愚者は惑えど勇者は懼れず   作:佐々木剣蔵

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ようやく主人公が活躍?します。
ひとつの縁を結ぶのにどんだけ時間かけてるんだ。


第五幕

■Chap.6 -私を思い出して(クローバーの花言葉)

 

 

月曜日の閉店間際、夏凜が駆け込んできた。

 

「店長、まだいいかしら?」

 

「いらっしゃい。ラストオーダーの時間は過ぎてるけど、他の客もいないし、いいよ。お袋、料理は出せる?…ああ、OKみたいだ。」

 

「じゃあ、オムライスとサラダのセットをお願い。」

 

「りょーかい。しかし、いつも思うが、うちの軽食じゃ中学生の夕飯には少ないだろう?ボリュームメニューを考えた方がいいのかね…」

 

「別にいらないわ。足りない栄養素はサプリで補えるし、この店の味が気に入って、来てるんだから。」

「それより、『鷲尾さん』の件で、相談があるわ。」

 

「…なんだって?」

 

「昨日、風と樹も写真を見たでしょ?その時、私たちが感じたのは『()()()』じゃないの。『()()()』だったの。」

 

「…続けてくれ。」

 

「つまり、『鷲尾須美』と『東郷美森』は同一人物である、という仮定で、私たちは調べてみた。」

「確定の証拠こそ得られなかったけど、状況的には『あり得る』ことが分かった。東郷ね、事故の影響で、小学校の時の記憶があいまいらしいわ。」

 

「…!」

 

「こんなこと、間違っても他の人に言うんじゃないわよ。」

 

「当然だ。お袋にも言わん。おっと、噂をすればなんとやら、少し待っててくれ。」

 

そう言って料理を受け取って、夏凜のもとに届ける。

 

「お待たせ。…で、どうするつもりだ?」

 

「明日…いや、少し時間が欲しいから明後日、東郷をここに連れてくるわ。だから、『鷲尾須美』さん…ううん、仲良しだった三人組のこと、詳しく話してあげて欲しい。…もしかしたら、記憶を呼び起こすきっかけになるかもしれない。」

 

「わかった。じゃあ、水曜は臨時休業にする。あと、『鷲尾さん』との思い出の品を――用意しておく。」

 

 

勇者部への依頼は『新メニューの開発を手伝って』

日時指定は、神世紀300年6月29日、水曜日となった。

 

(考えてもいなかったが、『鷲尾さん』が『東郷さん』と同一人物だとすれば…()()()()()()()()()()()()()()()()()…?『御役目』とは何だ…?)

 

俺は、浮かんだ疑問を打ち消すように頭を振った。

 

 

 


 

友奈の端末に、簡潔なチャットが入ったのは、その日の夜。

 

かりん『明後日水曜日に、勇者部全員で行くわ』

ゆうな『わかった』

 

かりん『お願い』

 

 

少しだけ返信が届くまで時間がかかった3()()()に、夏凜ちゃんの複雑な気持ちが、全部詰まっているように思えた。

なら、親友のために、友達から任された役目を、精一杯やろうと、心の底から思えた。

 

東郷さんの失くした過去を、取り戻せるかもしれない。

明日、東郷さんにそのことを話そう。

 

記憶が戻っても戻らなくても、どうなっても、私は東郷さんの傍にいる。

もう一度、正面からそのことを伝えよう。

 

そう考えて、眠りについた。

 


 

 

運命の水曜日、「喫茶 みきお」の扉には張り紙が1枚。

『夏季メニュー開発のため臨時休業をいただき(ます)

 

そこに、讃州中学勇者部5名が、足を踏み入れた。

 

 

「皆いらっしゃい。今日はよく来てくれた。」

 

「いえ、こちらこそ先日はお世話になりました。今日は先日の御礼と感謝を込めて、お手伝いします!」

 

「じゃあ、早速だが、まずは試食してもらいたいんだ。あちらのテーブル席へどうぞ。」

 

このためにテーブルを合体させた席に案内する。

 

 

「さて、今日試食とアドバイスが欲しいのは、夏季限定販売を考えている『ジェラート』だ。」

「知っているかもしれないが、俺の前職はジェラート店の雇われ店長だったから、その経験を活かして作ってる。」

「とはいえ、専用の装置なんて買えないから、ミキサーで作った簡単レシピだ。口に合わなかったらすまない。」

 

そう言って、皆の前に皿を並べる。

「右から『ミルク(プレーン)』、『抹茶』、『白桃』の3種類。ひとつは期間中の定番にして、残り2つは週替わり、新しいメニューができれば入れ替え、みたいな感じで考えてる。」

「味だけじゃなく、1回あたりに食べる量と、価格についても、意見が欲しい」

 

 

「あら、これ中々おいしいじゃない。そっちは?」

 

「アタシの女子力が唸る!あ゛あ゛、頭がぁ…」

 

「お姉ちゃん、試食なのに一気に食べてどうするの⁉」

 

先ほどの他人行儀な態度はどこへ行ったのか、この店に慣れている3人は完全に素の状態だ。

 

 

東郷さんと結城さんはなんだか2人の世界といった感じだろうか。

「う~ん、東郷さん!どれもおいしいね!」

 

「ええ、『じぇらあと』も中々美味ね。…うん、やっぱり()()()()()()。」

 

(…特に反応はなし。しかし、和テイストが好みなのは、鷲尾さんと同じだな。)

 

 

 

「…クシュン」

一通り意見を聞き終わった折、樹ちゃんが控えめなくしゃみをした。

 

「おっと、体が冷えてしまったか。氷菓子を出すんだから、冷房は弱めておけばよかったな。すまない。」

「暖かい飲み物を出すよ。コーヒーが良いか?紅茶やほうじ茶もあるぞ。」

 

 

「ほうじ茶、珍しいですね。私はそれをいただけますか?」

皆が口々に好き勝手いう大混乱の中で、東郷さんがもの珍しそうに尋ねてきた。

 

「東郷、私が知ってるこの店は、お客さんの多くが『お若いお姉さん』と『お美しいおば様』よ。」

夏凜が「主婦の皆様」を揶揄する。

 

「ああそれで。そういう年齢層の方も、多くいらっしゃるんですね。」

 

「それもあるんだけどね。実は、前の店の時にご要望をいただいたんで、この店では始めから置いていたんだ。」

 

「前の店という事は『じぇらあと』店でほうじ茶を?おもしろいお客さんだったんですね。」

「でも、日本の心を理解しておられて、素敵です。その気持ち、わかりますから……店長さん?私、何かおかしいことを言いましたか?」

 

話すうちに俺の様子がおかしいことに気付いたのか、問いかけられた。

 

 

「いやいや、この要望をしたのはね、前に東郷さんに尋ねた『()()()()()()()()()()なんだ。」

 

「ええっ⁉」

 

皆の顔を見渡す。夏凜が結城さんと目を合わせてうなずいた後、俺の方を見て、ゆっくりとうなずいた。

 

「夏凜や部長さん、樹ちゃんに、少し前に相談してたんだ。あまりにも君が『鷲尾さん』に似ているから。」

「プライベート、それもデリケートな内容で申し訳ないんだが、どうか、俺の話を聞いてくれないだろうか。」

 

 

東郷さんは少し悩むように視線を下げて、結城さんの方を見ようとして、やめた。

顔を上げて、まっすぐこちらを見る。

 

「……わかりました。私も、友奈ちゃんから、記憶を失っている間のことを聞かせてもらえるかもしれないと、伝えられた上でここに来ました。…聞かせてください。」

 

結城さんはそんな彼女を気遣うように手を取ったが、東郷さんは俺から視線を外さなかった。

 

 

 

そうして俺は、先日夏凜・犬吠埼姉妹に語った内容を、再び結城さんと東郷さんにも話した。

一度話していたからか、前回よりも話が整理できていたと思うし、話ながら忘れていたエピソードが、思い起こされたりもした。

 

 

 

「………と、こういう知り合いだったんだ。常連客に、別れが言えなかったのが悔やまれるだけ、と言えばそこまでの薄っぺらい関係だ。」

「でもね、俺の中では案外、この三人組の存在が大きかったみたいなんだ。」

「自分の店を持った時、『三人組のような笑顔があふれる店にしたい』って真っ先に思ったんだよ。…東郷さん、この店の名前覚えてるかい?」

 

「勿論です。みきお、店長さんのお名前と同じですよね?」

 

「元々はそう。親父がやってた時は漢字で【幹夫】だったんだ。それを俺が継いで、リニューアルした時にひらがなにしたのは訳がある。」

「この店の名前を漢字で書くなら【()()()】。()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。」

 

 

 

 

東郷さんは―――何も言わなかった。

だから、夏凜が誰にも聞こえないように呟いたはずの「店長って案外ロマンチスト…?」という声が、全員にはっきり聞こえてしまった。

オイ、遠慮しろ。

 

 

「ここまでの話を聞いて、店長さんと、その三人の絆は、よくわかりました。よこしまな気持ちで探しているわけではないという事も。」

「でも、私と鷲尾さんが同一人物だと思った理由は何ですか?まさか味の好みだけというわけではないですよね?」

 

 

「ここからは私が話すわ。」

 

夏凜が、説明を引き継ぐ。

 

「店長は、あくまで血縁の他人だと思ってたわ。それを、同一人物だと主張したのは、私たちなの。」

「百聞は一見にしかず。まずは、店長がタマタマ*1残していた、『鷲尾須美』さんの写真を見て。」

「こっちは、一昨日撮った、あんたの写真。自分で見て、どう?」

 

 

「…嘘、これ、私…?」

 

「ちなみにこの『鷲尾須美』さんの写真が、あんたであることは、友奈のお墨付き*2よ。」

 

「うん、一目で東郷さんだと思った。ううん、そうとしか思えなかった。今も、間違いないって思ってる。」

 

「それに、そのメガロポ「お姉ちゃん!それは余計だよ!」

 

部長さん、いったい何を言おうとしたのか…

 

 

 

「後は、確定させる証拠が欲しくて、神樹館小学校の出身者を探したけど、残念ながら見つからなかった。」

「だけど、友奈が気づいたの。アンタが大事にしてる、そのリボン。」

「写真をよく見て。こっちの『乃木園子』さんが、同じリボンをしていないかしら?」

「多分それは、()()()()()()()()()()()()()()()。これを理由に加えて、私たちは『同一人物』だと考えてる。」

 

「店長、『鷲尾須美』を知ってる人間として、『東郷美森』と同一人物だと思える判断材料は、他にある?」

 

「ああ、さっき説明しているときに思い出したことが一つある。東郷さん、質問させてほしい。」

 

「…なんでしょうか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ここで東郷は怯えたように――息をのんだ。

 

「…東郷、答えなくていいわ。アンタは2年前、間違いなく『鷲尾須美』だった。でしょ?」

 

東郷さんは、何度か首を縦に振って、そのまま、顔を上げなかった。

俯いた頬から光るものが手に落ちる。

 

 

「東郷さん…」

結城さんの呼びかけに、絞り出すような、東郷さんの声が重なる。

 

「…思い、出せないの。こんなにも2年前の私の情報があるのに、どうしても思い出せないの。この写真を見ればわかる。当時の私は、間違いなく幸せだったんだって。店長さんの話を聞けば、もっとよくわかる。この二人のことが…だいすきだったんだって。」

「だけど、記憶のかけらも湧き上がってこない。どうして⁉ 私は、そんなに薄情な人間なの⁉ …どうして、この二人は私に会いに来て…くれなかったの…?」

 

その続きは、声にならないようだった。

 

結城さんが東郷さんに寄り添うように抱き留め、こちらを見て、力なく首を振る。

とにかく今は、時間が必要だと感じた。

俺は夏凜と犬吠埼姉妹を引き取るとしよう。

 

「…夏凜、部長さん、樹ちゃん、どうしても今、聞きたいことがある。カウンターに来てくれないか?」

 

東郷さん以外の4人が、顔を見合わせてうなずいた。

 

 

*1
友情出演:土居球子

*2
須美だけに




だから店長の名前を「幹夫」にする必要があったんですね。(メガトン構文)

厳密には「のぎ」なので「みぎお」君にすべきですが、諦めました。
店の名前を三人組由来にするのは、この小説の構想段階からの案だったので、色々考えました。
「木ノ鷲」で木像の鷲がある、とか。

…うん、みきお君で良かったと思います。

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