ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
クルピンスキー。
色白の同居人の口から褐色の麗人の名が飛び出た。
小麦肌の彼女もアウロラ姉さんの事は知っていたから、お互い面識があるのだろう。
でも、どうして俺があの魔女と邂逅した事を知っているのか?
「どうして…」
「そんな事はどうでもいいっ!」
動揺する俺を彼女は再び怒鳴って圧する。
「あの料理、イッルが作ったのではないのだろう?アイツはそんなに器用じゃないからな。」
確認する様に言葉を続けるアウロラ姉さん。
俺の襟首を掴む指圧が強くなった。
「なぁ…私のどこが不満なんだ?」
気道が締められ苦しくなる息。
のしかかる彼女の頭からは髪の毛と同じ色をした狼の耳が顕現していた。
衰えたとはいえ陸戦魔女。
同居人の身体の中には未だに人外の残滓が残っている。
昼間、目にしたクルピンスキーやエイラの剛力に比べれば幾分か弱く感じられるが…。
それでも常人を圧倒するには充分だった。
「恩着せがましく言いたくはないが衣食住を確保し、職の斡旋もしてやった。それでも…出ていくのか?私の元から?クルピンスキーの所へ?」
声に怒気を孕ませ、淋しそうな表情で訴える。
うっすらと瞳に光る物が見てとれた。
…ズルい泣くなんて。
「やっぱり気持ち悪いのか?無理矢理姉と呼ばせているのが…」
ますます彼女の俺にかける体重が重くなった。
「それとも容姿?お前はあんなのが好みだったのか?…私の肌の色では駄目なのか?それなら日焼けする…」
そして口調を必死な物とし、拒絶の原因を探り当てようとする。
「言ってくれれば治す。だから…私の傍から…」
しかし、俺の拒絶する理由はそのどれにも当てはまらないのだ。
「アウロラ姉さん…ソレだよ。」
圧迫される肺を上下させ俺は声帯を震わせた。
「その態度だ。以前のアウロラ姉さんなら、たかが俺の為にそんなにならなかった筈だ。昔の貴女はもっと強く、気高かった。そんな貴女に記憶の無い俺は救われたんだ。ここにいるのが強い貴女のままだったら…俺の自立を誰よりも喜んでくれた筈だっ!」
「…っ!」
俺の指摘にアウロラさんは言葉を詰まらせる。
思う所があるのだろう。
この一年で酷く弱くなった彼女。
俺は日々覇気の無くなっていくウィッチをすぐ近くで見てきた。
だから…
「…もう、魔法は解けたんだよ。」
今の彼女はそう言って、自傷気味に目を逸らす事しかできないのだ。
「私だって強くありたい。でも、終わりだ。もう終わりなんだ。」
そして覚悟を決めた様にアウロラ・エディス・ユーティライネンは次の行動を実行する。
「だからフジキ…弱い私を許してくれ。」
視界がアウロラ姉さんの端整な顔面で一杯になった。
───
「…ああいうコトをしてもすぐには魔法力は消滅しないんだな。」
「…」
全てのコトが終わった後。
ベッドの上でアウロラさんは呟く。
その白磁の如し肌は若干赤みがかっており、少し息も荒れていた。
それが先程まで繰り広げられていたコトの激しさを思い出させた。
だが、コトが終わった後も予想に反して彼女の頭にはまだ狼の耳があり、尾底骨の付け根からは肉食獣の尾が生えている。
「巷で噂されている程、男女の行為は魔法力の喪失には直結しない様だ。でも、ただでさえ底を尽きかけていた残りカスが一層、弱くなった。もう私も只の女と変わらないな。」
そう言って彼女は手をグーパーさせる。
残された己の魔法力を推し量っているのだろう。
その反応から、ああいった行為で力が弱まるというのは間違いないらしい。
「不思議な感じだ。喪失感はあまりない…でも何だか感慨深いな。相手がお前だったからかなフジキ?」
そして彼女は目を細めると、殆んど裸の姿のまま俺にその身をしなだれかける。
その姿はとても満足そうだった。
「…」
先程から一方的に喋るアウロラさんに俺は何も言い返せない。
いや、言い返せる余力もない。
「あんまり痛くはないのだな。」
それでも、黙ってばかりの俺に声をかける彼女。
女性とはこういう物なのだろうか?
(…普通、男女逆だろ?無理矢理ってのは?)
俺が思う事はただそれだけ。
どういう思考回路でアウロラさんがあの暴挙に出たのかは解りたくないし、考えたくない。
でもこうすれば俺が自立できなくなると彼女が考えたのは嫌でも解ってしまった。
失った物がある彼女の方が、失う物が無かった俺よりも充足感のある顔をしている。
…未だ実感が湧かない。
両目一杯に同居人の顔が広がったと思ったら、口の中に昼間感じたのと同じ、肉と肉とが絡まる感触が拡がり、その後はなし崩し的にその続きが始まった。
続きと言っても仲睦まじい物ではない。
細い白樺の様な腕に組み伏されながら奪われる様に身体を重ねた。
そう言えば、交わっている時にアウロラさんは結構大きな声を出していた。
(別の部屋にいるエイラに聞こえてはいないだろうか?)
鈍くなった俺の脳は漠然とそんな風に思考する。
まぁ、聞かれていても今更どうしようもないのだが、こんな所が見られれば本当に妹ライネンに殺さねかれない。
「イテッ…!」
突如、肌に感じる鋭い痛み。
「…今、別の女の事を考えていたな?」
見るとアウロラさんが俺の二の腕にその鋭い爪を立てている所であった。
「勘が良いよねやっぱり。」
「クルピンスキーの事か?」
食い気味に問い掛ける彼女。
「奴に何をされたんだ?これ以上の事か?」
ちょっと前まで満足そうだった顔はどこへやら。
再び彼女の顔面が焦燥感で彩られる。
「違うよ。クルピンスキー中尉じゃない。妹さんの事だ。」
「イッルか?」
「怒ると思うよ妹さん。アウロラ姉さんもなんでこんな…」
「アウロラだ。」
「え?」
「これからもう姉さんともさんとも付けるな。アウロラと呼べ。」
確かにもう姉とは言える間柄では無くなってしまった。
あの家族ごっこへは戻れない。
でも…
「壊したのはアウロラの方だ。」
「解ってるさ。」
そう反応すると、アウロラはやっと爪を肌から離した。
何が正解だったんだろうか?
心の中のモヤモヤとは裏腹に、体全体に心地よい倦怠感を感じながら俺は眠りへとついた。
───
「じゃあ、帰りがけにまた寄るゾ。」
「あぁ、ニパの奴によろしくな。次はちゃんと来る前に連絡しろ。」
「ねーちゃんを驚かせようと思ったんだ。」
「それは嬉しいが…こっちも色々準備がある。」
翌朝、自宅の玄関先。
ペテルブルグ基地の親友に会いに行くというエイラはアウロラと何気ない会話を交えていた。
真夜中にあった事はどうやらばれてはない様で、俺としてはひと安心である。
「本当に駅まで見送らなくていいのか?」
最初、アウロラはエイラを最寄り駅まで見送ろうと提案したのだが彼女はそれを固辞。
見送りは玄関までで良いと主張した。
という訳で久し振りのユーティライネン姉妹の再会はここでおしまいという事になる。
ペテルブルグ基地からの帰りに、またこの家に滞在するとは言っているが、もう少し姉妹との時間を共有したいとは思わなかったのだろうか?
「うん、だいじょぶ。ねーちゃん。今生の別れってんじゃあないんだから。」
「イッルがそれで良いなら良いんだが…」
アウロラもそんな彼女の態度を不思議がっている。
昨日は色々あったので二人はあまり一緒の時間を過ごせていない。
アウロラも名残惜しそうだった。
「…オマエも悪かったな。いきなり叩いちまって。」
突然、エイラはアウロラに向ける視線を俺の方へと転換し、そんな事を言ってきた。
「いや、あれは俺も悪い…キミはお姉さんを守ろうとしただけだ。」
俺はすぐにそう返す。
後から考えてみればあの状況、俺がエイラの大好きな姉を襲っている様に見えてもおかしくなかったのであろう。
だからといって警察署に放り込むのはどうかと思うが、こっちにも反省すべき点は多くあった。
「…ねーちゃんの事、頼んだぞ。」
「…ん?あぁ…。」
その言葉に俺は素直に返答できない。
昨夜の過ちがどうしても脳裏に過る。
エイラはこの事を知らないのだ。
純真な少女を不本意だが裏切ってしまった。
もし、エイラがぐっすりと眠る寝室の隣で彼女の敬愛する姉と俺があんな事をしていたと知ったら…。
果たして今と同じ様な言葉をかけてくれただろうか?
…いやよそう。
考えまい。
あれは不可抗力だった。
誰も魔女の力には抗えないのだから。
「これやる。」
「…カード?」
暗い思考に陥る俺にエイラは控えめに俺へとカードを差し出した。
トランプの様だが数字や記号は記載されておらず、何やらおどろおどろしいデザインのイラストが描かれている。
「これはタロットだぞフジキ。イッルはこういうカードを使って占いをするのが得意なんだ。カードや位置によって意味がちがうんだ。」
差し出されたカードを見て首を捻る俺に横に立つアウロラがそう捕捉する。
「今朝、お前を占ってみたんだ。…そのあんまり良い結果じゃないから気を付けるんだナ。」
「どういう事だよ?」
「そのカードは死神。占った時に出たのは正位置。意味は…まぁナイショだ。」
「はぁ?」
死神、なんとも物騒な名前のカードである。
白馬に股がった骸骨というイラストも相まってインパクトは強い。
というか、意味を教えないって占った意味あるのか?
「忠告だぞ。受け取ってくれ。気を付けるだけでも未来は変わるンダ。」
エイラの白い指から俺の半分人工物となった掌に死神のカードが受け渡される。
「ばいばい、ねーちゃん、フジキ。」
そして扉を開け、振り返る事なくエイラはペテルブルグ基地へと旅立った。
…最後に名前、呼んでくれたな。
───
「じゃあ、わたしは本当に基地に戻るわよ?」
「うんボクはもう少しここにいるよ。」
寒村の一室。
ロスマンは同居人のクルピンスキーにそう声をかけていた。
「でも、何で急に?今日ペテルブルグに戻る手筈だったじゃない。それでグンドュラと三人でベルリンに行こうって。」
「うーん、ボクもそのつもりだったんだけど気が変わってね。休みはまだ長いからいいかなって。」
「昨日の無断外出が関係あるのかしら?」
「先生も疑い深いなぁ~昨日のアレは散歩してたら道に迷った子犬くんを見つけて飼い主探して上げてたんだったて、何度も言ってるじゃないのさ。」
眼を半分にするロスマン。
対するクルピンスキーはどこか飄々としている。
「どうだか?子犬くんじゃなくて子猫ちゃんじゃないの?」
そんな伯爵の態度は今に始まった事ではない。
先生も真面目に取り合ってはいなかった。
「…まぁ、もうちょっと長くいたい理由はそろそろここから離れなきゃいけないからだよ。それ以上の事はないさ。」
どこか眼を遠くするクルピンスキー。
昨年グレゴーリが破壊され、今春ベルリンも解放された今、502がペテルブルグから転身する日も遠くはないだろう。
今、戦いの前線はカールスラント南部とオストマルクなのだ。
「思い出深いからね、ここは。」
「ヴァルトルート…まだ彼の事が…?」
「そりゃ忘れられないよ。」
「…そう。」
二人の間にしんみりとした空気が漂い始めた。
「じゃあ、そろそろ帰るわね。」
しばし無言の時間が経過した後でロスマンは気を取り直す様に玄関の扉へと手をかける。
「うん、もしかしたら直接ベルリンに行くかも。ばいばい、先生。」
「ええ、また。」
ロスマンは後ろ髪を引かれる思いでペテルブルグ基地へと旅立った。
───
「んーっ!まだかなぁ…。」
ペテルブルグ基地の正門前。
同基地所属のウィッチ、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン…通称ニパは親友の到着を今か今かと待ちわびていた。
彼女の戦友であり同郷のエイラがペテルブルグ基地に遊びに来ると連絡があったのは一週間程前の事。
それ日から、ニパは首を長くし待っているのだ。
そして、今日が約束の日なので正門前に立ち親友を迎え入れようと思っていたのだが…。
「遅っいなぁ…先にアウロラねーちゃんのとこに寄るとは言ってたけど。」
時刻はそろそろ正午になる位。
午前中には来ると連絡があったのに未だ親友の姿は見られなかった。
「寒いし基地に戻ってようかな?」
春を迎えたとはいえここは北欧。
しかも、この日は一段と気温が低い陽気で風も強い。
基地に戻って待機しよう。
ニパがそう思うのも仕方ない。
そう考えた彼女が踵を返しかえたその時。
「…イッル!」
彼女の視界の端に此方へと歩みを進めるエイラの姿が映ったのだ。
自然とニパの脚はエイラの方へと駆けていった。
「あぁ…ニパか…。」
しかし、駆け寄ったにも拘わらずエイラは素っ気なくそう反応するのみだった。
「ニパかじゃないよ!遅いじゃんか!ずっと待ってたんだぞ!」
「そっか…ゴメンナ。」
「イッル?」
どこか元気がない。
「どうしたのさ…イッル?」
ニパは不安そうにエイラへと問い掛ける。
「…何でもないゾ。」
「何でもない訳ないだろっ!どうしたんだよ!」
彼女なりに心配なのか、声を荒げるニパ。
するとエイラはゆっくりと口を開き始めた。
「ねーちゃんが…」
「アウロラねーちゃんが?」
「うん、ねーちゃんが…」
「アウロラねーちゃんがどうしたんだ?」
「男作って同棲してたんだよっ!」
「えっ!?あっおい…イッル!?」
そこまで言ってエイラはせきをきった様に泣き出した。
「ヒグッ…ねーちゃんがワタシに黙って男作ってたんだぁっ!しかも、本人は否定してたのに…そういう関係じゃないって言ってたのにっ…!」
「じっじゃあイッルの勘違いじゃあっ…」
「ヤってたんだよ!」
「なっ…!はっ…?えっ…!?」
エイラの口から飛び出した生々しい表現にニパは顔を赤らめ絶句する。
「昨日…否定してたのに!ヒグッ…ワタシがねーちゃんの家に泊まって一緒に寝てたのに…いつの間にかワタシを置いてソイツの部屋で…っ!ワタシ何かよりもアッチの方が大切なんだぁっ…っ!」
「…」
膝をついて泣き喚く戦友にニパは何も言う事ができない。
「ねーちゃんも下品だ!自分から覆い被さって…あんな声出して…あんなのねーちゃんじゃないっ!ケダモノだっ!あんなっ!あんな扶桑の戦傷軍人なんかのどこがいいんダッ!」
「イッル…アウロラねーちゃんも、もうそういう年齢なんだよ。」
「ウルサイッ!ワタシはワタシは認めないゾ!でもねーちゃんはアイツの事が…うぅ…どうしてぇっ…!」
「ええわたしも認めたくないわね。ソレ。」
「え?」
二人のスオムス少女の間に割り込む少女の声。
「アンタは…」
「先生っ!?」
そこに立っていたのはカールスラントのウィッチ、エディータ・ロスマン。
彼女も今しがた駅からここに着いたのだろう。
混乱していた事もあり、二人はその接近に気が付かなかった様だ。
「エイラさん、その話詳しく聞かせてくれないかしら。」
そして、微笑みながら膝を付くエイラに小さな手を差し伸べた。