ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに…   作:まったりばーん

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すっかり板についている

「姉さん、昼からそんなに飲んでは体に悪いのでは?」

 

「構わん、もう一瓶追加だ。」

 

アウロラ姉さんが帰宅した翌日。

俺と彼女は週末の昼食を町外れにあるレストランで取っていた。

 

「いや、今ランチだよね?」

 

しかし机上を彩るのは昼下がりの時間帯にそぐわない物。

具体的に言うと酒瓶。

スオムスウォッカことヴィーナである。

 

「なぁに、この寒さだ。体があったまるまで飲むさ。」

 

もうすっかり真冬だというのに、外のテラス席を陣取ったアウロラ姉さんは料理をそこそこにヴィーナを注文。

忽ち、一本空にしてしまったのである。

度数の高い蒸留酒の薫りが日の差す暖かい大気を漂っていた。

 

「この味だけは変わらないんだ。今も昔も…。」

 

ヴィーナ片手にそんな事を呟く。

こういう時の姉さんは心情不安定。

この数ヶ月の付き合いで、俺はそれを熟知していた。

昨日、軍で嫌な事でもあったのだろう。

 

「フジキ、お前も飲まないか?」

 

「俺は一杯で充分だよ。それに姉さんがべろんべろんにでもなったら誰が家まで連れて帰るのさ?」

 

「私が酒に強いのは知っているだろう。大丈夫さ…ほら来た。」

 

そんな風に軽口を叩いているとアウロラ姉さんが追加で注文したヴィーナが運ばれてくる。

姉さんはウェイトレスから酒瓶を受けとると、そのまま瓶ごと口を付け酒を喉へと送り込み始めた。

彼女は酒にめっぽう強い。

度数が40を超えているヴィーナをガブガブと飲んでもその端正な顔は一切歪まず、心持ち絡みがダルくなる以外は素面と殆んど大差なかった。

だが、それでも心配だ。

こんな体の壊れる様な飲み方をしていれば、いつか限界が来る。

本当は力付くにでも止めさせたいが、力量的に無理であった。

ただ、裏を返せばこんな飲み方で感覚を鈍らせなければならない程、今のアウロラ姉さんは追い詰められているに違いなかった。

彼女がウィッチでいられる時間はもう長くない。

本人もここ最近はずっとそれを気にしている。

シンデレラにかかった魔法はいつか必ず解ける。

時計の長身と短針が一直線に12を指し示すタイムリミットは誰にだってある。

そして、それが今まさにアウロラ姉さんに差し迫っている。

彼女は一種の逃避でこんな乱酒をしているのだ。

 

「…ぅぷ。」

 

寒空に響くげっぷの音。

流石に酒豪のアウロラ姉さんも二本連続のガブ飲みは難しいらしい。

三分の一程飲み進めた所で唇から瓶を離す。

顔も仄かに赤みが増していた。

 

「…飲め、フジキ。」

 

そして、彼女は飲みかけのヴィーナを此方に突き出してそう言った。

酔っぱらう道連れが欲しいのだろう。

 

「…飲まないと駄目?」

 

チラリと抵抗の視線を色白の麗人に送る。

 

「飲め、姉さん命令だ。」

 

拒否はできないらしい。

 

「了解です。大尉殿。」

 

俺は軍人の様な口調で姉さんからヴィーナの瓶を受けとると、飲み口を唇に寄せイッキに煽る。

こういう度数の高い酒はチビチビやるに限るが、これ以上アウロラ姉さんに飲ませたくはなかった。

だから覚悟を決めて瓶を空にする。

 

「カッコいいぞ、フジキ。」

 

イッキ飲みする俺を見て赤くなった頬を吊り上げる姉さん。

にんまりと笑って嬉しそうだ。

 

 

「これでよろしいですかアウロラ大尉?」

 

「お前に階級で呼ばれると昔の事を思い出すなぁ…。あの時はまだ私は中尉だったがな。」

 

俺が瓶を空にするとアウロラ姉さんは目を細めた。

まるで、遠い昔に想いを馳せる様に。

 

「姉さんの方から昔の事を言うなんて珍しいね?」

 

俺がそう指摘すると彼女は酔いが醒めた様に視線を逸らす。

 

「…そうだな。」

 

アウロラ姉さんと俺の間にどういう過去があったかは知らない。

だが、姉さんは俺に昔の事を話したくないと言っていた。

曰く聞けば後悔するとの事らしい。

自分も俺も。

だから積極的に聞こうとも思わなかったし、知りたくもなかった。

それに、何だか自身の過去を知ってしまうと今のこのささやかな幸福が壊れてしまう気がする。

漠然とそんな風に感じる俺がいるのだ。

 

…それは姉さんも同じの筈。

 

「…なぁ、フジキ。昔の事を知りたくはないか?」

 

だが、今日のアウロラ姉さんはちょっと違った

 

話したくないと言っていた彼女自らそんな事を言ってきたのだ。

 

「どうして?真実を知っても良い事が無いって言ったのは姉さんじゃないか?」

 

アウロラ姉さんの一言に俺は眉を寄せる。

 

「いや、たしかにそれはそうだ。私だってお前に話したくない。これまでずっとそう思ってた。今でもそれは変わらない。でも、このままでは良くないと思うんだ、最近は特に…過去の事を教えてないで縛り付けてるみたいな気がして…その、私はお前に…」

 

「やめてよ、アウロラ姉さん。」

 

俺は話を続ける彼女をそう言って制する。

グラスの氷がカランと音を鳴らした。

 

「俺は今の生活に満足しているよ?姉さん…いや、アウロラさんに助けても貰って感謝しているし、こうやって身寄りがない俺に家族の真似事までしてくれて頭が上がらない。だからアウロラさんが話したくない事なら話さなくて良いし、俺も聞かないさ。それじゃあ駄目かな?」

 

俺は姉さんの紫がかった瞳を真っ直ぐ見据えて口を動かす。

 

「そ、そうだな…何だか、辛気臭くなってしまったな…すまん。忘れてくれ。思ったより酔っているみたいだ。」

 

姉さんのたどたどしい応答。

俺の目には、彼女が予想外のハプニングに見舞われた様な感じに見えた。

どこか、華奢な印象を覚える。

最近の姉さんは気弱だ。

以前ならもっと強く声を張っていただろう。

 

「そうだよ。やっぱり昼間からお酒は良くないって。嫌な事があったなら話位は聞くからさ、アウロラ姉さん。お昼を続けよう。」

 

とにかく過去の話など今はどうでもいい。

俺は話を切り上げた。

 

「…そうだな!もう一瓶追加しよう!」

 

「話聞いてた?」

 

手を上げ三度、ウェイトレスを呼ぶプラチナブロンドの姉。

駆けつけるウェイトレスにヴィーナと料理を追加注文すると、血の繋がらない姉さんはぎこちなく俺に笑って見せた。

 

───

 

「結局こうなる。」

 

俺は背中に感じる義姉の重さを感じながらそう呟いた。

あの後、姉さんはもう二本程瓶を空にしたが、その内気持ち良さそうに夢の世界へと旅立ってしまったのである。

彼女は決してアルコールに弱いという訳ではない。

だが、この規格外の人外も人間の構造には勝てないらしくヴィーナは睡眠導入剤として十全にその効果を発揮した。

そのままレストランに放って置く訳にもいかないので、俺がおんぶして帰路についているという訳だ。

 

「…くぅ…」

 

背中で可愛らしく寝息を立てるアウロラ姉さん。

時折、姉さんの鼻息がうなじをくすぐる。

女性にしては高い背丈に筋肉質な体型だが、その体重は見た目相応。

彼女のどこに兵器を持って戦える馬力が秘められているのか、俺は不思議に感じてしまう。

これも魔法力の成せる奇跡なのだろう。

 

「アウロラ姉さん、もう家だよ。起きて!」

 

「うぅ…フジキ…お前の頭が後ろにあるぅ…?」

 

暫く歩いて借り家の前に到着するも、背中の姉さんは目覚めてはくれない。

返事も要領を得なかった。

 

「頼むよ、姉さん。降りてくれなきゃ鍵が開けられないんだ。」

 

「…うんん?かぎぃ?」

 

うん、駄目だなこれ。

完全に出来上がっている。

どうしたものか?

俺の指欠けた両腕は今、文字通り塞がっていて扉を開ける事は叶わない。

しかも肝心の鍵を持っているのは姉さんの方なのだ。

彼女の羽織るコートの内ポケットに入っている。

 

「しょうがないよな…?」

 

俺は仕方なく意識の朦朧とするアウロラ姉さんを地面に下ろす。

その際、綺麗なプラチナブロンドの長髪が土についてしまわない様に、家の外壁にもたれかからせた。

そして自分でも酷く失礼な行動だとは思うのだが、眠る姉さんのコートのボタンを外してまさぐる様に鍵を探り始めた。

女性の被服をどうこうするのはこう…倫理的にくる物があるけれど今回ばかりは仕方ない。

不可抗力である。

 

「どこだ?」

 

だが、中々鍵が見つからない。

いつも内ポケットにしまっている筈なのだが、今日に限って違うポケットにいれたのだろうか?

 

「ええい、くそっ」

 

探す内にアウロラ姉さんのコートは完全にはだけてしまう。

そして、俺が鍵を求めて彼女のインナーに手を伸ばそうとした。

…その時だった。

 

「おいっ!動くなぁっ!手を上げろっ!」

 

何者かにそう叫ばれ、俺の後頭部に何か硬い物が当たる。

鍵をまさぐる手を止めた。

 

「いいかぁ、そのまま動くんじゃあないぞ?少しでも動いたらパーンッだかんなぁ?」

 

鼓膜を刺激する抑揚の乏しい少女の声。

その口振りから俺の後頭部へ当てられている突起物は何か銃器の銃口であると察せられる。

少女の指示通り俺は両腕を天高く上げた。

 

「まっまってくれっ!財布ならポケットの中にある!」

 

物盗り。

反射的にそう思った。

スオムスは治安が良い国ではあるが、まれにこういった強盗が発生する。

せめてアウロラ姉さんには危害を加えさせてはならない。

俺は姉さんを庇う様に体を彼女へ近づけた。

 

「だーから!動くなっていってんだろぉ?離れろっ!この不審者っ!」

 

しかし、少女はそれが気に食わなかった様で頭へ押し付ける突起物へ更にグリグリと力を加える。

 

「イタタタッ…不審者っ!?」

 

「そうだ!玄関口で眠りこけてる女の人の上着ひっぺがして…このヘンタイッ!ささっと離れるんだなっ!」

 

「いや、俺は不審者じゃない!」

 

「不審者は皆そう言うんだぞっ!…ん?お前扶桑人か?全く他所の国まで来てこんなことしてっ!お前のとーちゃん、かーちゃん泣いてるぞ!」

 

「だから俺は不審者じゃない!キミこそ何だ!?人にこんな事して!?不審だろ!」

 

「あーん?ワタシが不審者だとぉ面白い事言うなぁ?」

 

少女は俺の一言に語尾を強めて反応するとコホンッと咳払いを一つして、その正体を語り始めた。

 

「いーか、よく聞け?ワタシの名前はエイラ・イルマタル・ユーティライネン!スオムス空軍のトップエースッ!解ったらささっと姉ーちゃんから離れろっ!扶桑人!」

 

自慢気に自身の名を語る少女。

 

「ユーティライネンッ!?」

 

少女のファミリーネーム。

それはアウロラ姉さんと同じユーティライネン。

その事実に驚くと同時に俺は首をぐるりと回転させた。

振り向いた先にはアウロラ姉さんを二回り小さくした様な少女が立っている。

間違いない、何度も自慢話を聞いたし写真も見せられた。

 

彼女はアウロラ姉さんの実の妹エイラだ!

 

「うわっ急にこっち向くなぁっ!」

 

写真ではなく本物のエイラを見た瞬間、俺の意識は刈り取られる。

エイラの持つ丸太でぶん殴られたのだ。

 

…なんだ銃じゃなかったのね?

 

───

 

「うーんっ?」

 

「ねーちゃん!目が覚めたか!?」

 

「エイラッ!?」

 

朦朧とする意識と共に目を覚ましたアウロラ。

彼女はまず眼前に愛しの妹がいる事に驚愕する。

しかも自分はベッドの上だ。

 

「どうしてここに?」

 

「西部戦線が一段落して休暇が貰えて、ねーちゃんがこっちに引っ越したっていうから会いにきたんだ!」

 

エイラの説明でアウロラはかわいい妹が、自分を訪ねて来たのだという事を大雑把に理解した。

 

「そうか…活躍は聞いてる。よく頑張ったなエイラ!」

 

そして、幼い日にした様にエイラの頭をワチャワチャと撫で上げる。

アウロラの髪色を少し薄くしたエイラの頭髪が乱れに乱れた。

 

「ふっふーんっ!ワタシ頑張ったんだぞ!ねーちゃん!」

 

頭を撫でられ満足そうに猫なで声を出すエイラ。

もう姉に甘える歳でもないだろうに。

それを見てアウロラは苦笑した。

 

(成長しても変わらんな…お前は…。)

 

妹想いの姉は心の中でそう笑う。

 

「あれ…?」

 

だが、アウロラはここで強烈な違和感を覚えた。

 

「なぁ、イッル?」

 

「なんだ?ねーちゃん?」

 

「どうやってこの家に入ったんだ?」

 

アウロラは妹に問い掛ける。

彼女の最後の記憶はテラス席で弟分フジキと昼食、もとい昼酒を飲んだ記憶である。

そして、だいたい三本目を開けた所から今の今まですっかり時間が飛んでいた。

いつエイラが我が家にやって来たのか?

自分が自力で鍵を開けたのでないのならエイラはどうやって入ったのか?

姉にはそれが解らないのだ。

 

「ねーちゃんの尻ポケットに鍵が入ってたからそれでチョイだな。」

 

それに対するエイラの回答は単純明快だった

 

「成る程。そうだったのか…」

 

…ん?

 

この段になってアウロラはもう一つの重大な事実に気付いた。

 

妹が部屋の鍵を開けたのなら同居人のフジキは何をしていたのだろう?

 

酒でアウロラが酔い潰れていたら、普通は彼が部屋の鍵を開ける筈だ。

確かにフジキは指が少ないが義指とリハビリのお陰でもう普通の動きはなんなくこなせる。

鍵を開けるのをエイラにわざわざ頼む事はない。

 

あれ?そもそもアイツは今どこに…?

 

そんな姉の思考を知ってか知らずかエイラは言葉を続けていた。

 

「それにしてもねーちゃんダメだぞぉ?いくらねーちゃんが強いからって昼間っからお酒飲んで玄関先で寝ちゃあ…ワタシがあと何分か来るのが遅かったら、あの扶桑人の変態に襲われる所だったんだぞ?」

 

「扶桑人…の変態…?」

 

アウロラは妹の紡ぐ言葉には血の気が酷くスーッ引いていくのを実感した。

 

「まぁぶん殴って、警察署の前に置いてきたけど。姉ーちゃんも、もう二十過ぎなんだからちょっとは気をつけ…」

 

「なぁ、かわいい妹よ?」

 

アウロラはエイラの語りを中断させた。

 

「…どっどうして、ねーちゃん怒ってるんだ?」

 

その口調と眼光からエイラは、姉が怒っているのだという事を判断し震えた。

 

「うるさい…!行くぞ警察署!」

 

ゴチンッと一発妹を小突くアウロラ。

 

「まぁ説明しなかった私も悪いが…はぁ…」

 

そして大きく、酒臭いため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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