ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに…   作:まったりばーん

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いや忙しいんです…ユルシテ…ユルシテ…
タグにアウロラねーちゃんを追加しました。


すっかり危ない雰囲気ね

ガチャリと扉の開く音。

それに続いてユーティライネン姉妹の帰宅をつげる声が鼓膜を刺激する。

 

「…ただいま」

 

「今、帰ったぞ~!」

 

太陽が沈み、住宅地の各家庭から夕食の匂いが漂い始めた頃、アウロラさんは妹のエイラを伴い帰宅した。

迎え入れる俺の目に飛び込むのはアウロラさんの腕に絡み付くエイラという構図。

姉妹愛を感じる仲睦まじい光景である。

背丈や顔付きは全然違うが顔や体のパーツ単位で結構似通っている部分があり、こういう風に並ぶと改めてその血の近さを感じる。

 

「お帰りなさいアウロラさん、妹さん。」

 

俺がそう言うとアウロラさんは怪訝な顔になった。

 

「…さん?」

 

おそらく俺が彼女に放った"アウロラさん"という言葉が気になったのだろう。

普段は彼女の要望でアウロラ姉さんと呼んでいる。

昼間レストランで諭す様に言ったのを除けば、こうやって面と向かってアウロラさんと呼ぶのは実に久し振りの事だった。

すぐさま俺は訳を話す。

 

「あぁ、妹さんが家にいる間は姉さんと呼ぶのは控える様にって…」

 

自分がいる間は彼女の事を姉さんと呼ばないで欲しい。

これはエイラからの要望であった。

多分、見ず知らずの男が実の姉であるアウロラさんを姉さんと呼ぶのが気に食わなかったのであろう。

 

「そうだぞ!ワタシの目が黒い内はねーちゃんをねーちゃんって呼んでいいのはワタシだけだ!」

 

それを肯定する様に、アウロラ姉さんの隣にいるエイラはここぞとばかりに声を上げた。

 

「…ニパも私の事をねーちゃんと呼んでいるじゃないか?」

 

エイラの言い分に目を丸くして応える彼女。

納得がいかないという表情である。

 

「ニパの奴は特別だ。コイツはダメだ。男だし、年齢だってねーちゃんと同じ位じゃないか?年下じゃないじゃん。」

 

「私が彼に姉さんと呼ばせているんだ。私が認めているのだからいいだろう?」

 

「ダメな物はダメなのっ!さっ晩飯にするぞ!」

 

それだけ言って小さい方のユーティライネンはダイニングの方へと駆けていく。

 

「おいっ!イッル!」

 

それを引き留め様とする大きい方のユーティライネン。

そんな彼女に俺は待ったをかけた。

 

「まぁ、いいじゃないかアウロラさん。」

 

「フジキ…どうして止めるんだ?」

 

彼女は不服そうにサファイアの瞳に眉寄せた。

 

「ここは妹さんの気持ちを汲み取ってあげるべきだよ。知らない男が、勝手にアウロラさんを姉さんだなんて言ってた物だから焼き餅を妬いちゃってるんじゃないのかな?自分の姉さんなのに…って。聞けば明日にはペテルブルグ基地の友達の所に行くらしいから…それまでは、ね?」

 

実際、エイラの気持ちも解らなくはない。

自分が知らない間に大好きな姉がどこの国の人間ともしれない男に姉さんなんて呼ばれてたら何だか嫌な気持ちになってしまうだろう。

俺の方にそんな気持ちはなくても、取られたとか考えてしまうに違いない。

ましてや、その職務の都合上中々会えない姉である。

思春期のエイラにとって年単位に渡る姉妹の断絶は耐え難かった筈だ。

そういう事を考えればエイラの要望通り大人の俺が姉さんと呼ぶのを我慢するのが道理という物である。

 

「…お前は?嫌なのか?」

 

…だが、そんな俺の考えとは裏腹にアウロラさんは声音を一段低くして声帯を震わせた。

 

「え?」

 

「お前は私の事を姉さんと呼ぶのは嫌なのか?本当は嫌だけど私がそう呼ばせているから、仕方なく姉さんと呼んでいる…そうなのかっ!?」

 

まるで予期せぬスイッチに触れてしまったかの如き豹変。

いつもの楽天的な彼女からは想像もつかない声の質に虚を付かれる。

 

「どうなんだフジキ!?」

 

そのままガシリと肩を掴まれた。

肩にかかる指圧は強く、服の双肩に忽ち皺が拡がる。

何だかおかしい。

まるで焦っている様な…?

どこか、酒に溺れている時のアウロラさんの声に近い。

 

「…そんな事ないよ、アウロラさん。」

 

間近でアウロラさんと交差する目線。

呆気に取られた俺はそう呟くのがやっとだった。

 

「何やってんだー二人とも!晩飯、あっためるぞ~?」

 

結局、ダイニングにいるエイラの俺達を呼ぶ声が聞こえるまで、肩に置かれた狼の指がその拘束を解く事はなかった。

 

───

 

「これはイッルが作ったのか…?」

 

先程の豹変が無かったかの様に振る舞う姉ライネン。

彼女はテーブルに並べられた湯気立つ赤いスープを見て感嘆の声を出す。

我が家ではアウロラさんがいない時を除いては、殆んど夕飯は外食である事が多い。

まだ軍人である彼女は時間もないし、俺も料理ができる程、指の機能が備わってないからだ。

その為、テーブルに並べられた料理を見てエイラが作った物だと考えたのだろう。

 

「う~ん、まぁそうだな?」

 

「どうして疑問系なんだ…これはボルシチか?」

 

語尾を濁すエイラを尻目にスプーンで赤色のスープを一口掬う。

彼女が口に出した料理の名はオラーシャの赤カブを使った伝統料理。

スオムスでも国境近くでは馴染み深い物だ。

 

「…うーん?」

 

しかしスープを口に含んだ銀狼はすぐにそれがボルシチではない事が解ったらしい。

 

「トマトかこれ?それにエンドウ豆?」

 

赤のスープを咀嚼し食道へと送り込むと、彼女は具材を言い当てる。

このスープの正体はトマトとエンドウ豆のポタージュスープ。

スープの赤さはカブではなくトマトを煮込んだ事による色であったのだ。

 

「よくこんな手の込んだ物をつくれたな…イッル。」

 

味付けが気に入ったのか、さかんにスプーンを上下させるアウロラさん。

称賛の眼差しをエイラへと送った。

トマトはこの北欧の地では馴染みが薄い存在なのだ。

 

「んんっ!…まぁなっ!知り合いに料理が上手いのがいるんだ!」

 

口一杯に赤いスープを頬張りながら妹ライネンは若干、詰まり気味に返答した。

 

「…そうか。」

 

だが、そんなエイラの返答を見て、アウロラさんは妹へむける目の色を変える。

一年程、一緒に過ごしたからこそ解る彼女の視線の変化。

水晶の様な瞳が心なしか鋭くなっている。

これは何かを考え込んでいる時の目の形だ。

そして、そんなアウロラさんの瞳をマジマジと見つめてしまったからだろう。

 

「フジキ、どうした?」

 

銀髪の麗人はエイラへと向けていた疑いの眼差しを、そっくりそのまま俺の方へと移動させた。

俺が彼女の視線の変化に気付いた事を気付いているのだ。

一年、供に過ごしたから。

同居人の所作はよく解る。

自分も彼女も。

そしてその変化にどういう意味があるのかも。

 

「いいや、なんでもないよ。」

 

そう返して視線を逸らす俺。

 

「どーしたんだ?二人とも?」

 

急に黙り込んだ俺達二人にエイラは疑問符を浮かべている。

口の中にはやけに懐かしさを感じるトマトの味が拡がっていた。

 

───

 

「全く疲れた一日だったな。」

 

会話の少ない夕飯を終え、シャワー、歯磨きなど一通りの寝支度を完了させた俺は自分の寝室のベッドの上で一人そう呟く。

もう大分前から寝床に就いてはいるものの中々眠れずにいた。

今日は色々あった。

目蓋を開いたまま今日あった事を振り返る。

 

…アウロラ姉さんとのいつもの一日を過ごせると思っていたら、妹のエイラに殴られ、警察のご厄介になり、クルピンスキーという麗人に所有権を宣言され、終いにはあのアウロラさんだ。

 

帰ってきてからというものどこか様子がおかしい節がある。

彼女からいつも感じる大胆不敵な余裕が微塵も感じられないのだ。

そればかりか、何かに焦っている気配すらする。

 

「まぁ、それは俺も同じか…」

 

天井を見上げながら誰に言うでもなく言葉を続けた。

自分でも今の俺は挙動不審だというのは解る。

まだ口の中には昼間感じた麗人の舌の躍動と、さっき食べたトマトスープの懐かしい味が残っている。

その二つが平静を掻き乱す。

一体どうして俺はクルピンスキーに懐かしさを感じているのか…?

そして、あの褐色のウィッチがスープと料理を数品作り、この家を去る際、放った言葉が頭から離れない。

 

─もし、ボクに興味が出たら。いや、自分の過去に関心があったら、この住所に来てよ。交通法は上げるからおいで。そしたら一緒にベルリンへ行こう。面倒はボクがみて上げる。まぁ、キミはボクを選ぶんだけどね。

 

そう言って渡された紙切れ。

そこにはこの地から電車で一時間程離れた土地の番地が記載されていた。

見覚えのない住所だが、クルピンスキーの言い方から察するに過去の俺と因縁深い地であるのは間違いないのだろう。

 

「どうすればいいんだ?」

 

考え続けても答えはでない。

エイラからはクルピンスキーの所へいっちまえなんて言われたが、はいそうですかと行ける相手ではない。

なんせ未知の相手なのだから。

それに、俺の頭の理性は盛んにアウロラさんと一緒にいろと言っている。

彼女と一緒にいて心に感じる安らかさに甘えてしまえと言っていた。

もとより彼女以外に身寄りのない俺だ。

いずれ独立するにせよ、生活に慣れてきているこの北欧を離れるのは些か冒険心が過ぎる。

 

…でも、その一方で今日会ったばかりのヴァルトルート・クルピンスキーに心惹かれる俺がいた。

 

過去の因縁も関係なく、伯爵を名乗る麗人に心を奪われてしまったのだろうか?

一年の間、寝食を供にしたアウロラさんよりも。

 

その時だった。

 

キィッ…

 

鈍寧とする俺の思考を中断する様に、寝室の扉がゆっくりと開かれた。

そして、おずおずと寝間着に身を包んだ銀髪の同居人が入室してくる。

 

「アウロラさん?」

 

どうしてここに?

彼女は今日、自分の寝室でエイラと一緒に寝ると言っていた。

 

「…姉さんだ。そう言え。ここにはエイラはいない。」

 

義姉はそう言うと不機嫌そうに俺に命令した。

 

「それともやっぱりそう呼ぶのは嫌なのか?」

 

「そんな事ないよ…アウロラ姉さん。」

 

「そうだ、それでいい。それなら私もまだ自制できる。」

 

銀色の魔女はそれでいいんだと言わんばかりに首を縦に揺らす。

そして、そのまま歩みを進め俺のベッドへと腰を落とした。

長居するつもりらしい俺の寝室に。

 

「姉さん…俺の部屋にいたら妹さんが良い顔しないんじゃ…」

 

姉が大好きな妹ライネンの怒った声を思い出す。

一緒に寝ていた筈の姉が俺の部屋に居る事に気付けばまたややこしくなるだろう。

 

「うるさい、その名前は出すな。女性と二人きりの時は他の女の話はしない方がいいぞ?」

 

だけれども彼女はそう言って俺の抗議を封殺する。

 

…女って。

 

自分の妹だろうに。

どういう訳だか今の義姉に何かとてつもない危うさを感じた。

 

「なぁ、フジキお前にいくつか聞きたい事があるんだ?」

 

そんな危惧を知ってか知らずかアウロラ姉さんは舌を動かし続ける。

 

「私はお前の何だ?」

 

「え?」

 

彼女の口から飛び出した質問に俺は間延びした声を上げてしまう。

 

「だから私はお前の何なんだ?答えろフジキ。」

 

そして、ベッドに横たわる俺に体重を傾けながらその答えを急かしてきた。

 

「姉さんは…恩人だ。」

 

俺は思っている事を吐き出した。

 

「ほう?」

 

姉さんは興味深気に眉を動かす。

 

「昼間も言ったと思うけど、記憶の無い俺の面倒を親身になってみてくれて、とても親切な人だと思う。感謝しかない。全くの赤の他人なのに。ありがとう。」

 

「それだけか?」

 

「それだけって…」

 

他に何て言えばいいんだ?俺は?

 

「…そうか、結局私は赤の他人なんだな、お前の中では。」

 

だが、言葉に詰まる俺を見てアウロラ姉さんは酷く落胆したように声のトーンを落としてしまった。

赤の他人。

俺が何の気なしに言った単語が彼女の中でピックアップされている。

 

「いやそんな赤の他人だなんてのは、言葉の綾で…」

 

「でも、何も考えないで率直に言ったんだろ?お前は?」

 

取り繕うとした俺の退路を姉さんはすぐに塞いでしまう。

 

「なら、それがお前の本心だ。恩人だけど赤の他人。大方、何の見返りもなしにお前を手助けする私の事を素直な目でみれないんだろう?違うか?」

 

そして被害妄想を拡大させながら、言葉のラッシュを浴びせる。

 

「そこまでは思ってないっ!どうしたんだアウロラ姉さん…さっきから様子が…おかしいよ?」

 

酷くナーバスな彼女に耐え兼ね、声を上げる。

しかし、返ってきたのは俺の予想値を越える物だった。

 

「…結局お前は私の元から去るつもりなんだろう?」

 

とても低い声でアウロラさんはそう言った。

 

「さっきエイラから聞いた。いずれ自立するつもり…そうなんだろう?」

 

───いつか自立しようと思っている。

昼間、二人のウィッチの前で俺が語ったその事を、何かの折にエイラ経由で知ったのだろう。

別におかしい事はない。

 

「…だってそりゃあ」

 

貴女にこれ以上…

 

「なぁ、聞いてくれ…フジキ」

 

…迷惑はかけられない。

 

そう言い返したかった。

でも、何も言えずに呆気に取られた。

 

「私は軍隊が好きだ。自分でも異常だと思うが…戦場が性にあっている。それしか生き方を知らないんだ。でも、もう私は軍にはいられない。そんな私が…十年も前から闘ってきた私がっ…今更、普通の暮らしをできるとはとても思えなかった…でもこの一年、一緒に居て思ったんだ。お前となら、フジキとならなんとかやっていけるんじゃないかって…。多分、お前が弱いから…お前の面倒をみてる内にそれが心地よくなってしまった。つまり、私も弱いんだろうな…。」

 

危うい考えを吐露するアウロラさん。

どこまでも、いつもの彼女とは違っていた。

 

「だから…お願いだ。一緒に…一緒に居てはくれないか?お前を縛っている自覚はある。でも、一人じゃあ、やっていける自身が無いんだ。平和な世界は私にとってズレ過ぎている。」

 

「アウロラさん…。」

 

姉さんと呼べ。

そう言われていた筈なのに。

思わずそれを忘れてしまう。

それ位、俺をみくだす紫水晶の瞳は弱っている風に感じられた。

だけれども、そんな弱っている彼女に俺は甘えてもいいのだろうか?

むしろ、俺という存在がアウロラ・エディス・ユーティライネンが平和な世界で生きていく為の枷になってしまうのではないだろうか?

期限の切れた魔女の瞳を見て俺はそう感じずにはいられなかった。

 

「やっぱり甘えてばかりはいられないよ。」

 

「は?」

 

信じられない。

そう代弁する様に彼女の相貌は震え始めた。

 

「貴女は俺に依存しているだけだ。それは良い結果になるとは思えない。ここまで甘えてしまった俺にも責任があるけれど…俺は貴女から自立すべきだと思う。」

 

「…そんなっ!」

 

鼓膜を貫く狼の絶叫。

アウロラさんの震える相貌が、俺を睨み付ける物へと変わっていく。

だが、ここで彼女を拒絶しなければ。

何か取り返しのつかない事になってしまうと、頭が警鐘を鳴らしている。

 

「やっぱり…!やっぱり、お前はクルピンスキーを選ぶんだなっ!」

 

しかし、アウロラさんはそう叫ぶと徐に俺に掴みかかってきたのだ。

 

…どうして、俺の頭のアラートはあてにならないのだろう?

 

 

 


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