振るって思考を諌めた。

確かにこれまで知り合った異性の中でも特別の感情をあの青年には持ってはいる。

持ってはいるが…それは罪悪感からで、決して恋愛感情とかそういう物ではない筈だ。

でもそうでない筈なのに…どこか…どこか、何もなかった事に残念がっているロスマンがいる。

 

(やっぱり二日酔いね…変な事を考えちゃう…。)

 

このもどかしくも今まで感じた事のない感情の責任をアルコールへと押し付けて、彼女はシャワーの威力を更に強めた。

水圧の増したシャワーの束が強く頭皮を刺激する。

 

…その時だった。

 

ガチャリと玄関の錠前の回る音がバスルームに響いてきたのだ。

 

───

 

クルピンスキーは首にかけた鍵で、青年の部屋を合法的に解錠した。

 

「フジキくーん?」

 

そう呼び掛けるも返答はない。

伯爵は一歩、足を踏み入れた。

バスルームから水の弾ける音がしている。

 

「シャワー浴びてるの?」

 

クルピンスキーは家主の青年が朝の沐浴をしていると考え、バスルームの方へと歩みを続けた。

ギシギシと年季の入った床板が音を立てる。

 

「フジキ君、開けるよ?」

 

そしてバスルームの扉前までやって来た伯爵。

一応、断りをいれてバスルームの扉を開こうとした瞬間、扉が内側から開いた。

 

「残念、彼じゃないわよ…。」

 

ドアを開けた人物はフジキではなく、バスタオルを体に巻き付けたロスマン。

今、シャワーから出てきたのであろう。

体に湯気を纏っており、鈍色の髪の毛はペタリと垂れていた。

 

「先生…やっぱりここにいたんだね。フジキ君は?」

 

中に居た人物の正体に若干の驚きを見せるもやっぱりと声に出す伯爵。

想定の範囲内ではある様だ。

 

「一等兵はまだベッドで寝ているわ。昨晩、久し振りにお酒を飲ませちゃったからグッスリよ。」

 

「朝から目の保養には良いけどその格好…彼と昨晩何があったのかな先生?」

 

「貴女こそ、いつの間にこの家の鍵を作っていたのかしら?」

 

「質問を質問で返さないで欲しいんだけど…先生の今の立場、結構危ういよ…?教えて、何があったの?ロスマン曹長?」

 

クルピンスキー"中尉"は有無を言わせぬ口調で、眼前の"曹長"へと問い詰めた。

その声音には焦りの色が見てとれる。

 

「何があったも何も、中尉が知りたいのはこういう事でしょう?」

 

鈍色の魔女は敢えて質問には答えず、代わりにキツネの耳と尻尾を顕現させた。

 

「大丈夫、まだウィッチです。」

 

そして、そう宣言する。

 

「質問には答えてくれないんだね。」

 

「ご想像にお任せします、中尉殿?」

 

再会したばかりなのに、場の雰囲気はいきなり悪化。

重い沈黙が二人の間を支配する。

根負けしたとばかりに、伯爵は大きく息を吐いた。

 

「フゥーッ…帰ろう、先生。ラル隊長が今回は許すって言ってくれてる。基地の皆には疎開している親戚の家に泊まってたって言うんだ。」

 

「そう貴女は迎えって訳ね。それにしても列車もないのに良くこんな朝早くにこれたのね。」

 

「先生と同じでストライカーでひとっ飛びさ。一時間もかからない。勿論、帰りもね、だから速く…!」

 

「嫌っていったら?」

 

「ねぇ、あんまりボクの事を困らせないでくれないかなぁ?基地へ戻ったら何でも言う事を聞くからさ…。」

 

「グンドュラにそう言って迎えに行けって言われた訳?」

 

「…そうだけど。」

 

「そこは嘘でも違うって言いなさいよ…。」

 

半目になって白けるロスマン。

だが、ここで嘘を言わないのがクルピンスキーの良い所なのは彼女も知っていた。

 

「でも、ボクが先生の味方なのは本当さ。ボクだってラル隊長の仕打ちに反感を感じるもん。だけど隊長だって本当は先生の事を思っている筈さ。仲直りしようよ、ね?」

 

「そんなにわたしに帰って来て欲しいのかしら、グンドュラは。」

 

「少なくとも外泊届けを偽装して、先生の経歴に汚れが付かない様にしてくれてるよ…」

 

「単純にグンドュラ自身の保身の為とも取れるわね。」

 

「…っどうしたら先生はボクと一緒に帰ってくれるのさぁっ!?」

 

中々、意思を曲げてくれない歳上の少女に思わず伯爵は絶叫してしまう。

 

「しーっうるさいわね…彼が起きちゃうわ。」

 

それを、人差し指を唇に当てて征するロスマン。

さっきからクルピンスキーは彼女のペースに呑まれっぱなしである。

 

「じゃあ、他にどうしろって言うのさ!?」

 

「そうねぇ…」

 

ロスマンは顎に指を当てて思案する。

これ以上クルピンスキーを苛めても状況は改善しない。

居場所がばれた以上、ここでごねても結局は基地へ送還されるのがオチだ。

だが、ラルが今回の事を揉み消してくれるのなら、ロスマン自身にとっては都合が良い。

けれども、結局あのグンドュラの言う事を無理矢理聞かされたみたいな形に落ち着くので癪に障るのもまた事実。

普段ならこんな子供じみた考えは起こさない少女ではあるが、今朝ばかりは機嫌が悪い。

今までの事もそうだし、昨晩彼と何もなかった事も彼女の平静を掻き乱していた。

そんな虫の居所の悪い魔女の目が、ふと、クルピンスキーの首にかけた鍵へと注目した。

 

「その鍵…」

 

唇は自然と躍動する。

 

「え?」

 

「その鍵、わたしにくれないかしら?この家の鍵よね?ソレをちょうだい?そしたら大人しくお縄になってあげます。」

 

「これを…?」

 

鈍色のウィッチからの提案にクルピンスキーは狼狽える。

 

「えぇ、良いじゃない。わたしだってここにきて彼の力に成りたいもの。カールスラント語の練習だって本当は私が直接指導したい。本来は私の仕事よ。貴女に無理を言って代わりに来て貰っているけど次からはわたしがやります。今まで代役を務めてくれて本当にありがとう。だから、ヴァルトルート、鍵を頂戴。」

 

ロスマンはバスタオル姿のまま、腕を前に突き出し掌を広げた。

 

「でも、隊長が許すかな?」

 

「許すわよ、というか認めさせます。わたしがこの家に通う事をグンドュラに今日、認めさせるわ。どうやらわたしの存在はグンドュラに効果があるみたいだから、わたしの進退を賭けて認めさせます。だから…」

 

鍵を渡して?

 

淡く茶色がかった彼女の瞳はクルピンスキーにそう訴えた。

 

二人の視線が交差する。

どちらも抜き身の刀の様に鋭い視線。

 

「…解ったよ先生。」

 

クルピンスキーは躊躇いがちに首にかけた鍵を外すと、チェーンの付いた合鍵をロスマンの掌へと落とす。

 

「ありがとうヴァルトルート、大切にするわね。」

 

ロスマンは勝ち誇った様に、鍵を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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