敷き詰められた畳、道場っぽい落ち着いた場所に来ている俺は浅井虎徹です。匂いも『和風』って感じだし、ちょっと懐かしくて好きかも。いやまぁ『和』そのものか。
「い草の良い香りだな」
「あぁ」
ん?何言ってんだあいつら?
「イグサ?なにそれ?」
「……関係ないだろ」
「え~、教えてよ~」
「ハァ……。畳の原料だ」
「へぇ~。ありがと」
なんか聞いたことあるかも。勝手に会話に入って嫌そうな顔されたけど答えてくれたのは優しいな。
合宿初日、じゃなく2日目になるけどAクラスの奴らと仲良くなれそうな気配は特に無い。まぁ仕方ないか。退学にさせかけた敵だと思われてるだろうし。正しくは『100万ppくらいカツアゲしようとした』だけなんだけどね。
こんな感じで、7日間の合宿で仲良くなれるのかねぇ?……まぁいいか。仲良くなっても、なれなくても、どっちでもいいや。どうでもいい。
ただ、こうやって、なんとなく疎まれる?ウザがられる?嫌悪感を持たれてる?感じ、中学時代に一部の奴らから向けられてた視線に似てる。素性というか、どういう家の人間かっていうのが多分バレてた時、こんな感じになってた。
だから慣れてるといえば慣れちゃってる。距離取られるだけで、そこまで困りもしないし。
……けど、もしかしたら同じクラスの奴らにもこういう感じで見られるようになるかも?って想像しちゃうと、流石にそれは寂しいかな。
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朝7時、朝食。
座禅をやらされた後、クソ寒い屋外のちょっとした炊事場に連れられて来たら、既に食事が用意されてた。
「今日の所は学校側が提供するが、明日から晴れの場合、朝食は全てグループ内で作ってもらうことになる。」
配られた資料には、5日分の食事の作り方が全部記載されていた。しかも図による解説付き。見てすぐ分かりやすいレシピなのがちょっとウケる。これわざわざ今回のために作ってきたんか?市販の料理本をコピーしたって感じではない。……変な部分で凝ってるな。
「人数や分担方法は全体で話し合って決めるように」
やっぱり明日から自分達で用意するらしい、南雲が昨日言ってた通りだった。……アイツなんで知ってたんだ?ちょっと怖いな。生徒会長ってそういうもんなのかね。
「昨日もう決めたように、1年は1回だけでいい。3年、2年、1年、3年、2年の順にしようか。悪天候時はラッキーということで、キャンセルしてそのまま。……1年どうだ?3年の先輩方も何か異論ありますか?」
今決めるのかよ。いや良いけどさ。
「……あぁ、構わない」
「大丈夫です」
3年の知らんやつと、ハゲがみんなの顔を確認してから代表して返答した。
「よし。じゃあメシにしよう」
まぁ、そりゃ普通にリーダーシップ取るわな。噂通り2年になる頃もう学年制覇して代表みたいになってるなら不思議でもないけどね。
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朝食が終わった。ちょっと量が物足りない気もするけど、朝はまぁ少なめでいいのかもね。山だし修行してる感あって良いかも。
内容としては、古き良き日本の質素なメシって感じの、白米と味噌汁、それに3つ付け合わせみたいな料理だった。こういうのが『一汁三菜』らしい、誰かが言ってた。
けど、あれ?もらった資料を見た感じ野菜以外も食えるんだ。へぇ~、知らんかった。じゃあ『菜』ってどういう意味だよ、魚とかもメニューに入ってるじゃん。……ってか、白米はあるのが当たり前だから『一汁三菜』って言うのかな?これ正しくは『一米一汁三菜』でしょ。
そして次に来たのは、午後の座学のために講義室みたいな所だ。最近世界史の資料集で見たギリシャのコロッセオをちょっと思い出させる、段々の円形状を半分にした、みたいな。
ちょうど通路で3分割、中央、右側、左側で分割されていて、1,2,3年それぞれの小グループが分かれた。俺達1年は黒板を正面にして右側。真面目に前の方から埋めていってたので、俺は1人でほぼ最後列。
「フッ……」
うわ、何だよ……。中段くらいに座ってた南雲がこっちを振り返って、ちょっと笑って前を向き直した。え?……すごい怖いんだけど。
まさか、本当に俺を性的に狙ってるとかないよね?いやマジで勘弁してくれよ。
女性が『男性と2人きりになるのが怖い』みたいな事を言う理由、今なんとなく分かってしまったかもしれない。怖いよ単純に。キモい……。
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昼食。朝と違って大混雑した食堂にウキウキで来た。そう、何と言っても、今回の合宿中で唯一の女子と会える機会だ。
「よう伊吹!おひさ!ここ座るよ!」
「……うるさい」
見慣れた同クラス、ついでに同じ1年の知ってるヤツに『伊吹見なかった?』と聞きまくって、やっと見つけ出した。なんか苦労した分、いつもより可愛く見えるかも。抱きたい。
「体操着とジャージめちゃ似合ってるね伊吹」
「……。」
なんでシカトすんの?マジの本心なんだけどな……。寂しい。
「あ~、……女子の方はどう?順調?」
「別に、特に無い。……龍園も居ないし」
「んはは!そっか」
さすがにトラブルすべての元凶が龍園って訳でも無いでしょうに。
「……アンタはどうなの」
最近あんまり虎徹って呼んでくれんな。
「俺?あ、グループもまだ言ってないか。俺1人でAクラスが14人のとこに1人で入って、あんまり仲良くはなれなさそうかな。ただ、みんな真面目だし、新生徒会長も居る所だから、大グループが最下位になるとは思わないけど……」
「……。」
「何もしなくても最下位回避は出来そうな気がするけど、万が一にも最下位になりたくはないし、学校側の設定ラインっていうのもあるらしいから……やっぱ真面目に頑張らなきゃって感じかね」
「……あっそ」
もうちょい話を盛ってカッコつけても良かったかな?『俺がめちゃくちゃ頑張って1位にするぜ!』とか?……いや意味が分からん。龍園クラス多めのグループでやるならともかく、Aクラスまみれの小グループでそんなことやってたら頭おかしすぎる。完璧な敵対行為でしかない。
「小グループ作りの時、男子の方で騒ぎになってたの、アレなんなの?……どうせ龍園だろうけど」
いやまぁ龍園が元凶だけど、そう龍園龍園って言われまくると、アイツばっかり気にしてるみたいでなんかムカつくな。ロン毛はクズですよ、悪い男に惹かれちゃいけません!
「ん~、龍園が『Aクラスを完全にハブって、全員退学にしてやろうぜ!』みたいな提案して、ゴタゴタしてたって感じ」
「はぁ?」
『何言ってんの?』と聞こえてきそうなほど分かりやすい顔だ。
「人数的には、80人のうち20人を排除して、60人で10人ずつ6グループ作れたからね」
「……それ、アンタも止めなかったんだ」
「ん?何を?」
「龍園のこと」
「いや無理でしょ……。俺がなんか言ったって止まらんでしょうに」
「……あっそ」
いつの間にか食べ終わってたみたいで、トレーを持って立って行っちゃった。もしかして怒った?
え、何に怒ってたんだ?……龍園の好き放題を止めろ的な?いや意味が分からん。そもそも俺の言うこと聞くヤツじゃないでしょうに。
んー、もしかして『Aクラス全員退学』を狙ったのが気に食わなかったのかな。正々堂々と戦って勝ちたかった、みたいな……?もしそう思ってたなら、嫌悪感もあるか。
でも正直そこまで成功する確率高くなかったと思うからなぁ……。次あったらそういう感じで弁明してみるか。『そうやって脅して金を巻き上げるくらいだと思った』とかで。
実際の所、大グループを決める時の『指名順』をめちゃくちゃあっさり勝ち取ってたから、結構なリターンあったと思うんだけどね。
……あ、いや女子の方は指名最下位に勝手にされてたんだっけか。そういう意味では現在進行形で大変なのかも?それは普通に申し訳ないし、恨んでも仕方ないか。
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午後、昼から基礎体力作りとしてマラソンをやらされ、かなりガッツリ運動して汗もかいたのに、シャワーを浴びる暇もなく2度目の座禅をやらされ、やっと1日が終わった。
まだ17時だけど普通に腹減った。
すぐ風呂に行きたいけど、食事の時間とか考えると……いや、先に風呂の方が食堂空いてて良いのか?順番逆にしても急げば大丈夫そうな気がするけど。明日試してみたい、メシが食える時間しっかり把握しないと。
とりあえず今日は最速で食って、混みすぎる前に風呂入ろう。そんなことを思いながら超急いで早食いして、10分くらいで食堂から出ようとした所、ちょっとした騒ぎ、人だかりが出来ていた。なんだ?
「悪い悪い。大丈夫か?」
「ええ……心配いりません」
覚えのない男子生徒と、その前で誰か転んで……坂柳じゃん。人混みの中でぶつかっちゃったのかな。男子が坂柳に手を貸そうとしてたけど、それを拒絶して自力で杖を使い、壁に背を預けながら、なんとかして自力で立ち上がった。うーん、見てて痛々しい。
転ばせた相手の手を借りたくないっていうなら分かるけど、周りのヤツも助けてやればいいのに……。あ、俺もか。声をかけようとした所で立ち上がれたみたいだ。
「じゃあ、えと、行くけど?」
居心地悪そうに伸ばしていた手を引っ込めた男子生徒。まぁ、気持ち分からんでもないかな。そっちとしては、素直に助けさせて欲しかったかもね。
「ええ。どうぞお気になさらず」
いやいや、気にするだろ。周りで見ていた観衆が安心した様子で散っていったけど、声かけるか。
「坂柳、大丈夫?」
「……ええ。こんばんは虎徹くん、大丈夫です」
その目はぶつかったであろう男子の背中を見てる。感情が抜け落ちたような冷たい視線。……ちょっと恨んでそうだねこれ。そりゃそうか。
「いやさ、坂柳ちゃんって可愛いけどさ~、どんくさいよな」
は?遠くの方でそんな嘲笑が聞こえたけど、今の発言まさかアイツか?いやいや、ちょっと待てよ。
「オイ!今言ったのお前か?……止まれや!」
「虎徹くん、構わないで下さい」
「はぁ?何だよ?……って、龍園とこのヤツか。なんか用?」
マジでコイツが言ってたのかよ。
「足が悪い相手を転ばせておいて、どんくさいだ?……テメェ脳みそ無いんか?クズか?謝れよ、ゴミ」
「なっ、……お前らにクズとか言われたくねぇよ」
「テメェがクズじゃなきゃ、何がクズなんだよ?鏡見ろよカス」
「……お前、何勝手にキレてんだよ。関係無いだろ」
は?この野郎……、
「虎徹くん、やめて下さい。私の問題です」
坂柳がなぜかムッとした様子で俺のことを注意してきたけど、いやなんでよ……。
「ほら。こう言ってるんだし。消えろよお前」
「あ?」
「ちょ、……離せよ!」
シャツの首元を掴んで思い切り引き寄せた。ちょっと破けるような音もしたけど、まったく反省する様子が無い。1発くらい殴るか。
「浅井虎徹!やめなさい!……今すぐに」
「え……?」
坂柳になぜかフルネームで呼ばれ、大声で止められた。俺に怒ってんの?……え?なんで?
「お前、先生に言ってやるからな!」
思わず手を離してたらクズに走って逃げられちゃった。坂柳もこっちを見ることなく、女子校舎の方に杖をつきながら行っちゃったけど……えぇ?なんで?
い、意味が分からない……。どういうこと?
なんだったら『いけ!虎徹!』『殴り飛ばせ!』『やっちまえ!鼻を潰せ!!』『殺せ!』くらいの声援あっても良かったんじゃないの?な、なんでぇ?
「……見てんじゃないよ。散れ散れ」
いつの間にか俺が見世物みたいになってた。んも~、モヤっとする~。
ついでに、結局アイツの名前も知らんな。Dクラスっぽかったけど。