「さーって、何からやったもんかねぇ……」
夏休みも残り2日だけ。宿題は全部終わってるはずなのに、とんでもない量の仕事が残ってる気分の俺は浅井虎徹です。
目的は『悪を体験させる』だけど、その方法が非常に難しい。せっかくやるなら、なるべく多くの体験をして、可能な限り多くの視点を持ってもらいたい。
南雲を今すぐ拉致って拷問したい気持ちはあるけど、それだと捕まってムショ入るだけだからなぁ……。
捕まるだけなら、場合によっちゃ別に良いんだけど、やった所で俺が『正義のヒーロー』みたいになっちゃうかもしれないのが良くない。もしそうなった場合、ほとんどの生徒は実情を知らず、平和ボケした間抜けのままで、何も知らないまま勝手に全部が終わってた、という事になる。そりゃないぜって話だし、どうせやるなら『教育』になるようにしなけりゃ意味が無い。
他にも失敗するパターンとしては、共犯者が居るのに気付けず見逃す事になっちゃったり、学校側に揉み消されて終わるだけ、とかありえそうかな。絶対に嫌な結末だな。
あと、下手にやりすぎたら暴対法とかで実家にまで迷惑がかかる可能性あるし、その辺はしっかり調べないとマズい……。そこは本当に慎重にならなきゃダメな部分だ。法律とか判例を調べておかないと。
そういう訳で南雲は、残念ながら少し後回しになるね……。ちゃんと情報を集めて、どこまでやるかを決めなきゃ。
ともかく、それ以外も入れて、やれそうな事を整理してみると、大きく3つくらいのパターン?段階?に分けられそう。
【Step1】ルールを守った上での行動
【Step2】ルールを違反して隠蔽する行動
【Step3】ルールを完全無視する行動
ルールを『厳守』『違反&隠蔽』『無視』の3通り。『守破離』とは似てそうで多分違う。
今までやってきたことを振り返ってみると、無人島試験でも、干支試験でも、すべてがStep1『ルール厳守』って言えそうだ。うん、やっぱ俺は優等生でしたね~。偉い偉い。
あえて言うなら、無人島でDクラスが条件飲まなかった時に『キャンプ場ぶっ潰すぞコラ!』みたいにキレちゃったけど、あれをもし実行してたらStep3の『ルール無視』だな。ペナルティを把握して、覚悟して、ルール違反しちゃうという。何度考えても罰則が甘すぎだったし、普通に起こりうる話だよなぁ……。
もしかしたら、龍園はマジメに学校生活を送った上で、かなり上手く、ちょうどいい悪意を体験させてたのかもしれない。なんか、めっちゃ良い経験を積ませてたかも?『警戒心を持たせる』という視点で見ると、素晴らしい働きをしてくれてたとも言えそう。程よい、優しい、ちょうどいいムチ。
話を戻すと、龍園は情報収集に関しては人に言えないことやってるみたいだし、そっちは『ルール違反&隠蔽』になりそうだね。
……そして、クソカス南雲の行動も『ルール違反&隠蔽』になる。
とにかく『隠蔽』出来てるかって事だけれど、その種類も2つあると思う。
隠蔽のパターンAは、『誰にもバレない』というもの、本人しか知らない事。『学校側にすらバレてない』というもの。いやまぁ、学校側も気付いてて黙認してたりするかもしれんけど。この学校の監視カメラの数とかを考えると、かなり難易度が高い、
隠蔽のパターンBは、『問題にさせない』というもの。『学校側に言わせない』というか、脅迫するなりして、口封じをしてる状態。知ってる人間は複数居るけれど、問題にしなければ無いことと同じ、みたいなね。
理想は『誰にもバレない』だけど、『問題にさせない』でも同じと言えば同じ。南雲の状況がそれに該当するけど……ムカつくね~ホント。かなりリスク高いし、完全に封じ込めるなんて相当難しいはずだけど、それやれちゃってんだから、チンピラとしては優秀なんだろね……。証拠を掴むの、すげぇ苦労しそう。もうマジでクソ面倒すぎるから、考えるの後にしとこう。
そして最後のStep3、『ルール無視』というのは、もうその名の通り。校則、法律、完全無視した行動。明らかに、学校側の想定が甘すぎる部分。
『誰もが退学したくないはず』
『誰もが法律を守るはず』
そりゃ基本的にはそうだし、99%考える必要ないんだけど、でもやっぱ1%くらいは『無視するやつも居る』って考えなきゃダメに決まってる。個人的には15%くらいは居るだろと思うけどさ。
危険性を全く想定に入れてない、ありえないほどヌルい警戒心。それで一体何がエリートなんだよ。
みんなの『常識』が、どれほど脳内花畑の夢物語だったかと伝えるためには、いずれ俺が『ルール無視』で動くしかないのかもしれない。……だから、卒業まで3年間ずっと居るのは無理かもしれんね。
ともかく、しばらくはSTEP1&STEP2の『なるべく平和にバレずに』モードでいこう。今まではAクラスになるつもりが無く、他クラスに攻撃しかける意味も無いからやってなかった、平和的な情報工作をいくつかやってみよう。ちょうどいい攻撃で、ちょうどいい訓練になりそうなやつ。
……ちょっとだけ、やるの楽しみかもしれない。
本来どこでも試せない経験、色々やって、俺の経験にもしちゃおう。
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俺が『悪』を体験させようとするのは決定事項だけど、可能なら俺じゃなくて、龍園がやってる事にしたいんだよな。罪をなすりつけちゃうという。
これは別に『嫌われたくないよ~!』とか『俺がやったんじゃありません!』とかいう話じゃなく、『信頼出来そうな人も信頼出来ない』ってのを伝えたいからだ。
悪い事をする人って、基本的にそういう雰囲気やっぱある。バカそうだったり、イキがってたり、変に眼が暗かったりおかしかったり、割と直観で『ヤバい』と思う人の割合は多い。
けれど、当然だけど、見た目が普通だったり、優しそうな人が、ドクズの悪人だったりすることも少なくない。詐欺師ほど見た目や言動、礼儀を気にする、みたいにね。本当に警戒すべきは、もしかしたらこっちの方かもしれない。
俺なんか『意識して人に好かれようと努力しまくるのは、基本的に詐欺師、もしくは何かを売りつけようとする営業職だと思っていいです』って入学前に教えられてるからね。それは言い過ぎな気もするけど……。
そういう訳で、『まさかアイツのせいだったの!?』と思われる存在に俺がなっておきたい。いずれ何をするにしても、ある程度は評判の良い人間になっておきたい。
だから、龍園に出来たらすべての罪を被せておきたいんだよね。龍園も別にイメージ最悪なクソ嫌われてる不良だと思われてるから気にしないだろうし、多分平気でしょ。
いや、でも……俺が良い人だと思われるの、下手したら無理があるか?そこまで悪い部分見せてないつもりだけど、ちょっとは出ちゃってるし……。いやそんな、いや、うーん……。
特に目的もなく学校生活を送ってたから、特に気にせず堀北にブチ切れちゃってるもんね。図書室と無人島で2回も、他に人が居る所でキレちゃってる。ちくしょう。あの女がクソほどムカつく人間だったのが悪い。
あと他に警戒度を上げちゃってそうな事と言えば、つい最近、坂柳に色々と言っちゃった事かな……。『俺と2人だけなんて、危ないぜ?』とか言っちゃうの、マジで頭おかしいよ。何様のつもりだバカタレが~。
ま、まぁ、うん……、『そんなに悪いヤツじゃない』くらいを目指そう。過ぎたことは仕方ない。そうでも思わないと、ね……。
とりあえず、今度は俺が龍園呼び出して相談しよう。この前の逆だな。
ついついアイツとは悪口の言い合いになっちゃうけど、龍園が拒否って敵対されるようなことになったら、ありとあらゆることが超面倒になってくるから、協力関係はしっかり維持出来るように頑張ろう。ちょっとご機嫌取りするくらいで良いかも。
ゆくゆく、龍園だけじゃなくクラス全員を巻き込んで色々やったりするかもしれないし、しっかり仲良くして、協力関係を築こう。
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昼間は暑さがまだ残るので、前と同じ時間と場所、夜20時頃、グラウンド近くで待っていると、
「……何の用だ、浅井」
龍園が来たけれど、またトゲトゲしい感じで会話してきやがって。ちょっとは『会えて嬉しいよ!』みたいな態度を笑顔とかで見せたりしろロン毛この野郎。
「今日は割と大事な話があってね」
「言ってみろ」
も~、相変わらず偉そうすぎる不良のアホめ。いや、今回は悪口言わずちゃんとしなきゃいけないんだった。けど、
「龍園、もう少し俺に優しくしてくんない?俺そこそこ役に立ってるでしょ。それなりの対応して欲しいよ。毎回毎回、イチイチ必ず警戒心丸出しの喧嘩腰っぽい態度されると、やっぱどうしても微妙にムカついちゃうよ」
「……うるせぇな。テメェに殺されかけてんだ、警戒するに決まってんだろが」
あっ……、そういえばそんなことしてたね……。忘れてたよ。俺の自業自得じゃねーか。
「それは、その……ごめんね。悪かった。やり過ぎだったよ」
思い返してみても、あの襲撃に関しては謝った覚えが無いな。そりゃ確かにキレ気味でもしゃーないな。
「フン。で?話ってのは何だ」
あれ?意外と気にしないでくれてんのかね?
「夏休み明けから、龍園に協力したいと思ってね。全面的に」
「……どういう風の吹き回しだ」
警戒7、困惑3、喜び0って感じの顔だな。ちょっとは喜んでくれても良くない?
「坂上先生と生徒会長と話してね、この学校が『未来を支える人材を育成する』って本気で思ってるらしく、うん。今のままじゃダメすぎるから、俺も積極的に介入して、色んな苦難を体験させたろって思った。ある意味で俺が『教育』してやる、ってね」
「は?」
「あとついでに南雲を制裁するのもやるかな。準備してからだけど」
「……意味が分かんねぇよ」
そりゃまぁそうか。
「ん~、分かりやすく言うと、他クラスへの嫌がらせ、妨害活動を俺も積極的にやっていくって話かな。CPを増やせるわけでもないし、もしかしたら少し俺達のCPが減っちゃうかもしれないけど、やれることやっていくつもり。ある意味では『本気で勝ちに行く』とも言えるかもしれないけどね」
「……まぁいい。で、何をするつもりだ。気に入らねぇヤツを闇討ちして潰すってか?」
なんだそれ、辻斬り?
「そんな直接的なことやっても、確かに『守られてると安心するなよ!』っていう警戒心は持たせられるだろうけど、もうちょいスマートに色々やってみたい事あるからね。しばらくは校則違反か微妙な範囲、バレても普通に怒られて罰則を受ける、位の感じで」
「しばらく?……その後は何だってんだ」
「色々やって、並行して色々調べて、成果が足りないと思ったら……まぁ、その時また考えるよ」
「フン。……お前が勝手に1人で動かなかったのは褒めてやる。だが、なぜ俺に話した」
「そりゃもう、現状で1番情報集めてるのって学年でも龍園だろうからね。色々聞きたい、意見を聞きたい時もあるだろうし。んで何より、クラス内で内紛を起こしたい訳じゃないからね、基本的に龍園の許可もらって動くつもりだよ。龍園リーダー!」
「そうかよ」
「代わりに、龍園にも、ってか俺たちのクラスの人員を借りたい時にはお願いしたい」
「……何をやるか次第だな」
そりゃまぁそうだ。メリット無いのにリスクを取るのはリーダーとしてなるべく避けるべきだもんね。でもちょっと前向きっぽいのはありがたいな。
「やること、ジャンル的には『工作活動』かな……。だいたい龍園クラスのメリットになる、はず。もしかしたら多少CP減る事もあるかもしれないけど、まずは他クラスへの妨害活動を考えてるよ」
「聞かせてみろ。話によっては、人員を使うってのも構わねぇ」
なんか企画のプレゼンみたいな気分だな。まぁ良いか、1人でやるより幾分ラクだろうし、龍園の悪行として認識された方が良いから一石二鳥だ。
「それじゃ、まずは嘘情報を広める場を作りたいんだよね。やっぱパソコンに強いヤツが居た方が良さそうだし、知ってたら紹介して欲しいんだけど──」
龍園に今あるアイデアを説明して、メリットとリスクを洗い出し、意見を交換していると、気付けば肌寒くなってきた。夜とはいえこんなに涼しくなるなんて、もう夏も終わりか……。
そんな、秋の訪れを感じさせるように、虫が遠くで鳴き始めていた。