ようこそ邪悪な教室へ   作:マトナカ

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最新話じゃなくても感想歓迎です。


プロローグ
ようこそヤクザの実家へ


俺は浅井虎徹、地方の衰退したヤクザ育ちの人間だ。

 

中3で、15歳にもなり、最近は進路について考えている。適当な地元の公立高校に入るのか、せっかくなら東京の方で寮生活でもしようか、はたまたヤクザ業を引き継ぐなら中卒でもう色々やった方がいいんだろか、でも時代としてもうヤクザなんて消えるばっかりだろうし流石に高校は行った方が良さそうだな……なんて悩んでいた所、組長である祖父に呼び出された。

 

そして来た日本家屋だが、古いはずなのに手入れがされているため意外にも綺麗だ。ムダに広すぎる庭は、白い石が敷き詰められていたり、巨大な盆栽のような松?が植えられていたりしてそこそこ金がかかっているのが分かる。でも田舎だからってこの家はちょっと広くしすぎだと思う。管理するのも大変だろうに。

 

昔と比べたら勢いがまるで無いなんていう話を聞いたけれど、それでもやっぱり庶民と比べたら桁違いに金があるみたいだ。

 

「虎徹様をお呼びしました」

 

エリートヤクザ菅原の声を受けて、少し懐かしい声が返ってくる。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

ふすまを開けて入ると、何年かぶりに見た組長、俺の祖父が待っていた。そろそろ70歳くらいのはずだが、眼光は鋭く、灰色の着物を着こなした姿は衰えを感じさせない。……と思ったが、よく見ると白髪が増えたりシワが深くなってるし、老いてはいるみたいだ。

 

「虎徹、来たか。……学校はどうだ」

 

「えっと、順調です。部活とかはやってませんが……」

 

あれ?普通に世間話なのかな。

 

「困ってることは無いか」

 

「えっ?……いや、あの、大丈夫です」

 

表情をまるで変えず、お前を殺すと言わんばかりの顔で言われても、ちょっと困惑してしまう。悪意が無いはずだと分かっていても怖い。でも心配してくれてるのか……。

 

心配事、あえて言うなら友人があまり居ないけれど、なんとなくヤクザ関係の人間だとバレているせいだろうし、俺としてもあまり関わらない方が良いのかもと距離を置いてるから……別に困ってるという事ではないかな。

 

「……高校はどうする」

 

あぁ、そういえば心配事と言えばこれがあった、進路問題。進路相談なのかこれ。

 

「えっと、考えてはいるんですけど、行った方が良いですかね……?」

 

小さい頃から育ててもらった恩があるため、中卒でヤクザ稼業を手伝えと言われたら断れない。どちらかと言えば高校には行ってみたいけれど、まぁあんまり意味無い気もするし就職するのも良い気がする。

 

「当然だ!」

 

ひぇっ、声でっか……。こっわ。口から心臓ちょっと出た。怒鳴られたというより吠えられたという気分だ。耳もちょっと痛い。

 

「あっ、はい。分かりました。……けれど、高校に行くとしても、どこに行こうか悩んでまして」

 

「そうか。……今日はその件で呼んだ。高度育成高等学校という名前は知っているか」

 

進路相談だったのか。高度……なんて?

 

「聞いたことはあるような。すみません、詳しく知りません」

 

「そこの学長と古い知り合いでな、お前のことについて話すと是非ウチに来て欲しいなどと言われたのだ」

 

それ……、裏口入学なんちゃう?いくら積んだんだろか。500万円くらい?

 

「はぁ、その、光栄です」

 

「……何だその目は。別に金で頼んだ訳じゃない」

 

「えっ?」

 

違うの?えぇ?じゃあなんで俺なんかが欲しいんだよ。成績もそこまで良くないし、少し鍛えてはいるけど身体能力もそれほど高くない。ヤクザに恩を売っておきたいっていったって、ウチより大きい組織はそこそこあるだろうに。

 

「……まぁ、少し裏を知った生徒を入れておきたいということなのだろう」

 

は?どんな学校やねん。好きでヤクザ家を入れたいって?イカれてるな、その学長。

 

「えっと、そこに自分が行けば良いんですか?」

 

「あぁ。行くといい」

 

「あの、はい。分かりました。行かせて頂きます」

 

なんだか少しモヤッとするけれど、入れる高校がもう決まったと思えば良い話だったかな。

 

「お前を呼ぶ理由、いくつか考えられるが……」

 

そりゃあるでしょうねぇ。わざわざヤクザ家育ちなんかを入れるからには、なんかルール無視で暴力的な行動して欲しいとかなんすかね。暴力団的に。あー、めんどくさいなぁ。

 

「ただ、別にそんな事やらなくてもよい」

 

ええんかい!

 

「お前はまだ15だ、裏社会について色々と知ってはいても、まだまだ未熟なのを自覚しろ」

 

「はい」

 

「そして、自分なりに全力で生きろ」

 

「……はい」

 

「別に退学になろうが、警察沙汰になろうが構わん。カタギの人間に無駄に手を出すことだけは許さんが、それ以外では何をしても、……ヤンチャしても許す」

 

「はい」

 

高校にカタギ以外が居るのか?居ないでしょ……という疑問はあるけど、きっと何もしてない市民に暴力を使うな的な意味なのだろう。

 

「お前が成人する頃には、今よりさらにヤクザが必要とされない時代が進んでいるだろう」

 

「……」

 

そりゃそうだろうけど、この人から聞くと衝撃が大きいな。任侠を具現化したような人なのに……。

 

「ヤクザ以外の生き方も当然出来るように、それを浅井家から離れた場所で1人で身につけてきなさい」

 

「……はい!」

 

そういうことなら頑張ろう。

 

育ててもらった恩義を返すために滅びゆくヤクザになったっていいとか思ってたけど、それ以外の道でしっかり金を稼げるようになって、浅井家を手助け出来るような存在になっても良いのかもしれない。

 

「あと、お前が介入することで、……他の生徒が成長するかもしれない」

 

「はぁ……」

 

「その場その場で価値が伝わらずとも、後になって振り返れば……。そういうものがいずれ、あのような、…………いや、なんでもない」

 

「?」

 

いつもハッキリ物を言う祖父としては凄い珍しい姿だ。何が言いたかったんだろか。一瞬、目を疑うような弱々しく悲しげな姿が見えた。あまりにも信じがたい。見間違いだったのか?

 

「なんにせよ、頑張りなさい。殺しはするなよ」

 

するかぁ!

 

「しませんよ!……はい、頑張ります」

 

いらない注意をされつつ、こうして突然の進路相談は終わった。

 

どんな高校かよく分からないし、なんか怪しいけれど、それでも進路が決まったのは嬉しいものだ。

 

そして、あまり話さない祖父から聞いた期待の声も嬉しかった。頑張ろうじゃないか。

 

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「虎徹坊っちゃん、少しよろしいでしょうか」

 

帰り際、車の後部座席に乗り込んだら、運転手をしてくれていた菅原に声をかけられた。

 

この菅原という男、朝でも夜でも正月でもサングラスにスーツ、髪型はカチカチのオールバックという男だ。1回もサングラスを外した素顔を見た覚えがない。インテリヤクザというもので、確か大卒。なんでヤクザなんてやってんだか不思議なほど優秀な男。案の定、頭の悪いチンピラだらけのヤクザとしては菅原を嫌ってる人間も程々に居るとか居ないとか……。

 

俺としては、聞いたらなんでも分かりやすく教えてくれるから結構好きな人間だ。割と俺の生活係っぽいこともしてくれてる。ガキの頃からいつ見ても30代か40代だと思ってたが、いつ見ても全然変わらんなぁ。

 

「なに?」

 

「これから高校入学までの半年ほど、私が家庭教師をさせて頂くことになりました」

 

えぇ……。せっかく勉強しなくても高校決まったと思ったのに……

 

「えぇー、なんで?」

 

「組長のご命令です」

 

だろうなと思ったけど、だからなんで命令があったのかって聞いとるんじゃい!

 

「恐らく、高度育成高等学校での教育は中々厳しいという噂があるからでしょう」

 

車内のルームミラー越しに表情を読まれ、補足してくれた。

 

「厳しいってどゆこと?」

 

「かなり情報規制がかかっていますが、分かった情報……意図して流されていると思われる情報では『卒業生はどの大学、どの企業にも入れる』という文句がありました。……どう思われますか?」

 

どう思われますか、て何やねん。……あぁもう教育始まってるみたいな感じなのかな?

 

「ん~?学校に入りたい人間を増やしたいってだけかもしれないけど、……国が運営する学校でそこまで堂々と言うってことは、実際にそういう人間になるよう育ててるのかも?」

 

しかしどんな大学でもって嘘くさいなぁ。無理なんじゃないの?よく知らんけど。

 

「世間では国がバックアップするため、どの大学でも企業でも送り込める力がある……なんて受け取られ方が多いみたいですが、」

 

「そりゃ無いんじゃない?」

 

「はい、その通りです。いくら国が無理を通そうが、共産主義国家でも社会主義国家でもないこの国では無理なものは無理でしょう」

 

こうやって、言われた事を丸呑みしないで疑いまくるシビアさは裏社会に居る人間の習性みたいなものなのかもね。嘘を信じたら取り返しのつかない事になりうる、的な。

 

「坊っちゃんのおっしゃった通り、名実共にエリートを育て上げる機関として存在していると考えた方がよろしいでしょう」

 

「だからしっかり勉強しろって?」

 

「はい。そして、恐らく勉学以外での思考力を鍛えるという面もあるようです。厳格に施設内との情報伝達を規制している面から、外部と相談するという行為を絶対的に禁じていることからも、生徒だけで競争させて成長を促すという目的もあるのでしょう。実際に私も施設内との連絡を試しましたが、通信機器妨害から人の動きまで相当厳格に管理され規制もされていました」

 

仕事はっっっや。もうそんなことしてたのかい。

 

「物理的に侵入しようとしても、塀の高さ、監視カメラの数、常在する警備員の数、周辺地域に入っただけの車へのマークですら驚くほどのものがありました。……国会議事堂の警備より厳重だったかもしれません」

 

なんでまだ入学している知人が居る訳でもないのにそこまでやってるんだ……。アホなの?

 

「あー、その、調べてくれてありがとう」

 

「いえ。つまり私が言いたいのは、坊っちゃん1人で学校生活を送らないといけない、手助けもアドバイスも出来ないという事なのです」

 

全寮制ならそりゃそうだろうよ。今までもそうじゃんか。……あれ?今まで監視されてたの?

 

「そういう訳で、坊っちゃんにはせめて私と同じ思考も出来るくらいにはなって頂かなくてはいけません」

 

なんでやねん……と思わなくもないけれど、せっかく良心でやってくれるんだし、まぁありがたく教えてもらおうかね……。

 

「……分かったよ」

 

そうして俺は6ヶ月もの勉強漬けの日々を送ることになってしまったのだった。

 

 

 


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