ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに… 作:まったりばーん
不自然な痛みを感じた瞬間。
すぐさま、瞬時に、突発的に、迫り寄っていた眼前の少女を突き飛ばした。
キャッ…と短い悲鳴を上げ、軍服の彼女は尻もちをつく。
俺は条件反射で大腿部のホルスターへと手を伸ばすが、あるべきはずの拳銃がない。
その事実がさらに俺の脳を混乱させた。
しかし状況は変わらない。
すぐに思考を切り替える。
相手は白人、日本人ではない。
乃ち、味方ではない。
殴打し殺す。
そう思った矢先に、指の感触が少ない事にもようやく気付く。
拳を握れないのだ。
義指…なのか?半分以上。
この状況に困惑する中、最後の記憶を手繰り寄せる。
根岸方面の精製設備の防衛が困難な場合は旧市役所に集結せよ。
その命令に従い、残存人員とともに中区港町方面へ移動していたが…。
なぜこんな?
「アナタ…?何を?」
「どうしたの一等兵!」
二人の叫び声。
同じく、状況の読み込めていないであろう女性二人と目が合った。
アウロラさん…ロスマン。
名前が解る。誰かも解る。
そうだ!そうだ!そうだ!
そうだった!!!
ここはアニメの世界じゃないか!
何年もまえに見ていた。
どうして今まで気づかなかった?
だっておかしいだろ!
女子供が銃持ってバケモノと闘うなんて!
どう考えたってリアルではない!
頭の中に源流の記憶が流れ込み、どんどん満たされていくのと同時に…
この世界に来てから…ヴィボルグで目覚めたあの日の記憶と衝突する。
まるで海水と真水のぶつかる汽水域。
思考がグニャリと歪み始めた。
情報が溢れていくのに…何故か生じる喪失感。
とてもとっても気持ち悪い。
そして気づいてしまう事実。
おいおいちょっと待ってくれよ…
じゃあ、俺は…
俺は…戦場での移動中に記憶を亡くし!気づくと北欧のヴィボルグで目覚めてから…
アニメのキャラクターと関係まで持ってしまったということか!?
しかもどういうわけが指も足りない!
なんてこった、現実の世界でないってのに!
改めて二人の顔と焦点が合う。
「フジキ…?」
「一等兵?」
こちらに動揺の視線を投じる二人。
それと同時に、ここ暫くのアウロラやクルピンスキー、ロスマンとの記憶が呼び起こされる。
何をやらかしてるんだ俺は!
何回寝た!?アウロラと!
急にヴィボルグから今までの自分の行動が他人の事の様に思えてきた。
よくもまぁ、銀髪の麗人相手に大立ち回りを演じられた者だ。
現実世界では商売女にだって貢いだことはないというのに…。
「一等兵、アナタ…一体どうしたというの?」
エディータ・ロスマンの声に我に返る。
いや帰れていないが、心拍数は落ち着きを取り戻した。
「いや、何でも…何でもないよ。だけど、ゴメン!」
「フジキ!」
「ちょっと!」
とりあえず今は現実をゆっくりと咀嚼したい。
俺は二人に背を向け勢いよく店外へと飛び出しだ。
シゴトも何も最早関係はない。
幸いな事に、ふたりとも追っては来なかった。
───
「そうだ…藤木…藤木和也。名前は同じだ。」
衝動的に、ここでの生活で覚えた村外れにやってくる。
そして木の幹を背に腰をつく。
そこで反芻する様に今までの情報を照合した。
偶然なのか必然なのか、名前は元のと変わってはいない。
現実の世界と同姓同名。
「だけど、なんでこんな風になっている?」
誰に言うでもなく独り言る。
元の世界のあそこから、この世界のヴィボルグのあの場所に送られた?
どういう道理だかわからないが、そこはそう理解するしかないだろう。
だが、不思議なのはこの世界の藤木和也はヴィボルグで目覚める以前から、アウロラ・エディス・ユーティライネン、ヴァルトルート・クルピンスキー…そしてエディータ・ロスマンと旧知の仲であった様だ。
だけれども、ヴィボルグ以前の記憶が一切ない。
彼が従軍していたというのはこの間の一件で判明したが…。
であるならば、この藤木和也は軍隊内でウィッチ…もといあのキャラクター達と知り合ったのだろう。
…そんなキャラクターいたか?
朧気になりつつある、原典、ストライクウィッチーズのストーリーラインを振り返る。
だが、藤木なんてキャラは勿論知らない。
もしかしなくてもいないだろう。
…いいや、そんな事はどうでもいい。
俺の記憶があの日からぷっつり断絶していて…病院で目覚めた以前の記憶がないということは。
「乗っ取ってしまったんだな…この世界の彼の心身を…」
その結論に至るのに、対した時間は要さなかった。
理屈、原理、道理に、仕組み…その全ては不明瞭。
でもこの世界で生きていた、藤木和也の人生を、俺はそっくりそのままのっとってしまっのだ。
どういうわけか…。
彼は間違いなく、俺とは別人だ。
似通う部分はあれど、違う人間。
だって世界が違うから…。
顔立ちだって心持ち少し、端正にできている。
ソレこそアニメの世界のモブキャラみたいに。
「どうすりゃいいんだ?」
元の世界の俺はどうなった?
いや日本はどうなった?
誰が言い始めたか第三次世界大戦。
南極大陸以外のほぼ全てで戦闘が発生した。
劣勢ではあったが、負け戦では決してなかった。
日本はまだ負けていなかった。
「でも…やっぱり…そうだよな」
一つ一つ当時の記憶を手繰り寄せる。
あの状況…あの状態…あの装備…
「それしか考えられないよな。」
一つ一つ当時の戦況を振り返る。
あの戦力…あの陣営…あの作戦…。
そして何よりアノ存在…
「死んじまったんだな…俺は…。」
自然と涙がこぼれ落ちる。
なんとなくそんな予感はしていたし、死にに行くつもりだったのは確かだ。
でも…やっぱり。
「なーんにも出来ずに、死んじまったんだなぁ…」
悔しさが込み上げた。
きっと死の直前。
とてつもない遣る瀬無さを感じたんだろう。俺は。
そして、その怨念がこの世界に俺を呼び込んだのかもしれない。
それも、同じく軍人であったであろう、この藤木和也の魂を押しのけて。
みっともなく生にしがみついたんだ。
流れる涙はどちらの者か?
涙を振り絞り、一呼吸置く。
ただ、猛烈に…知りたい。
そう思った。
あの後、日本はどうなったのか?
勝ったのか?負けたのか?
文字通りの絶滅戦争。
その行く末を知りたかった。
「戻らないと…日本に。」
どうやって?
いや、最悪戻れなくてもいい。
あの戦争の結末をこの脳みそにぶち込みたい。
沢山死んだし、沢山殺した。
その行く末を知る義務がある!
そう思った時だった。
「貴方が藤木和也さん?」
耳に響く懐かしい言語。
…日本語?
声の主に目をやると、巫女服風の軍服を着た東洋人が立っている。
象徴的な軍刀を携えて。
確かこの女性は…
「…もうネームドキャラやめてくれません?」
「はぁ?」
あっ…すみません。独り言です。
────
「始めまして私は穴拭智子…と言ってもご存知かしら?」
そのキャラクターは俺に歩み寄ると、そう言って手を差し伸ばす。
たしかに俺は知っている。
だってキャラクターだから。
でも実際彼女は有名人。
この世界ではウィッチ、穴拭智子を主役にしたプロパガンダ映画が放映されており、銀幕のスターなのだ。
その二つ名は扶桑海の巴御前。
ネウロイ戦争の前に発生した扶桑海事変でその名を知らしめた英雄中の英雄である。
「ありがとうございます。」
俺はそう言ってそんなスターの手を掴み立ち上がる。
ずっと思考をまとめるために木を背中にして、うずくまっていた物だから。
ちょっと立つときよろめいてしまった。
「…!やっぱり貴方は藤木和也さんね?ペテルブルクでの証言にあった通り、指が義指!やっと見つけた!聞き込みで見当をつけてた住所にいないから!どうしたものかと思ったのだけど!会えて、とっても嬉しいわ!」
俺の手を掴み、確信したようにそう叫ぶ彼女。
「はぁ…?」
思わず素頓狂な声を出す。
探してた?俺を?
「あっ…!嬉しそうに言ってごめんなさい…違うのよ!指の事は失言だったわ!そういうつもりではなかったの。でも貴方に会えて嬉しいわ!やっと見つけた!生き残りを…。」
「生き残り?」
「えぇ、貴方が初めて…もしかしたら最初で最後かもしれない!第一次欧州派遣軍…第二三師団の生き残りよ!私は貴方のような生き残りを扶桑に送り返すためにやってきたの!」
高級士官特用と言ってもいいかもしれない。
目下の者に対する、過剰気味な労いの…演説じみた物言い。
特に陸兵に多かった気がする。
そんな態度な軍人だったから、俺はやや面を食らう。
そして、彼女の話を聞き続ける。
曰く、日本…いや、扶桑からの行方不明者を捜索する任務を帯びていること
曰く、既に過半数にあたったが、その殆どが遺骨も残さず文字通り蒸発していたこと
曰く、マスコミがうざいとのこと
曰く、初の成果が俺とのこと
それを嬉しそうに語られた。
「ねぇ!貴方への手紙も預かっているわ!ほら!これ!」
そして背嚢から手紙を一通取り出し差し出してくる。
藤木和也 様
便箋には検閲済みの朱印と一緒に俺の名前が記されている。
だけれども、俺にはこれを受け取る資格なんてなかった。
「…どうして?いらないの?名前からしてご家族からのお便りだけれど?」
「受け取る資格はありません。実は自分には記憶が無いんです。この世界で藤木和也として生きていた記憶が。」
素直にそう告白する。
間違ったことは言っていないはずだ。
「記憶喪失ってことかしら?」
目を丸くする将校殿。
だけどすぐにその一重瞼を細くした。
「たしかに、戦争後遺症で記憶を亡くす陸兵の話は聞いたことあるけれど…でも、それとこれとは関係ないわ。これは貴方のご家族が貴方を気遣って送った手紙。読まないのは失礼よ。それに、無事を知らせて上げる事が、貴方の責務だと思うわ…。例え今の貴方にとってなんの思い入れがなかったとしても。」
まっすぐと諭される。
正論だ。
彼女の言うことは。
何も間違ったことは言ってはいない。
でも、シチュエーションがシチュエーション。
説明はとてもし辛いが。
受け取っていいものなのか?これを?
「わかりました…。」
結局、彼女の圧に負け俺は渋々その便箋を受け取った。
「ありがとうございます。」
「返事ちゃんと書きなさい?私も上に報告を上げなければならないから。」
「…はい。」
そう答えてみたものの、実際には封を開けるつもりはない。
この手紙は、本来の意味で俺に宛てた手紙ではない筈だった。
封を切る権利はこの世界の藤木和也にあるのだから。
「でも、本当にありがとうございます。」
それはそれとして、俺は穴拭智子に礼を言う。
「貴女のお陰で久しぶりに日本語を聞けた。自分が何人だったかを思い出せました。」
それは本心からの謝意だった。
ヴィボルグで目を覚ましてからというもの、俺の鼓膜を刺激したのは、アウロラさんのスオムス語と、時たま聞くロスマンのカールスラント語だったから。
日本語なんて本当に久しぶりに話す事ができた。
「…ん?」
しかし、俺の礼に扶桑の士官は顔を顰める。
何か…何かまずいことが起こったかの様に。
「藤木さん…いえ藤木和也一等兵。貴方は今、ナント言いましたか?」
先程までの柔和な明るい雰囲気はどこへやら…。
彼女は顔をこわばらせ、瞳には猜疑の念が灯された。
「…はい、久しぶりに扶桑語を聞けて嬉しいと。」
「言い直しましたね?さっきの言葉を?」
そして、続く俺の返答で巴御前は確信を持ってしまったらしい。
「いいですか?これは軍人の…将校としての命令です。答えなさい。」
そう言って穴拭智子は、懐からFNブラウニング1910…将校用の自衛拳銃を取り出した。
狙いはまっすぐ俺の眉間。
「日本…その言葉をどこで知りましたか?答えなさい…藤木一等兵。繰り返します。これは質問ではありません。これは命令です。」
「…は?」
なんだろう、先程から濃いイベントの連発で、理解が全く追いつかない。
「それは扶桑陸軍科学研究所登戸出張所の軍機です。どこで知り得た情報ですか?」
どうやら、俺はなにか失敗してしまったらしい。
…