ストパン世界に転生したけどモブとしてクルロスを見守ろうと思ってただけなのに…   作:まったりばーん

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突然頼まれた

「ほらっちゃんと歩く…全く、男だろう?」

 

俺はそのままクルピンスキー中尉に手を引かれ我が家へと帰ってきた。

酒で混乱する頭で何も主張できず、ただ黙って腕を引かれている。

これじゃあ本当に介護と変わらない。

 

「こんなに散らかして…言っとくけどボクは先生と違って掃除はしてあげられないよ?」

 

制服姿の彼女は扉を開け、屋内の惨状を確認するとそう言って顔をしかめた。

俺の暮らすこの部屋はせっかくロスマン曹長に掃除してもらったのにも関わらず、たった数日でもと通りの乱雑な状況に変わっていた。

 

「特にこれは没収だね」

 

そして、部屋を物色する彼女は床に無造作に置かれたヴィーナの酒瓶を発見し徐に持ち上げる。

回りに空瓶が散乱する中、中身の入った唯一の瓶だった。

 

「…っ!返せよっ!」

 

高濃度の蒸留酒。

今の俺にとっての一番の逃避法が奪われる。

俺はそう感じると無意識的に手を伸ばし、クルピンスキー中尉の手から酒瓶を奪い返そうと指を動かした。

だが、呑んだくれの動きなど稚拙な物。

中尉は俺の無駄な足掻きをひゅるりとかわす。

 

「うわっ!そんなに必死にならなくても良いじゃないか、そんな事をする子にはこうだ!」

 

中尉は暴れる俺を横目に青みがかった酒瓶に口を付け、ヴィーナをラッパ飲み。

中身は瞬く間に空になる。

残っていたヴィーナのその全てが中尉の胃袋に収まった。

 

「あっ…」

 

「ぷはぁっ…う~ん、スオムスウォッカは久し振りに飲んだけど葡萄ジュースよりも効くねぇ…うぷ」

 

透明な洋酒を完飲し、小麦肌を若干赤らめる長身の魔女。

少なくない量があったが流石カールスラント人。

酒には強いらしく、それほど堪えていない様だ。

 

「そっそんな…」

 

涼しい顔をするクルピンスキー中尉とは対照的に俺はこの世の終わりとばかりにガクンと首を項垂れ、床に膝を突く。

この寒村において酒はそんなに安い物ではない。

ましてや今は戦時中。

平時ならルーブル紙幣一枚でお釣のくるヴィーナも、値が張ってしまうのだ。

具体的には数倍位に跳ね上がる。

最後の一本だったのに…なんて事をしてくれたんだこの中尉は。

これからどうやって、いつ襲ってくるか解らない痛みを誤魔化せば良いんだ?

そんな怨嗟の籠った視線で中尉を睨む。

だが酒浸りの生活で臆病になった俺の体と思考は彼女に具体的な抗議を口に出せず、睨む事しかできかった。

喉から言語化できない唸りが歯の隙間を通過するだけ。

ウィッチとはいえたった一人の女に声も出せないなんて。

なんて、情けないのだろう。

だが、目の前の自称伯爵はその端正な顔を真っ直ぐと逸らす事なく俺へと向けた。

まるで、俺のどす黒い視線など何でもないと宣言する様に。

 

「フジキ一等兵、キミの気持ちも解らなくない。」

 

そして整った顔に負けないくらいのハッキリと通る声で、口を動かすのだ。

 

「ボクら航空歩兵は陸兵とはあまり接点がないから本心から理解できるとは言わない。でも、一等兵、キミみたいな歩兵は結構な数見てきた。ダイナモ作戦で負傷兵で満杯になった輸送船だって見た事ある。」

 

遠くを見る様な彼女の瞳。

暢気な性格といえど39年から戦い続けているウィッチ。

今まで数々の死線をくぐり抜け、数多の地獄を目撃してきたのだろう。

 

「ラル隊長も昔戦場で大怪我をしてね。その時にお見舞いでブリタニアの病院に行ったんだ。そこで、そんな負傷兵達の成り果てを見たんだけど…彼等はもっと酷かった。何をやってたと思う?キミみたいにお酒じゃない。」

 

「…何って?」

 

「コカイン、モルヒネ、メタンフェタミン…アガる薬だよ。医療用のね。特に古い医者はこういうのを乱発するんだ。」

 

「…」

 

苦虫を噛み潰したかの様な中尉の顔。

俺は息を飲む。

そういえばこの時代はまだ元の世界よりも麻薬の規制が緩かった。

メタンフェタミンなんか薬局でも売っている。

それが、この世界の価値観だ。

それよりももっと古い医者達にしてみれば、患者に麻薬を使わない方がおかしい。

そう考えるのだろう。

俺はこの世界で日常で目に付く麻薬を意図的に避けてきたが、確かにこんな状態で渡されれば溺れてしまうに違いない。

だってそれが唯一の方法だから。

 

「こんな事を言うと冷たい奴だって思われるかもしれないけど、普通はあんまりそういう奴に注意はしない。どんな背景があれ、結局最後は自分の意思だからね。けど、キミは先生を助けてくれた…だからこそ言うんだ。キミにそんな風になっては欲しくない。今のキミを見れば先生も気に病むだろうしねっ!」

 

眼前の魔女はそう言って手に握った酒瓶を手で握り潰す。

 

パリンッ!

 

砕け散り、床に散乱する瓶だった物。

ガラスの割れる音が鼓膜を刺激する。

彼女は素手で酒瓶を握り割って見せたのだ。

 

「ボクの柄じゃあないけど、悩み事を聞いてあげるよ?ボクにできる事なら力にもなろう。だから、次に先生が来る時までちゃんと元に戻ろうじゃないか?先生をガッカリさせたくはないだろう?」

 

そしてそのままクルピンスキー中尉はガラスの破片で傷付いた手を見せ付けるように床に膝付く俺に差し出した。

所々、流血している。

この手を取れ…そういう事だろう。

 

「クルピンスキー中尉…」

 

俺が中尉と交えた言葉は多くない。

むしろ、俺が一方的に彼女から言葉を貰っただけ。

だけど、俺はもうこの段になって…久し振りに他人の優しさを感じて…声を出して泣いていた。

 

こんなに男に、こんな異国の地で、世界さえ違う人間に…こんな俺にまだこんな事を言ってくれる人がいた。

 

そう思った。

 

「えっちょっと!あれ?これじゃあっダメなの?えっおーいっ!フジキ一等兵!?もしもし?」

 

突然泣きだした俺に小麦色の魔女はただ、困惑するだけだった。

 

───

 

「ほら、泣き止んで?コーヒー淹れたからさぁ…。キミの家のだけど。」

 

「グス…ありがとうごさいます。」

 

「何か傷付ける様なこと言っちゃった?」

 

心配そうな中尉の顔。

なんとな泣き止ませようと思ったのか、コーヒーまで淹れてくれた。

そう言えば退院の日にコーヒー豆をお世話になったナースから貰っていたのだがすっかり忘れていた。

この指じゃあコーヒーを淹れるのも一苦労だから。

 

「いえ、そんな事は只、久し振りに他人にあんな風に言って貰えたので、つい…」

 

俺は湯気を立てるコーヒーを啜る。

酒とは違う優しい薫りが鼻腔を刺激する。

 

「そっか、そうじゃないんだね。安心した。」

 

「すみません中尉。折角来て頂いたのにこんな風に…。」

 

「いやぁ気にしないで先生に頼まれただけだから。キミの事が心配だから様子を見に行ってくれないか?って…でも良かったよ。様子を見に来て。キミったらあんな所でお酒片手に寝てるんだから、本当に風邪引くよ?」

 

「本当にすみません。」

 

「そんな、何度も謝らないで。改めまして…ボクの名前はヴァルトルート・クルピンスキー。伯爵って呼んでくれてもいいよ?」

 

クルピンスキー中尉は笑って握手を求めてくる。

 

「藤木和也です。よろしくお願いします。」

 

俺は右手に手袋を付けたまま彼女の握手に応じた。

交わる布地の手袋と彼女の褐色の右手。

 

「…っ!そっか、そうだったね。ごめん。」

 

布越しに俺の指の異質さに気がついたのか、中尉は目を伏せがちに声のトーンを弱くした。

 

「ご心配なさらずとも大丈夫です。大分、慣れました。」

 

「あんな事になっていたのに?大丈夫じゃあないんじゃないかな?」

 

「…それは」

 

「というか何であんな風になってたんだい?先生の話だとあそこまで酷いって印象は感じなかったけど…」

 

「実はその病気と言いますか、後遺症と言いますか…幻肢痛というのがありまして。」

 

「幻肢痛?」

 

聞き慣れない単語に二つの眉を潜める中尉。

俺はこの指の症状の事。

ずっと一人で薄淋しさを感じていた事。

痛みと孤独とか相まって、たった数日で酒に溺れてしまった事。

…その全てを話した。

 

「そっか、そんな事が…。」

 

指が無い事は知っていたが、その状態までは知らなかったのだろう。

俺の話を聞いてさっきまで軽快に舌を動かしていた中尉も口数が減る。

それでも、彼女は意を決した様にその良く通る声を震わせた。

 

「だけど、だからってあんな風にお酒に逃げるのは駄目だ。今はお酒で済んでるけど、それがいつ薬に代わってもおかしくはない。2度も言うけど、ボクは先生の命の恩人であるキミに、ブリタニアの病院の彼等みたいにはなっては欲しくはないんだ。」

 

「すみません、でも酒がないと、またいつあの痛みが来るかと…そう怯えてしまうんです。ですので酒を…」

 

認めてはくれないだろうか?

そんな意思を視線に込めて、俺は訴える様な目で彼女を見つめる。

 

「だから、それは駄目だって言ってるじゃないか?」

 

だが、中尉の意思も硬かった。

 

「申し訳ないけど、その痛みに関してはボクは何もしてあげられない…けど、ボクは暫くキミの事を先生の代わりに面倒見る。キミの側に居て上げよう。だから、もう一人だなんて思わないでくれるかな?」

 

「中尉…。」

 

そんな中尉の声に女々しいが、安心感を覚えてしまう。

舞台俳優顔負けの顔と何気なく放たれる言葉に頼もしさを感じた。

そりゃ、こんな優男顔で「キミの側に居て上げよう」だなんて言われたら同性と言えど、コロッといってしまうに違いない。

ロスマン曹長もこれにやられたのだろう。

だが、俺は彼女との会話の中で一つの疑問を感じた。

…そう言えば。

 

「ロスマン曹長は何かあったのですか?」

 

そうだ。

クルピンスキー中尉…。彼女の口振りから察するにロスマン曹長に頼まれたからやって来た。

…という事は理解できる。

でも、なぜ曹長は中尉に代役なんて物を頼んだのだろうか?

どうして曹長は来てくれない?

一週間前のもう来ないでくれという俺の懇願が叶ったのなら我慢できる。

しかし、もしかしたら俺が何か嫌われる様な事をしてしまっていたら…?

それが原因で彼女が来なくなってしまったとしたら?

そう考えると、孤独よりも悲しい、何か名状し難い感情に支配されそうになってしまう。

だが、中尉から放たれた答えは明快でその心配が杞憂であった事を教えてくれた。

 

「先生は今、新人教育に忙しくてね、あんまりこっちに顔を出せなくなっちゃんだよ。安心して。」

 

「そうですか…」

 

新人教育。

恐らく新人とは雁淵ひかりの事だろう。

彼女は「ブレイブウィッチーズ」の物語を通じて成長したがまだ新人と言える実力だ。

この小康状態を利用してロスマン曹長は更なる訓練を彼女に施しているに違いない。

訓練場で雁淵ひかりを叱咤するロスマン曹長の姿が脳内で再生された。

貴重な時間を俺よりも価値ある有意義な事に使ってくれている。

何よりだ。

内心、胸を撫で下ろす。

 

「じゃあまず何からしようか?」

 

そんな安堵感に浸っている俺を見て中尉は何かを思い付いたらしい。

 

「そうだ…まずは身嗜みだね。」

 

───

 

そして、今に至る。

 

「中尉、これは何を…?」

 

俺は今、洗面台の前に座らされてお湯をかけたタオルを顎に巻かれている。

まるで理髪店にでも来たみたいだ。

 

「何って髭を剃るのさ髭を。」

 

そう応える中尉の両手にはそれぞれ石鹸と剃刀が握られていた。

 

「病は気からっ!まずは身嗜みを整えなきゃ、取り敢えずその顔を綺麗にしよう。それとも生やしておきたい?髭?」

 

鏡に映る自分の姿を見る。

今の俺は自力で髭を剃るという事ができない。

入院していた頃は看護師の人にやってもらっていたが、ここ一週間はずっと放置していた。

それほど髭の濃い方ではないが、一週間も生やしておけばそれなりの濃さになってしまう。

中尉が剃ってくれるというのなら、これ程ありがたい事はない。

 

「いえ、丁度困っていた所だったんです。この指だとどうしても髭を剃れない物で…。」

 

「そっか、良かった。先生も多分、髭が無い方がキミと話しやすいと思うな。」

 

中尉はそう続けるとクシュクシュと石鹸を泡だて始める。

忽ち、彼女の小麦肌は白い泡に包まれた。

 

「じゃあ、やるよ?」

 

生温いタオルが取り払われた。

彼女の手から俺の顎へと泡が塗りたくられ、心地の良い感触が肌を包み込む。

俺の顔下半分が白に染まると、彼女は手に握る剃刀を顎に這わせ手首を軽快に動かし始めた。

ジョリジョリと黒く太い体毛が削ぎ落とされていくのが解る。

中尉の外見からは思えない位にとても丁寧な手つき。

何だろう?

人の体毛を剃るのに慣れてるみたいだ。

 

「初めてだよ男の子の毛剃るなんて」

 

俺の思考を読み取る様に、手を動かしながら呟くのはクルピンスキー中尉。

成る程…"男"のはね。

俺はその一言で理解した。

 

「自分も女性に髭を剃られるのなんて初めてです。」

 

お返しとばかりに、魔女のふとした一言に反応する。

 

「あっ口動かさないでっ!危ないなぁ…肌ごと剃っちゃうよ?」

 

途端に慌てる彼女の声。

そりゃそうだ、顔に刃物を当てている時に急に動かれたら危ない以外の何物でもない。

そう思うと俺はすぐに口をつぐんだ。

 

「でもそうだねぇ…今、キミはボクになされるがまま。無事にこの髭剃りが終わるかどうかもボクの気分次第って事だね。そう思うとちょっと面白いかも。」

 

だが中尉は押し黙る俺に、急に何だか怖い事を口走った。

その声は何だか楽しそう。

冗談だろうが…冗談だよね?

 

「ハハッ冗談、冗談。いいよ終わったから。」

 

俺の心配を他所にクルピンスキー中尉はケラケラと笑って、俺の顔下半分をタオルで拭う。

もう完了したのだろう。

 

「あら…思ったよりイイ顔じゃないのさ、まぁ、ボク程じゃないけどね。」

 

鏡に映る、一週間振りに髭を剃られた俺の顔面。

その顔は何か憑き物が落ちたみたいにすっきりしていた。

 

「ありがとうございますクルピンスキー中尉。」

 

何だか陽気な伯爵のお陰で、肩が軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 


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