ようこそ邪悪な教室へ   作:マトナカ

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棒倒し

「みんな!チャンスはあるはずだ、頑張ろう!」

 

棒倒しの開始前、対面してるDクラスで平田が必死に鼓舞してるのを遠くから眺めてる俺は浅井虎徹です。

 

なんか、割と諦めムードが出てきてるっぽいかなDクラス……。それもまぁしゃーないでしょ、ムキムキの体育会系バカ1人は停学になって居ないし、もう1人居る金髪ムキムキのエリートはサボってるし、勝ち目なんてほぼ無い。クラスのトップ2人が居なかったら、そりゃやる気も失せるだろうな。

 

Aクラスの方はハゲが色々と話してるっぽい。やる気は……分かんない。いつも通り淡々としてる。良くも悪くも静かなクラスだな。

 

「フン、お前ら、さっさと行って勝ってこい。手を抜いたら殺す。無意味に反則を取られても殺す」

 

反対に、こちらのクラスはやる気マンマンだ。みんな龍園への恐怖でしっかり必死になってる。最近は見ないけど、制裁とか言って殴ったり蹴ったりするヤツがリーダーだもんね。

 

「龍園氏、すみません。その、1つよろしいでしょうか?」

 

おぉ、よく進言出来るね。クラスで1番やる気ある生徒、もしかしたら金田かも。

 

「言ってみろ」

 

「一之瀬クラスに守る側をやらせて、我々が攻めるというのは妥当だと思うのですが、最初から我々全員で行くのですか?……一部は予備軍として控えておいて、攻守の足りない方に投入するというのもアリかと思うのですが。敵の意識外から攻撃出来るかもしれませんし」

 

あ~、なるほす。テキトーに全員で行くより、なんかもっと戦術的に動いた方が良さそうかもね。

 

「フン、まぁ発想としては悪くねぇが、2本先取の種目だ。最初にやってダメだった時のことも考えてある。いきなり手の内をすべて見せてやる義理もねぇよ」

 

「分かりました。出過ぎた発言、申し訳ありません」

 

「いや、良い」

 

うん。ちゃんと上が怖くても発言出来るのは大事だもんね。龍園も分かってそう。

 

「あ、そうだ石崎、あとアルベルトも、」

 

なんとなく全員黙ってる中で発言したので結構目立っちゃった。

 

「なんだ?」

 

「?」

 

「あ~、頑張りすぎて誰かの目を殴っちゃったりして、障害事件みたいになっちゃうのだけ気をつけてね。2人が特に力強そうだし。Be careful to don't kill people!」

 

「ん?おぅ!分かったぜ」

 

「OK」

 

龍園もこちらを見るだけで何も言ってこないから、まぁ異論は無いでしょ。殴る蹴るくらいは競技の流れで全然あるだろうけど、結果として何かそういう事があったら良くないし。

 

「……小宮近藤も一応注意しとけ」

 

思い出したかのように龍園が注意する。そういや最近目立ってないけど、ちょっと怪しいのこの2人もか。

 

「あっ、はい」

 

「了解です」

 

それにしても、仕方ないけど男だけ20人ってむさ苦しくて嫌だな……。

 

 

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『1年、男子、棒倒し。第1試合、開始60秒前です。配布された頭部プロテクターを必ず装着して下さい』

 

ルール説明の時に言われてなかった気がする、頭部というか顔面もガードするやつを装着する。ラグビーのヘッドキャップみたいだけど、もうちょい顔の前側もカバーされてる。もしかして空手とか、ボクシングで使うやつなのかな?

 

周りを見ると、白いもので顔が隠れて殆ど誰が誰だか分からない。地肌が真っ黒で巨体のアルベルトとロン毛の2人だけは分かりやすいな。

 

役割分担としては、一之瀬クラスの奴らが棒を守る側になって、俺達で攻めるという形。男子だけだから1クラス20人ずつ、結構少ないから意外と早めに終わりそう。

 

『1年、男子、棒倒し。第1試合、開始10秒前、9、8、7、6、5、4、3、2、1、スタート』

 

「うぉっしゃー!!!」

 

相変わらず淡々としすぎたクソみたいな放送だなぁ、なんて思う俺を置いてきぼりにして、石崎を筆頭にしたやる気ありまくりメンバー達が先に飛び出していった。慌てて俺も追いかけて走り出す。ドベは流石に嫌だ。

 

「さっさと終わらすぞ」

 

ん?横で一緒に並走してるのは龍園。出遅れ?いや、あえて後ろの方で様子見てるのかも。

 

「来たよ!しっかり押し返そう!!」

 

敵は……Dクラスが守ってる側みたいだ。焦ったような平田が指示を出してる。

 

「オラァー!!!」

 

石崎が走ってる勢いそのままに突撃して、棒の前に居る数人を押し込んでいく。1人でも軽く押し込めた所に、アルベルトまで加わり、あっさりと棒に手が届く距離まで近付けたみたいだ。いや本当にさっさと終わっちゃうんじゃないのこれ。

 

「うぁっ!」

 

「はがせはがせ!」

 

「無理だってこれ!」

 

2,3人がかりで止められて遠ざけられてる石崎と、手や足を抑えられても動き続けてるアルベルト。ついに棒を握りしめ、前側に全体重をかけて倒そうと揺さぶってる。すぐ終わるんじゃないのこれ、俺まだほぼ何もやってないぞ。一応なんかやってるフリするか。

 

「よいしょー」

 

人混み、集団ごとなんとなく棒側に押し込もうと力を加える。見てた感じ倒れて下敷きにされてる生徒も居ないっぽいから平気でしょ。

 

……アールが棒を掴んで1分くらい経った?まだ倒れてないの?意外だ。

 

「フン」

 

そんなことを思ってたら、龍園が肩に手をかけてきて……は?足をかけてよじ登ってきた。土足だろテメェ。

 

「いやせめてなんか言ってからやれよ!」

 

俺の声をあっさり無視して、意味不明なバランス感覚で生徒の頭や肩を踏みつけ、棒まで辿り着いたみたいだ。

 

「オラ、揺らすぞ!」

 

アルベルトが揺らしてる所に、龍園の体重がほぼ全部かかり……、

 

「うわー!!!」

 

「流石にこれは」

 

「行け行け行け!押せぇー!!!」

 

それでもすぐには倒れず、ちょっと耐えてた棒の傾きだけれど……おぉ、やっと倒れた。龍園が押し潰した、みたいな感じもする。

 

『1年、棒倒し。第1試合は白組の勝利です。それぞれの陣地に戻って下さい』

 

意外と熱戦だったな。人がゴチャゴチャしてたから1人だけの力じゃダメな競技なのかも?わちゃわちゃ押し合うのは変な非日常感があって楽しかったかもしれない。

 

「結構面白かったかも。お疲れアルベルト、石崎も」

 

「……。」

 

「おぅ!虎徹もな!」

 

いや俺は別にそんなに貢献してないけど……。

 

「フン、戻るぞ」

 

不機嫌そうな龍園、いや不機嫌じゃないのにこういう態度なのかも?……それはそれで迷惑なやっちゃな。

 

「龍園もお疲れ」

 

「あっ、龍園さんお疲れ様っす!棒を、こう……揺さぶるやつ、あざっす!」

 

石崎の描写ヘタクソだけど、言われてみると確かにそんな感じだった。

 

「さっさと勝つぞ」

 

照れ隠し?……いや分からん。本当にコイツの考えてることは分からん。

 

考えても仕方ねーかと一緒に戻ろうとしたけど、Dクラスのやり取りが聞こえてきた。ちょっと盗み聞いておこうかな。顔を背けたまま、集団から少し外れた所で止まって、しゃがんで靴紐を直すフリをする。

 

「あはは……これやっぱり須藤くんが居ないとキツいね。でも綾小路くん、かなり頑張って支えて、耐えてくれてありがとね」

 

これは平田かな。いつもの優しげな声の感じ。

 

「いや……」

 

「Aのやつもさっさと倒してくれよなぁー!」

 

「てか、健のヤツさえ居ればマシだったろ。よりにもよって体育祭前に……。何やってんだよアイツ」

 

「うん、須藤くんさえこの場に居てくれたらね……」

 

「Cクラスの奴らも、バカみたいに突っ込んで来やがって。少しは気をつけろってんだ」

 

「いや、今はBクラスだな」

 

ん?あぁそうか俺達がBクラスなんだ。妙に律儀なヤツも居るみたい。

 

「そういやそうだっけか」

 

「須藤だけじゃなく高円寺まで居ないんだからな。20人でも少ないのに俺達は18人。4人加えてもらってもこれなら、次の勝ち目も無いだろう。Aクラスからもう少し回してもらわな……あっ、オイ!」

 

あっ、……バレたっぽい。

 

「お邪魔しました~」

 

顔を見せずに撤退しようとしたけど、

 

「お前が浅井だろ!須藤をハメたやつ!ふざけんじゃねーぞ!!」

 

なんかいきなり喧嘩を売られてちゃった。……っていうか、俺の関与もバレちゃってんのか。そりゃ、まぁ、バレるか……。

 

「分かりませーん。知りませーん。俺は龍園に言われたことやっただけです~。バイバーイ」

 

「ちょっ、てめぇ!」

 

ってか、普通に早く戻らなきゃまずい。次の試合始まっちゃうよ。

 

 

---------------------------------------

 

 

『1年、男子、棒倒し。第2試合、開始60秒前です。配布された頭部プロテクターを必ず装着して下さい』

 

第2試合、2本先取だからこれに勝ったら俺達の勝ち。ただ、プロテクターはさっき着けたんだから、そりゃ装着してるだろって。内心で放送にツッコんでると、龍園に声をかけられた。

 

「どうだった」

 

「え?なんの……Dクラスの話?」

 

「他にねぇだろ」

 

相変わらず偉そうに。慣れても微妙にウザい。

 

「別に、Aクラスからもう少し人員が欲しいっていうのと、他は……あ、俺が須藤ハメたのに関わってたのバレちゃってたよ。困るわ~」

 

「当然だろが」

 

「……まぁ、そうだけど」

 

俺が覚悟してなかっただけ、ですけどね!でも龍園とグルだと思われるの、俺だけじゃなくお前にとってもそこそこ不利益あるだろが。ちょっとは惜しいと思えよ、なんとために離反工作してたと思ってんだ。

 

「次も俺達が攻める、が、アイツらの中からも機動力があるヤツ数人も使う。後は第1試合と同じだ」

 

そう言いながら一之瀬クラスの男子達を眺める龍園。……さっき会った足速いヤツの名前なんだっけ?忘れちゃった。柴田?

 

「ふーん」

 

まぁ勝てば何でも良いですけど。試合も次で終わりが良いな、疲れるし。

 

「お前も少しは本気出せ」

 

「まぁ、うん……」

 

いや別に本気も何も、普通にやってたけどね……。変な過剰評価やめて欲しいんだけど。

 

『1年、男子、棒倒し。第2試合、開始10秒前、9、8、7、6、5、4、3、2、1、スタート』

 

よし、行こうか。

 

 

---------------------------------------

 

 

明らかに先程より増えてる棒周辺の人数、でもまぁ流石に全員が守ってる訳じゃないから平気なのかな。

 

Bクラス……じゃない、一之瀬クラスの4人程と、俺達のクラスからも半数の10人ほどが先行して突撃して行った。まっすぐじゃなく、大回りをして、スタート地点から見て裏側から突っ込んでくれたみたいだ。うん、どうしてもそっちに人が動くし、こちらから攻めやすくなってそう。

 

棒倒しって本来は100人から150人ずつとかで対決するみたいだし、40人ずつだとやっぱ人が少ないのかも。それだけ個の力で決まりやすい感じがある。

 

「行くぞ」

 

「Roger, BOSS」

 

「おいっす」

 

そして俺達には最強ムキムキのアルベルトが居るので、まぁ負ける訳が無いでしょ。須藤が居ても勝てる自信ある。

 

軽い小走りで近付いていくと、当然ながらこちらも警戒してたAD混合の赤組、だけど先行組への対処をしているので、当然全員がこちらの相手をする訳にはいかない。

 

「うぉおおおお!!!!また俺達が勝つ!!!」

 

先程のように石崎が突っ込んでいき、俺も手助けしなきゃなぁと思ってたら、なぜかアルベルトが待機してた。

 

「よしアルベルト、しゃがめ」

 

「OK」

 

そう言うと龍園は身軽な動きでアルベルトに飛びかかり、肩車してもらった。……いいなアレ、俺も後でやってもらいたい。

 

「行け」

 

「……ッ!」

 

うぉ~、迫力あるな。アールだけでもすげぇ巨体なのに、それに加えて意外と背の高い龍園が乗ってるんだもんね。そんな2人、アルベルトが先程よりは少し遅めに、それでも少しずつ確実に棒に近付いていく。……あっ、俺もなんか仕事しとかなきゃな。後ろから押したろ。

 

「よっしゃ行け~!アルベルト~!」

 

デカいカチカチのケツを押し上げるように、棒を守ってる奴らに剥がされそうになったりするのでなんとなく腰に捕まりながら前へ前へと押す。もう人がもみくちゃ状態で、何が何なのかは分からない。どさくさに紛れて人を殴っても気付かれないだろこんなの。

 

「っし!」

 

アルベルトの肩に立ってる龍園が棒を掴んだ?みたいだ。暑苦しい、はよ終わらせてくれロン毛。

 

「龍園!?どうなん!?」

 

「よし引け!」

 

引け?引くの?今まで押しまくってたのに。

 

「え?まぁ、了解」

 

せっかく棒に近付いたのになんで……と思いながら、アルベルトと一緒に後ろに下がっていくと、あっなるほど。棒の上の方を両手でしがみついてる龍園ごと引っ張って、手前に倒そうっていう作戦だったみたい。

 

守ってた側は力の方向転換に対処が少し遅れ、しかもテコの原理と人の体重が加算され、ついでにアルベルトの全力も加わった棒倒しにどうしようもなく……

 

「いよっしゃー!!!俺達の勝ちだ!!」

 

3人くらいに押さえつけられてる石崎が大喜びで勝ち宣言をした。……いや、放送まだじゃん。

 

『1年、棒倒し。第2試合は白組の勝利です。よって、この競技は白組の勝利です』

 

「よしよし」

 

ちゃんと判定でも勝ってた。けど淡々としすぎだよなぁ、もうちょい盛り上げる感じで言ってくれたら良いのに。『スピード決着ッ!見事な勝利だァー!!!』みたいな。

 

「フン、当然だ」

 

「やりましたね龍園さん!」

 

まぁ騒いでるこのフライング勝利宣言男も、かなり頑張ってくれてたかな。

 

「ふぅー……良かった」

 

「金田、メガネ壊れてね?」

 

「えっ?……いや、少し曲がってるだけですね」

 

「軽く壊れてるってことじゃん……」

 

他の肉体派じゃない奴らも、みんな砂埃で汚れてるし、かなり頑張ってたみたい。お疲れ様だ。

 

うん、なんか普通に青春っぽく楽しんじゃったよ。勝てたのも素直に喜んで……まぁ、良い事だけどさ。なんか謎の罪悪感、『悪意を体験させてやる』を完全に忘れちゃってた申し訳無さみたいなものを感じちゃう。もうちょい隠れて殴ったり蹴ったりしておいた方が良かった気がする。

 

けど……目の前に居る、Dクラスの疲れ果てた顔とかを見る感じ、これはこれで良かったのかな?

 

「ククク……ザコ共。須藤が居た所で勝敗は変わんねーよ、バーカ」

 

あっ、その手があったか。悪意の体現として喧嘩売りまくりの挑発って、ちょうどいいかもしれない。服が全然汚れてない龍園が、久しぶりに見るクソ偉そうな挑発モードでDクラスに近付いていった。

 

「なんだよテメェ!……龍園、お前のせいだろうが!」

 

「だったらなんだ?口がくせぇぞ、ザコ」

 

「なっ、テメー!」

 

ちょっとだけ身長低めのヤツが挑発に乗って手を上げそうになったけど、慌ててDクラスの誇るイケメンが止めに入った。

 

「待って池くん!これが彼らのやり方だよ、挑発に乗っちゃダメだ!」

 

「なっ、平田……でもコイツが!」

 

「お?なんだ?殴らねーのか?困ったことに、お前らはすぐ人を殴るクラスだからなぁ。また意味も無く殴られるかと思ったぜ。全員退学した方が良いんじゃねーのか?」

 

「この……クソが!ちゃんと健が居て、あと、あと……高円寺も居たら、お前らなんて敵じゃねーよ!!」

 

まぁ、確かに高円寺もすっげぇ肉体だったし、参加してたら……うん。ちょっと勝敗も分からなくなってくるかも。でも参加しそうに無さすぎて全然考えてなかったな。

 

「へぇ、そうかよ。……ん?変だな、その2人が居ないようだが?なんで居ないんだ?」

 

「テメェのせいだろうが!」

 

「いやいや、高円寺がサボってるのは関係ないでしょ」

 

あっ、思わず口出しちゃった。

 

「それは、そうだけど……。あっ!お前が浅井か!」

 

「……いや違います。俺は石崎です、龍園さん大好き」

 

「あれっ、そうなのか?」

 

「えっ?」

 

反射的に嘘ついちゃったら、石崎もめっちゃ困惑した顔でこっちを見てる。……うるせぇ!

 

「う、うん……」

 

「ハァ」

 

龍園にはすげぇ顔で見られてしまった。なんだその顔!笑ってもいい所だろがい!

 

「こんにちは浅井くん。変な嘘はやめて欲しいかな」

 

「よっす平田」

 

「……それなりに信頼出来る人だと思ってたけど、やっぱり龍園くん側の人だったんだね」

 

「いやまぁ、なんていうか、クラスが同じだし……」

 

「そうかな?龍虎の2人、実は仲良し。みんな気付きつつあるかもしれないよ?」

 

「な、なにそれ……」

 

はっず!名前いじり、なんか訳分からんくらい恥ずかしい。やめて~!!

 

「……みんな!次の競技も始まるから撤収しよう!それじゃ、この辺で」

 

なんか嫌われちゃってんな。まぁ仕方ないか?

 

「んじゃねー」

 

うーむ、少し動きづらくなっちゃったかも。AとB……じゃない、もうめんどくせぇな。坂柳クラスと一之瀬クラスの様子もちょっと見ておこうかな。

 


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