ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
「これが三式中戦車…これがあの時あれば欧州での敗走はなかっただろうに…。」
カールスラント帝国、帝都ベルリン。
先日解放された都の一画に並べられた黒鉄の列。
それを見て扶桑陸軍の将校が感慨深そうにそう呟いた。
男は階級章から大佐と判別できる。
「これが欧米列強に追い付いたと言われる皇国の戦車ですか?」
その呟きに男の隣を歩んでいた女性が反応した。
その年頃は少女を過ぎた頃合いで、二十代は半ばに見える。
女は巫女の様な航空歩兵の制服を着ていて、その腰には九五式軍刀を帯刀していた。
典型的な士官ウィッチの出で立ちだ。
「そうだ中尉。若干の急造品ではあるがこれが我が軍最新の戦車だよ。これをキミに是非見せたかった。」
駐留所にズラリと並ぶ車列の正体。
それは三式中戦車。
扶桑陸軍がネウロイに対抗する為、そして何より欧州列強に追い付くために開発した新型戦車である。
既存車輌の倍の装甲を備え、主砲は扶桑初の75mm砲を搭載。
ベルリン解放戦までには間に合わなかったが、こうして再び欧州に馳せ参じた第二次欧州派兵団の標準車輌となっている。
これが連合軍反攻の一矢として東欧へと殺到するのだ。
男には鈍い緑色の塗装が不敵に輝いている様に映った。
だが、そんな新鋭車輌を眺める巫女服の女性は何か言いたげに、そのキレ長の瞳を細めるのだ。
「何か言いたそうだね?」
隣の大佐はそれを見逃す筈もない。
直ぐに言葉を投げ掛ける。
「いえ、何もありません。」
言葉を濁す士官ウィッチ。
「正直に言いたまえ、扶桑海事変の英雄の言葉だ。是非とも拝聴したい。」
大佐の真剣な眼差しが魔女を刺した。
「では…お言葉ですが、これでは追い付いたとは言える出来ではありません。それにこの車輌が戦車大隊を形成しても39年のあの雪原を生き延びれたとは到底思えません。」
ウィッチは観念した様に口を開く。
「…ほう。」
男はウィッチの歯に衣着せぬ言葉に少し顔を硬直させた。
「では聞こう巴御前、この戦車には何が足りないんだね?」
「自分も航空歩兵出身の身です。畑違いの私に何がとは聞かれると具体的な点は指摘はできません…ですが、せめてあの程度はないと…塔の破壊は不可能だったと思われます。」
そう言って巴御前は三式中戦車の車列の奥で整備を受けていたカールスラント軍の車輌を指差した。
「…アレか?」
途端に苦虫を噛み潰した様な顔になる大佐。
何だか指差されたそれに嫌な思い出があるらしい。
「はい、アレです。」
「それは無理な話だ。」
顔をしかめたまま大佐は悲しい過去を語り始める。
「あの六号戦車、
感情が高ぶったのか近くにあった角材を蹴飛ばす大佐。
高級そうな黒皮のブーツに土色の斑点ができ上がる。
「…それは何とも。」
「クソ海軍め…いや、戦車の話はやめよう!中尉!」
「ハッ!」
仕切り直しといった感じで声帯を震わせる大佐。
その威厳ある声に巫女服の中尉は僅かに背筋をピンと伸ばす。
「さて、魔法力を失ったキミを再び欧州に呼び寄せた理由をまだ話していなかったな。」
「はいっ、召集していただき誠に恐縮ではありますが、今の自分にかつての様な力はありません。なぜ今更ながら欧州に?」
どうしてなのか?
彼女のふたつの黒い瞳が上官にそう訴えかける。
「なに、無論私もキミに再び具足を穿いて闘って貰おうとは思っておらんよ。キミを呼んだ理由は…これだ。」
そう言って大佐は黄ばみがかった一冊の紙束を突き出した。
これを受けとれという事だろう。
士官ウィッチは差し出されたソレを手に取る。
「…これは?」
「捲れば解る。」
「はぁ…」
促される様に彼女はペラリと表紙を捲りあげた。
一枚、その黄ばんだ紙ペラを捲り上げて目を丸くする。
そこには兵士の名前と、階級と、所属とが羅列された表が糊付けされていたのだ。
それが何枚も…おそらく数百人分はある。
だが、彼女が驚いたのはそこではない。
そしてそこには前述のプロフィールに続いて、もう一つ注釈が付いていたのだ。
──第一次欧州派兵団行方不明者一覧
「見て解る通り部隊壊滅後、散り散りに各国の指揮下に入ったものの、その先から所在の掴めない皇国の兵士達だ。」
「…こんなに」
「まぁ、壊滅したのは我が軍だけではないからな。死を免れ新たな部隊の指揮下に入ってもその部隊があの年を越せた保証はない。」
「どうしてこれを私に?」
ページを捲りながら黒髪の中尉は喉を震わせた。
「キミはカウハバに居た事があったね?スオムスの土地勘がある筈だ。中尉、キミを呼んだのは他でもない。北欧方面で所在の解らなくなった兵士達の足取りを掴んで欲しい。欧州戦線が余裕がある今のうちに、遺骨だけでも彼等を故郷の秋津洲へと返してやりたいからな。他にも多くの欧州に土地勘のある元ウィッチ達に声をかけている。頼んだぞ!穴吹智子中尉!」
そう締めくくり敬礼をする大佐。
「ハッ!」
大佐に負けない大きな声で穴吹智子と言われた元ウィッチは返礼した。
腰まで真っ直ぐ伸びた黒髪と垂直にピンっと張った背筋。
その姿勢はとても模範的な姿勢であった。
───
兵士は銃剣を研ぐ。
そのなまくらを文字通り銃剣とする為に。
よく勘違いされているが銃剣と言うものは平時は刃がついていない。
無論、その先端は鋭利に尖っているので思い切り突き刺せば薄い板などは貫通する。
だが横に薙いでも、縦に一線を入れてもその対象が裂けて切れる事はない。
理由は単純にして明快。
訓練の際の事故を防ぐための措置である。
訓練というのは兵士達が互いの体をぶつけ合う事が少なくない。
特に歩兵主体の大規模演習ならばなおさらだ。
その為に銃剣に刃を付けない。
故に銃剣が銃剣としての機能を持たない事は訓練続きの、平和の証でもあるのだ。
翻って、この様に専用のグラインダーを使い銃剣に刃を付けている状況は…
…そういう事を意味している。
「こんなものか…」
ベルリンに張られたテントの一角でバイヨネットに刃付けしていた兵士が一仕事終えそう呟いた。
今しがた自身の手で殺傷能力を付与された刃物を見て満足そうに頷く。
「なぁ、知ってるか?今度の作戦名?」
そんな彼に同僚がそう語りかけた。
「知ってるよ
「誰が付けたか知らないがセンスあるよな?」
「あぁ戦争の最後の主役は俺達だ。今も昔も…戦車でも爆撃でもウィッチでもない。俺達の銃剣突撃だ。前の戦争を終わらせたのだって幾万人の兵士の銃剣だった…」
「全くもってその通りだ。戦友、終わらせよう。後は東欧だけなのだから。」
「あぁ…!」
歩兵の答えに、歩兵は力強く首肯した。
最後の決は我が任務。騎兵、砲兵、協同せよ。
オペレーションバイヨネットチャージ。
だから歩兵は攻撃する。
───
季節は5月。
北欧と言えど暖かくなってきた。
かといって汗をかくという程でもない、不快感のない気候。
そんな快適な気温の中、今日も商店での仕事を終え俺は早足で帰路についていた。
商店の仕事は長引いたという訳でも、定時が遅いという訳でもないのだが、帰りの脚は自然と速くなる。
なるべく速く、早く、帰らないと彼女の機嫌が悪くなってしまうからだ。
その辺り俺の雇い主も理解してくれて、時間に融通を利かせてくれているのが…何だか迷惑をかけている様な気がして申し訳ない。
そんな風に考えていると我が家の玄関が見えてきた。
扉は美しい木目調で、俺の背丈より少し高い程度。
あの後、彼女の強い要望で、すぐに住む場所を変えてから一ヶ月。
この扉にもなれてきた。
俺はそっと普通より少なくなった指で鍵を開け、その取っ手を掴む。
この扉を開ける時、少し覚悟が必要だ。
ちゃんと上手く笑顔を作れているかどうか、鏡がないので解らないから。
「ふぅ…」
肺に少し空気を入れ込む。
そして、ガチャリと扉を開けた。
「おかえり、フジキ!」
耳に飛び込む彼女の嬉しそうな声。
木目の扉を開けた途端、背の高い彼女の姿が網膜に映り込む。
おそらく何分か前より玄関前で待機していたのであろう。
「ただいまアウロラ…さん」
満足そうに微笑む彼女に俺は小さく返答した。
「今日も仕事お疲れ様。荷物を預かろう。」
「うん、ありがとう。」
勧められるままにアウロラに俺は肩にかけた背嚢を渡した。
「よいしょ…っ、今日はなかなか重いな。」
「ごめん、ちょっと書類が多いんだ。やっぱり自分で…」
「ふふっ気にするな。フジキは一日頑張ってくれたんだ。これ位、なんて事ない。」
「ありがとう。」
「そんな事より夕飯が出来てるぞ。丁度さっき作り終えたところだ。冷めない内にはやく食べよう。」
アウロラはそう言って俺の手を取った。
手袋越しに俺の人工物の指と、彼女の白く柔かな指が触れあう。
その指はとても女性らしく、一昔前まで銃砲を握っていたと言われても信じられないだろう。
性別相応の、年齢に相応しい、健康的な指である。
あの夜…俺とアウロラが他人には言えない様なコトをした次の日から、彼女はみるみる内に普通になってしまった。
魔法力は一週間程で尽き果てもうウンッと唸っても銀狼の耳が生える事はない。
同時に体を鍛えるのも止めた様で、筋肉も落ち始め当初の引き締まった筋肉質な体躯から、丸みを帯びた女性的な身体に変化した。
多分、今、後ろから彼女を抱き締めても以前の様な硬い印象は受けない筈だ。
証拠にさっき荷物を渡した時、少し顔をしかめていた。
前ならあんなの片手で軽々持ち上げていただろう。
そんなんだから、もう軍隊も彼女を召集する事はなくなった。
今では一日の殆んどをこの家で過ごし、外出するのは買い物の時だけ。
時折、俺の勤める商店に客として顔を覗かせる事もある。
彼女は本当に普通の女性になったのだ。
超人的な力も、魔法も、軍服だって着ない。
只の女性。
そして、多分それはアウロラにとって一番良い事に違いない。
「そうだね、楽しみだよ。」
「多分、驚くぞ?」
だから精一杯、俺は作り笑いを自然にする努力を怠らないのである。
───
「これは…凄いね。」
アウロラが驚くぞと前置きした食卓。
それを見て俺は少々面食らう。
「だろう?そろそろ季節だからな。」
彼女が自慢げに食机に並べていったのは白磁の皿に山盛りにされた真っ赤な甲殻類ザリガニの山であった。
玄関をくぐった時からやたらと独特な匂いが充満していたので何だかと思ったが…成る程納得がいった。
ザリガニはピンとした姿勢で塩茹でされ、綺麗な赤色に茹で上がっていおり、そしてそれが山積みされている。
「出始めだから少し高かったんだがなぁ、でもコレがないと夏は始まらない。さぁ、食べよう!」
「頂きます。」
「うむ!」
ここスオムスでは、夏になるとザリガニを大量に茹であげ食べる習慣があった。
記憶が無くなる前の俺はこの事を知っていたのかどうかは解らないが、市場ではザリガニが計り売りされるし、高級レストランでもオススメの一品として出てくる。
国民的な夏の味。
生粋のスオムス人である彼女は茹でられたザリガニを前にして食欲が抑えられないといった様子だ。
…でも、何だか俺は気がすすまない。
香りは食欲をそそられるし、実際口にすると美味しいのだが、何だかその見た目に忌避感を覚えてしまうのである。
何故だろう?
「どうした、食べないのか?」
手が止まった俺へ不思議な物を見る様な視線を浴びせるアウロラは、既に何匹かのザリガニを食しており、砕かれた殻が皿の上に転がっていた。
「うんうん、食べるよ。」
怪しまれない様に、返答する俺。
すぐに近場の一匹を摘まみ上げ、義指と残った指を器用に使って殻を砕く。
そして柔らかい剥き身に、レモンと塩を振りかけ口内へと放り込んだ。
咀嚼し、舌に広がるザリガニの味。
「うん、美味しい。」
味は海老と変わらない。
食べると美味しいのだが、それに踏み出すまで毎度勇気がいるのである。
「良かった、沢山ある。腹一杯食べると良い。」
そう言って、また無邪気に山から一匹を摘まむアウロラ。
「あっ…アウロラさんちょっとストップ。」
だが俺はまた豪快にザリガニの殻を割ろうとする彼女にストップをかける。
「ん?」
俺の言葉に銀髪の彼女は静止した。
でも、ザリガニを剥く指は動いたまま。
「口に殻が付いてるよ。」
俺はそう言ってまだ有機物である人差し指を伸ばす。
彼女はザリガニをノンストップで頬張っていた物だから、口元に殻が付着してしまっていたのだ。
子供みたいで可愛らしいが、美人な顔が台無しである。
「ほら、取れた。」
白い肌から赤い殻を指で弾いてみせた俺。
「…ありがとう。」
さっきまで口端に付いていた殻から、アウロラは恥ずかしそうに目を逸らす。
…こんな、反応も前なら絶対なかったな。
銃剣は出征前に研ぐから現地で研がないよとかいう突っ込みはNG