ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
「最近、明るくなったな。」
朝日差す中、彼女は不意にそう言った。
「そう?」
視線を声の放へと移す。
彼女の色白い顔がすぐ近くにある。
俺と顔を合わせる為にわざわざしゃがみこんだのだろう。
「あぁ、前に比べて肩の力が抜けた感じがする。何か良い事でもあったのか?」
不思議そうな淡い紫色の瞳。
「うーん、凌ぎやすい気候になったからかな?」
そう言って俺は天を仰ぐ。
視界に広がるのは混じりけのない青一色。
頭上には雲一つない青天井が広がっていた。
「ふむ…確かに最近は緑の芽吹く季節になってるな。」
アウロラは納得した様に頷いた。
初夏に差し掛かるここスオムスの陽気は真っ白な冬季と異なり、過ごしやすい。
きっと俺が明るくなったのなら、その原因はこの天候だ。
欧州の人間が避暑地として別荘を買い求めるのも同意できる。
暑くもなく、寒くもない。
人類にとっての適温がここにはあった。
「自分ではそんなに変わらないと思ってるけど。ヘン?」
一応は家主であるアウロラの気に触るのはまずい。
俺は控えめに問いかける。
「いや、良いんだ。明るくなるのは悪い事じゃない。」
しかし、アウロラは少し慌てた様にそう返した。
じゃあ何で聞いたんだ?
そんな理屈っぽい事を思わず頭で思考してしまう。
ともあれ、特にトラブルに発展する事はない様だ。
「…行ってくるよアウロラさん。」
俺は立ち上がると先程まで手にしていた靴ベラを彼女へと差し出した。
「あぁ、気を付けて。」
そして、彼女はそれを当たり前の様に受けとるのだ。
玄関口に佇む長身の彼女。
この出勤前の何気ないやり取りも、もはや習慣になっている。
いつも見送らなくても良いと言っているのだが、彼女は毎朝俺の出社を見送ってくれていた。
健気にも靴ベラと鞄を手にしながら。
「それと…これをどうぞ、アナタ。」
だけれども、今日はそれが少し違っていた。
アウロラはいつもとは違う口調で、「アナタ」と発音し靴ベラと入れ換える様にその手に持つ通勤鞄を差し出したのだ。
「え?」
思わず動きを止め、白銀の美女へと視線を戻した。
「アナタって…え?」
困惑する俺。
見ると当の本人も少し当惑している様子である。
「いや、違うんだぞ…フジキ。その…そろそろ言ってもいいかなって思ったんだ。口に出すつもりはなかった…。頭で想像してただけで…でも、気付いたら…。」
背の高いアウロラは瞳をグルグルと回転させ、羞恥のせいか色白の肌は仄かに色づき始めている。
その反応はまるで少女。
普段の彼女からは考えられない。
そしてたどたどしい口調で続きを紡ぐ。
「私が普通の女と比べて気が強いのも、口が悪いのも理解している。だっ…だけどお前の前では普通の女みたいに…アナタと呼んでみたかったんだ。少し前から。想像していた…。」
プラチナブロンドの突然のカミングアウト。
少し前っていつからだろう。
「アウロラ…?」
「ダメですか…アナタ?」
いつもの威勢はどこへやら。
耳に届いたその声は何とも似つかわしくない柔らかい声音。
普通の炊事場で包丁片手に微笑む主婦の様な…
───駄目だ。それは。
頭の中に沸き上がった否定の言葉。
それをすぐに飲み込む。
「いいよ、アウロラさんが呼びたいならそれで。」
そして、真反対の事を口走った。
「…そうか!」
対するアウロラは俺の許可を得て、嬉しそうに目を見開く。
その瞳は少女の様に曇りがない。
純粋に嬉しいと思っている。
そういう眼だった。
「…コホン、じゃあ、行ってらっしゃい!アナタ!」
アウロラはそう言い直すと改めて俺の方へ鞄を差し出す。
「行ってきます。」
俺はすっかり扱いの慣れた障害のある指でソレを受け取ると、家を背にして進み始める。
「フフ…」
数メートル離れた時、そんな声が聞こえた気がした。
ふと、振り返る。
すると、同居人が笑顔で此方に手を振っているのが目に飛び込んだ。
彼女は俺が見ていない所でも常に見送りの視線を此方へと送っているのだ。
…それも、毎朝。
それに何だか底知れぬ不安を感じる自分がいる。
アウロラ・エディス・ユーティライネンは絶対にそんな事しないだろう?
最近明るくなったらしい俺の頭で誰かがそう呟いた。
───
「これはヴァルシュタイナー。カールスラントのビールでベルギガ国境近くで採れる軟水を使っているから飲みやすい味に仕上がってるわ。我が国のピルスナービールの代表ね。」
昼下がりのレストランのテラス席。
向かいに座る少女は手に持つ麦酒の銘柄を解説しながらグラスへと注ぐ。
「流石、詳しいね。」
「勿論よ祖国の味だもの。」
彼女と酒瓶の組み合わせ。
鈍色の女性の外観は全くの少女である。
だからソレは本来はそこにあってはいけない異質な物体。
「そして、この味を北欧で楽しめるのもカールスラントが解放されたおかげね。」
けれど、そんなの違和感を吹き飛ばす位には彼女の声音は蠱惑的で、決して年齢通りの半生を送っていない事が伺えた。
「昼食から酒を飲むのはどうかと思うけど。」
「今日はオフの日だから…。」
一般的な社会通念を唱える俺を鈍色の髪を揺らして鼻で嗤う。
「そういうものかい?」
俺のお小言など知らない様に黄金色のアルコールを喉へと通す彼女。
「ングッ…」
小さな喉が音を立てた。
「いいじゃない…魔女の特権よ?」
そして、飲み口から口を離すと泡で髭を作った口で大変羨ましい事をのたまう。
「…初めて魔女になってみたくなった。」
「あら?生憎、ウィッチの世界は男子禁制なの。」
「ふーん、そうかい。」
「貴方も飲むかしら?」
「いや、あと数分もしない内に仕事に戻らないといけないから遠慮しとくよ。」
俺はぶっきらぼうにそう返すと、徐に腕を伸ばし手袋に包まれた指を彼女の上唇の方へと突き出した。
「…どうしたの?」
不思議そうに疑問符を浮かべる彼女。
そして、俺は綿製の布地が彼女の桃色の唇へ触れるとそのまま水平方向へとなぞった。
「キャッ…」
突然の事だったからか、彼女は小さく声を発す。
「…何するのよ?」
此方を睨む彼女。
「いや、ロスマンの素敵な口に白い髭が生えてたから。」
そう言って人差し指をロスマンへと見せつけた。
手袋には染みができている。
「急にそういう事するのは止めて…勘違いされても知らないわよ?」
「勘違いって…?」
「貴方同棲している女性がいるのでしょう?」
相対する彼女の声に、一瞬、プラチナブロンドの長髪が脳裏を過る。
「別にあの人とはそういう関係じゃないよ。」
俺はすかさず弁明した。
「あら…?寝食を供にして、互いの生活の為にお金を稼いで、一夜を供にする間柄をそういう関係じゃないんだとするなら…貴方と彼女さんはどういう間柄な訳?」
追及する小柄な彼女。
「全部、成り行き…状況に流されただけさ。そもそも最初、俺をお昼に誘ったのはロスマンの方じゃないのさ。」
「まさか、わたしは貴方にそういう人がいたなんて露程も"知らなかった"だけよ?それに、お昼休みにカールスラント語をみてあげましょうかって言ってついてきたのは貴方のほう。まぁ、甲斐あって大分上達したわよ。口調に何か癖があるけれど…えらいえらい、頭の一つでも撫でてあげましょうか?」
「それこそ勘違いされないかい?」
彼女の言葉に少し前の事が思い起こされる。
俺が一人で店番をしていたあの日。
この不思議な軍人…ロスマンが店を訪れた。
それから定期的に店に来るようになったロスマンと昼休憩時に席を供にするようになってもう短くない日が経過している。
その間に色々と教えてもらった。
「…その気取った口調、全く誰に教わったのかしらね?」
俺が物思いに耽っているとロスマンは小さく何かを呟いた。
「何て?」
「何でもないわ…。それより、気軽に女性にそういう事するのは控えるべきね。ちゃんと身は固くしておきなさい。」
「何度も言うけど別にそんな関係じゃ…」
「その反応、思う所があるんでしょう?」
少し口調の濁る俺の言い訳を決して彼女は見逃さずキッパリと一言そう言った。
「私の知り合いにね、誰にでも思わせ振りな態度を取って生傷が絶えない人がいるの。しかも、欲張りさんだからそんな噂がしょっちゅうでね…見習うべきじゃないわよ。ちょっとあの人に喋り方が似ているわ。」
「そんなに似てるの?その人に?」
「口調だけよ。カールスラント語を喋る時の口調だけ。性格までそっくりになる必要はないわ。それとも貴方、純真そうに見えて浮気性なのかしら?結構、女の子泣かせた事ある?」
「怒らせた事はあるけど、泣かせた事はないかな…。同居人も怒らせっぱなしだ。」
「上手くいってないのかしら…?」
ロスマンは心配そうに目配せする。
「…それは。」
小柄な彼女の言葉を受け、俺は同居人…アウロラの事を考える。
少なくともあの時迄は俺は彼女の事が大好きだった筈だ。
感謝していたし、ああなりたいと尊敬もしていた。
もしかしたら、少しだけ恋愛に似た劣情も持っていたかもしれない。
でも、やはり…やはりあの時から…。
アウロラと俺の力の差を判らせられたあの日から…。
「解らないんだよ。」
一呼吸置いて口を開いた。
「前にも話したと思うけど、昔の事は覚えてないんだ。勿論、面倒をみてくれたあの人には感謝してるし、報いなければとも考えてる。でも、それは俺の覚えていない因縁があるからだ。無償の献身はありえない。そして、その因縁が彼女を俺にしばりつけている。それは解る。そういうわけで、彼女…アウロラと居るのが最近不安なんだ。なし崩し的にヘンな関係になってしまって。」
「で、何が言いたいのかしら?」
ロスマンは問いかける。
「だから…今、こうやってキミと話いるとなんだか落ち着くんだ。何のしがらみもなくこうやって話せる相手が欲しかったんだと思う。前から。」
「…そう、やっぱり貴方、浮気性ね。」
小柄な彼女は短く呟いた。
「我ながら情けないと思うよ。じゃあ…昼休みも終わるしもう戻るね。」
俺はそう言って伝票片手に席を立つ。
「午後のお仕事、頑張ってね。」
別れ際、小柄な女声の声は心なしか嬉しそうだった。
───
「はぁ…落とし物ですか?バルクホルン少佐。」
「あぁ、ロッカールームに落ちていた。多分ここの基地の人間の物だろう。」
新大陸の空軍基地。
バルクホルンは先程、拾得した銀色のロケットアクセサリーをホルテン姉妹の姉の方、ヴァーレリーへ手渡していた。
「本当なら事務員にでも渡せば良かったんだろうが、生憎この基地は初めてで勝手が解らなくてな…。」
「いえ、構いませんよ。私から係の者に渡して置きます。でも、おかしいですね…この試験ハンガーの更衣室は久方使われていなかったのに。」
そう言いながらヴァーレリーはロケットを開封した。
「心当たりはあるか?」
現れた肖像写真を見てヴァーレリーはブルネットヘアーのそばかす顔を傾ける。
「いいえ、この基地は性格上ウィッチや軍人、軍属、技術者の出入りが激しいですから何とも。でも見たところ扶桑の軍人の様ですから…視察の為に来た他国の軍人なら問い合わせすらないでしょう。」
「そうか…だとしたら可哀想だな。きっと大事な人の写真だろうに。」
「まぁ、少佐がご心配する必要ありませんよ。落とす方にも責任があります。本当にこの写真の人物が大切なら想いが中途半端ですよ落とし主。」
「結構、辛辣だな…。」
切り捨てる様な次女ホルテンの言葉にバルクホルンは声を淀ませる。
「自覚、ありますよ私。」
ヴァーレリーはカタカタと笑う。
「そんな事より少佐、Ho229のご感想を教えてくれますか?」
そして、すぐにヴァーレリー・ホルテンは目を仕事の物へと変化させた。
…
……
………
「…ご意見ありがとうございます。ではやはり問題は操縦性ですね。」
「あぁ、ho229の加速性能は目を見張る物がある。だが、格闘戦はできん。一撃離脱にしても速度が出過ぎで見極めが必要になる。新兵には辛いだろうな。」
「ありがとうございます。では、すこし調整を行ってまた明日飛んで頂けますか?」
「あぁ、今日は疲れたから早く寝る。部屋に戻ってもいいか?」
「えぇ、構いません。本日はありがとうございました。」
「あぁ、こちらこそ良い機会を与えてくれてありがとう。…失礼する。」
そう言ってバルクホルンは踵を返し与えられた部屋へと引き上げていった。
「…やはり理論通りにいかないですね。」
一人になりヴァーレリーはそう呟く。
先程、バルクホルンから寄せられた改善点をまとめたノート。
改めて理想と現実の違いを突き付けられた。
今頃は妹、ラーヘルもクルピンスキーから忌憚のない意見を拝聴している事であろう。
「ふぅ…」
何の気無しに白衣のポケットへと手を突っ込んだ。
…チャリ。
手に伝わる金属感。
(…あぁ、さっきの落とし物ですか。)
そう言えば預かっていたと思い出す。
「全く貴方はどこのどなたなんですかね?」
ヴァーレリーは引き抜いたロケットの写真を改めて覗き込む。
この扶桑の軍人には全くの心辺りがない。
というか扶桑人などこの基地へ招いただろうか?
ぼーっと写真を眺めていた。
その時だった。
(…これって。二重扉?)
ヴァーレリーはある事に気づいた。
このロケットは二段階になっており下にもう一枚写真を入れる事ができるタイプの物だったのだ。
「二人も大事な人がいるんですね~。」
下を捲れば何か解るかもしれない。
そう思い二枚目の扉を開く。
「これって…。え?」
二枚目の扉を開き現れたのはカールスラント空軍の制服を着た小柄なウィッチの写真であった。