ようこそ邪悪な教室へ   作:マトナカ

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ようこそ実力至上主義の教室へ
ようこそ高度育成高等学校へ


俺、浅井虎徹はバスが嫌いだ。妙に自動車くさい変なニオイ。この臭いだけでも車酔いする気がする。そして乗り心地、運転手の技術があってもどうしたって乗客は体を振られる。この自分じゃどうしようもない感覚もあって苦手だ。

 

かといってタクシーを使うことは禁止されているらしく、指定時刻に指定場所からのバスしか乗ってはいけないとのことだった。まぁ目立ちたくないし、無駄金使うのも嫌だからバスでもいい……と20分前までは思っていた。ちくしょう無視してタクシー使えば良かった。タクシー使ったから退学なんてことないだろうよ。もうやだ。気持ち悪い。早く着いてくれ。吐きそう、吐く……3、4歩手前くらいだ。

 

「ご婦人、ここをお使い下さい」

 

目を閉じてひたすら到着を祈っていると、そんな声が聞こえた。見てみると、途中で乗車してきた老婆にハゲの青年が席を譲ったらしい。偉いじゃん。

 

「すみません、ありがとうございます。すみませんねぇ」

 

「いえ」

 

ヨタヨタ歩く死にかけのようなババアに、あまり表情を変えず返答するハゲ。良いハゲだ。

 

ただ、新高校一年生であるはずの15,16歳でもうハゲというのはどういうことなんだ?そういう病気がなんだろうか?……ウチの組でよく見た悪いハゲ共とは大違いのハゲを見て感心したと同時に、なんとも心配になるじゃないか。

 

「ハゲ……」

 

「……、あまり人の髪型を見るのは良くありませんよ?」

 

思わず出た独り言に、2人席で隣りに座っていた背の低い少女に注意されてしまった。ハゲは髪型なのか?でもまぁ確かにいきなりハゲ呼びは悪かったかもしれない。

 

そう思いながら声の方を見てみると、小さくて体は弱々しく見えるが、表情や目に妙な強さを感じさせる不思議な少女が居た。……歩行杖を持っているのを見るに、何かの病気なのかもしれない。

 

「確かに。ところであのババ……ばあさんのことどう思う?」

 

「どう、とは?」

 

「なんか、怪しくない?いきなり生徒だらけのバスに乗ってくる老人って」

 

実は試験だったというオチなんじゃないだろうか。『面接に行った会社に居た掃除夫さんが社長だった』『高校にある売店のおばちゃんが理事長だった』とかいう系の仕込みなんじゃないだろうか。そのために反応を誰かが見てたりしないかな?バス内を見渡してみると、数人の大人がハゲの方を見ている……が、仕込みの人間かどうか区別は付かないな。ただ騒動が気になって見ただけにも見える。考えすぎかな。

 

個人的にこういう『裏試験』エピソードで一番好きなのは、『入社試験で筆記問題を解いたあと、消しゴムのカスを丁寧にゴミ箱に捨てていた女性が居たので彼女を採用した。試験の結果は一切考慮しなかった』というものだ。普通に感動したし、それを聞いてからしばらくは真面目に消しカスをゴミ箱に捨てていた。ただ、1ヶ月くらいで飽きて面倒になり、そのうち息でそこらへんに吹き飛ばすようになった。

 

「そうかもしれませんね」

 

少女が笑顔でババアが疑わしいことに同意してくれた。ネタとして面白いとでも思ってくれたのかな?せっかくなので名前の紹介くらいはしておこう。可愛いし。

 

「あー、俺は浅井(あざい)、よろしく」

 

「私は坂柳と申します。よろしくお願いしますね、浅井くん」

 

「よろしく」

 

歩行杖について聞きたい気もするけど、初対面で聞くのはちょっと悪いかな。聞かなくても耳に入ってくるかもしれないし、もうちょっと仲良くなったら聞いてみようか。

 

「……これはどっかで見た話なんだけどさ、どこかの企業の入社試験で」

 

坂柳と軽い雑談をしていたら、気持ち悪さや吐き気がどこかに消えて、バスでの時間は過ぎていった。

 

 

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「新入生諸君、こちらだ。集まってくれ」

 

バスを降りた近くに居た教師に引導されて校内に向かう……所で呼び止められた。

 

「む?君は浅井くんだったかね?」

 

は?なんでもう顔覚えられてんだ?何も悪いことしてないんですけど!?

 

「はい。浅井虎徹です」

 

「君はCクラスだろう、この時間のバスでは……、いや、まぁいい。一緒に付いてきなさい」

 

流石に2時間前のバスで来るアホは予想してなかったようだ。それにしても既に他クラスの顔と名前まで既に覚えてるとは、さすが高度なんとか学校だ。

 

「浅井くんはAクラスじゃなかったのですか?」

 

「Cクラスだよ。残念ながら別クラスだね」

 

「そうですか。……えぇ、本当に残念です」

 

ん?意外と本気で寂しがってくれているのだろうか。それなら嬉しいものだ。思ったよりも早く仲の良い友人?知人?が出来たこと、それも特上の美少女だという事に喜びつつ、教師の先導に続いた。

 

多分ここに居るのはAクラスの面々という事なのだろう。確か俺が指定された時刻はもう2時間後だったので、他クラスに紛れ込んでしまった訳だ。

 

なぜこんな早く来てしまったかと言えば……、

 

『30分前行動しよう』

『いや、知らない場所だから1時間前に着くようにしよう』

『……もしかしたら、来る早さで何かの成績つけられるかもしれない?』

『遅刻にペナルティがあったとしても、早く行き過ぎて問題になることは無いだろう』

『もしかしたら友人作れるかもしれないからもう始発でいいや』

 

こういう訳だ、菅原レッスンの後遺症で心配性になりすぎた気がする。やりすぎたけど、結果オーライ。坂柳と仲良くなれたからいいや。

 

残り時間はのんびり散策でもしましょうかね。

 

 

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Aクラスと別れてから、勝手に学校内を探索すること2時間弱。アホほど広く、学校というより……街?開発都市?に呆れつつ、1年生のクラスがある所に戻ってきた。

 

やけに監視カメラがあるのを確認したり、上級生達が遊んでるのを眺めたり、ノドが乾いて喫茶店にでも入ろうと思ったけれど現金を持ってない上に変な端末で決済をしてるのを見て諦めたり、しゃーないと水道水を目当てに運動場の方に行ったらスポーツ系のフィールドの整備されっぷりに驚いたりしていた。

 

中高一貫校という訳でもない高校なんだから、生徒数が1000人超えるということもないはずだ。それなのにこの施設の充実っぷり……、やりすぎなんじゃないのか。

 

トイレから帰ってきたような顔をしてさりげなくCクラスに入り、自分の席に座って教師を待つ。一番後ろの席で良かった、全然目立たずに済む。

 

「皆さん席に着いて下さい」

 

来た教師はメガネで少し神経質そうな男だった。ちょっとサラリーマンっぽい、かといって妙な凛々しさがある人だ。少し俺を見ていたっぽいが、そりゃ指定のバスに居なかったら注意するか。

 

「……全員揃っているようですね。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。私はこのCクラスを担当することになった、坂上数馬です。普段の授業では数学を担当しています」

 

カズマで数学教師、名前そのままやんね。藤川球児が野球選手やってるみたいな感じだ。

 

「この学校には学年ごとのクラス替えは存在しません。卒業までの3年間、私が担任教師となります。よろしくお願いします」

 

なにー!?クラス替え無いのか……。坂柳との同クラスの夢は潰えた。悲劇だ。もう灰色の学校生活だ。

 

「今から1時間ほど後に入学式が体育館で行われますが、その前にこの学校の特殊ルールを説明します」

 

そうして配られた資料は、入学案内と一緒に入っていたものだった。インテリヤクザ菅原にめちゃくちゃ読まされたのでほぼ暗記しているが……違いは無さそうかな。

 

内容はだいたい以下の通りだ。

 

・学生は施設内の寮での生活を義務付ける

・在学中は特例を除き外部との連絡を一切禁じる

・許可なく学外に出ることを禁じる

・現金は使えず、Sシステムによるポイントを仮想通貨として使用する

 

要するに生徒だけで、親の助けが届かない場所で生活させるということ。敷地内にカラオケや映画館みたいな施設などがあるので、それの利用は自由だよ……というのが無かったら、ほぼ刑務所だろこれ。刑務所ですら面会できるんだから刑務所以下じゃん。

 

Sポイントというのがキモみたいだ、学校でのみ使える通貨を用意すると。良くまぁこんなトラブルになりそうなシステムを学校として通したもんだよ。現金より把握が出来るから良いってことなのか?教師の贔屓によって不当に金を渡せたりしたら、めちゃくちゃ教師と生徒の援交とか増えそうだし、教師の腐敗も酷いことになりそうだけど……。そういうことしない教師が選ばれてんのかね。

 

「今から配る学生証端末。それを利用することで、敷地内にあるすべての施設を利用でき、商品を購入することが出来ます。ポイントを消費して、お金のように使えるということですね。学校内においてこのポイントで買えないものはありません。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能です」

 

「えっ!?」

 

うっそだろ!?マジで言ってんの??思わず驚いて声が出てしまった。

 

『何でも購入可能です』って、教師が言うことか?大げさに言ってるだけなのか……?それともマジで言ってるとしたら……、売春でも、人身売買まで許してくれるってことなのか?マジで?犯罪行為の取り消しとかも?口封じとかも?いいの?本気か?

 

教師、坂上先生にチラリと見られたが、何も言われずに続けられる。

 

「施設ではこの学生証端末を通すか、提示することで利用が可能です」

 

施設以外ではどう使うんですかー!?対人契約的にはどう使うんですかー!?……と聞きたいけれど、程々に黒い行為に繋がるだろうし、イメージ悪いかもしれないから後で1人で聞きに行くか。

 

それにしても生徒全員に1つずつ端末、スマートフォンを配ってるみたいだ。オリジナルのOSを積んでるっぽいが、なんとまぁわざわざ……。いやでもアプリゲームを勝手にインストールしたり出来ない、させる必要が無いと考えればそこまでコストもかからないのかな。

 

軽く見た感じ、端末で可能な操作は

・Sポイント

・通話

・チャット

・メモ

・カレンダー

・ボイスレコーダー

・写真&ビデオ

・インターネット

 

これくらいで非常にスッキリしている。基本的なものだけが入ってるようだ。

 

「それから、ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっています。アナタ達全員には平等に10万ポイントが既に支給されているはずです。今確認して、されていない人が居ましたら申し出て下さい。…………大丈夫そうですね」

 

神経質サラリーマンっぽいと言ってしまったが、慎重な性格なようだ。担任としては意外とアタリかもしれない、伝達事項を忘れてましたとかも無さそうだし。

 

「このポイントは、1ポイント1円ほどの価値と認識していただいて結構です」

 

途端に沸き立つクラス。……あぁ、いきなり10万円?もらって嬉しいという話か。食費と光熱費がここから出るとしたら余裕はあるが遊びまくれるというほどか?半分は残るだろうけど。毎月10万が維持され入り続ける保証も無いでしょうに。最初の準備費用ってことでしょ?

 

「ポイントは各個人が自由に使っていただいて構いません。ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっています。現金化も出来ません。誰かに譲渡することは認められていますが、無理やり奪い取る、脅し取るという行為は認められていません。学校はいじめ問題を許容しません」

 

ふーん。いじめってどこからどこまでなんだろうか。まぁいいや。

 

「何か質問はありますか?」

 

……どうしよ、何か1つくらい聞いておこうか。

 

「はい」

 

挙手した所、他に誰も居ないようなので手で発言を促される。

 

「これは、毎月10万ポイントずつもらえるという事なんですか?」

 

「……この学校は実力で生徒を測ります。勉学による好成績、運動による好成績、そういった実績に対してボーナスとしてポイントが追加される事もあります。学生バイトとして働くことでポイント収入を得ることも可能です」

 

ん?

 

「逆に、社会規律に違反するような行為をすると、罰則としてポイントが減額される場合もありますので気をつけて下さい。……そういう訳で、ポイントが変動するということはありえます」

 

「……?」

 

えっ、説明終わり?

 

「……はい、えっと、ありがとうございます」

 

これは……、怪しいぞ。微妙に話がズレてる。菅原レッスンでやった論点ずらしそのものだ。政治家になる訳でもないのになんでこんな練習せなアカンのじゃ……と思った練習だったけれど、そのおかげで普通に分かった。怪しすぎる。

 

「他に質問はありますか?……無いようですね。それでは、良い学校生活を送って下さい」

 

ポイントが増やせる可能性と減らされる可能性について提示してくれただけで、毎月どれくらいもらえるかというのは全然違うだろうに。……いや、そういうのが影響して個々人の毎月の固定収入、いやもう月収でいいか、月収ポイントが変動するのかもしれないけど。

 

けど、だったら「1人1人が評価され、それに応じて毎月の収入が決まります」まで言って良いんじゃないのか?先生がアホだったんだろうか?

 

ただ、感覚としては坂上先生が無能で言い間違えたというよりは『言うことを禁止されていた』という方が近い、気がする。なんとなく。

 

うーーーん?……分からん。まぁいいや。よく分からんから1ヶ月は大人しくして、来月の収入がどうなるか見てみよう。いくら予想したって分からんもんは分からん。

 

世の中は金だ。気をつけておこう。

 

 

 

 

 


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