ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
「オイ、コラ!扶桑人!これはどーいう事ダッ!」
喫茶店で繰り広げられていた俺とクルピンスキーの間に割り込む抑揚の乏しい少女の声。
新たな闖入者に喫茶店の客達も視線を寄せる。
そこに立っていたのは空色の飛行服に身を纏う小柄な少女。
そして、俺の後ろから浴びせかけられたその少女の声に眼前の麗人は目を見開く。
「えっエイラちゃん...?」
今、この喫茶店に入店した人物はアウロラ姉さんの実妹エイラ。
その声の主とクルピンスキーは知り合いらしい。
意表を突かれた。
彼女はそんな感じの声を出す。
「久しぶりだな中尉。中尉にも話があるケド後だ...扶桑人っ!オマエ、ねーちゃんというモノがありながらコレはどういう了見ナンダ?事と次第によってはタダじゃすまないぞ!」
「グフッ!?」
エイラは一方的にそう怒鳴りつけると俺の首根っこを掴み、物凄い剣幕で睨み付けた。
その細い腕で成人男性一人分の体重など余裕で持ち上げる。
ネウロイなんていないのに彼女は魔法の力を顕現させ、臨戦態勢。
アウロラ姉さんの髪色を少し薄くしたブロンドヘアーの隙間に姉さんと似た獣の耳が生えていた。
狼?猟犬?いや、それよりも小さい。…狐か?
「いや、俺は何も!?」
狐耳の少女の心内で何か致命的な齟齬が生じているのは、直感的に理解できた。
「うるさい!浮気者はみんなそう言うんダっ!」
だけれども弁明の暇もない。
彼女は興奮しているのか良く解らない事を俺に怒鳴る。
そして、狐は俺に掴みかかったまま今度はクルピンスキーに噛みついた。
「中尉も他人の男取るなんて趣味が悪いゾ!」
「…どういう事かな?」
空色の飛行服を着た少女からの言葉に褐色の中尉は目を細める。
他人の男。
何だか物騒なフレーズだった。
「中尉がこの二股野郎に騙されてるなら大目に見てやるけど、コイツはウチのねーちゃんと同棲してるんだ。不本意だけどコイツはねーちゃんが選んだ男なんだ。だから、中尉もちょっかいかけないでくれ。それに中尉は同性の方が好きだろ?男なんて好きになってもいい事ないぞ、弱っちいし。」
「お姉さんってユーティライネン大尉の事?」
「そーだゾ、モロッコの恐怖アウロラ・エディス・ユーティライネンだ!」
クルピンスキーの確認に自慢げに姉の名を誇示するエイラ。
彼女もそれなりに有名人だろうに、それでも偉大な姉が誇りなのだろう。
その名を語る彼女の顔は怒っているのにフフンと鼻息をならしている風に見えた。
「...そういえば大尉は回収班の上官だったけか?成程ね。フジキくんがこの一年どこに居たのかわかったよ。」
得意気なエイラを他所に、何か合点が言った様に一人頷くクルピンスキー。
「ナニ言ってるんだ?大尉」
「ううん、何でもないよエイラちゃん。ところで…エイラちゃんこそ趣味の悪い事を言うのは辞めてくれるかな?そのフジキくんはボクの物になる予定なんだ。それに早とちりし過ぎじゃない?本当にお姉さんはフジキくんとそういう関係なのかい?」
「ハ?」
「だから本当に大尉とこの扶桑人がそういう関係なのか聞いて見ればいいんだよ。さっき触れあった感じ随分と初心だったからね。もしかしたら、エイラちゃんの望む回答を得られるかもしれないよ?」
からかう様にそう続けるクルピンスキーにエイラは訝しげな視線を送る。
「…それもそうダナ。」
だが、長身の魔女の言葉に納得した物があるのか、彼女は俺の襟から手を離した。
俺の身体は重力に従いガタンと椅子に腰を落とす。
「単刀直入に聞くぞ?」
俺に目を真っ直ぐ合わせるエイラ。
目を逸らそうとする俺。
───目を逸らすのはマナー違反。ここ欧州ではね。
だが、昔どこかで聞いた事がある様なフレーズが脳内で反響し、己の意に反して視線を逸らす事ができなかった。
互いに目をジロリと合わせながらエイラは舌を動かし始める。
「お前はねーちゃんとそういう関係なんだよな?」
そして、俺が先程クルピンスキーへと問い掛けた質問に少し似ている質問を投げ掛けた。
「…そういうって?」
「あーっ!だから男女がイチャコラする関係って事だよ!」
問い返す俺にエイラは少し顔を赤らめ絶叫する。
このスオムスの少女が俺に聞きたい事。
言葉は濁されているが彼女は聞きたい内容を明確に俺に示した。
…まぁ、誰でも男女が一つ屋根の下で暮らしていればそう思うのも無理はない。
その真意は解る。
心なしかクルピンスキーが俺へと注ぐ視線も期待の目へと変わっている。
そんな気がした。
「俺とアウロラねぇ…いや、アウロラさんとの関係は決してそんな関係じゃない。アウロラさんは記憶を亡くした俺を憐れんでくれて、俺はそれに甘えているだけだ。だから、そもそもの話、あの人にそんな風な感情を抱く事がおこがましい。…そう考えている。」
率直に思っている事を口に出す。
クルピンスキーが口角を鋭くするのか解った。
俺はアウロラさんに甘えている。
そして、俺の忘れた何らかの要因によってアウロラさんはそれを良しとしている。
もしかしたら意図的ではないにしろ彼女の罪悪感につけ込んでいるのかもしれない。
それが俺とあの人との関係性であろう。
そして、それが良くない事であるというのは理解していた。
確かに彼女の整った顔や、髪から香る体臭にドキリと心が動く事はある。
でも、そんな風に…言い方は悪いが利用している人物に恋愛感情を湧く程、俺も人間を辞めている訳ではない。
いつか自立しようとも思っている。
そもそも、アウロラ姉さんはそんな感情を俺へと向けるだろうか?
多分それはないだろう。
アウロラ姉さんと俺とでは色々と釣り合わない物が多い。
あの銀狼のウィッチが俺に世話をやくのは罪悪感か何かに依る物で、そういう感情とは別物だ。
だから、妹であるエイラが俺にそんな疑念を持つ事は取り越し苦労。
決してスオムスの少女が勘違いしている事にはならない筈なのだ。
「本当…カ?」
問いに答えた俺の本心を再確認する様にエイラは喉を震わせる。
「本当だよ。何を勘違いしてるのか解らないけど…キミの取り越し苦労だ。」
「そうか…ホントのホントの本当にねーちゃんをそういう目では見てないんダナ?」
「あぁ…」
短く首肯してみせる俺。
ここで初めてエイラは険しい顔を穏やかな物へと変貌させた。
「…良かった。本当に良かった。」
そして、心底安心した様にスオムスの少女は一言そう呟いたのだった。
───
「で、本当は何の用で来たの?わたしを訪ねに来たっていう訳ではないのでしょう?」
寒村の一室でホットワインを飲み干したロスマン。
彼女は既にアウロラが単に自分を訪ねに来た訳ではないという事を理解していた。
アウロラとロスマン。
二人に親密な交友があった訳ではない。
確かにペテルブルグ基地で時を共にした事はあったがその関係は知り合い以上友人未満。
廊下やハンガーですれ違えば挨拶をかわす程度。
そんな付き合いだ。
同郷のニパやいつもニパと一緒にいる直枝の方がアウロラと仲が良かった。
だから、わざわざロスマンを目的に足を運ぶといった事はしない筈だ。
何故なら、ロスマンもそうしないだろうから。
けれどもこのスオムスの勇猛な陸戦魔女がこの場所に来る。
その理由については検討がつく。
「当ててあげましょうか?」
押し黙るアウロラにロスマンは人差し指をピンと上げた。
その仕草はまるで先生の様である。
「…ご明察の通りだ。フジキだよ。私の目当ては。」
だが、スオムスの銀狼はロスマンが言葉を発する前に躊躇いがちに口を開いた。
「ふふっ…やっぱり。」
相手の言いたい事に先手を打てて嬉しかったのか銀狐は可愛らしく喉を鳴らす。
ロスマンとフジキが因縁深い関係である様に、アウロラもまた彼と関係が深かった。
彼女が扶桑の歩兵が負傷除隊した事に相当の責任を感じていたのは先生も知っている。
表面上は何事もなかったかの様に過ごしていたが、一時期、飲酒の量が倍増していたのはペテルブルグでは有名な話である。
アウロラはフジキ目当てでこの家へとやって来たのはどうやら間違いなさそうだ。
けれど惜しい…アウロラはその目的を果たす事はできない。
今のロスマンと同じ様に。
…かわいそうに。
ロスマンは眼前の北国の魔女に、自身と同類であるという一種の哀れみを感じた。
今、その事実を彼女に教授するのが先生の役目であろう。
小さなウィッチはそう確信する。
だから少し躊躇いがちに言葉を続けた。
「…どうやって彼の居場所を知ったのか解らないけれど、宛が外れたわね。彼はもうここには居ないわ…。わたしだってどこにいるか知りたい位よ。」
そして新しいホットワインを注ぎながら鈍色の少女は目を伏せる。
温酒のシナモンの香りが再びふわりと広がった。
「…曹長も知らないのかアイツが今どこにいるのか。」
「えぇ残念ながら、来るのが一年遅かったわね。無駄足よ。」
「みたいだな…勘違いしていた様だ。私は。」
アウロラは寂しげに声帯を震わせた。
酷く落胆しているに違いない。
声の強弱からその心内を推察できた。
「…それで?もう帰るのかしら?」
「そうだな、あまり長居するとクルピンスキー中尉に悪いかもしれん。」
「いつ帰ってくるかも解らないけれどね。わたしとしては付き合ってくれた方が嬉しいのだけれど。」
…同じ同類として。
ロスマンは心の中で思った事をすんでのところで喉元で留める。
「どのくらい前に出て行ったんだ?彼女は?」
「二時間位前かしら?わたしが少しお酒を買いにいっている間にどこかへ…何の断りもなく行っちゃうんだから。まぁ、あの人らしいわね。」
「…そうか。行き先に心当たりは?」
「さぁね。可愛い娘から電話でもあったんじゃない?あの人、基地の数だけ子猫ちゃんがいるらしいし。」
「この家に電話線はひかれていないだろう?」
「よく知っているじゃない。」
「まぁな…そろそろおいとましよう。ホットワインをありがとう。」
「あら、もう帰ってしまうの?」
「あぁ、だいたい今の状況を理解した。私がとんでもないすれ違いをした事もな。」
そう言って席を立つアウロラ。
どうやらもう付き合ってはくれないらしい。
銀狼の脚は真っ直ぐと玄関の方へと向かっていく。
収穫もないのでこのまま退出するのであろう。
彼女の手がドアノブに触れる…その時だった。
「まって!」
突然、ロスマンは絶叫した。
彼女の叫びでアウロラはその動きを静止させる。
「なんだ曹長?」
「最後に一つ聞きたいの。あの日の事どう思ってるの?」
「あの日の事?」
「とぼけないで…解るでしょう?どうしてあの日、貴女は警告を無視して捜索を強行したの?一晩待とうとは思わなかったの…!?」
感情的なロスマンの声。
アウロラは苦々しげに顔を歪ませると深く息を吸い込んだ。
「反省はしている。」
そして、ゆっくりと口を開く。
「!…じゃあどうしっ」
「だが!後悔はしていない!」
アウロラは声を荒げた。
「現に曹長、貴女は五体満足でここにいて支障なくその義務を遂行できている!」
そして怒りでも、悲しみでもない声音でもって、ロスマンへと叫び返す。
「…なっ!」
「もしあの時、私が捜索を強行しなければ貴女は今ここにはいない!私のやった事は確かに非難されるべき事だ!だが、間違ってはいない!自責の念はあれど後悔する事はない!陸兵の指五本と引き換えにウィッチを一人回収できた!十二分過ぎる戦果だっ!そうだろう先生!」
アウロラの絶叫にロスマンは息を呑む。
何も言い返せない。
それは残酷なまでに正論である。
上司のラルにも言われた、疑い様のない正論だった。
鈍色のウィッチはそう思う。
今度は小さな曹長が押し黙る番だった。
「…だからこそ私はアイツに報いなければいけないと思っている。」
そう言ってアウロラは再びドアノブに手をかける。
「すまない感情的になったな。失礼する。」
そして静かになった魔女に一方的にそう言うと、玄関を押し開け退出した。
バタンと音を立てて閉まる扉。
寒村の一室にはまたロスマン一人だけとなる。
「…それでもわたしは納得できない。」
一人になった室内で狐はポツリと呟いた。
───
(マズイそういう事だったか…!)
帰りの列車の中。
焦る思考のアウロラはじっとできずに先程から車内をいったりきたりしていた。
あと一駅で最寄り駅へと到着するというのに気が気ではない。
「クルピンスキー中尉と入れ違いになっていたとは!」
アウロラが焦る理由。
それが思わず声に出ていた。
電報の番地へと行けばフジキを見つけられると思っていた。
しかし、実際には迎えに出かけたクルピンスキーはあの場所におらず、アウロラ達の住む町にまだ留まっていたのだ。
おそらくクルピンスキーはあの寒村へは帰らない。
何故なら同居人で事態の直接の関係者であるロスマンにもフジキを迎えに行く事を黙っていたからだ。
おそらくロスマンには黙っておきたい関係性なのだろう。
───基地の数だけ子猫ちゃんがいるらしいから
先程のロスマンとの会話を思い出す。
クルピンスキーが女好きの節操なしだという事はペテルブルグの誰もが知っていた。
妹分のニパからもその被害を訴えられた事があったし、セクハラ現場の目撃もしている。
けれどまさか…。
「まさか、両方いける質だとは思わなかったぞ伯爵!」
あの女好きの伯爵がまさかフジキと関係していたとは思わなかった。
どういう接点で知り合ったのか?
ロスマン経由?それとも回収班の仕事の時?
解らない。
それに今、家に戻ってもフジキとクルピンスキーがまだ街にいるという保証もない。
もしかしたらまたすれ違っているかもしれないのだ。
だけれども、今のアウロラには家のある街に戻りフジキとクルピンスキーを探し回る他に術はない。
それしか選択肢はないのだ。
「…やっとか!」
ぐるぐると回る思考が中断される。
列車が駅へと到着し停車した為だ。
アウロラは列車のドアからその身を弾き出すようにホームへと降りたった。
「ねーちゃん!」
「イッル!?」
アウロラがコンクリート造りのホームへ靴底を付けた瞬間。
愛する妹、エイラが彼女の元へとかけよってきた。
「どうしてここに…?」
「そろそろねーちゃんが帰って来ると思って待ってたんだ。」
「なぁ、フジキは…」
「安心してくれ、アイツは今家にいる。」
アウロラが全部言う前にエイラが安心させる様にそう報告する。
「そうか…!」
クルピンスキーと何があったか解らないが、恐らく自分の意思でアウロラの元へと帰って来てくれたのだろう。
フジキがクルピンスキーではなく私の方を選んでくれた。
その事実にアウロラは反射的に顔を綻ばせる。
何とかいつもの週末の夜を過ごせそうだ。
そう思うと先程の焦燥感はどこへやら…。
気の抜けた安心感が彼女の体をかけ巡った。
「…良かった。本当に良かった。」
アウロラはほっとした様にそう声に出す。
「ねーちゃん、家に帰る前に一ついいか?」
そんな胸を撫で下ろす姉に向かってエイラはおずおずと言葉を紡ぐ。
「どうしたイッル?」
姉であるアウロラは頭一つ背の低い妹に目を合わせる様に目線を下へと移動させた。
「なぁ、ねーちゃんはあの扶桑人をどんな風に見ているんだ?」
エイラは姉に昼に聞いた質問とは少し違うニュアンスの疑問を投げ掛ける。
小さな可愛い妹の声は勝ち誇った様に弾んでいた。