ようこそ邪悪な教室へ   作:マトナカ

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善意と悪意

夜22時、ベッドでゴロゴロしながら、坂柳がアホを捕まえようとしてた理由を考えてる俺は浅井虎徹です。

 

もし嘘じゃない可能性あるとしたら、坂柳のプライドがめちゃ高くて、とにかく『主導権を握れる相手』が良かった、とか……?

 

そう考えたら、死ぬほどアホそうな相手が都合良かったりするのかもしれない。恋愛ってそういうものじゃない気もするけど、坂柳なら論理的に選んでてもおかしくないのかなと。

 

いや、それにしたって付き合うメリットも特に無いんじゃないのかアレは……。とにかく不思議すぎる。

 

ん?誰かからチャット来てた。

 

『浅井、協力を仰ぎたい』

 

神崎からだ、ちょっと珍しい。

 

『どしたの?』

 

数秒で既読が付いた。意外とチャットしまくるタイプなのかな。

 

『一之瀬の件だ。悪評を流されているが、犯人を見つけ出して、止めさせたい』

 

なるほどね。う~む、性格も見た目も完璧な、気持ちが良いほどのイケメンだな。一之瀬に仕えるナイトって感じ。他クラスだけど全く嫌いになれない。

 

『いいけど、俺も犯人知らんよ?』

 

信頼して頼ってくれたっぽいのは、化学テロの件についてベラベラ嘘混じりの真相を話したからかな?それとも、一之瀬に割りと本気のアドバイスしたからかな?

 

『お前たちのクラスで誰か心当たりは無いか?』

 

ベラベラしゃべるの良くないかもだけど、まぁ今回は関係ないから全然いいか。

 

『今回のやつは龍園じゃないと思う。95%』

 

いや、90%……80%、くらいかな。

 

『そうか。では、浅井としては誰が犯人だと思う?』

 

『坂柳かな』

 

あれ?……既読ついて少し間が空いた。

 

『明日の放課後、時間をもらえないか?話がしたい』

 

今ここで電話すればいい気もするけど、夜遅いから気を使ってくれたのかな?

 

『オッケー、おやすみ』

 

そうだ、せっかくなら坂柳との会話に参加させられそうだったら呼んじゃおうかな。その方が話早いでしょ。

 

 

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次の日、放課後。クラス内でも一之瀬についての噂が聞こえてきたりもしたけど、それより坂柳の方が話題に上がってた。『なぜかDクラスのバカと付き合いそう』っていう。リアリティの無い誹謗中傷より、恋愛ゴシップの方が盛り上がるんだね。そんなもんか。

 

「邪魔する」

 

あ、神崎だ。

 

「よっす~」

 

「浅井、場所を変えてもいいか?」

 

なんで他クラスのヤツが居るんだ?という視線を浴びて居心地悪そうな神崎。けど、

 

「いや、軽くでいいからここで聞かせて欲しいかな」

 

「……なぜだ?」

 

「この後ちょうどAクラスに行って坂柳に聞いてみる予定なんだよね。『会いに行くね~』って連絡して、オッケーもらったし。神崎も来る?」

 

「なっ、……あぁ、是非とも同行させてくれ」

 

めちゃ覚悟決めた顔しとる。そんなに思いつめなくて良いんじゃね……?

 

「うい、了解。それで今どんな感じなの?」

 

「……まず、一之瀬は噂を完全無視する事にした。相手にしなければ、自然と噂は消滅するはずだと」

 

「ふーん……。神崎は?」

 

「犯人を見つけ出し、証拠を押さえ、止めたい。出来ることなら罰を受けさせたいと考えている」

 

「なるほどね。一之瀬以外はみんなそんな感じ?」

 

「いや、あまり大人数で動くと、一之瀬が沈黙を続けてる意味が無くなってしまうかもしれない。だから数人でのみ動いている」

 

「どゆこと?」

 

「む?……大人数で動けない、というのが不思議か?」

 

「うん」

 

「あまりに多くの人間が犯人探しに躍起になっていたら、その行動を見た人間から『噂が本当だから必死になって隠そうとしてるんじゃないか』と思われかねない、という話だ」

 

「ふーん?」

 

よく分からんけど、そういうもんなのかね。

 

「一之瀬がせっかく黙ってるのが無駄になりかねない」

 

じゃあ動かなきゃ良いじゃん……とは言えないか。一之瀬を思って動かない訳にはいかない、みたいな感じっぽいもんね。

 

「ってことは、ここで動いてることバラしちゃうのあんまり良くなかったか……。ごめんごめん。じゃあもう行こっか」

 

「あぁ。……先に言っておくが、Aクラスが黒幕の可能性が現状では1番高い」

 

「やっぱそうなんだ。了解」

 

1つ参考にはなりそう、調査した結果だろうし。

 

「浅井、お前のことは信じていいのか?」

 

「今回はマジで関係ないし、一之瀬に攻撃したいとも思わないからねぇ……。味方だと思うよ」

 

「噂についてはどう考えてるんだ?」

 

「ん?あぁ、1ミリも信じてないよ」

 

「そうか……。助かる」

 

うん。こういう誠実さ、神崎もやっぱり一之瀬クラスの一員って感じがして良いね。

 

 

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「お邪魔しま~」

 

「こんにちは、虎徹くん」

 

「よっす坂柳」

 

あれ?いつもより取り巻きが多いかも。

 

「今日はどうしました?山内くんの件ですか?」

 

「あっ、そういえばそれも。めちゃ気になる」

 

「おい浅井……」

 

「そして、なぜ神崎くんも?呼んだ覚えはありませんが。……もう一之瀬さんを捨てて、虎徹くんの部下になったのですか?」

 

「なんだと?」

 

「んははは!もしあったとしても、俺が神崎の部下でしょ」

 

格が違うぜ格が~。神崎の方がよっぽどリーダーっぽいよ。俺にリーダー適性あんまり無いだろ。

 

「もちろんどちらでもない。坂柳、お前達が一之瀬に関しての噂を流してるだろ。今すぐにやめろ」

 

「何のことか分かりませんね。証拠でもあるんでしょうか?」

 

やっぱ認めないか。

 

「そこの橋本が、必要以上に他クラス生徒に接触し、噂を吹き込んでいる事実を掴んでいる」

 

「俺か?いや~、俺はただ雑談してただけだぜ。社交的なもんで。それにしても俺の名前を見つけるまで早いな、あと数日はかかると思ったが」

 

どっかで見たことあるニヤニヤ顔の金髪、男なのにポニテにしてるドラッグやってるバンドマンみたいなヤツ。ん~、なんだっけ……合宿の時、Aクラス完全排除しようとした時に龍園が呼んでたヤツかな?

 

「その雑談とやらで吹き込んだ情報は、坂柳の指示でやった事だろう」

 

「いや分からないな。どっかで聞いた話をしゃべってただけだ。どこで聞いたかなんて忘れちまったよ」

 

「……ふざけるな」

 

あら?結構マジでキレてる?神崎ちょっと真っ直ぐ過ぎるね。

 

「まぁまぁ神崎、落ち着きなって。ここで詰めたって、残念ながら『うん!俺達だよ!ごめんね!やめます!』とはならんでしょ」

 

「……。」

 

もしそうなったら面白いけどさ。

 

「坂柳、今日聞きたいのは2つ。山内だっけ?アイツに近付いたのはマジの話だよね?」

 

「……えぇ、事実ですよ」

 

流石に誤魔化さないか。周知の事実だもんね。

 

「理由は、恋愛対象と見てるから?……本気のやつ?」

 

「言いません。プライベートなことですので」

 

……なんとなく、恋愛が目的じゃなさそうな気がする。多分。

 

「やっぱ復讐のため?」

 

「復讐?なぜそう思うんです?」

 

「合宿でのやり返しかなって。転ばされてたから」

 

「いいえ、違いますよ」

 

「そう?……もし恋愛だったとしたら『めちゃくちゃ言う事を聞いてくれるアホ』が良いのかな?とか思ったけど、それにしたってアホ過ぎる気がするし。坂柳が選ぶような男か?という違和感は消えないよね。付き合ったとしても評判が悪くなりそうというか」

 

「酷いことを言いますね虎徹くん」

 

そうかね?妥当な評価だと思うけど。

 

「あと単純に、わざわざ他クラスから選ぶ必要も無いじゃん。まだそこの鬼頭とかの方がマシに見えるよ」

 

鬼頭、相変わらず不審者にしか見えない、ボサボサの長髪で猫背のホームレスみたいな男。それでも山内とかいうヤツよりはマシな気がする。……コイツしゃべれんだっけ?

 

「私が誰に何をしようが、私の自由ですよ」

 

「そりゃまぁそうなんだけどね……。じゃあ2つ目の質問は、う~ん……」

 

「……なんでしょう?」

 

ストレートに聞いても答えてくれないだろうしなぁ。じゃあ、

 

「坂柳から見て、もし一之瀬が消えたら嬉しいの?」

 

「……Aクラスを率いる立場としては、他クラスの強力なライバルが消えるので、メリットが大きいのは否定出来ませんね」

 

そりゃまぁそうか。俺から見ても、Aクラスから正面から競い合ってちゃんと勝てそうな唯一のクラスだもん。

 

「じゃあ個人としては?消えてほしい?」

 

「どうでしょう。……もし消えてしまったら、少しだけ寂しいかもしれませんね」

 

ふーん?なるほどね。

 

「じゃあ、坂柳はAクラスのリーダーとして、求心力というか、忠誠心?クラス内での評価みたいなのを上げるために、ハッキリとした功績を欲しがって一之瀬排除に動いた感じ?それとも、なんとなくの暇潰し?試験にあんまり参加出来てない憂さ晴らし?」

 

「……答える義務はありませんね」

 

あら?ストレートに聞きすぎちゃったか。

 

「ではなぜこんな事をする、坂柳」

 

俺よりストレートに聞いとるやんけ神崎。

 

「ハァ、私ではないと言っているでしょう……。神崎くん、意外と物分かりが悪いのですね」

 

「……。」

 

あんまり煽るなよ坂柳……。

 

「そもそもですが、なぜ一之瀬さんは噂を否定したりしないのでしょうね?……事実ではないと言うならば、そう声を上げれば良いのでは?」

 

確かに。俺も正直どっちかと言えばそっち派かも。ハッキリ否定すりゃいいだろ派。

 

「……それは、一之瀬の優しさでもあるだろう。噂を流した犯人達にすら配慮し、相手にしない。そして、そもそも『相手を不快にさせる』事が目的だとしたら、騒いだ方が相手の利になる。だから完全に無視するというのも理に適っている」

 

ん~……それもそうなのかも?『嫌がらせ』が目的ならば、嫌がる姿を見せない方が良い。まぁ確かに、一理ある。

 

「私としては、神崎くんが大好きな一之瀬さんも、あなたが思うほど完璧な人間ではないのでは?と問いたいですね。盲目的に信用しすぎているのでは?……あの噂の中に、真実が混じっているからこそ、黙っているしかないのではありませんか?」

 

「なんだと?……戯言だな」

 

俺も完全嘘だと思うけど、もし坂柳が黒幕だったとしたら……え?マジで真実も混じってる?

 

「俺も信じられないけど。坂柳、それマジ?それとも、ただのハッタリ?」

 

「……さぁ?どうでしょうかね」

 

うーむ、本音を見せない仮面の笑顔ですねぇ……。分からん。

 

 

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坂柳と神崎がバチバチに視線を合わせて沈黙が続いてて少し居心地が悪い。もう帰っても良い気もするけど、なんか話題を振ってみようか。

 

「ってか、今日なんかちょっと警戒が強くない?なんで男子こんなに居るの?」

 

気になってたけど、俺なんか悪いことしたっけ?暴力的なこと何もしてないはずだぞ。

 

「お気になさらず。……虎徹くんは南雲会長の方針変更については聞いてないのですか?」

 

「方針変更?なにそれ?」

 

「最近お会いしたら、『これからは若干の暴力行為は黙認する』とおっしゃってましたよ。生徒会長の方針ですから、学校全体がそうなっていく可能性が高いです」

 

「はい~?なんじゃそら……」

 

だから俺のことも警戒してたって?

 

「少しばかり荒れる事が多くなるかもしれません。本日もそういう類の会合である可能性も考えていました。……虎徹くんとしては、そんな変化も嬉しいのでは?」

 

「え?なんで?別に嬉しくないけど……。めちゃ平和主義だよ俺、暴力で解決しようなんて1回もしたことないじゃん」

 

すげぇ良い子に過ごしてますよ。停学にもなってない良い子。

 

「……そうですか?」

 

「そうですよ!?」

 

しつこく疑われるから変な敬語になっちゃった。

 

「ちなみに南雲会長ですが、あの人当たりの良さ、人望の厚さからは考えられないほど狡猾な人です。……それと同じように、一之瀬さんも印象が良いのは間違いありませんが、それが裏で何もしてない証拠にはならないのでは?違いますか?神崎くん」

 

「……いや、一之瀬に限っては絶対に違う。俺達は信じている」

 

「ふふふ、そうですか」

 

めちゃ小馬鹿にしたような笑いだ。

 

「南雲……会長が狡猾って、坂柳なんか知ってんの?」

 

「そうですね……。少しお話しておきましょうか。混合合宿での顛末、虎徹くんはどこまでご存知ですか?」

 

「アレでしょ、なぜか退学者ゼロで、3年AクラスがそのせいでBに落ちて、道連れ指名した女子も退学せず済んだ……みたいな。詳細はこれ以上知らないや」

 

龍園なら知ってるかもだけど。

 

「えぇ、その通りです。時系列からして、現地到着前のバス内ではもう既に2000万ppを、3年の該当生徒に振り込み、他3年生、2年生に指示を下し、違和感を持たれないよう3年橘女史をグループに引き込み、道連れ指名をしても学校側から承認されるような裏回しも済ませていた。恐ろしいほどの手腕です」

 

「うん……」

 

そうかもしれないけどね……。あの高らかにキモい勝利宣言してたせいで、どうにも尊敬というか畏怖するのが難しい。傲慢カス野郎。

 

「2年を完全統治しているという噂までは把握していましたが、3年にまでそこまでの影響力があるとは思いませんでした。もしかしたら、……いえ、なんでもありません」

 

「ん?」

 

何を言おうとしたんだ?

 

「ともあれ、私は勝つために動いているだけ、勝つための努力を最大限しない人間にはなりたくないだけです。……勝つことにそれほど興味が無い、Aクラスになりたいとも思っていない虎徹くんに、文句を言われる筋合いはありませんよ」

 

あら、手厳しい。

 

「そうかもしれないけど、俺とか関係なしにさ、あんまり一之瀬イジメんなよ~……。あんなに優しい性格良い子、なんで潰そうとするのさ。ある意味で1番の才能じゃん」

 

他に居ない度ランキング1位だと思う。2位は、高円寺かな……。

 

「……関係ありません。むしろ、監視下に置かれたこの閉鎖された環境で、制限のかけられた悪意を体験することが出来るのですから、良い勉強になるのでは?」

 

「なんだと……?お前、都合良く開き直るなよ」

 

坂柳に掴みかかりそうになった神崎に対して、Aクラスの男子面々に警戒して間に立った。もうちょい近付いたらすぐにでも羽交い締めにされそう。

 

ちなみに、俺は『そう考えると悪くないかも……』とか思っちゃった。

 

「いきなり世界中の悪意を受けずに済む、みたいな?」

 

「……えぇ、そうですね」

 

「う~む、まぁ、うん……」

 

高校生だけの環境だから、実際の社会みたいに悪霊みたいに悪意を持った存在なんかは居ないはず。自分の人生を恨み、社会そのものを恨み、国家を恨み、世界を恨んでるような闇の存在。救いようのない、他者批判を続ける事でのみ自我を保ってるような人間。そんな化け物は居ない環境って考えたら、確かに『丁度良い体験』と言えるのかもしれない。うん……。

 

「それにしても浅井、お前の噂もちらほら聞くけど、マジでAクラスに興味無いのか?」

 

橋本とかいうやつに声かけられた。

 

「ん?無いけど……なんで?」

 

「いや、不思議なヤツだなと思ってよ……。じゃあなんでこの学校に居るんだ?」

 

「え?……これイジメですか?」

 

学校から出てけ的なやつ?

 

「いや違う違う!純粋に聞きたくなってな」

 

「……ん~、なんとなく内緒」

 

祖父から命令されて、とか、学校長と繋がってるっぽい、みたいな話はしない方が良さそうだもんね。俺もハッキリ知らんし。もしかしたら裏口入学っていう線も消えてないし。

 

「そ、そうか……」

 

しかし、『嘘』というか『見えない悪意』への対処ねぇ……。めちゃ興味深い。これちょっと俺も参戦しちゃおうかな?

 

色んな方向からの嘘、嘘に次ぐ嘘にまみれた世界を擬似的に再現して『これ本当か?』って一瞬立ち止まるくらいの思考力を身に付けてもらおうと。

 

……マジでありなんじゃない?

 

計画練るか。結果的に『一之瀬なんてどうでもいい』くらい盛り上がったら解決になりそうだし、99%黒幕っぽい坂柳が企んでる事も潰せそうだし。

 

そもそも坂柳達を監視して、やめろやめろ言うよりよっぽど効果ありそうだもんねぇ。神崎も協力してくれるかな?


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