こんにちは、誰もが好きになってしまうスーパー美少女の一之瀬が率いるみんな仲良しBクラスに入れなかった哀れな少年、浅井虎徹だ。
可哀想な俺は、暴力男の隣の席で、今日も悲しく怯えながら1人で授業を受けるのだった……。
……、それにしても龍園は授業中にケータイいじりすぎだろうよ。
【浅井虎徹】:龍園、お前授業受けなくていいのかよ
【龍園 翔】:あ?
【浅井虎徹】:なんだかんだ学力が必要になることあるだろ
【龍園 翔】:やる時はやる。今は見極めてるとこだ
なんだそれ、意味分からんわ。謎の言い訳しやがって……。心配して損したよ。心配してないけど。
アホは放っておいて、授業に戻る。なんだかんだ国内最高峰の高校なのか、どの教師も優秀っぽく、分かりやすい授業ばかりだ。予習として高校1年レベルの事は既にインテリ菅原と一通りやってあるけれど、それでも復習がてら楽しめる授業ばかりで助かる。初めて聞くことも結構あるし。
ケータイばっかりいじっている龍園を横目に、今日もそこそこ勉強を楽しみながら授業時間は過ぎていった。
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放課後、龍園潰しのせいで忙しく、気付いたら部活に入りそこねていた哀れで暇な俺は職員室に来ていた。
別に悪いことをした訳じゃない、忘れ……後回しにしていた、Sシステムについての質問などを坂上先生に聞くため訪れた訳だ。
「失礼しまーす……。坂上先生はいらっしゃいますかー?」
良い子の俺でもちょっと緊張してしまう、この校内で唯一の独特の雰囲気。生徒が軽々しく入れない聖域というか、ピリッとした空気というか。
「どうしました浅井くん、質問ですか?」
「はい。授業ではなくSシステムについてなどで気になった点があり、質問しに来ました」
「ふむ……。それでは生活指導室を使いましょうか。こちらへ来て下さい」
ただでさえ怒られるために呼び出されたような気分を勝手に味わってしまっていたというのに、さらに生活指導室なんかに呼ばれたら、もうただ説教される生徒じゃないか!なんて適当なことを考えていたが、当然だが坂上先生に悪意は無さそうだ。
「それで、今日はどうしました?」
座るように促されながら、返答する。
「はい。質問がありまして。まずは……プライベートポイントの譲渡についてなんですが、」
授業中なんとなくまとめた順番に聞いていく。
「毎月、受け取る分の1割ほどを特定の人物に自動で送金する……みたいな処理は可能でしょうか?」
「はい。学生証端末にて可能ですよ、Sポイントの振り込み機能から設定可能です。特定のポイント数でも指定できます」
あら、マジかよ。ちゃんと確認しておけば自分で気付けたっぽいな、なんだか申し訳ないし恥ずかしい……。
「すみません気付けませんでした、了解です」
「ただし、受け取る側が設定を変更したり削除することは出来ず、送金する側のみが設定可能です」
「なるほど」
そりゃそうだろう、というシステムではあるけれど……、
「つまり、毎月一定ポイントを支払う契約をしたとしても、一方的に破棄出来てしまうということですか?」
「はい、そうなりますね」
用意していた2つ目の質問がちょうどいい、
「生徒と生徒の間で契約……例えば、『毎月1000ポイントを振り込む』という契約を締結したとして、それが履行されなかった場合は……どうしたらいいんでしょうか?」
「ふむ……。生徒間のトラブルには担任教師や生徒会が介入して調査や処罰を下すことになっています。なので、審議で認められたらプライベートポイントの受け渡しが強制的にされることになるでしょう。場合によっては学校側から直接処理が下されることもありえます」
「……なるほどです。どのような契約であれ、証拠であれ、審議の場で認めてもらえるような形であればいい、ということですか」
「そう判断して頂いて構いません」
基本的には生徒会と担任、トラブルが大きすぎたら担任を超えた学校側の上から指示が来たり処理がされたりする……って感じかな。
いやはや、生徒間トラブルを毎度いちいち生徒会が対応してるとしたらめちゃくちゃ大変そうだな……。俺は絶対にやりたくない。部活説明会で兼部を認めないと言ってたのも分かる。
「ただ、ポイントだけのやり取りじゃなくて、その……、契約条件として『すべての指示に従う』とか言った場合、許されますか?」
一之瀬が俺に対して『なんでも言うことを聞く契約』なんて結んだら……、男として何も我慢できなくなってしまうぞ。クズと呼ばれようが停学になろうが、なんとしてでも、何を犠牲にしてでも結んでしまいたい契約だ。
「……浅井くん、学校も日本国内である以上、法律に違反することは認められませんよ」
完全に呆れた顔で見てくる坂上先生。……確かに今のは俺が悪かったかもしれない。
「でも先生、疑似的とはいえお金として効果のあるものをやり取りする以上、そういう契約はありえるんじゃないですか?その、『1万ポイント渡すから先生を殴ってきてくれ』とか」
「その場合は実行した生徒に対して暴行の罰則を下しますし、それを指示した生徒にも罰則が下るでしょう」
まぁそりゃそうか。でも、
「じゃあ、『1万ポイントで浅井虎徹の言うことを何でも聞く』っていう契約で、契約者2人だけで完結していた場合はどうなりますか?……2人は誰にも危害を加えず、2人はお互いに納得していて、ついでに2人以外誰にも知られなかった場合は」
「……。」
苦い顔をして少し考え込む坂上先生、いや普通にありえると思うんだけどな……。
「当人同士で納得がいくのであれば、学校側も生徒会も介入できないでしょう。……ただし、被害者というものが存在して、その人が学校側に人権を無視されたなどと訴え出た場合、間違いなく停学や退学、そして日本司法の手に委ねられる事でしょう。……私は教師として、生徒にそういうことして欲しくないとも思っています」
かなり険しい顔で睨まれてしまう。うーん、まぁそこまでやるつもりなかったけれど、そこまで言わたらやらない事にしよう……。多分。その『なんでも言うこと聞く』期間で簡単に弱みを握れるだろうし、それで好きなだけ脅せば『訴え出る』なんて行動は潰せるとは思うけど……、ん、まぁやらないでおこう。
「ん、了解です。……ちなみに、ここでの会話って誰にも伝えないでくれますよね?」
もうちょい早く聞くべきだったかも。
「はい、私は誰にも話しません。完全に秘匿される空間だと考えてもらって結構です」
真面目にそう言ってくれるけど、俺はそれを信じるほど世界を信じていないのだ。
「盗聴とかは?」
「……されていないはずです。少なくとも、私の知る限りではされていません」
それはつまり、担任教師以上の存在だけが知る盗聴器がある!ということなのだ!もしくは他の教師が見つからずに設置してるかもしれない。……もちろん、何も設置してない可能性もあるけど。俺がもし担任教師だったら絶対に設置する。ついでに言えば、坂上先生が嘘をついてる可能性も大いにある。
つまり、聞いた意味はあんまり無い!形だけでも坂上先生が生徒に対してどういう姿勢なのかを見るため、だけかな。
「ふーん、ま、了解です。えーっと、まとめると……金銭的な契約に関してなら、学校側は生徒会の判断によって強制的に送金されるっていう認識でいいですか?」
「はい。……クラス担任として助言するとしたら、過去の生徒達は紙だけではなくボイスメモによる証拠というのも少なくありませんでした。参考になればと思います」
「ん、了解です。ありがとうございます」
不器用だし余計なことを殆ど言わない面白みの少ない先生だけど、自分のクラスにはちょっと優しい気がする。やっぱCクラスに伸びて欲しいのかな。
「先生はやっぱりCクラスにAになって欲しいと思うんですか?」
「それはそ……っ!」
ん?いきなりどした?突然驚いた顔になりちょっと声が大きくなったが、険しい顔をして口を閉じた。何してんだ……?心臓発作か?
そのまま10秒、20秒ほど意味の分からない沈黙が続いてるが……なにこれ。……あっ!そっか、まだクラス対抗について明記してない以上、クラスポイントの存在も知らせてはいけないし、ポイントによる順位がそのままABCDになるということも知ってたらおかしいってことか。普通に忘れてた。まだみんな知らないのが当然だったな……。
いやしかし、どうしよう。俺が優れた情報収集をして、クラスポイントについて知ってて、それを確かめるために先生にカマをかけたと思われたら……なんかすげぇ超有能だと評価されてしまうじゃないか。全く考えず聞いちゃっただけなんだよなぁ……、ヤダなぁ……。弁明しとくか。
「あー……、その、クラスポイントについては、隣の席で龍園が話してるのを盗み聞きしただけなんですよ……」
「……。」
うん、全部を龍園のせいにしてしまおう。実際に俺はまったく気付けなかったし、調べてもないし、あいつから聞いたってのも事実だし。
「俺は龍園かなり嫌いですけど、もしアイツが言ってたクラス対抗うんぬんってのがマジなら、本当に頼りになるんだろうな~、なんて思いますよ。リーダーとしての素質、行動力、実行力はマジっぽいですし。クズヤンキーですけど」
「……。」
「あと、もう入学して3週間くらいですし、そろそろシステムに関する情報を公開するんでしょう?俺も絶対に誰にも言わないよう気をつけます。今回はなんか、カマをかけたみたいになっちゃってすみません。そういうつもりはマジで全然無かったんで……」
かなり弁明しているけど、なにも返してくれない坂上先生。嫌われた?……いや、余計な情報を与えないようにしてるみたいだ。
「なんだったら、契約書で『他生徒にクラスポイントについて伝えたら退学』とか書類を作ってもらってもいいですけど……」
ついでに口止め料で10万ppくらい欲しいですけども……。
「……。」
あれ?けどそういう契約に意味あんの?
「てか、『5万円返済しなかったら自分は退学します』みたいな契約結んだら、それは効果あるんですか?」
「……生徒間で退学を担保にすることは、恐らく認められないでしょう」
そりゃそうか。あまりに勝手過ぎるし、学校がそこそこ苦労して調べて、選んで、集めたであろう生徒を、生徒側が勝手な契約で勝手に好き放題に退学していったら、たまったもんじゃないだろう。コストパフォーマンスが地獄過ぎる。
「了解っす。あー、まぁ、その、クラスポイントについてはとにかく誰にも言わないんで!」
「……。」
ここまで言っても、反応してしまえばクラスポイントの存在を認めてしまうことになるから?黙り続ける坂上先生。うーん……、律儀だ。バレバレ、というかもう知っちゃってる言うてんのに、最大限可能な適切な対応をしてるってことか?
けど、だったら「クラスポイントなんてありません」とか言っても良い気がするけど……、俺への、いや自クラスの生徒への誠意だったりするんだろか。無駄な嘘は付きたくない?うーん、分かんないや。
「坂上先生、もし教師をクビになったらウチに来ませんか?」
ここまで口が固い人で、律儀さがあって信頼出来る人ならヤクザ業でも任せられる仕事がかなりありそう。
「いえ、お断りさせて頂きます」
即答かよ!?せめて少しは悩めよこのメガネ!……まぁ当然だが俺の実家についても知ってんのね。そりゃそうか。
こうして、先生のことを好きになったような嫌いになったような、微妙な気持ちを抱きつつ質問会は終わった。