ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに…   作:まったりばーん

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結局、私は戻ってきた

チュンチュン…と鳥のさえずりで意識が覚醒する。

姿は見えないがきっと羽を小刻みに震わせ懸命に喉をふるわせているのだろう。

何が楽しいのか解らない。

只、可愛らしい筈の鳥の声が今の俺には非常に黄色く煩わしく感じた。

 

うるさいな…

 

そう思いながらゆっくりと瞼を開ける。

カーテン越しに降り注ぐ黄色い日光。

夜はとっくに明けていた。

 

「…もう朝か?」

 

俺がのそりと動いたからか、隣で眠るアウロラもつられて声を上げる。

 

「うん、朝だ。」

 

綿の白生地でできた肌着を肩口の所ではだけさせるアウロラ。

その姿に寝起きの女性の特有の艶やかさを感じてしまう。

どこまでも、目に毒だった。

 

「ふぁっ…」

 

そんな俺の視線を知ってか知らずか、隣の彼女は眼を細めて欠伸を一つ。

まだ寝足りない様子である。

最近、彼女は朝が苦手になっている。

まだ軍隊からお呼びがかかっていた頃は目が覚めるとてきぱきと朝の営みを始めていた物だ。

けれど、今ではこの調子。

二度寝する事も珍しくない。

 

「すまない、フジキ…もうちょっと眠らせてくれ。私は少し疲れてしまった。」

 

案の定、今朝のアウロラはまた毛布をぐるりと被って寝息を立て始めた。

日光に照らされる白色の肌着が肺の動きで静かに上下する。

俺は朝日がアウロラの顔に当たらないようカーテンをきちりと閉めると、一人、シャワーを浴びる為にベッドから這い出た。

 

「ふぅ…」

 

水蒸気が鼻腔を癒し、纏わりついたアウロラの匂いを洗い流す。

体を水が流れるのをぼーっと感じる。

お湯で冷えた体が熱を帯び、シャワーの温度を下げまた体が冷えると上げる。

かれこれ数十分はこれを繰り返ししていた。

いっそ、体を伝う流水にこの身を溶かしてしまいたい。

ふと、眼を瞑ってみる。

すると思い出されるのはどこか見た事もない様な街の風景。

ここスオムスとは似ても似つかない。

だが、懐かしさを感じる光景。

きっと…記憶を無くす前の俺に関連する街なのだろう。

その輪郭が緩い街の風景を振り払う様に瞳を開いた。

そして、自分の掌に眼を落とす。

この半分になった俺の指。

この指と同じ様に最近、言葉にできない喪失感を覚える事が多い。

それもこれも一ヶ月前から…。

 

アウロラの妹がやってきた時から…

褐色のウィッチと邂逅した時から…

彼女と一線を越えたあの時から…

───結局、キミはボクを選ぶんだけどね?

 

頭の中に反響するクルピンスキーの何故か安心する低めの声。

ずっと、あの時から…俺の隣にいるのはアウロラ・エディス・ユーティライネンだというのに。

彼女と夫婦の様な真似事をしているというのに。

クルピンスキーの声が頭から離れないのだ。

むしろ時間が経つにつれそれは一層強くなる。

これがあの麗人の思惑なのだとしたら…相当な策士。

だが、その術中に溺れてしまいたい自分がいる。

 

それほどまでに…今、隣にいるアウロラは痛々しかった。

 

普通になっていく彼女を見るのが辛かった。

あんなに気高く、真っ直ぐで、酒癖が悪い事を除けば完璧な女性だったのに。

あの日以来、こんな情けない俺にべったりとくっつき只の女になっていくアウロラを見るのが辛いのだ。

俺の腕の中でまるで普通の女の様に目を細める彼女が憎いのだ。

きっとこれは記憶の無くす前の俺だってそうなのだろう。

この喪失感はそのせいだ。

だから普通じゃない、強いクルピンスキーに溺れたいのである。

 

「フジキ、朝食ができたぞ~!」

 

「あぁ、今行出るよ!」

 

そんな思考を絡めとる様に、バスルーム前に立つアウロラの気配を感じた。

いつの間にか起きて朝食の準備をしていたらしい。

長くシャワーを浴びすぎてしまった様だ。

 

(水道代が心配だな…)

 

蛇口を右の三本指で止め、バスルームの扉を開ける。

 

「えっ…」

 

扉を開けて面食らった。

そこには綿の肌着を脱いで半裸になったアウロラがいたから。

絹の用な白肌に、生える体毛は産毛までプラチナカラー。

こうして明るい場所で見ると改めてその神秘的なプロポーションの良さが解る。

 

「…どうした?」

 

俺は思わず眼を反らす。

それを不思議そうな眼をしてアウロラは首を傾けた。

だが、今の彼女は下半身に布面積の少ない就寝用のズボンを履いているだけ。

辛うじて鼠径部と局所を隠しているだけなのだ。

 

「いやだって…ね?」

 

目を泳がせる。

むしろ上半身裸の女性を前に眼を逸らさない人間の方がおかいしだろう。

だが、アウロラは俺を前にしてそのか細い腕をズボンの両端に持っていき…

 

「今さらじゃないか?私だってシャワーを浴びたい。それに…」

 

躊躇する事なく脱ぎ捨てた。

 

「もう飽きられる程には見ているだろう?」

 

秘部をさらけ出し、産まれたままの姿になった彼女。

そこには恥じらいも、羞じらいもない。

さらけ出す色白の肉体は、どこまでも普通の女性になっていた。

昨夜も抱き締めた。

柔らかい、丸みを帯びた女性の身体に…。

 

───

 

「今日、商談に行ってくる。店番頼んでいいか?」

 

今日もいつもの出勤日。

アウロラ謹製の軽食を食べ、勤め先へと到着するとら開口一番そう頼まれた。

仕入れか何かの業務で数名の従業員を伴って外出するらしい。

まぁ、こういう事は珍しくない。

 

「はい、了解です。いつ頃戻りますか?」

 

「昼過ぎには戻るよ。じゃあよろしく頼んだ。」

 

「ええ、おきをつけて。」

 

チャリンと出入口のドアベルか鳴る。

商店には俺一人となった。

 

「ふぁーあっ…」

 

誰も見ていない。

その気の緩みからか思わず欠伸が出てしまう。

店番といっても案外暇だ。

ここは日用雑貨を取り扱っている小さな店だし、今日はまだ商品の仕入れ前。

乃ち棚に残っているのは売れ残りのガラガラなので買い物客もあまりいない。

まぁ、眠気の残る冴えない朝には丁度良い。

昨夜は寝たのが遅かったから、なんだか太陽も黄色く見える。

疲れているのだろう。

だから、普段は店主が陣取っている座り心地の良い椅子に腰掛けぼーっと外を眺めて時たま現れる買い物客の対応をしていた。

そして、只でさえ少なかった客が完全に途切れた頃、チャリンとドアベルが鳴り響き出入口の扉が開かれた。

 

「いらっしゃい。」

 

脊髄反射的にそう声を出す。

入り口に目をやる。

そこには小さな少女が立っていた。

珍しい。

こんな埃臭い商店に少女が一人。

ここはどちらかというと主婦や老齢の人間が集う場所。

あまりないシチュエーションだ。

少女は肩まで伸ばした鈍色の髪を真っ直ぐに、少し鋭い印象を受ける瞳を持っていた。

顔の雰囲気はその小柄な体躯の割には大人びている。

とても、端正な顔立ち。

だけれども、俺の目が吸い込まれた一番の理由は容姿からではない。

彼女の身に纏う被服。

俺が注視したのは黒と灰色のモノトーンで構成されたそのユニフォームだった。

 

(…軍服?)

 

どこの国かは解らない。

だが、俺は瞬時にその制服が軍服だという事が理解できる。

決して年頃の女性が着るべきではない重厚さ。

胸に付けられた略章は彼女がそれなりの経歴を積んでいることを端的に示す。

そして何より、アウロラやエイラが着ていたソレとよく似ていたのだ。

 

「…」

 

そして、軍人らしい彼女は店員である俺を認めると、此方へと脚を進める。

店内に木霊するツカツカとした軍靴と床とがぶつかる音。

彼女はカウンター越しに俺の眼前にと陣取った。

ぶつかる視線。

だけれども、少女は全くの無表情でその真意が読み取れない。

 

「軍人さん、何かお探しで?」

 

不思議な感じを纏う軍人に、俺はとりあえずそう言った。

というか店員の前に真っ直ぐに来るのは物を尋ねる時しかないであろう。

きっと店の棚がガラガラなので目当ての物があるかの確認だ。

 

「生憎、今は品薄でね。午後には仕入れがあると思うからそれまで待ってくれると有り難いんだが…」

 

「…」

 

そう思い紡いだ言葉だが、軍人は相変わらず黙って此方を見つめるだけだった。

 

「…っ、貴方、本当に…?」

 

そして、暫くの固まった時間の後、唐突に少女は何やら一言呟いた。

瞬く間に彼女の眼は悲しい物を見る物へと変化する。

口に手を当て小刻みに震え、状況は深刻そうだ。

そして、今にも泣き出しそう。

再度、静止した時間が時を刻み始めた。

 

「…えーとっ?」

 

思わず腑抜けた声が出た。

何なんだこの女は?

いきなりずかずかと店内に入ってきたと思えばカウンターの前に仁王立ちして何も言わずに人をジロジロ見て…。

しかもなんかこう…ヤバめの雰囲気を漂わせている。

せめて何か買うのか買わないのかハッキリして欲しい。

こっちも仕事でここに座っているのだ。

暇だけど。

しまいには聞きなれない言葉で何やら呟き震えだして…。

 

(あれ…?)

 

ここで俺はある違和感を覚えた。

 

(どうして俺は今、この軍人が言った言葉の意味が解ったんだ…?)

 

困惑する思考。

鈍色の彼女が今放った言葉は間違いなく初めて聞いた未知の言語。

しかし、何故だか俺には軍人が「貴方、本当に…?」と言った事が解ったのだ。

知らない筈の言語なのに理解できてしまったのだ。

 

というか何語だこの言葉?

 

だけれども、そんな思考を心配無用という様に口は勝手に動き出した。

 

「何が欲しいんだい?軍人さん?こっちも商売でやってるんだ、何か買ってくれなきゃやってけないよ。」

 

たどたどしいが、未知の言語を産み出す舌。

 

「…っ!えぇ…そうね、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったのよ、只、突然哀しくなって…貴方もそういう事あるでしょう?」

 

そして、その未知の言語で問題なく会話が成立した。

 

「自分も覚えはありますよ?で、何をお求めで?」

 

「…ワインが飲みたい気分だったけど、今はビールか飲みたいわね。」

 

少女の要求に俺は眉をひそめる。

 

「お嬢さん、いくら軍人だからってその年でお酒はよくないよ。悪い事は言わないからジュースにでもしておきなさい。」

 

眼前の小柄な軍人。

その齢は10代も半ば程度と見える。

こんな年の娘にお酒なんか売っていたら後で何て言われるか解らない。

しかし、少女は俺の言葉に悲しそうな顔をムッと不機嫌な物へと変化させた。

 

「あら…失礼しちゃう。私はこれでももう21歳よ。それに、私の祖国では16歳から飲酒が可能よ。カールスラントではね?」

 

眼光を鋭くさせながら此方を睨む鈍色の少女。

 

「…カールスラント?」

 

どうやら彼女が話し、俺が無意識に喋る事ができた言葉はカールスラントの言葉であるらしい。

クルピンスキー、金髪の彼女の顔が連想された。

確かあの魔女もドイツの軍人だった。

 

あれ…ドイツってなんだっけ?

 

困惑する俺を余所に心持ち不機嫌になった軍人は俺よりも綺麗なカールスラント語で捲し立てる。

 

「えぇ、この際だからハッキリさせておきたいのだけれど、貴方の目に私ってどういう風に映っているのかしら?」

 

「どういう風って?」

 

「だから、私はどう見えるの?」

 

どうって…?

 

「軍人?」

 

「軍服を着ていなかったら?」

 

「女の子。」

 

「年齢は?」

 

「十代半ば。」

 

「二十歳を過ぎてるのに?」

 

「失礼かもしれないけど。」

 

「…自分でも自覚はあるわ。でも、必ずしも実年齢より若く見られる事が嬉しい事だとは限らないのよ。」

 

眼を伏せる彼女。

 

「…今思えばあの時の貴方も私をそういう風に見えていたのね。」

 

そして、小さな声でまた何かを呟く。

 

「え?」

 

「…いえ、何でもないわ。で、ビールを頂けるかしら?」

 

そう言ってエディータは寂しそうに微笑んだ。

 

 

…エディータって誰だっけ?

 

 

───

 

「覚悟していたとはいえ気が滅入る。」

 

北欧の列車の中、穴吹智子は歪めた額を軽く指で押さえる。

数年振りにスオムスの地を踏み、カウハバで懐かしい顔と再会したまでは良かった。

特にかつての部下の成長には単純に感心した物だが…。

 

「だけど…」

 

──

氷川祐大 死亡

深田諭 死亡

藤井大紀 死亡

 

手元のリストに目を落とすとそこには残酷な真実が刻まれている。

行方不明者の内、その結末が解った者を五十音順に並べた手帳。

もう半数は終わっているというのに生存者は一人も確認できなかったのだ。

 

「そうよね、部隊壊滅後、生き残っている人間なんているわけないわよね。」

 

解っていた。

解っていたのだが、こうも事実を突きつけられるとやるせない。

彼女が大佐から預かっている物の中には安否を案じる家族からの手紙もあったが、それらの殆どは無用の長物と化し、巴御前の手荷物を重くするだけになってしまっている。

 

「なぜこんな役目を私に…」

 

誰に言うでもなくそう愚痴ってみる。

が、その理由は彼女が一番解っていた。

というか最初に訪れた古巣カウハバで輸送機のタラップを降りた瞬間に理解できた。

 

──え?

 

幾年振りの北欧の知で穴吹智子を迎えた物。

それはマスコミ各社とプロパガンダが大好物な軍事報道局の人間であった。

魔力を失ったとはいえ、穴吹智子は有名人。

そんな彼女が欧州に戻ったとならばそうなるのは必然なのだろう。

何枚報道用の写真を撮られたかは解らない。

笑顔で手を振り、役人とまで握手を交わした。

この報道で代々的に喧伝されるであろう新聞見出しは決まっている。

 

───扶桑軍は戻ってきた!

 

開戦初年、扶桑軍は虎の子の第二三師団と少なくない航空隊を送り込み屈辱的な大敗を喫した。

その後の欧州反攻でも主導権をリベリオンとカールスラントに取られ発言力は決して高くない。

そもそも自分達とは関係のない欧州戦線に前大戦と違って積極的に介入したのも、欧州列強に媚を売り、その地位を認めさせたいという打算的な政治決定。

当然、これまでの状況は面白くない筈だ。

だから、今回の銃剣突撃作戦ではその存在感を誇示したい。

だからこその穴吹智子。

英雄という名の客寄せパンダ。

実際、行方不明者の確認などどうでもよく"私は戻ってきた"と各国国民へ宣伝したいだけなのだ。

 

「魔力を失うとこういう汚い事に使われるのね。そうそうに引退しておけば良かった。」

 

脳裏に内地で引退生活を送る戦友の顔が浮かび上がる。

 

「はぁ…でも仕事は仕事か。」

 

名目上の仕事とはいえ命令された職務を全うするのが軍人である。

そう思いリストの次の人物へ視線を移した。

 

「藤木和也、最終所属地はペテルブルグか…」

 

きっとペテルブルグの地でも自分は無数のレンズの歓迎を受けるのだろう。

穴吹智子は眼を閉じる。

今は少し眠っていたかった。

 

 

 

 

 

 


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