ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
───なぜ、貴官はまだここにいる?
───ネウロイの通商破壊?そんな話聞いていないぞ?誰から聞いた?
───クルピンスキー…?チッ!そういう事か。
─────チケットは私が用意しよう。少し待っててくれ。
──ほら、買えたぞ?後これだ。
─…迷惑料だと思ってくれ。欧州とアジアを往復できる位はある筈だ。
───受け取れない?いいや受けとれ…さもないとひどいぞ?
──それと、キミ宛の手紙が三通来てる。中身は見てない。安心しろ。
──────まぁ、見たとしても扶桑の言葉は読めんがな…。
───聞き分けが悪いな?
まだ、解らないか?
お前はヴァルトルートに騙されてたんだよ。
「クソッ!」
昨日の少佐とのやり取りを思いだし、船の壁を強く叩いた。
ドンッ!
鉄製の義指と船壁のぶつかる音。
ビクリと周囲の視線が集まる。
だが、周りの視線など知った事か。
どんなに努力したとしても、俺の体とその心は平静を装う事などできはしない。
…俺は今、ブリタニア行きの船上にいる。
あんなにも焦がれに焦がれて待ち焦がれた、ブリタニア行きの連絡船だ。
だが、その気持ちは決して晴れやかな物ではない。
例え烈風が吹いたとて、この心の靄を払うことなどできないだろう。
波に揺られる体。
自然とチケットの半券を睨んでいた。
僅か二本だけの左指に挟まれた半券。
俺が自力で手に入れる事の叶わなかった、大陸からの脱出許可証。
それを少佐は、グンドュラ・ラルはいとも簡単に手に入れてしまった。
俺があんなに、何度も、幾度も、数週間も通い詰めては買えなかった旅券をいとも容易く手に入れてしまったのだ。
これが平静でいられるか…?
結局の所、俺があの寒村で過ごした数週間は全く持って無駄な時間だったらしい。
本来ならば退院した次の週には帰れたのだ。
あの、糞みたいな場末へ。
あの、半世紀文明の遅れた僻地へ。
あの、懐かしの第二故郷へ。
でもそうはならなかった。
否、違う。
そうできなかったのだ。
クルピンスキー中尉によって語られたありもしないネウロイに怯えて…帰る事ができなかった。
───お前はヴァルトルートに騙されてたんだよ。
再び、ラル少佐の言葉が胸を突き刺す。
信じたくない事実。
揺るぎようのない真実。
クルピンスキー中尉があの旅券売場の店番と組んで、俺の足止めをしていた現実。
何故そんな事をしたのだろう?
一体何の為?
意図も動機も今となっては解らない。
だが、少なくとも、俺が救いの天使だとすら感じたあの褐色の麗人が悪意を持って我が帰路の邪魔をしていたのだというのは、このどうしようもない頭でも理解できた。
まるで、海神の悪意に晒され帰還を阻まれるオデッセイの如き心持ち。
この世界に該当の神話があるかどうかは不明だが…。
伯爵の笑顔は嘘だったのか?
そして、先程からその疑念が俺の頭を蹂躙し、思考を掻き乱す。
酒に溺れる俺に手を差し伸べてくれた時。
冗談を言いながら伸びた髭を剃ってくれた時。
同じ机で褐色のコーヒーの香りを楽しんだ時。
真剣な眼差しで懸命に語学を教えてくれた時。
肩を並べながら、狭いキッチンで料理を作った時。
彼女のほほえみは全部…演技には思えなかった。
俺自身、そう思いたくないのかもしれない。
もし、あれらが全て嘘ならば人間不信になってしまう。
いや、もうなっているに違いなかった。
あの魔女は一体どんな考えで一ヶ月以上も俺を支えて側にいてくれたのだろうか?
あんなに優しくしてくれた。
その行動の裏で、彼女が何かを企んでいたのかと思うと、どうしても…嫌悪感を感じざるえない。
一方で、心の中のどこかで未だに彼女の優しさを求める自分もいた。
裏があろうとも、裏切られようとも、あの長身の魔女と過ごした数週間は確かに存在したのだから…。
それに、クルピンスキー中尉に騙されていただけならば、まだ心に整理をつける事ができたかもしれない。
きっと何か訳があってと、不自然ながらも納得する事ができただろう。
ひょっとしたら、彼女が俺を騙しているのに気付かないフリをしてまだあの港町にいた可能性すらある。
しかし、そうはならなかった。
故郷から送られてきた…まだ、俺が軍にいると思ってペテルブルグ基地に送られた三通の手紙がそれを許さなかった。
寒村で時間を浪費する間に、大洋を越え、三通の手紙がペテルブルグ基地に貯まっていた。
一枚目を読んで体が震え…二枚目を読んで目が眩み…三枚目は破り捨てた。
俺の預り知らぬ所でこの世界で唯一の肉親が死んでいたのだから。
一度、伯爵に代筆を頼んだが、どうやらその手紙は扶桑には届いていなかったらしい。
そりゃあそうだ。
帰そうと考えていない人間の手紙を送る義理もない筈だ。
だから俺は、自身の妹が死んだ事も、灰になった事も、その棺が土底に埋められた事も、四十九日が過ぎた事も知らなかった。
中尉と過ごしている間に妹の痕跡はすっかりと世界から消えてしまっていたのである。
前の世界には妹も弟もいなかった。
兄も姉もいなかった。
だから、前世では心底そういう関係に憧れていた。
そして、この世界で歳は離れているがそういう肉親ができたのだ。
だから、人一倍愛着のあった。
妹思いだとよく言われた。
…でも、もういないのだ。
その現実がどうしようもなく、指を失った時よりも重くのし掛かっている。
それだけで…あの褐色の恩人を憎まずにはいられない。
そこに如何なる理由があろうとも、どんな道理があろうとも、恨まずにはいられないのだ。
勿論、妹を奪ったのは中尉ではない。
これはとんだ逆恨み。
その自覚はある。
だけれども、俺を足止めさえしなければ、葬式は無理でも四十九日には間に合った筈だ。
まだ骨壷の彼女と再会できた筈だ。
形は違えど物理的な再会はできたのだ。
それも、今は叶わない。
…全く俺はどうすれば良いのだろう?
また、思考が負のループに陥りかけたその時。
艦内放送が響き渡った。
───た…たった今、本連絡船の機関に異常があると判明いたしました。その為、本船は最寄りの港町に一旦寄港し機関の点検と整備を行います。お忙しい中、お客様には大変なご迷惑と…
動揺を隠せない船員のアナウンス。
周囲からは不満の声が上がる。
あの寒村を出航し未だ数時間。
速力は目測で10ノット前後。
元の港に引き返す事はしないだろうが…運命はどこまでも俺を帰らせたくない様だ。
───
結局の所、あの寒村から地図上で少し離れた土地へと連絡船はその鋲を下ろした。
機関の点検には暫く時間がかかるらしい。
場合によっては日を跨ぐそうだ。
俺は船内の籠った空気が嫌になり船から降りる事にした。
ここはあの町とは違い前線からは大分離れている。
喫茶店の類いは問題なく機能しているだろう。
そう考え、船のタラップを踏みしめた。
同じ考えを持つものは多かった様で、結構な人数が下船していた。
「本当の事は…すな。パニッ…になられても困る。」
「…ロイめ…。こっちの方まで…なきゃいいが。」
「なぁに、トゥルク海軍基地も、カ…ハバ…もペテルブルクも近い。すぐに…が来る筈だ。」
船員はカールスラント人なのだろう。
出口へと向かう途中、カールスラント語を話す、船員のそんな会話が聞こえたが、とても早口で完全に聞き取る事はできなかった。
思えばこの中途半端なリスニング力も中尉から与えられた物だ。
そう思うと気が滅入る。
人の波に流される様に進んでいく。
その時、突然海が揺れた。
半分が義指でタラップの手摺を掴む力が弱かった俺は不本意ながらよろけてしまう。
義指はしっかりと固定すれば生身の指よりも強力に把握できるのだが、こういう時は文字通りの飾りでしかない。
「失礼…!」
お陰で軽くだが、前を歩く男性にぶつかってしまった。
反射的に母語で失礼と詫びをいれるが、勿論の事、相手は西洋人。
ぶつかられた彼はゆっくりと此方を振り返った。
「チッ…ジャップが」
そしてそう悪態を吐き、此方を睨む。
俺は思わず目を伏せた。
やっぱりこの世界でも差別は存在する。
それは人種だったり、国だったりと様々だが、次元を越えても人は差別やめられない動物らしい。
だが、この世界ではネウロイという共通の敵がいるからか、この様に露骨にされる事は珍しい事だ。
きっと保守的な人物なんだろう。
前の人物は、俺が押し黙るとそのままスタスタと歩いていった。
(嫌な感じだな…。ファッキンジャップ位解るよコノヤロー…。)
只でさえネガティブな感情に更にマイナスが加わる。
そんな気がした。
それにしても久し振りだ。
声に出されて、ああ言われたのは…。
…?
待てよ?
ジャップ…?
日本人野郎?
それはおかしい。だってそれは前の世界の蔑称の筈だ。
なんたってこの世界に日本はないんだから。
「ちょっと待ってくれ!アンタどこでその言葉を…!」
そこまで考えて、下を見ていた顔を上げる。
さっきの彼からこの言葉の意味を聞きたかった。
「…クソッ」
しかし、彼の姿はもう見えない。
人混みに紛れて消えていた。
───
「それは本当かいっ!?」
基地へと舞い戻った私服姿のロスマン。
彼女からの報告にクルピンスキーは驚きの声を上げる。
「えぇ御近所さんに聞いたけど、朝早く荷物をまとめて港の方へ向かったらしいわ。」
「彼は乗ったんだね、船に。」
「そうとしか考えられないわね。貴女、話が違うわよ?貴女が一等兵を説得して、あの村に留めさせたんじゃなかったの?」
約束が違うとでも言わんばかりに、少女は眉を吊り上げる。
「…それは。」
答えに臆するように伯爵は語尾を弱くした。
「まぁ、いいわ…いえ、良くないけど…。でも、一体どうしてこのタイミングで、彼はあそこを離れたのかしら?」
反応の薄い伯爵に見切りを付ける小柄な少女は顎に指を添えて思考する。
折角、大手を振って藤木に会いに行けると思っていたのに。
軍服姿では味気ないと、私服の組み合わせを朝から考えていたというのに。
結局、彼に会えなかった。
事の上手く進まない小さな曹長の様子からは、苛立ちの表情が見て取れた。
「どこへ向かったというの?もし、扶桑になんて帰ったら…彼は妹さんの事知らないのよねぇっ!?やっと安定してきたのに…これじゃあっ!」
ヒステリック気味に喉を震わせるロスマン。
クルピンスキーは少し鬱陶しげに顔を歪ませた。
「…隊長だ。」
ポツリとクルピンスキーは隊長という単語を呟く。
心当たりがあるように。
「きっと隊長だよ先生。」
「えっ?」
「思い当たる節があるんだ。昨日、隊長が何故か急に哨戒任務を買って出たんだよ。たまにはプロペラを回さないと鈍るからって…いつも書類仕事でいそがしい筈なのに。」
「そんな…グンドュラが?」
「先生が脱柵したからもう見過ごせないと思ったんじゃないかな?もし、また先生があんな事をしたら流石に言い逃れできないもん。それで、隊長がボク達からフジキ君を遠ざける為に…。」
「じゃあわたしのせいって事?」
ロスマンは吊り上げた眉を一転、不安気に下へと曲げる。
「そうは言ってないけどさぁ…。」
「…いいわ、今からわたし隊長の所に行ってきます。話をしてくるわ。」
「やめなよ先生。」
扉の方へと脚を進めかけたロスマンの腕をクルピンスキーは掴んで止めた。
「どうして止めるのっ!?」
「行ったって無駄さ…隊長が原因でフジキ君があの街から出ていったとしてもそれでどうなるっていうんだい?きっと彼は今、船の上。手がかりもない…それに見つけられたとしてもどうやって止めるのさ?悔しいけど、フジキ君が自ら帰国の意思を持って扶桑へ向かったら帰路を邪魔する道理はボク達にはない…。」
そして小麦肌のウィッチは悔大きく息を吐くと、こう続けた。
「…諦めよう先生。縁があればもしかしたら、また会えるかもしれないよ。そう信じよう。」
「そんなぁ…っ!貴女らしくもないわ、諦めるなんて…じゃあ彼が扶桑に帰ってそこで村八分にあってもいいの?」
先生は絶叫し、かつてハンガー内で聞いた直枝の話を思い出す。
もし、彼女の話が本当ならばあの扶桑の青年には大変な未来が待っている。
流石に近代国家。
殺されはしないだろうが、家族からは白い目で見られる可能性は大きい。
「彼のご家族は優しいかもしれないじゃないか、直ちゃんだって冗談で言ってたんでしょ?その事?」
「でも確かに昔はあったって、管野さんは…それに似たような話、実際にあるでしょ?カールスラントでも!」
彼女二人の母国、カールスラントでも前のネウロイ大戦で相当の戦争障害者が出た。
彼等の再雇用や生活保障などを巡って社会問題になった事実が、ロスマンのもしかしたらを補強する。
鈍色の魔女が彼を扶桑へ帰したくないと思った理由は彼の妹の事だけでなく、おぼろ気ながらも覚えている、幼少期のそのニュースが原因なのだ。
ネウロイ戦争後の社会混乱期。
残念ながらどの国でも社会保障に皺寄せが来た。
国土の蹂躙されていないリベリオンと扶桑を除いて…。
今の扶桑はあの時と違う。
扶桑海事変で大陸領土と10万の兵を失っている。
懐事情は良くない筈だ。
「彼を扶桑に返す訳にはいかない…!」
「せんせぇ…。」
その時だった。
ビーッと基地のスピーカーから不快な高音が放たれた。
「ネウロイッ!」
「クソッ…こんな時に!?」
聞き間違える筈もない。
ネウロイ発生の緊急アラート。
───スオムス領内に地上型ネウロイが多数発生!地中を移動し出現した模様!出撃可能なウィッチは速やかにハンガーに集合!繰り返す、スオムス領内に…
「先生、しょうがない行こう!」
「あーっもうっ!」
弾かれる様に二人はハンガーへと駆け抜けた。
???「ファッキンジャップ位解るよコノヤローッ!」