ようこそ邪悪な教室へ   作:マトナカ

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ちょい長め


THE MAGICIAN

学校はなぜかちょっと早く冬休みに入り、品行方正だから停学にも退学にもなってない、楽しくウィンターバケーションを堪能してる俺は浅井虎徹です。

 

嘘です。流石に最近の自分を『品行方正』とは言えないかな……。冬休みがちょっと早まったのは、多分、俺のせいだし。

 

ちなみに、停学とか退学になる可能性もあるけど、冬休み中だから言われてないだけかもしれない。もしくは処分をどうするかまだ決まってないのかもしれないし、ただ通達がされてないだけかもしれない。つまり、分からん。不明。

 

校舎の方でめちゃくちゃトラックが入ってきたりして、すげぇ工事しまくってるっぽいけど、まぁ知らん。前からやる工事だったかもしれないもんねー!

 

何かと不安要素があるけど、だからといってビビって何もしないのもアホらしいので、俺は学生らしく恋に生きるぜ。ある意味で俺がこの学校に居る1番の理由だし。

 

そういう訳で伊吹と仲良くなりたいんだけど、一緒に映画行っても、その後の食事で感想話し合うだけで、マジでその先に何も進まないんだよね。……なんで?

 

嫌われてないから一緒に映画鑑賞してくれてるんだろうけど、別に伊吹は1人でも観まくってる。目標として『学校で上映されるすべての映画を見る』って言ってたし、そのために行ってるだけで、同行者は居ても居なくてもいいっぽい……っていう。

 

つまり、好かれてないかもしれない。まぁ、嫌われてないとは思うけど……。

 

う~ん、もうちょい仲良くなりたいんだけどねぇ……。10メートルあった心の距離が、7メートルくらいにはなったけど、それ以上1センチも縮まらない、みたいな感覚。

 

クリスマスも誘ってみたけど『混んでるのが嫌だ』で断られたし。いやまぁ、それは同感だったけども。

 

回数で言ったら、そろそろ10回くらい。一応はデートしてるはずなんだけどね……。

 

そもそも伊吹には『誰かと付き合ってみたい』という、恋人欲?……性欲?みたいなのが無いんじゃないのか疑惑がある。何食わぬ顔して一生独身で死んでいったとしても、悲しいけど違和感が無いのよ。

 

結構本気で好きなのに、希望が無い感じはマジでキツいね……。

 

いっそ『卒業したら100万円あげるから付き合ってよ』とか言ったらダメかな?……ダメか。

 

もう一歩、こっちから踏み込んでみよう。進展させたい。

 

そういう訳で、本日12月27日、また伊吹と映画館デートだ。

 

 

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時刻は16時過ぎ、今日見た映画は『天使のくれた時間』というもの。雪景色のカットが結構多くて、パラレルワールドを通して愛を見せてくれたクリスマスらしい往年の名作。

 

鑑賞後はいつもと同じくカフェで感想を話し合っていた。周囲の空気は、クリスマスの浮かれた感じがちょっと落ち着いてきてるかな?普通の休日に戻ってきてるくらいの感じ。

 

「ちなみに伊吹は『誰かと結婚したい』……ってか、付き合いたいみたいなの無いの?あんな感じの、幸せな関係を築きたい、みたいな」

 

「……別に無い」

 

えぇ……?話がもう終わっちゃったよ。あれほど『金を稼ぐだけが幸せじゃないよ』『家族は良いものだよ』的なメッセージが込められた、めちゃハートフルなラブストーリー映画を見た直後だよ?それで、その一言だけ?ちょっとはドキドキしてくれよ。感情が無いんか?もう終わり?……いや、諦めずもうちょい攻めてみるか。

 

「じゃあ、その、一生結婚しないつもりなの?」

 

「……。」

 

む、無視!?いや、悩んでるだけかも?

 

「ねぇ、伊吹。俺達さ、相性そんな悪くないでしょ?だから結婚、間違えた。……付き合ってみない?付き合おうよ。ね?」

 

周りに配慮して小声で話しかけたものの、言い間違えたせいで意図せず最悪のドア・イン・ザ・フェイスになってしもた、先に高めの要求するやつ。ちなみに逆はフット・イン・ザ・ドア。

 

「……嫌だ」

 

「えぇー!?……んも~、ちくしょう。なんでじゃ~~~!」

 

「うるさい!」

 

もう分からん、女は分からん。伊吹もしかしてレズなの?

 

残念ながら照れてる訳でも無さそうな、いつも通りの不機嫌顔だよ。ちくしょうめ!

 

 

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変な空気になったりしたけど、その後もしばらく映画の感想トークは続いた。いや今日見たのも面白かったんだけど、たまたま2人とも見てた、同じ主演の違う映画。武器商人が描かれた作品についての方が盛り上がっちゃった。……これデートで男女がする話題か?

 

「ちなみにだけど……」

 

「ん?なに?」

 

なんだなんだ。伊吹からって珍しいな。

 

「あの映画で使われた兵器とか、弾薬って、映画の後に実際に使われてたらしい」

 

「はぁ!?うそぉ!?」

 

「嘘じゃない」

 

「いや、すっごい情報だねそれ……。知らなかった」

 

ヤバすぎでしょ、どういうリアリティの求め方……?いや、ちょっと引くわ。テレビで出たゲテモノ料理もをスタッフが食べました的な?いや意味分からん。とにかくすごいよ。めちゃくちゃ弾薬とか積んでたじゃん。あれ全部?マジで?

 

「実際に……ああいうのって、現実でもあんの?」

 

「ん?……どれのこと?武器で稼ぎまくってる人?それとも、飛行機ごと盗まれてたやつ?」

 

ヤクと性病が蔓延してたとこじゃないよな?俺も流石にあのレベルは知らんぞ。日本じゃありえない世界だった。

 

「違う。その、ああいう、政府が介入するって、ホントにあるのかなって」

 

なんで俺に聞くのか不思議だし、そこまで詳しくないけど、

 

「まぁ、居ても全然おかしくないんじゃない?……アメリカが国として兵器を直接輸出やれない場合でも、代わりに個人がやって、だからこそ犯罪だったとしても裁かれないって、不思議ではないよね。日本だったら流石にアメリカより真面目で規律重視だろうけど、それでも少しはあるんじゃね?」

 

「ふぅん……」

 

何か考え込んでるような様子の伊吹。納得したのか、してないのか。分からん。

 

 

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なんとなく沈黙が続いて、そろそろ解散かな?と思い始めてたら、恐らく学年で1番好かれている女子生徒と男子の2人が近付いてきた。

 

「やっほ、浅井くん、伊吹さん。こんにちは!」

 

「なに?」

 

伊吹は鬱陶しそうな顔してる。そんな態度取るなよ~。

 

「おっす、一之瀬。あと神崎も」

 

「……あぁ」

 

ん?なんか暗いな神崎。

 

「ごめんね、もしよかったら相席させてもらってもいいかな?」

 

そこまで混んでない気がするけど席足りないのかな?

 

「ええけど、俺達はそろそろ……」

 

「待って!せっかくなら浅井くんと話したいの、お願い!……ダメかな?伊吹さんも、良かったら居て欲しいんだけど」

 

なんだ?俺が目当て?モテ期?

 

「いやまぁ、俺は別に良いけど……。伊吹どうする?」

 

「……私は別にどっちでもいい」

 

なんじゃそりゃ。

 

「ありがとう伊吹さん」

 

まぁ帰るって拒否してる訳じゃないから、優しい対応ではあるのかも?

 

「んで一之瀬、なんか聞きたいことあるの?」

 

「うん……そうなの。デート中なのにごめんね」

 

「いやぁ……へへっ、まぁね」

 

笑顔で肯定したら、机の下でまぁまぁ強めに足を蹴られた。痛いけど気にしないぜ。流石にこれはデートだろ、伊吹もバカだなぁ。

 

「その、ね、神崎くんが先週、龍園くんに呼ばれて集会に参加したんだけど……それについて聞きたくって」

 

あー、まぁその話か。

 

「教えてくれ浅井、まずお前はあの場に居たのか?」

 

「んん~~~」

 

いやはや、どこまで話そうかなこれ。設定としてはあの場に居てトランプをやってたことになってるけど、面倒だからそんな集会知らないって言う事も出来る。

 

「お願い、浅井くん。私も流石に龍園くんから本当のことを教えてもらえるとは思えないんだ……」

 

そりゃそうだ。言うはずない。言っても良いことすら何も言わなそう。

 

「うーん……なんていうか、まぁ、言おうと思えば言えることは、あるっちゃあるよ。いくつか知ってる」

 

「本当!?ありがとう!」

 

花咲くような笑顔ってこういうのを言うのかね。ハッピー全開のいい笑顔だ。

 

「けど、ちょい待って。どこまで話して良いのかっていうのが難しくて。……ちょい考えさせて」

 

「う、うん……」

 

非常に難しい。これ『言ったら龍園に怒られるかも』っていう設定が大変、とかいう訳じゃない。別に全部バラしたって龍園なんも言わないでしょ。不機嫌そうな顔してなんか文句は言ってくるかもしれないけど、不利益になるの俺だけだから関係ないし。

 

それより『どこまで言ったら俺が犯人だとバレてしまうのか』っていう問題があって、これは『龍園から聞いた話だけど』って事にして、あんまり実体験を話さなければいいのかな?

 

ただ、せっかくこうやって一之瀬に話せるなら、めちゃ危機感を煽っておきたいというのもある。一之瀬が相手だからこそ『警戒するべし』ってしっかり伝えて、理解してもらいたい。ある意味で、俺達の学年で誰よりも分かって欲しい相手だから。そのために嘘の話をしまくったとしても。

 

ちなみに坂柳だったら俺が何も言わなくても色々考えて危険性に気付いてくれてると思う。そして堀北とかは、まぁ、どうでもいいや。

 

そうだなぁ……。例えば『龍園が誰かを殺そうとした』とかいう話だと危機感を煽ることは出来そうだけど、それだと結局『学校側が防いだ』『セキュリティレベルを上げた』みたいな話になっちゃう?それだと安心しちゃってダメだな。

 

「ん~~~……」

 

悩ましい。『監視網を破壊できるか試してみた』とか?……ちょっと弱いな。説得力にも欠ける。意味も分からん。

 

「……。」

 

考えてたら、なんかめちゃくちゃ真面目な緊張した様子で見られちゃってた。……もしかして情報を出し渋ってる的に思われちゃってる?いや、ただ嘘の内容を考えてるだけだよ。なんか申し訳ないな。

 

「えーっと、じゃあ、一之瀬と神崎はどこまで知ってるの?予想でもいいから」

 

認識してる範囲を聞きながら考えていくか。

 

「うん、それなら、」

 

「俺から話そう。いいな?一之瀬」

 

「じゃあお願い、神崎くん」

 

一之瀬ばっか見てたけど、神崎もなんか張り詰めた雰囲気だな。

 

「駆け引き無しに言おう。俺は龍園の呼び出しに答えて、あの日の集会に参加していた。浅井、お前もあの場に居たのか?」

 

「ん~……」

 

いきなり答えるのが難しい質問だ。まぁ、居たってことにして学校側にもそう言ったし、色んなことも『龍園から聞いた』って設定にするためにも認めちゃっていいのかな?

 

「集会?なんの話?」

 

あ、伊吹は知らんのか。そりゃそうか。

 

「龍園が来いって言ってきた、トランプ大会のことだよ。なぜかお互いが誰か分からないようにレインコートと仮面を使って、怪しい団体みたいになってたヤツ」

 

「は?何それ。意味分かんない」

 

確かに。考えてみたらマジで意味の分からん集団だ。中二病っぽすぎる。

 

「浅井も居たんだな」

 

「ん、まぁ……居ました!」

 

白状しちゃった。大丈夫だよねこれ?

 

「俺は、あの晩、龍園が何を考えてたのかを知りたい。……難敵である龍園、その内情を少しでも知りたいと思い、誘いを受け、敵地に飛び込んだつもりだったが、……結局は何も分からず、さらには謎が増えた結果になってしまった」

 

「なるほどね。虎穴に入らずんば虎子を得ず、って行ってみたけど、得られなかったと」

 

虎が入ってるから結構好きなことわざ。

 

「あぁ、……そうなるな」

 

悔しそうな顔だ。まぁ、言ってしまえば、トランプ大会にした理由なんて無いんだけどね。準備が要らなかったから、くらいのもん。

 

「神崎は何が目的だったと思ったの?」

 

「俺は『ゲームにおける癖』のようなものを見るために集められたと思っていた。何をさせられるか分からなかったが、前にやったポーカーや、場合によってはマージャンなどで思考力や判断基準、価値観を測って今後の参考にするのかと思っていた」

 

「みんなで暑苦しい格好をしてた理由については?」

 

「……正体を隠させた理由は、龍園以外が情報を得るのを防ぐためだと」

 

「うん、なるほど」

 

神崎ってクールイケメンに見えてちょっと熱い所もあるし、頭も悪くないし、噂では運動能力もあるし。ほぼ完璧超人じゃんか。欠点っぽいのは、ちょっと冷たい雰囲気があるだけじゃね?

 

「だが、実際にやったのはトランプで、しかもババ抜きだけだった。『声を出さない』という我慢強さ、忍耐力を測るにしても、そのためだけにあそこまで用意する価値があるとは思えない。実力を探っていたようには見えなかった」

 

「まぁ……うん」

 

もし『実力を探る』っていう目的でやってたとしたら、色々と頭脳ゲームやらせそうだもんね。ボードゲームとか、それこそポーカーとか。……またやりたいな、ポーカー。

 

「一応あった『他者の正体を報告すれば、その相手が受け取る報酬を減らせる』というルールによって『他者への攻撃性』の有無を見てたのかと考えたが、今思えば……あれはただ『正体を話させない』ためだけのルールだったように思える」

 

「それは、うん。多分そうだろうね」

 

「怪しすぎる上に、龍園の狙いも分からなかった。……報酬を払わないことで他人の神経を逆撫でする、ただの挑発行為かもしれないとも考えていたが」

 

「やりそう」

 

金払うよって呼んで、払わずに『誰が約束したんだよ?バーカ』って言いそうなロン毛だもんね。

 

「しかし、満額の2万ppが支払われた。……本当に意図が分からない、ただ2万を払って、いずれ俺を寝返らせるための接触だったのか?とも考えた」

 

「あー、なるほど。それはありそう」

 

これから先、何かのタイミングで『言う通りに動いたら金を出す』って言った時、前に気前よく金を払らったか払ってないかで成功率はケタ違いに変わるだろうし。数千ppの減額を無視した理由にそういう背景もありそう。

 

 

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「ここまでだったら『謎の集会に呼ばれた』というだけだった。……しかし、あの翌日、俺は生徒指導室に呼ばれた。お前も行っただろう?」

 

「まぁ、うん」

 

これは否定できない。呼ばれてない訳ないんだし、実際呼ばれたし。誰かに見られてるかもしれないし。

 

「そこで、詳細は伏せられつつも、化学薬品による破壊活動が行われたと聞いた。あの日の晩、俺達と同じ格好をした犯人が、龍園の部屋から出ていった犯行に及んだと。……正直、寒気がした。いつの間にか、まったく自覚してない形で、恐ろしい事に巻き込まれていたと」

 

恐ろしい事て。言い過ぎじゃね?

 

「あ~、ドンマイ?」

 

「……浅井、頼む、教えてくれ。あの日、他に誰が居たんだ?そして、龍園は何が目的であんなことをしたんだ?」

 

すごい真っ直ぐな目だ。怒ってるのか、覚悟してるのか、悔しいのか分からんけど、ここまで誠意を持って頼まれちゃうと、ね……。

 

ん~~……しゃーない。言っちゃおう。そもそも目的が『危機感を煽る』なんだし、学校側に伝わっても、まだ生徒側には伝わってないもんね。

 

「オッケー、言っちゃう。……察しはついてると思うけど、あの場に居た4人はABCDの全クラスが居たんだと思う。もし俺達のクラスから4人集めた、とかだったら『疑わしきは罰してやれ』ってCP減らすことも出来たからね。全クラスの生徒が居ることで、CP減点も出来ないし、仮にCP減点した所で差が全く変わらないからね。CP減点を無効化出来ちゃうっていう」

 

「やはり、そうだったか……」

 

神崎だけじゃなく、伊吹も一之瀬も真面目な顔で聞いてくれちゃってる。やめてよ~、これは自分達で気付いた感じにして欲しい。……流石に誰が居たかは言わないでおこう、それ言っちゃうと流石に龍園にボコされそうだし。

 

「そして、犯人が誰かは……言えない。知らないって事で」

 

自分に言い聞かせるように声に出す。ちゃんと制限かけないと全部ペラペラしゃべっちゃいそうで怖い。

 

「絶対に知ってんじゃん」

 

うるさいぞ伊吹!

 

「その、浅井くん。知ってる範囲、話せる範囲だけでいいの、教えてくれないかな?……今回の件、ただ終わらせちゃうと、これから先とても大きな危険になる気がするんだ。だから、どうしても知っておきたいの。お願い!」

 

「ん~~~…………」

 

何をしてたのか、これは龍園から聞いたってことで『何が起きたっぽいか』で話して良い気がする。どうせこの先、誰か知ってるだろうし、その話が流れるかもしれないし。……っていうか、間違いなく詳細を掴んでるであろう生徒会長から聞けばええんちゃうの?一之瀬って南雲直属の部下みたいだし。いや、それなのに聞いてないってことは、言わない方が良いのかな?学校側が規制しまくってるから、意外と誰も知らないのかも。……龍園が当然の顔して聞いてたから勘違いしてたけど、アイツも意外とほとんど知らず、適当に知ってましたよ顔してたのか?なんだアイツ。

 

「お願い、浅井くん。これから先、何か困った事があったら、きっと助けるから!」

 

ただ思考を整理してるつもりが、また情報の出し渋りだと思われちゃったかも。しかし、それにしても他クラスに対して『きっと助ける』って、これまた……。アホなこと言うとると思っちゃうけど、それでも一之瀬なら本心なんだろうな、という信頼もある。ホントにすごい子、いや、すごい人間だよ。

 

「一之瀬、嬉しいけどさ……。敵同士だよね?俺達」

 

「ううん、関係ないよ。クラス競争を超えて、人と人なんだから、助け合いも成立するはずだと思うんだ」

 

うーむ、眩しい。未来と他人に希望を持ってる、輝かしい目だ。……残念ながら、俺は恐らく一生持てない目なんだろうな。いや、昔は持ってたのかな?分からん。

 

「多分、全人類が一之瀬みたいに優しく希望を持てたら、それが理想の世界なんだろうな……って、今ふと思ったよ。他者を信じて、信頼出来るからこそ、堂々と手を取り合う選択肢を選べるんだろうね。簡単に出来ることじゃないよ。本当にすごいことだよ」

 

「そんなこと……」

 

一之瀬っていう人間は、普通は信じられないことを、信じさせてくれるような存在なのかもしれない。

 

「浅井、俺からも頼む。そして、同クラスの人間として言うのは疑わしいかもしれないが、一之瀬だけは絶対に裏切らない、信じられる人間だと思ってくれ」

 

なんか、めちゃくちゃ重要な情報を握ってると思われてるっぽいけど……別に無いんだよね。どうしよこれ。

 

「ちょい考えさせて」

 

「うん!」

 

とりあえず『龍園の企み』っていう設定は、ちと無理がありすぎると思うんだよな……。龍園がわざわざ学校側にセキュリティの穴を教える訳がないし、超ハイリスクを犯すのにハイリターンを狙わない訳が無い。今回の件、龍園からしたらリターンがマジで何一つ無いからね。失敗したとも言えないくらい意味不明になっちゃう。

 

そうなると、やっぱ俺が企画発案したことに?……それは嫌だなぁ。俺にも何のメリットも無いし、無駄に危険視されるだろうし、言うこと信じてもらえなくなりそうだし。

 

だったらまぁ、南雲の手柄っぽくなるのは腹立たしいけど、アイツに指示されてやったってことにしちゃおう。『学校の危機管理能力を上げたかった』っていう理屈、これマジだし。そしてそれを聞いて、一之瀬達も警戒して生きるようになるかもしれんし。

 

「よし、分かった。絶対に話したこと誰にも言っちゃダメだよ?知るのは一之瀬、神崎、あと伊吹だけ。……伊吹も言っちゃダメだよ?龍園は知ってる事だから」

 

「ありがとう!」

 

「助かる」

 

「分かってる」

 

「よし、じゃあ小声で言うから集まって。他の人に聞かれたくないし」

 

4人机の中央に、全員でめちゃくちゃ顔を近付けたら……あっ、なんか良い匂いする。そして超カワイイ、美少女の顔面が間近に。ドキドキしてきた。明るい系とクール系、あとついでにイケメンがここまで近いのも無駄に緊張する。

 

「……早く言いなよ」

 

伊吹にせかされてしまった。至近距離で小声で言われるだけでなんか、エロいな。

 

「今回の件は、俺が南雲会長から『学校に危機感を持たせたい』って言われてやったことなんだよ。南雲は、とにかく自分で功績を残したいからこそ、学校を巻き込んでハッキリした変革をしたかったらしい。……それで、『本当に悪意がある人が居たら、こういう大量殺傷事件も多分起こせちゃいますよ』ってアピールで化学テロっぽい事したんだよ。その事件を元に、学校を変えるためってね。ちなみに狙ったのが2-A、南雲のクラスなのは、1年だったらクラス競争のためだと思われちゃうかもしれないから。それで2年を狙い、1番恨まれてるであろう南雲狙いを装って、ついでに生徒会長が疑われにくくするため、だね。……そんな感じ」

 

話してる途中から『近いのに息くさかったらどうしよう』ばっか考えちゃってた。

 

「ってことは、学校側もグルだったんだ」

 

「いや伊吹、それは微妙に違う気がするけど……」

 

1番の被害者は学校運営、体制側だからね。映画の話につられてんのかな?

 

「ありがとう、浅井くん。その、考えもしなかった理由だった。疑問がすごく沢山あったんだけど、うん、納得出来ちゃう」

 

「あぁ、感謝する浅井」

 

顔を離して、先程までと同じ普通に座った状態に戻った一之瀬と神崎。あ、伊吹の顔も遠くなってもうた……。めちゃ素早くやれば、恐らくキス出来た。それくらい近かった。

 

「確認だけど、マジで誰にも言わないでよ?頼むよ?ホントに。フリじゃないからね?」

 

「約束する!」

 

「あぁ、分かってる」

 

別に言われても困る情報じゃない気もしてきたけど。結局は俺が犯人だっていう物的証拠は無いだろうし、俺が白状したって事をバラされても、それ自体が嘘だって言い張れば水掛け論になるんじゃないかな。……いや、南雲には恨まれちゃうか?

 

「そして、今度何かあったら、私達が助けるっていうのもちゃんと約束するね。本当にありがとう」

 

「どういたしまして。……ただ、一之瀬、俺個人として言いたいこともあるんよ」

 

「うん?何かな?」

 

いちいち仕草が可愛いんだよな。天然美少女、ウサギとか愛玩動物っぽさある。だからこそ言っておきたい。

 

「今回の件は、多分だけど学校が工事して対策するんだと思う。けど、『安全になった』って油断しないで欲しいんだよ。世の中まぁ色々と危険なこと多いから、危機感を持って欲しいんよ。そして、警戒心も」

 

「うん……」

 

「他人を信じる、任せる、助ける。めちゃくちゃ大事で、尊いんだけど、『信じちゃいけない相手』も、『絶対に信じちゃダメなこと』も、超あるからね。世界には見えにくい悪意が山盛りなんよ」

 

なんだったら俺も『信じちゃいけない相手』かもしれないけどね。普通に嘘付いてるし。

 

「……。」

 

かなりマジに話してるので、真面目に聞いてくれてる。そういう所も好かれるんだろうな。

 

「そりゃ『何も信じるな』とは言わないよ。『何も信じない』ってなったら、それはもう『何でも信じる』と同じ意味だし。けどさ、少なくとも『もしかしたら嘘かもしれない』っていう思考は、常に持ってて欲しいんよ。一之瀬がどんなに優しくても、世界はそんなに優しくないから……」

 

悲しいことにね……。

 

「えっと……うん。覚えておくね」

 

頼むよ~、マジで。ここまでの善人、死ぬまでそうやって生きて欲しいよ……。難しいかもしれないけどさ。幸せな人生を歩んで欲しい。

 

「神崎も、一之瀬が騙されたりしないよう助けてあげてね」

 

「……あぁ、分かった」

 

いやぁ、覚悟を決めた顔、すげぇイケメン。俺が女だったらガチ惚れしてただろうな。

 

「あ、伊吹も、なんていうかありがとう。利敵行為なのに」

 

「ふん。……別に」

 

他クラス生徒、要するに敵へのアドバイスなのに、黙って止めないでくれてたのありがたい。いつもツンケンしてるけど、根本的には人間愛があるというか、伊吹やっぱ優しいんだと思う。

 

「伊吹やっぱ結婚しない?」

 

「っ、死ね!」

 

あっ、出て行っちゃった……。それにしても『死ね』て。本気だったのに。

 

「えっと、大丈夫かな……?」

 

「お前……」

 

一之瀬の困惑した眼差しと、神崎からの『マジかよ?』みたいな視線がめちゃくちゃ痛い。分かってる、つい口が滑ったんだよ。やめて、そんな目で見ないで……。


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