ようこそ邪悪な教室へ   作:マトナカ

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体育祭の顔合わせ

「陸上経験がある奴らは俺の所に集まれ」

 

坂上先生から体育祭の説明を受けた後、当然のように指示を出し始めた龍園の横の席に座っている俺は浅井虎徹です。何を話してんのか盗み聞いちゃおう。

 

………あ、なるほどね。それぞれの競技で必要な身体能力は何か、どんな測定をした方が良さそうかみたいな事を話し合ってるみたいだ。餅は餅屋に、体育祭については運動部に、専門家に聞いてるってことか。偉いね。

 

もしかしたら俺が龍園に好き放題にアドバイスしたのも少しは影響してるかも。『恐怖政治も良いけど、賞と罰をしっかりしてシステム的に良くした方が組織として良いよ』とか言った覚えはある。参考にしてくれた?

 

色々と龍園に言い始めた理由は、どう考えてもクラスとして100%すべての特別試験に勝つのは無理だからってのがある。そして夏休み中の感じだと、勝っても『龍園のおかげ』だし、負けても『龍園のせい』になっちゃう。別にそれはそれで良いけど、勝率を上げるなら、やっぱり意見がちゃんと出る組織にした方が良いはず。上に恐怖して何も言えない組織だったら、それもう1人の限界がそのまま全体の限界になっちゃうもんね。

 

『悪を体験させる』という意味では別に『龍園クラス』が良くなる必要性は正直そこまで無い。ぶっちゃけ俺達が何クラスでも良いし、他クラスに何かをするだけで良い。けど、せっかくなら分かりやすく勝敗がついた方が説得力が出て良さそうかな?と。

 

それにしても話し合いは……なんか、トレーニング内容も話し合ってる?マジで?

 

あと1,2ヶ月じゃ別に足が早くなったりしないでしょ、とか思ったけど、あ~、なるほど。ハードル競争、障害物競走、二人三脚、あとリレーのバトン受け渡しとかは、短期間の練習でも効果が出やすいとかなんとか。あと騎馬戦も?とのこと。言われてみればそんな気もする。

 

身体能力じゃなく、そういう競技への『経験値』を積むってことか。やること無い気がしてたけど、体育の時間もちょっと楽しみになってきたかも。

 

 

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体育祭、一番考えるべきなのは『参加表』かな。これがめちゃくちゃ大事になりそう。

 

まず、自分達全員がそれぞれどれくらい早く走れるのか、スタミナあるのかを把握して、なるべく上位を多く取れるように配分していく必要がある。

 

そして何より、自分達の『参加表』は絶対に漏らしちゃダメだし、他クラスの『参加表』を少しでも把握出来たら有利に立てる。

 

・他が優秀な生徒を出す時

→出場選手の詳細データで決める

→ギリギリ勝てる優秀な生徒を出す

→または運動苦手な生徒を出してそのレースを捨てる

 

・他が普通の生徒を出す時

→優秀な生徒を出して勝つ

 

・他が運動苦手な生徒を出す時

→普通の生徒を出して勝つ

 

もしも敵陣の情報もすべて集められたら、絶対に総合点では勝てるという事になるはずだ。クラス間で学力差は微妙にあるっぽいけれど、龍園いわく身体能力に関しては4クラスそれぞれ割と等しく配分されてるっぽいらしいし。

 

これもう、スパイ試験なんじゃないの?と思うような試験だな。『情報を盗み出せ!』っていう。

 

あ、そういえば特別試験なのかどうかは明言されてないんだよね。坂上先生は『特別試験と捉えて頂いて構いません』とか言ってたし、誰がどう見ても特別試験だと思うけど、しっかりと明言はしてないし明記もされてない。考えられる理由としては、1年間にやっていい特別試験の回数が決まってるのか、試験1回あたりの必要経費の平均額を下げたくないのか、逆に管理費が出てないから学校側は強く関与できませんって言ってるのか。こんな感じの変な理由があるのかもしれない。無いかもしれない。

 

無人島を貸し切ったり、意味もなく豪華客船で話し合いさせたり、それと比べたら『1日生徒に運動させる』なんてクソほど安い話だな。学校運営側はウキウキなのかも。

 

報酬だって、それぞれにppちょっとずつ配るだけだし、CPは全体で必ずマイナスになるようにしてるし。全体の組対抗では赤白プラマイ100ずつ、学年ごとに1位CP50プラス、2位CP0、3位CP50マイナス、4位CP100マイナス。は~、クソ。ほぼ減るだけ。

 

いや、まぁね、夏の試験2連続でドバドバ増やせたのがラッキーであって、そんな調子で3年間ずっと続く訳が無いとは思ってたよ……。けど、それはそれ、これはこれ。やる気がしないよ俺は。よくもまぁ、みんな真剣になれるね。偉いよ。

 

一応……赤白の対抗も勝てば、最高でCP50プラス、最悪でCP200マイナスになるのか。差は大きいけどさぁ。

 

てか他学年も関わるんでしょ?アホくさ……。2年3年はAクラスが結構差を付けてるとか聞くじゃんか。なんだよそれ、BC混合に勝ち目あるか?

 

もしかして、Dクラスをちょっと助けてやろう的なADとBC組分けなんじゃねーの?

 

……やめよう。どうせ俺が何を考えたって龍園が決めるんだし、頑張ろうとしてるみんなの気持ちを削ぐような事はしたくないから黙っておこう。

 

そんなことより、俺が考えるべきなのは、どうやって『悪』を体験させるかだ。

 

俺は別に運動苦手じゃないけど、優秀って程でもないし。バカだけど元気なタイプがそこそこ多いこのクラスなら他の奴らが頑張ってくれるだろうから俺1人が本気で貢献しなくても多分大丈夫だ。

 

個人的な目標としては、この体育祭期間中に、坂柳クラス&一之瀬クラス&堀北クラス?にそれぞれ1個ずつ情報工作やってみるか。

 

気をつけるべきは、今まで通りの俺で居ることかな。ついつい学校側への怒りとか、南雲への殺意とかを出しちゃわないように。今まで通りの優しい社交性のある良い優等生のままだと見られるように、なるべく笑顔でいよう。変わらない俺を見せよう。

 

 

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午後の2時間目、体育館に集められての顔合わせすることになった。1年だけじゃなく、2年3年も合わせた全校生徒が居る。こうやって集まると、意外とすげー居るね。

 

担任の指示を受けて赤と白で分かれてるけど……ここでADが居る赤組の方に行かない選択肢は無いな。1人くらい怒られても、そこまで減点食らわんでしょ。バレても龍園のせいにしよう。

 

だいたい学年ごとに集まってるけど、そこまで整然としてる訳じゃないし、1年生だけどちょっと上級生に紛れ込んじゃいました……的な所に滑り込み、1年にバレないように隠れて座った。

 

全員が座り終えると、見覚えのない男子生徒が前に立って話し始めた。

 

「俺は3年Aクラスの藤巻だ。今回赤組の総指揮を()ることになった」

 

あれ?生徒会長じゃないのか。

 

「一年生には先にひとつだけアドバイスをしておく。一部の連中は余計なことだというかも知れないが、体育祭は非常に重要なものだということを肝に銘じておけ。体育祭での経験は必ず別の機会でも活かされる。これからの試験の中には一見遊びのようなものも多数あるだろう。だがそのどれもが学校での生き残りを懸けた重要な戦いになる」

 

は~?キモい演説しやがって。なにが『生き残りを懸けた!』じゃボケ。自意識過剰バカめ。やる気出させるためだけの嘘だろこんなの、大真面目な顔した詐欺師め。

 

「今はまだ実感も無ければやる気も無いかもしれない。だがやる以上は勝ちに行く、その気持を強くもて。それだけは全員が共通の認識として持っておけ」

 

うわくっさ。

 

「……全学年が関わっての種目は最後の1200メートルリレーのみ。それ以外はすべて学年別種目ばかりだ。今から各学年で集まり方針について好きに話し合ってくれ」

 

その言葉を聞いて、学年ごとに集まり始めた。そろそろ白組の方に戻ろうかなと思っていると、おっと、生徒会長の堀北とクソほど偉そうな金髪が近付いてった。他の生徒も、大半がその様子を見てる。

 

「堀北会長、残念ながら今回は共闘ですね」

 

「……そうだな」

 

「ま、普通にやって普通に勝ちましょう。よろしくお願いしますよ」

 

「あぁ」

 

「じゃ、……2年はこっちに集まれ!」

 

軽く言葉を交わして、当然のように指示を出し始めた南雲。うーん、傲慢の絵に描いたような奴だな。

 

……とか思ってないで、早く戻るか。バレたくないし。

 

そう思い、自分のクラスに戻ろうとしたら、あれ?なぜか体育館の出口の方に集まってた。どういうこと?

 

「話し合いをするつもりはないってことかな?」

 

一之瀬がちょっと怒った様子で、大きめの声で龍園を糾弾していた。いいぞ、ついでに殴ったれ。

 

「こっちは善意で去ろうとしてんだ。俺が協力を申し出た所でお前らは信じるとは思えない。結局端から腹の探り合いになるだけだろ?だったら時間の無駄だ」

 

そうかもしれないけど、同組なんだから仲良くすればええのに。2クラス協力して身体能力ある生徒を被らないように配置するだけでも結構勝率上がるはずでしょ。

 

「なるほどー。私たちのことを考えて手間を省こうとしてくれてるんだねー。なるほどー」

 

嫌味っぽい?ふてくされてるような一之瀬も可愛いな。

 

「そういうことだ。感謝するんだな」

 

そう言った龍園は笑い、クラスの全員を引き連れて歩き出した。……俺どうすりゃええの。

 

「ねえ龍園くん。協力なしで今回の試験に勝てる自信があるの?」

 

「クク。さぁな」

 

あっ、出てっちゃった……。ボッチになってしまった。

 

しかり龍園も相変わらず偉そうだねぇ。威圧して、相手を萎縮させる効果を狙ってんのかもしれないけど、いやぁどうなのかね……。いくら相手が高校生のガキンチョ言うても、慣れちゃう気がするんだけど。

 

あとついでに言うと、しっかり仲良くしたフリすれば『仲間になった時だけは信用できる』っていう価値観の植え付けて今後の役に立てたり出来るかもしれないでしょうか。反射的に偉そうな態度を取っちゃってんじゃないの?

 

それはそうと、俺どうしよう。なんとなくAとDの中間あたりに居て、何食わぬ顔してるけど、そのうちバレそう。

 

「今回おまえたちDクラスが味方だからこそ忠告しておく。龍園を(あなど)るな。ヤツは笑いながら近付いてきて、突然襲い掛かってくる。油断していると手痛いことになるぞ」

 

話し合いを仕切ってたっぽい葛城が、誰か女生徒の方を向いてアドバイスしてた。髪の長い、あっ、堀北に言ってんのか。それにしても龍園めちゃくちゃ警戒されてんな。

 

「忠告はありがたいけれど、その口ぶりは経験に基づくものかしら?」

 

「……お前にも心当たりはあるはずだ。浅井虎徹によって場を動かされ、それに隠れるように事態を進めている龍園の脅威を。忠告はしたぞ」

 

えっ!?俺の名前出すんかい!まぁ結果としてそれっぽい形になったかもしれないけどさぁ。

 

「その、話題になってる……Bクラスの浅井虎徹くん。盗み聞きは感心しませんよ?」

 

あっ、バレちゃった~~~。スパイ、終わり!しっかり人影に隠れてたんだけど、 1人だけパイプ椅子に座ってた坂柳に指摘されちゃった。それにしても1人だけ優雅にお嬢様みたいな雰囲気あるね。

 

「おっす坂柳。今日も可愛いね」

 

「な、浅井、いつの間に……」

 

「おハゲ。龍園に命令されて居ただけだよ、バレたから帰る帰る」

 

「な、なんだよお前!赤組じゃないなら消えろよ!」

 

は?帰る言うてるやろがい!誰だこいつ、バカみたいだしどうせDクラスでしょ。

 

「はいはい。お邪魔しました~」

 

それにしても、なんかアホみたいに目立っちゃったな……。みんなに見られちゃってる。

 

まぁいいや。『ちょっとは周りも気にして情報漏れてないか気をつけろ』みたいな教訓にはなるでしょ。……どうでもいい情報だったけど。

 

 

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もう帰ろうかと思ったけど、せっかくだしBクラス……じゃない!あぁもうめんどくさいな!分かりにくい!一之瀬クラスであり、現在のCクラス、に声かけておこう。

 

「こんちゃっす~」

 

「なんだ?お前、赤組じゃないのか……?」

 

そりゃまぁ、AとDの方から来たらそう見えるか。

 

「いや、龍園のクラスだよ。ボケーッとしてたら置いてかれちゃった。同じ白組としてよろしくね」

 

考えてみたら、一之瀬と神崎しか知らんなこのクラス。……とか思ってたら神崎が見つけてくれた。

 

「どうした浅井、龍園達ならもう戻ったぞ」

 

「よっす神崎、……あれ?一之瀬は?」

 

「2年3年に挨拶しに行った。恐らく……龍園の分もな」

 

「あ~、ありがとね。迷惑かけた、のかも?」

 

「……それにしても、龍園は体育祭で勝つ気が無いのか?」

 

いや俺に聞かれても知らんけど……。なんか納得出来そうな言い訳、うーん。

 

「もしかしたら……参加表を共有したら、そのデータが漏れるかもしれない、とか思ったのかも?」

 

「それは……協力することがリスクだということか」

 

「まぁ、そういうことじゃないかな。……人と仲良くできないだけ、って可能性もそこそこありそうだけど。龍園だし。ヤンキーだし」

 

仲良し平和なクラスと接触させたら自分たちのクラスに不満が出るから、って理由は、まぁ無いか。

 

「……。」

 

「あ、けど、参加表で誰がどこに出るかまでいかなくても、例えば『全競技で5レース目は捨てる』とかいう、断片的な情報だったら共有出来たりするんじゃないかな。もしそれが赤組に漏れちゃってもそこまで痛くないし、もし嘘だったとしても痛みが少ない、みたいな」

 

「確かに、そういう形ならお互い歩み寄れるかもしれない」

 

「でも、まぁ、言っておいてなんだけど……龍園だったらその少しの情報ですら100%嘘つきそうだし、神崎達にとっちゃ情報のやり取りゼロの方が良いかもしれないかも……」

 

「……相変わらず、迷惑なヤツだな」

 

「んははは!確かに!」

 

「ふむ……」

 

なんか考えてるみたいだし、俺もう流石に教室帰るか。

 

「それじゃ、そろそろ戻るよ。一之瀬にもよろしくね」

 

「あぁ。じゃあな浅井」

 

「うぃっすー」

 

さて、少しは『社交的な人間』として見てもらえたかな。

 

次は、放課後の時間も使って、流す情報と文面あたり考えるか。んでアカウント複数管理について聞いて、ついでにDクラスの内情も聞いちゃって、龍園の部下から信頼できるヤツ2人か3人くらい借りて……。そこそこ仕事多いな。

 

いやマジで龍園がクラスリーダーしっかりやってくれてて良かったよ。それぞれの担当、分業してる感。別に俺がリーダーやりそうになったことなんて無いし、俺がやってることも正直いらない作業ではあるけど。

 

どんな『嘘』を流すかはなんとなく決まってるんだよね。体育祭の妨害に見えて、真相が見えにくいやつ。それでいて効果あるもの。

 

『木を隠すには森の中』みたいな感じで、嘘を付くコツは『誠実さ95%、嘘5%』だ。まったく分からないレベルで真実を多分に含んだ方が良い。

 

そういう意味では、龍園に対して嫌悪感があるように演技するのは、真実97%くらい使えて超楽ちんだね。自分でも信頼してる協力関係ってつい忘れそうになるくらいだし。

 

それじゃ、『真実まみれの嘘』を流すとしますか。


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