ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
「朝…?」
俺とロスマン曹長のどちらが呟いたのだろう?
だが、ハッキリと「朝」という単語が乾いた大気に響き渡った。
白銀の大地を照らす様に日光が差し込む。
周りに雪が積もっているというのに仄かな温もりを肌に感じた。
二人を包み込む太陽の光。
それは俺とロスマン曹長が長く寒い夜に打ち勝つ事ができたという証左。
そして、昨夜まで吹き荒れていた殺意を持つ氷雪のカーテンも消えている。
夜明けと供に吹雪は止んだのだ。
「フジキ一等兵…朝ですよ?」
どうやら「朝」と呟いたのはロスマン曹長の方だったらしい。
小さな頭を俺の胸板に預ける少女が俺の顔を見上げながらそう言った。
二人で密着して座り込んでいたのを忘れる位、お互いの体温は低下している。
でも、もう大丈夫だ。
直ぐに迎えが来る。
曹長を守る事ができたのだ。
俺は最後の力を振り絞り、懐から発煙筒を取り出す。
後はこれを焚くだけでこの位置を回収班に知らせる事ができるだろう。
あの豪雪の中、彼等も引き返せたとは思えない。
おそらくユーティライネン中尉もトラックか何かで待機している筈だ。
だけれども、その発煙筒を取り出した頃合いで俺の力は尽き果てた。
動かない。
もう、指の一本も言う事を聞いてはくれない。
これは…駄目みたいですね。
元気が出ないし、皮膚の感覚が無い。
凍傷の痛みも、握った発煙筒の感触も何も無い。
「ねぇ…夜、明けましたよ?」
発煙筒を握ったまま固まった俺にロスマン曹長はもう一度声をかけてきた。
だけれども、反応できない。
喉を震わせて「やりましたね」と笑う事ができない。
「吹雪も止みました。あと少し耐えれば帰れます。お話の続きしませんか?」
俺が何も言わないのに、モコモコの外套に包まれたロスマン曹長は言葉を続ける。
その声はとても不安そうで俺の庇護欲を刺激した。
まだ出会って一日…いや、数時間の間柄なのに俺の事を心配してくれるとは。
見た目通りに心優しい少女なのだろう。
「ほらっ、眼を合わせて下さい?昨日言いましたね?眼を逸らすのはマナー違反だって…もう、子供じゃないんだから、ね?」
眼を合わせる?
あぁ…そう言えば昨日そんな事をロスマン曹長から言われた気がした。
でも、どうしてだろう?
俺の耳を刺激する彼女の言葉には焦りが混じっていた。
何故焦っている?助かったのに?
眼を合わせていないからだろうか?
…だけど目玉を動かす力もない。
曹長の期待には応えられそうもなかった。
くそう、もう少し力があれば…。
あの時、自分の頭をぶん殴った時点で俺の体は限界を迎えていたに違いない。
あれが最後の馬鹿力。
それからもう何時間と時間が経っている。
燃料切れだ。
「しっかりして下さいっ!聴こえていますかっ!?眼を合わせてっ!」
エディータ・ロスマン曹長はこの銀世界と同じ、仄かに鈍色がかった白髪を揺らす。
何故だか彼女の声がとっても、とっても遠くに感じた…。
そこからは良く覚えていない。
気づくと地面が目の前にあった。
───
「ロスマン曹長!ご無事ですか!?」
「せーんせっ!無事かい!?」
扶桑の歩兵が力尽き、意識を失ったのとほぼ同じタイミングで二人のウィッチがストライカーユニットの飛行音を伴い接近して来た。
一人は悪名高いブレイクウィッチーズの一員であるクルピンスキー中尉。
もう一人はボブカットの黒髪に、使い魔のウサギ耳を顕現させる扶桑出身の魔女、下原定子少尉である。
ロスマンを発見できたからか二人の顔から安堵の色が見てとれた。
「貴女達っ!よかった!こんなに早く!」
「ラル隊長の命令で未明から待機していました。速く見つけられて良かったです。」
そう言う下原少尉の眼はよく見ると紅く発光している。
彼女の固有魔法である遠視が発動されているのだ。
成る程、これなら速く発見できる訳だ。
下原少尉の遠視は遠くの物を探るのに便利な固有魔法だった。
良く効くウサギの眼はこの雪原の中で素早くロスマンを特定できたのだ。
「先生、その格好は?」
クルピンスキーはロスマンに近付くと、彼女の装いが気になった様だ。
不思議そうに問いかける。
確かにいつものカールスラントの制服ではなく、カーキ色の見慣れない格好ならば仕方ない。
外套はブカブカでサイズはあっていないし、毛皮の帽子は小さなロスマンの頭をスッポリ覆い眉の辺りまでを隠していた。
「扶桑陸軍の北支派遣用の防寒具ですよね?どこでそれを?」
下原はその服に見覚えがあったのか、何の気なしにそう呟く。
防寒具。
その単語を聞くとロスマン曹長はバネで弾かれた様に、彼女の隣で倒れている扶桑人に駆け寄った。
丁度岩場の影になっていて二人からは見えていなかったらしい。
「私は無事よ!ですが、彼を、彼を速く基地へ連れて帰って下さいっ!」
「先生、彼は?」
クルピンスキーは横たわる男性を見て怪訝な顔になる。
「回収班の一員でフジキ一等兵です!彼も遭難して私と一晩過ごしました!一等兵が私にこの外套と帽子をくれなかったらどうなっていたか解りませんっ!そうだっ!ルマールさんはいないの?彼女の治癒魔法で速く一等兵を…!」
「おっ落ち着いて下さいロスマン曹長!ジョゼは基地で待機しています!」
502唯一の治癒魔法の使い手がいない。
それを聞くとロスマンは酷く狼狽えた。
「そんなぁっ!どうして!?いつも貴女と一緒じゃないっ!!…じゃあ…じゃあ、速く!速く彼をペテルブルグに!」
「解りました!私が彼を運びます!ですから落ち着いて…」
いつも冷静なロスマンが取り乱したのを見て、ただ事ではないと思った下原は直ぐに藤木の体を抱き上げた。
「では、クルピンスキー中尉、後は頼みます!」
下原は魔導エンジンの回転数を上げると雪塵を巻き上げながら離陸し、宙を舞う。
その速度は巡航速度を飛び越え殆どストライカーユニットの最高速度。
ロスマンの望み通り、迅速に彼をペテルブルグ基地へと運ぶだろう。
現場にはロスマンとクルピンスキーの二人が取り残される。
「先生、落ち着いて。」
「私が、これじゃあ私が殺した様な物じゃない…私が…」
「エディータ…」
雪原に膝を突き項垂れるロスマン曹長。
そんな白髪の少女をクルピンスキーは心配そうな眼で見つめる事しかできなかった。
寒い風が二人の頬を静かに撫でる。
───
「温かい…?」
人間が求める原初の感覚。
そんな温もりを感じて眼を覚ました。
俺はどうなったんだっけ?
何とか吹雪を耐えて…ロスマン曹長と朝を迎えて…それから…。
あれ?
「というかここどこだ?」
「ふぇっ…!」
何の気なしにそう口に出すと、すぐ近くで少女の驚く声が聞こえた。
誰だ?
俺が声のする方へと首を傾ける。
そこには白い制服で、栗色の髪の毛を青のリボンで二つに纏めた少女がおっかなびっくりという感じでこっちを見ていた。
確か彼女は…。
「めっ目が覚めましたか?初めまして、私は502のジ…」
「ジョーゼット・ルマール少尉ですよね?」
「…そ、そうですよねこの基地所属なら誰でも知ってますよね、すみません。」
少女の正体はガリア出身の502統合戦闘団の一員であるジョーゼット・ルマール少尉であった。
彼女は自己紹介する前に俺にその正体を言い当てられた物だから、少し残念そう。
悪い事をしてしまった。
しかし、何故彼女がここにいる?
その疑問に答える様、その細い指先を動かした。
仄かに発光している。
これは…魔法を発動しているのか?
「治癒魔法かけてました。決して変な事はしてませんから。安心して下さい。」
俺が彼女の指先に送る視線に気がついたのかルマール少尉は優しい声でそう言った。
そうだ、彼女の魔法は治癒魔法。
俺が負った凍傷に治癒を施していてくれていたのだ。
という事はここはペテルブルグ基地の医務室だろうか?
何となく病室特有のアルコール消毒液の様な匂いが鼻をついた。
ここでようやく俺は状況を把握する。
俺はベッドに寝かされており、周りには彼女の他にペテルブルグ基地所属の軍医がいた。
何度かお世話になっている医者だ。
どうやら無事、回収班に回収され適切な治療を受ける事ができたらしい。
文明的な明るさと柔らかさに包まれている。
その事実を実感すると一気に肩の力がぬける気がした。
背中に感じるシーツの感触が心地よい。
ともあれお礼を言わなくては。
「ありがとうございます。自分なんかの為に治癒魔法を使ってくれるなんて。」
確か、ルマール少尉の治癒魔法はその代償として傷を癒す代わりに自身が微熱ながら発熱してしまう。
そんな特性があった。
だとしたら今も治癒魔法を使う彼女の体は倦怠感を感じているに違いない。
それはちょっと申し訳ないな。
「あっあのぉ…その事なんですけど、えーっとフジキ一等兵さん…?」
おれが彼女にお礼を言った途端、ルマール少尉は眼をふせがちに声を上擦らせた。
「えっと、私頑張りました。頑張ったんです私。…頑張ったんですよぉ…」
そして少尉は完全に俺から視線を逸らす。
しかも、何だか泣き出してしまいそうな感じ。
(おいおい、欧州じゃ人と眼を合わせないのはマナー違反じゃないのか?何故泣くんだい?キミの治癒魔法は良くやってくれたよ?)
そう思って視線を隣の軍医の方へと移すが、彼も俺と目が合うと露骨に視線を避けてきた。
えっなに?虐められてる?
「それで指の事なんですけど…何本かは繋がったんです。幸い…幸いにも、でも完全に凍ってるのは、そのぉ…私の魔法でも無理でぇ…。」
この段になって俺は彼等が視線を逸らし、少尉が声を震わせている理由が解った。
「すみませんっ!その、右は三本、左は二本しか直せませんでしたっ!」
意を決したかの様にルマール少尉は頭を下げた。
謝罪の言葉はほぼ絶叫に近い。
…まぁ、そりゃそうだ。
覚悟はしていた。
むしろあの状況で半分残せたのは奇跡だろう。
「いえ、少尉のせいではありません。本当にありがとうございます。貴女がいなければきっと全て失っていた。」
それを踏まえた上で再度彼女に礼を言う。
「本当にごめんなさい…。」
ルマール少尉の声がやけに冷たく耳に響いた。
───
「フジキ一等兵、無事か?」
「ユーティライネン中尉、わざわざいらっしゃらなくてもよろしかったのに。」
一番最初にお見舞いに来てくれたのは回収班の上官、アウロラ・ユーティライネン中尉だった。
彼女はウィッチにしては珍しく俺達の様な一般の陸兵に親しくしてくれる。
おそらく陸戦ウィッチとして長く前線で戦ってきたからだろう。
俺と年齢はそんなに変わらないのに、軍歴は俺の倍近くある。
「そう言うな、その…大変だったな」
「ご心配をおかけしました。」
ユーティライネン中尉は誰かから俺の状態を聞いていたのだろう、彼女らしい当たり障りの無い言葉をくれた。
「これは餞別だ。」
中尉は俺の枕元まで近寄ると透明な液体の入った瓶を差し出す。
中身はスオムス風のウォッカであるヴィーナ。
酒に強いユーティライネン中尉がこよなく愛飲する蒸留酒だ。
「ありがとうございます。すみません、今は手で受け取れないので机の方に置いて頂けますか?」
「あっあぁ…そうだったな、すまない。」
ユーティライネン中尉は俺の言葉に一瞬ビクリとすると、直ぐに酒瓶を近くの机に置いてくれた。
ゴトンッと音を鳴らして机に置かれたヴィーナは、この病室には似合わない位の高級な銘柄だった。
しばし、両者無言になる。
気まずいのだろう。
「これからどうなる?」
先に沈黙を破ったのは中尉の方だった。
「そうですね、軍医の話だと後方の病院に送られてリハビリした後、除隊だそうです。国にはすぐに帰れないらしいので暫く部屋でも借りて滞在します。今は軍事物資の移送で空海共に民間便が制限されていますから…中々手配が付かないもので。」
「そうか…時間を見つけて会いに行く。」
「いいですよ、お気遣いなさらず。中尉がご丁寧に陸兵一人に会いに来る必要ありません。」
「つれない事を言うな、お前は大切な部下の一人だ。」
「でしたら、尚更この基地に居て下さい。中尉が居なければまた昨日みたいになった時どうするんです?」
「実はその事なんだが、すまない一等兵。」
唐突にユーティライネン中尉が頭を下げた。
プラチナブロンドの長い髪の毛が下へと乱れる。
魔女に謝られるのは本日二回目。
良く頭を下げられる日だ。
「中尉?」
何を謝るのか?
俺は首を傾げた。
「実は昨日の回収班の出動、事前に警告を受けていたんだ。吹雪が近いから延期する様にと…でも私が強行した。二次災害の恐れがあると知っていて…。私なら行けると思ったんだ。今回の遭難は私の驕りだ。本当にすまない…!」
声を震わせそう告白するユーティライネン中尉。
なんだ、二次災害って概念あるじゃん。