「……なんでよ?」
弁当を手に持ったまま、伊吹から返された言葉にショックを受けてる俺は浅井虎徹です。『一緒にメシ食おうよ』になんでもなにも理由あるかい!ただ一緒に食って仲良くなりたいからじゃ!アホか!
「うーん……、女子の方はどんな感じだったか聞きたいのと、男子の方は相変わらず龍園が色々やってたよ、の情報交換かな」
謎にキレてる内心を完全無視して、それっぽい理由をでっち上げると、
「まぁ、いいけど」
「よっしゃ!」
許可もらえた。嬉しい~。伊吹に友達が居なくて良かった。一生一人で居てくれや、って気分。サンキュー伊吹、サンキュー伊吹と友達にならないでくれてる女子全員。サンキュー世界。
教室では好きな席に移動して食ってるヤツも少なくない。全部の席が埋まってないのは……寮の自室に戻って休んでるやつも居るのかもしれない。もしくは、2年3年の競技を見るためにグラウンドの周辺で食ってるヤツも居そう。龍園はそういうタイプだろうな、アルベルトも居ないし一緒に行ってそう。
「虎徹!いっしょにメシ食おうぜ!」
あ~、普段だったら割と嬉しい誘いだけど、今はちょっと困るな。
「ごめん石崎、伊吹とちょっと大事な話があるから無理」
「あ、そうなのか。分かったぜ」
そう言いながらアッサリと男子達の方に行ってくれた。いやはや、良い距離感で居てくれるありがたいヤツだ。少し罪悪感が湧いてくるレベル。
「で?……何を聞きたいの」
本当は別に聞きたいことなんて特に無いんだけど……。まぁ適当に聞くか。
「女子の方は、えーっと……接戦が多かったように見えたけど、やっててどう思った?」
「……全体として割と良くやれてると思う。ただ、陸上部の矢島と木下、2人とも同じレースで走ってるのが意味分かんない」
ん?どういうことだ?
「2人とも1位取れそうなのに、みたいな?」
「そう。ウチらのクラスでも特に足速い方だと思うから、めっちゃ無駄でしょ」
「へぇ~。……なんでだろう?」
効率的に得点を稼ぎたいなら、1位狙えるような生徒は他レースにした方が良いに決まってる。ホントに意味分からんな。理由が思いつかない。
「……どうせ龍園が何か企んでたんでしょ」
うん。その可能性しか思い浮かばないな。ただ金田が言ってたのは、
「『木下が堀北になんかする予定だった』みたいな話は聞いてるけど……あっ、これ言っちゃダメなやつかも。ごめん、なんでもない」
「はぁ?」
ただ、堀北に何をするにも、2人を同じレースにする必要はやっぱ無い気がするんだよな……。今回なぜかDクラスには参加表を1つずつズラされちゃったから、結果的に同じレースに参加出来てないんだけどね。しかし龍園は何を考えてたんだか。金田に聞いてみようかな?とも思ったけど、今は邪魔だからいいや。
「伊吹は成績どんなんだった?」
「……全部2位以上は取った」
「おぉ~!すげーじゃん!」
マジですごい。運動部相手に全然負けないレベルなのか。
「ふん……」
なんだ?照れ隠しかな?軽く鼻を鳴らして弁当を黙々と食べ始める伊吹。素直に喜んでくれてもいいのに。
「俺も食うか。早めに食い終わった方がいいもんね」
割と良い感じにボリュームのある弁当を食いながら、スマホで午後の予定を確認する。
全員参加の競技は9種目あって、今6種目が終わった所。そして推薦参加の競技は4種類ある。数だけだと午前6種目、午後7種目だけど、推薦競技は本当に一部の人しか出ないから、多分だけど午後の方が早く終わりそう。閉会式も入れて15時前後に終わるかな?いや分かんないけど。
それにしても弁当ウマいな。みんな大好き唐揚げ、卵焼き、ウインナー、そして里芋とかニンジンの煮物もおいしい。全生徒に食わすために、超ありきたりなメニューが詰まった『これでいいんだよ』感が満載の弁当。うまうま。
「で?……龍園が色々やってたって、何よ」
しばらく2人無言で、夢中で弁当を食いまくってたけど、伊吹の方から話しかけてくれちゃった。変に気を使わせちゃったかもしれない。いやだって、弁当うまいから……。
「え~、何があったかな……。まず棒倒しか。石崎アルベルトとか、みんながめっちゃ頑張って、サクッと2勝出来たね。全体的に俺達のクラス、力自慢が多いから、単純にパワー勝ちした気がする。アルベルト1人だけでも有利な気がするけど、他のみんなも結構良いからね」
体育祭じゃなくて殴り合いバトルロワイヤルだったら確実に1位のクラスだと思う。
「そう……」
「あとアレだ、棒倒し終わった後ちょっと盗み聞きしたら『浅井は龍園の言いなりで動いてた』『龍園と浅井のせいで須藤が停学になった』とかいう情報が広がってるみたいなんだよね。須藤から聞いちゃったんだろうけど……困るわ~。心外だわ~」
「はぁ?……何やってんの?」
呆れてるっぽい顔、それは『盗み聞き』に対して言ってるのか『須藤を停学にした』に対して言ってるのか。
「それは須藤について?」
「停学事件、どうせ龍園だと思ってたけど、アンタも関わってたんだ」
「えーっと……」
俺達が何をしたかって、言って良かったんだっけ?……もう須藤は処分された後だし、今更どうこうって事もないはず。どうせDクラスにはバレてんだし言って平気だよね?
「言えないなら別に言わなくていい。そんなに知りたくもないし」
「ん、いや、大丈夫。その、詳しくは言わないでおくけど、俺と龍園と……もう1人の協力で、須藤を騙し……って言うとダメかも。えーっと、勘違いしやすい状況で……たまたま勘違いさせて、須藤がキレちゃった!たまたま証拠も残ってた!みたいな感じ」
「はぁ?意味分かんないんだけど」
「まぁ、うん」
俺も自分で言ってて意味不明だったな。けど『俺達が計画的にハメました』って直接言うのはまだダメな気がする。数日前の話だし。
「ふん、どうせ龍園が動いたってことでしょ。いつも通り」
「うーん……。まぁ、そんな感じ」
いや今回に関しては発案者は俺なんだけど、それ自慢するのも違うかな……。でも龍園の評価だけ上がるのも、なんか複雑だ。う~~~む。けど仕方ないか、言ってカッコイイと思われるかも微妙だし。
「何?……本当にアンタのせいだったってこと?」
「まぁ、そうだね。半分くらい」
「じゃあ『困る』っての、自業自得じゃんか」
「確かに!んはは!」
ごもっともだ。返す言葉が無い。
「なにそれ……。じゃあ綱引きでなんか騒がしくなってたの、アレもアンタのせいなの?」
「いやいや違うよ。あれは100%龍園のせい、1回目は本気でやって接戦にして、2回目はもっと相手に力を入れさせて、そのタイミングで綱から手を離して吹っ飛ばしたって話。そして3回目は当然のように勝ったっていう流れ」
ちょいちょい頭が良すぎるんだよなアイツ。
「……相変わらずのクズっぷり」
「ね~、酷いよね~。いつも通りの害悪不良だったよ。んはは!」
「なに笑ってんの、アンタもやったんでしょうが。……止めようとか思わなかった訳?」
あれ?……怒ってんの?
「いやまぁ、ごめん。……確かにめっちゃ申し訳ないし、大きな怪我とか出たら心苦しいけどね。でもまぁ、ルールに違反しない範囲で、めちゃくちゃ効率的に敵戦力を下げられる作戦だったから、止めるまでは思わなかったかな。メリットの方が大きいかなって」
「……。」
「あと、別に俺が止めようとしたって止まらんでしょ」
龍園は誰の言うことも聞かないでしょうに。
「チッ」
露骨に嫌そうな伊吹。めっちゃ不良に見えるけど、良心があるからこその反応だよねこれ。そういう正義感、大事にして欲しい。
「伊吹が持ってる、その、他クラスのために怒れる優しさ。このクラスだと浮くし、利己的に喜んじゃうヤツも少なくない中、ちゃんと価値観で判断出来るのは立派だよ」
「……。」
『何言ってんの?』と言わなくてもめちゃくちゃ伝わる顔をされちゃってる。そんな顔しなくたって……。
「俺が言えたことじゃないけど、人間って利益のためならどこまでもエスカレートしちゃうからね。自分の中の価値観がしっかりあって、それを大事に出来る人は貴重で大切だよ。……まぁ、龍園は今の所ちゃんとクラスの利益を最大限追求するためにやってるし、この学校だとそういう部分も勝つために必要だから見逃して頂戴よ」
「……言い訳じゃん」
まぁ、そう聞こえるか……。言い訳じゃない、本心なんだけどね。
「んじゃ、伊吹が本当に止めなきゃダメだと思ったら止めてよ」
「なにそれ」
「伊吹なら信じられるからね。……それより、他クラスはどうだった?」
「話を露骨に変えて……」
「まぁまぁ」
詳しく聞かれても恥ずかしいし。
「……一之瀬達は、なんかいつも楽しそうにしてたよ。相談したり、お互いに応援してたり。……こっちはあんまりそういうの無かったけど」
確かに俺達のクラス、女子でも数人集まったりするけど、派閥とか言うほどの仲良しグループみたいなのは意外と無いみたい。龍園が目を光らせてるから目立たないようにしてんのかも。
「伊吹は特に1人だもんね」
「うっさい」
「Aクラス、坂柳クラスの方は?」
「その坂柳、最初からずっと見学出来る所で椅子に座ってた。制服で来てたし、運動も禁止されてるのかも。私が見てる範囲では、ずっと1人ぼっちだった」
「へぇ~……」
なんか可哀想だな。運動しない人が外から何か言って変わるような種目も特に無かったし、すげぇ暇そう。
「堀北のクラスは、意外と本気だったと思う。そんなに仲良さそうって訳じゃないけど、ダントツで最下位みたいな、落ちこぼれクラスみたいには思わなかった。運動苦手そうなのがちょっと多いかもしれなかったけど、それなりに全員頑張ってたように見えた」
「へぇ~、意外だ。そんなに大きな差は無いって感じ?」
「そう」
「なるほどなぁ……」
須藤と高円寺が居なくても、クラスの勝敗はまだ分からないって思い込んでるバカ?それとも個人成績で少しでもマイナスを減らすために頑張ってる?あとは、意外と女子は真面目だったりするのかな?……後でちょっと様子見てみよう。全然気付かなかったし。
「別に、男子に比べたら、普通にやってただけでしょ。特に言うこと無い」
「いやいや、参考になったよ。ありがとう」
「……あっそ」
普通にやってたっていうのも結構良い情報だけどね。龍園みたいに変なことやらせるヤツが居ないってことだし。
女子の方は、一之瀬達は予想通り仲良く、坂柳はずっと休み、Dクラスは意外と頑張ってる。なるほどなぁ。
男子はもう自然と目に入ってくるし、せっかくだから女子の方もうちょい偵察しようかな。午後あと3種目やって推薦競技に入って、自由に動けそうだし。
「石崎くん、ちょっといいですか?」
色々考えてたら、教室に居た椎名が石崎に話しかけてた。どうしたんだ?意外と珍しい組み合わせな気がする。……美女と野獣じゃん。
「椎名?どしたんだ?」
「お弁当が食べ切れなかったもので。なるべく綺麗に食べたのですが、これ食べてくれますか?捨てるのは気が引けて」
「マジか!もらうぜ!」
「ありがとうございます」
うーん、気持ちの良い能天気っぷりだ。あんまり深く考えないタイプだから渡しやすかったのかな?それにしても椎名も相変わらずの天然っぷりだな。普通あんまり男子に食べ残し渡せない気がするけど。
「なるほどなぁ……。弁当かなりボリュームあったもんね」
「まぁ……」
「伊吹よく1人で食えたね。女子には多かったんじゃないの?俺が手伝っても良かったのに」
「……殴るよ?」
「なんで!?」
しっかり全部食べた事を感心しただけなんですけど!?
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昼メシ後にやった最初の競技、全体で7種目の『二人三脚』が今ちょうど終わった。
「浅井氏……。結果を出せず、すみませんでした」
「いや別に良いってば」
身長も結構違う金田と組まされて走った二人三脚、最後ちょっと惜しかったけど、案の定最下位だった。
「せめて最下位は避けたかったのですが……」
しつけぇな!
「大丈夫だっての!……食後に激しい運動したくなかったから、逆に散歩みたいで良かったよ。始まる前にも『転ばなきゃOK』って言ったでしょ?俺そういうの気を使って誤魔化したりしないよ。本音だったって」
「いやしかし……。浅井氏と組ませてもらえたのは、龍園さんからの『1つくらい最下位以外も取れ』というメッセージだと思いますし……」
クソ真面目か!
「いやいや。俺は『最下位でも良い』っていうメッセージだと受け取ったけどね」
もっとハッキリ言うと『サボって休んでもいい』くらいな気がする。金田には悪いけど。
「そうですか……?」
「うーん、残る競技が『騎馬戦』と『200メートル走』だよね。この後やる騎馬戦は全員参加で、人が欠けてたら騎馬が作れなくなったりして不利になりすぎる。得点を考えても集団だから勝っておきたい。それを考えたら個人競技の1つくらい『ちょっと手を抜いても大丈夫』とか思ってたんじゃないの?」
いや知らないけど。今なんとなく思いついた言い訳だけど、割と説得力あるな。
「なるほど。全体を考えると、はい、ありそうに思えます。……想定の上の負け、ということですか」
「そうそう、金田も『結果を出したい』って偉いけど、俺のために頑張ろうとしてくれたのも嬉しいけど、得意な部分で貢献すればいいでしょ。マジで」
「……はい。ありがとうございます浅井氏」
なぜか好感度を稼いでしまった気がする。うーん、その10分の1でいいから伊吹からの好感度に変換できないかな……。
「そもそも、龍園が勉強サボりまくりだからね。……高校生やってんのに学力貢献ゼロって方がヤバい気がするよ。ちょっと運動苦手の方が全然マシでしょ」
龍園、赤点退学とかありそうで怖いな。そうなったらそうなったで指差して爆笑してやるけど、クラス競争を考えたら避けて欲しい事態ではある。
「はい。勉強面などで龍園氏やクラスの助けになれるよう頑張ります」
そういうつもりで言った訳じゃないんだけど……。まぁいいか。