ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
「よろしく頼む」
「解りましたユーティライネン中尉!」
アウロラが街の広場にできた野戦病院にフジキを届けると、彼女の事を知っていた軍医が綺麗な敬礼をして彼の治療に取り掛かり始めた。
アウロラはスオムス軍の中ではちょっとした…いや、かなりの有名人なのだ。
「酷いな…」
彼女は辺りを見回してそう呟く。
そして、野戦病院の血生臭ささに顔をしかめた。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
形容するならこの言葉が一番であろう。
包帯まみれの兵士、水をくれとうめく民間人、もう事切れているのか動かなくなっている者も珍しくない。
まるで開戦直後の戦場の様だった。
ネウロイが前触れもなく、奇襲的にヴィボルグを強襲した事が伺える。
「航空機?」
突如、エンジン音がアウロラの鼓膜を刺激した。
彼女が空を見上げると、翼に赤星の識別マークを付けたオラーシャ空軍の双発機が数十機、編隊を組んで飛来している所であった。
国境付近の飛行場から飛来した物だろう。
戦闘機の護衛を伴ったなんとも大掛かりな飛行隊だ。
「まさか、絨毯爆撃か!?」
アウロラは紫色の目を丸くする。
確かに都市部に分散したネウロイ撃破の最適解は、都市区画毎木っ端微塵にする事である。
ネウロイはその性質上、鉄を吸収し増殖する。
その為、こういったケースでは、黒檀の如き怪異はもとより材料となる都市そのものの破壊が必要となるのだ。
それは解るのだが…。
「街にはまだ民間人がいるぞっ!?正気か!」
絶叫する銀狼。
ヴィボルグの街にはまだ逃げ遅れた民間人がいる筈だ。
避難誘導など、できていないに等しい。
さっき市中で闘っていた時だって、固く閉じられた民家の窓から此方を伺う視線をいくつも感じた。
このままではネウロイの数よりも多いスオムスの市民が犠牲になってしまう!
「やめろっ!オラーシャっ!引き返せ!」
ヴィボルグの蒼空に向かって吠えるアウロラ。
だが、そんな魔女の絶叫虚しく焦茶色のオラーシャ軍機はジワジワと高度を下げ始めた。
そして、その分厚い扉を開く。
…投下される!
アウロラは思わず目を閉じた。
脳内で爆破され、灰塵と化すヴィボルグを想像する。
きっと、次に目を開けた時には焦土となった母国の地がアウロラの瞳を迎え入れるのだろう。
…
……
………?
しかし、目を閉じた陸戦魔女の耳には、いつまで経っても覚悟した爆発音が届く事はなかった。
恐る恐る瞼を開く。
「なんだこれは…!」
目を見開き驚愕するアウロラ。
ヴィボルグの雲一つない青色のキャンバスに、幾輪もの白い花弁が開花していたからだ。
そして、その白い花の一つ一つに野戦服を着た兵士達がぶら下がっている。
パラシュート降下。
航空機から兵士を投下する際に使われる、唯一にして絶対の方法。
なんて事はない、オラーシャ軍が早急に陸上兵力を投入する為、空挺部隊を派遣したのだ。
そんな、オラーシャの誇るパラシュート兵の一人が、アウロラの立つ野戦病院の近くに着陸する。
サブマシンガンを構え既に臨戦体制だ。
ふと、降下した屈強な兵士と視線が交差した。
アウロラは気まずい感じで目を逸らす。
「成る程、空挺降下とはこうやるのか…」
アウロラ は パラシュートこうか を おぼえた !
───
頭が痛い。
手と脚も痛い。
体が痛いし、骨も痛い。
筋肉も神経も…筋繊維の一本一本、その全てが痛いとすら感じてしまう。
どうして、こんなに痛いんだろう?
何があったんだっけ…確か船を降りて…爆発音が聞こえて…。
…ん?
ちょっと待て。
船って何だったか?
船は船だけど…それに乗ってどこへ行こうとしていたんだ?
というかどこから乗った?
船に乗る前は?
勿論、軍にいた。
は?
軍?
軍ってあの戦争する?非営利組織?
バックが国の?
何でそんな所に居たんだ?…俺?
そもそも、どうして軍に入りたいと思った?
ウィッチがいたからだけど…えっと?
どうしてウィッチの為に危ない軍に?
それで何で軍を辞めたんだ?
…?俺は軍を辞めたのか?
どうして?
軍を辞めた後は?
伯爵が助けてくれたんだよな?
伯爵がいたからここまでこれた。
伯爵って何だっけ?
そして、俺って…
「…あれ?」
俺は瞼を開いて暗い世界から帰還した。
長い間、目を閉じていたのか少し視界がぼやけている。
そしてすぐに全身が痛む事に気付いた。
「痛っ!」
思わず声に出す。
感触で解るが俺は今、包帯グルグル巻の状態でベッドか何かに寝かされているらしい。
怪我をしてるんだろうか?
「…!目が覚めたか!?」
俺がもそりと蠢いたからだろう。
すぐ横で椅子に座っていた人物が驚いたように口を開いた。
目が霞んでいるので顔が解らないが、銀髪で髪が長く女性だという事は理解できる。
そして、その声には聞き覚えがあった。
「…っゆーてぃっ」
「喋るなっ!今、所々骨折しているんだお前は。今、先生を呼んで来るからなっ!」
咄嗟に俺が何かを言おうとすると女性はそれを制して、席を立ちどこかへと行ってしまう。
先生と言っていた。
ここは病院なのか?
それにしても…
「俺、今何て言おうとしたんだ?」
自分で自分の口に驚いていた。
あの女性の声を聞いた時、反射的に震わせた声帯。
たぶんあの人の名前を言おうとしたんだと思う。
でも、さっきまで喉まで出かかっていたのに。
一人になった今、何故か発音する事ができない。
俺が知っている人の筈なのに。
「待たせたな…先生を呼んで来たぞ!」
「おぉ、意識が戻っている!」
困惑している内にさっきの女性が初老の男医を連れて戻ってきた。
この頃にはもう目が馴れて、女性も医者の顔もしっかりと判別できるようになっていた。
女性の方は少し気が強そうだが、相当な美人。
不思議と懐かしさと安心感を覚える顔付きだ。
こんな人、知り合いにいたら忘れそうもないのに…。
誰だっけ?
「目が覚めましたか?」
混乱する俺を余所に、医師が心配そうに俺の顔を除き込んだ。
眼鏡をかけ髪の禿げた小柄な人だ。
「…まぁ、はい。どういう状況なんですか?」
俺はなぜ、包帯グルグル巻のミイラ男みたいなのか?
その理由が知りたかった。
「色々あって貴方は四ヶ所骨折しているんですよ。右腕、肋骨二本に腰椎です。…でも、安心して下さい。貴方は運が良い。三日前、瓦礫の下敷きになったのにそれだけで済んだのです。」
「はぁ…瓦礫?」
物騒な単語が飛び出す。
瓦礫の下敷きに?
どんなシチュエーションだよ…。
「えぇ…まぁ、ちゃんとこうやって意志疎通できるなら頭の方は無事でしょう。すぐ退院できますよ。一応、軽く問診しますが…えーっとまずはお名前を教えて下さい。」
医者はそう言って安心させる様に微笑んだ。
俺もそれに答える様に舌を動かす。
「えーっと、はい…自分の名前は…」
あれ?
「はい?」
言い淀む俺に医師は聞き返す。
何だか彼の視線が怪訝な物に変化した。
いけない、気を遣わせては…。
「ちょっと、すみません。俺の…名前は…」
「名前は?」
「何でしたっけ?」
────
───記憶障害ですね。一時的か長期的な物かは解りませんが。ともかく、様子を見ましょう。
って言われてそろそろ一年近く経つんだけどなぁ…。
俺はふと、タイプライターを打つ指を止め、数ヶ月前の出来事を思い出した。
あれから、11ヶ月。
ネウロイの攻撃を受けてすっ飛んでしまった過去の記憶。
そんな、俺の記憶が甦る気配は全くない。
まるで綺麗に削除されたみたいに、俺の半生はすっぽりと抜け落ちていた。
一体どんな人生を送ってきたのか?
確かめる術はない。
所持品から名前と年齢位は解ったが、それ以上の事は解らない。
俺の母国であるらしい扶桑という国についても何一つ思い出せないのだ。
そもそも本当に扶桑出身なのだろうか?
何かもっと別の国が出身である様に思えて仕方がない。
うっすらと残る祖国の旗のデザインと、扶桑の国旗とでは似ても似付かない気がするのだ。
だから、まだこの地からは離れない。
まぁ、そんな事でウジウジ悩んでもしょうがない事。
そう割り切って再び、普通の人間よりも半分少ない五本の指で、タイピングを再開した。
過去の自分はどうか知らないが、今の俺は結構前向きな性格なのである。
記憶が無くなっても人間、先立つ物が必要だ。
そう、金。
そして、その金を稼ぐ為の手段。
俺は今、このスオムスの地で経理のアルバイトをしているのだ。
何が原因か不明だが、俺の指は右が二本、左が三本の計五本が欠損している。
これは、俺の記憶喪失の原因であるネウロイの攻撃とは別物の様だ。
本来なら指10本ある普通の人間を店側も雇いたいのだろうが、現在の北欧国家スオムスはこんな俺でも雇わざるをえない状況にあった。
11ヶ月前のネウロイによる北欧襲撃。
オラーシャ、スオムス、バルトランドに股がるラップランド地方一帯が、特に大きな被害を受けた事から俗にラップランド戦争と言われている。
この戦争で北欧からの若者の疎開が更に加速し、現在スオムスは若者不足なのだ。
だから留まってくれるなら指が少なくて、言語がカタコトでも雇ってくれる。
まぁ、給料は少ないが…。
言葉は違っても数字を追っかける経理ならなんとか勤まるし、数ヶ月の滞在はこの国の言葉を学ぶ良い機会を与えてくれた。
「おい、フジキもう上がっていいぞ!」
俺がタイピングに集中していると、雇い主である店主がそう声をかけてくれた。
「えっもうですか?」
指を止めタイプライターから顔を上げる。
まだ数字の合わせは終わってないし、定時でもない筈だ。
たまに早上がりを認めてくれる事もあるがそんなの滅多にない。
どうしてだ?
「迎えが来てるユーティライネン大尉だ。早く行ってやれ。」
「あぁ、成る程。」
その言葉に納得する。
俺が世話になっているプラチナブロンドの恩人がわざわざ店まで来ているので、待たせない為にも早く上がらせてくれるのだろう。
「じゃあお言葉に甘えて失礼します。」
「おう、また来週な。良い週末を。」
店主にそう断って仕事場から退出する。
カランッとドアベルが綺麗な音を立てた。
「久しぶりだな、フジキ。」
勤め先の商店の前で立つ俺を待っていた背の高い女性。
彼女は俺の恩人であり軍人だ。
「三日振り位ですね。アウロラ姉さん。軍はどうでした?」
「なに、いつも通り補給関連の虚しい仕事さ。」
俺に姉さんと呼ばれた人物。
アウロラ・エディス・ユーティライネン大尉。
勿論、彼女と俺は血の繋がった本当の姉弟ではない。
ファーストネームだって違うし、なんなら人種が違う。
彼女はコーカソイドで俺はどっからどうみても東洋人である。
ただ、アウロラ姉さんがそう呼んでくれと言ったのでそう呼んでいるだけだ。
───私には実妹含めて妹分が何人かいるから、一人位は弟がいても良いではないか?
という事らしい。
俺の方もアウロラさんを姉さんと呼ぶと、彼女の機嫌が良くなるので、呼んでいる内にすっかり定着してしまった。
記憶を無くす前の関係を尋ねても、曖昧に誤魔化されてしまうのでどんな付き合いだったかは解らない。
でも、記憶を失くした俺の身の回りの世話や、自立の為に色々と便宜を図ってくれたのは姉さんであり、ただただ頭が上がらなかった。
「そうは言っても姉さんを頼って軍が仕事を頼んでいるんです。虚しいなんて言っては失礼ですよ。」
「…ふん、ウィッチとしての期限切れが近いから適当な仕事を宛がっているだけさ。私ももう22だ。」
「そう、ふて腐れなくても。」
アウロラ姉さん。
彼女はウィッチである。
正確にはウィッチだったというべきか…?
彼女は10年近く前から魔女として従軍しているが、二十を過ぎると魔法力が減少していくという逃れられない宿命にある。
数ヶ月前、俺を助けてくれた時はまだ機械の脚を装着して戦えていたのだが、近頃はそれも難しくなっていた。
そして、殆んどのウィッチの例に漏れず姉さんも軍の後方部隊に回され、ゆくゆくは上がりによる除隊という運命が待っている。
そのせいか最近は少し機嫌の悪い日が多かった。
全盛期の彼女は"恐怖"と称される程の実力者だったらしい。
鉄火場からは離れ難いのかもしれないな。
「まぁ、そんな話はいい…三日振りに帰ってきたんだ。今日はゆっくりする。さぁ、我が家に帰ろう。」
アウロラ姉さんは話を一段落させると、俺の腕を引っ張って、アスファルトで舗装された歩道を歩き始めた。
俺が完璧に自立できるまで同居すると、彼女の名義でこの地に家を一軒借りている。
それが彼女の言う所の我が家だ。
そして、そこで寝食を供にし、時間を共有する。
明日は姉さんも休日。
街へ出かけてショッピングや外出をするに違いない。
なんせ三日も軍の駐屯地にいて仕事をしてきたのだから労って上げないとヘソを曲げてしまう。
そういう所は案外まだ子供なのだ。
さて、明日はどういうスケジュールを組むべきか…?
歩きながら、明日の予定の算段を立てる俺。
これが、今の日常だった。
いただいた感想は今日中に返信させていただきます。
遅くなって申し訳ありません。