父親だから我慢できて運命を乗り越えた話 作:竈門家を幸せにし隊
夢を見た。
それは正しく悪夢というやつだ。
弟をかばった息子が殺された
かばわれた息子が殺された
娘をかばった妻が殺された
妻にかばわれた娘が殺された
姉にかばわれた息子が殺された
弟をかばった娘は鬼にされた
生き残ったのは街に出ていた息子と
鬼にされた娘だけ
ここまで見て飛び起きた。
思わず周囲を見渡して、安らかに寝息を立てる子どもたちに安堵のため息を自然とついた。
隣で同じように妻が眠っている。
疲れが出たかと、苦笑が漏れる。
元々身体は強くないのだ。
今日の仕事は、少しだけ息子たちにも手伝って貰おうか。
よく出来た子たちだ、自分から手伝ってくれそうだ。
特に長男は頑固だから、自分がやると斧を取り上げられるかもしれないな。
なんて事のない日常を思い浮かべ、ふっと笑いが浮かんだ。
だが、悪夢は終わらなかった。
生き残った息子は刀をとり、鬼を殺す組織へと入る
娘は鬼となったが兄を喰わず人を襲わず
その精神は人であり続けた
妹を人に戻すため、鬼の始祖とやらを探す過程で様々な鬼を殺し仲間も増えた
信頼を向ける男にも出会う
しかし鬼というやつはそれらを容易く吹き飛ばす
眠ると、きまって悪夢の続きを見る。
息子の苦しむ姿を見るたびに、
涙を流すたびに、
絶望の表情を浮かべるたびに、
胸が張り裂ける程の痛みと何も出来ない己に情けなさすら感じる。
そうしてついに悪夢は終わりを迎える。
鬼の殲滅と引き換えに組織は壊滅
生き残りは全体の一割程度
共に戦った者たちも殆どが死んだ
息子は片手と片目を失った
娘は遂に人に戻った
そこで悪夢は終わった。
だがどうだ、どこに救いがある。
息子は生き残った。
娘は生き残った。
しかし家族は生き返りはしない。
あのような地獄を生き残った息子たちは誇らしいと思う。
それでも、と思わずにはいられない。
家族全員が生きていてくれればと。
そう願わずには居られないのだ。
ああ、そうだ。
自分には烏滸がましい程の願いだろう。
何せ。
自分は
予感があった。
今日だと、今夜だと。
数日前からひしひしと感じていた。
悪夢を見て以来、やれることをやった。
夢で息子がしていたように、組織の者たちがしていたように、常に続けていた呼吸をより深めた。
全身の細胞の一つ一つに届く酸素の量を増やすために。
病弱の身では厳しかったが、すぐにできるようになった。
夜には藤の花の香を焚くようにした。
夢で見た限り、鬼を殺すには太陽の光と特別な刀が要る。
故に、鬼を殺せる刀を求めた。
心配する家族をどうにか説得し、いつもより遠い街まで炭を売りに出た。
ほどなく、柄を血に濡らした黒刀を見つけた。
持ち主は見つからない。
だが、そこらは人一人分を優に超える量の血で塗れていた。
抗ったのだろうか、守ったのだろうか。
手を合わせ黙祷を捧げ、仇を取ると顔も名も知らぬ誰かに誓いをたてた。
必ず鬼の始祖に一太刀入れると。
そのために刀を持っていくと。
だが、これが本当に鬼を殺せる刀かがわからない。
どこかで確かめる必要があった。
先日、炭を売った帰りのことだ。
花を手折ろうとする鬼を見つけた。
刀を抜き、片手で握り、力を込めると色が変化した。
こういっては何だが、目の前の鬼で試させて貰うことにした。
神楽の一つ目で容易く首を刎ねた。
徐々に崩れていき、ついには消滅した。
問題なく殺せた、後は
この頃から明らかに体調が安定しなくなった。
程なく、医者にはいつ死んでもおかしくないと告げられた。
人を喰った熊が出たというのでやむなく斧で退治した。
息子の
病気が悪化した。
床を離れられない日が続いた。
食事すら自分では出来ない。
水以外何も喉を通らない日もあった。
自分の身体を見下ろした。
肺と心臓以外の殆どが病に冒されていた。
呼吸に重要な肺を残してくれた事を神仏に感謝した。
夢によれば今日の夜か、明日の朝にでも私は死ぬ筈だ。
だが私はここで死ぬわけにはいかない。
私がこの日に死ぬことは、あるいは運命で決められているのだろう。
だからこそ、この先も私が生き続ければそれは運命に抗ったということだ。
家族たちが、生き残れる可能性が出てくるということだ。
痛みなどこの数年で慣れてしまったと思っていたが、そうではなかったらしい。
痛みの周期など無いように、常に何処かが激痛を発している。
最早何処が痛いのかすら、わからないようになってきた。
意識がぼんやりと薄れていくのを必死に繫ぎ止める。
死に屈しようとする度に家族の顔を思い出し、常より深く呼吸を意識し続けた。
これまでの人生よりも長い一夜だった。
何度も人生を振り返った。
そのたび見る家族の顔に勇気付けられた。
一瞬たりとも意識を手放せず、それをしてしまえば死の神にこの魂は刈り取られることだろう。
私に出来たのは、只々意識を保ち呼吸を深めるのみ。
太陽が山を越え、その威光を此方へ届けたその時、私は悟った。
この日ほど、神仏に感謝した日はない。
可能性が出来た。
妻と六人の子供たちが揃って生き残る可能性が。
ほんの少しだけ、病態が安定した。
治ったわけではない、それは私が一番わかっている。
ただ、神か仏が最期に家族との時間をくれたのだろう。
どうあがいても、十日以内に私は死ぬ。
しかし予感があった。
近いうちにその日が来ると。
最期の日々は、家族と過ごした。
しばらく私が寝ていた間に随分と子どもたちは成長していた。
出来ることが増えていれば偉いと褒め。
悪いことをしたら叱り、何故してはいけないかを諭す。
反省して謝ったら、頭を撫でて許す。
妻と娘の料理を皆で食べて、美味しいと笑い合う。
眠る子どもたちの頭を撫でて、泣きじゃくる妻を抱きしめる。
泣き疲れて眠る妻を寝床に戻した。
もう明け方で、あと一刻もすれば日が昇るだろう。
予感は確信に変わり、既に外の少し離れた辺りから凄まじい気配を感じる。
家族にすら隠していた刀を手に取る。
背後から物音がして振り返ると、息子が起きていた。
どこへ行くのかと尋ねる息子に笑って答える。
鬼退治だと。
心配して止めようとする息子に、強引に約束させる。
これから一刻の間絶対に外に出ないことを。
破れば勘当だ、とまで言ったがそれでも私に危険が及べば躊躇いなく助けに来るのだろう。
本当に、優しい子だから。
であれば私はこの身に一つの傷も負ってはならない。
最期くらいは格好いい親父であらねばな。
そう思い息子に目を向けると、今にも泣きそうになっていた。
ふふ、と笑いが溢れる。
それからしっかりと抱きしめる。
思っていたよりずっと大きくなっていた。
子どもの成長は早いというが、もう数年もすれば私の背丈も超えそうだ。
少し悔しい気もするが、それで良い。
もっともっと、大きくなるんだぞ。
そして、ゆっくりと言い聞かせる。
これから私は病で死ぬということ。
決して今から来る鬼に殺されるわけではないと。
この先は家族で助け合って生きること。
そして、私は妻と子どもたちに囲まれて幸せだということ。
かなり気配が近づいてきた、もう猶予はない。
これで本当に最期だ。
戸に手をやり、振り返る。
まずは、伝えておかなくてはならないことを。
「私が死んだら、この神楽と耳飾りだけは必ず途切れさせず継承していってくれ。ヒノカミ様との
そして、この先の炭治郎のために。
崩れ落ちそうになった時、絶望しそうになった時にこの言葉が奮起するきっかけとなればいい。
負担になってしまう事だろう。
それでも言わねばならないことだ。
「炭治郎、みんなを頼んだぞ」