女になった日、女にされた日   作:餡穀

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8:20 PM ※イラストあります

 「その、お……、私は……」

 

 俺、という言葉は飲み込んだ。当然、晴樹を欺く演技のためなんかじゃない。もう男同士だとか、友情だとか、モラルだとか、そういう本能を押さえ込むための理由を放棄するためだった。

 

 だって、もう身体が我慢できないって訴えかけて来るから。あのピリッとした感覚が、晴樹が(わたし)の中の、知らない何かに着火したんだ。暑い、熱い……。身体の奥底が、お腹の下辺りが切なくて……っ

 

 自分の中から生まれたばかりで、ふらふらと頼りなく揺れている感情。覚束ない足取りで分岐先までは自分で選んだけど、一歩踏み出したその先は暗闇でどうしたら良いのか分からない。だから、心許ない(わたし)は縋るように晴樹を見つめることしか出来なかった。

 

 「……天、良いんだな?」

 

 普段から聞き慣れた声の筈なのに、別物のように感じられる。その言葉に込められた意味を知らないけど(待ち望んでいたから)、頷いてしまった。

 

 「あっ……」

 

 自分の手を握ってくれていた大きな手が離れてしまったせいで小さな声が漏れてしまう。しかし、そんな名残惜しさはすぐになくなる。今度はその大きな身体で、自分とは違う太い腕で、(わたし)の細く折れそうな身体をそっと包んでくれた。

 

 (温かい……)

 

 感じる体温が安心感を生んでいた。この腕はたとえ自分が力を込めたとして、ビクリともしないだろう。それぐらいの力の差が生まれてしまったが、今はそれが頼りになると想ってしまう。

 

 でも、伝わってくる心臓の鼓動が、相手も緊張しているということを教えてくれた。自分だけが一方的に緊張しているのではないという事実は、2人が対等であるように感じさせてくれた。その気持ちを伝えたくて、求めるように晴樹の首へ腕を回す。そして、確かめ合うようにしばらくの間、二人で抱きしめ合っていた。

 

 「んっ……」

 

 また訪れる名残惜しさは、くっついていた身体が離れたから。でも、その顔を見ればまだ終わらないことが分かる。それが嬉しくて、恥ずかしくて。(わたし)はその眼を見つめ返すことで想いを返した。

 

 ゆっくりと近づいてくる顔。当然、受け入れるように目を瞑る。いつ来るか、待つ時間はまるで永遠のように長く感じる。今まで感じたこともない緊張に胸が張り裂けそうで、そしてーーーー

 

 コンコン

 

 2人だけの世界は突如として終わりを迎える。

 

 「姉ちゃん、居る……?」

 

 部屋のドアをノックする音に続いたのは弟の声。やや疲れ気味の声は疑問だが、それよりも何故突然、しかもこのタイミングで? 様々な疑問が浮かび、それまでの浮かれたような気持ちはスッと引いてしまった。

 

 そして、そんな世界の幕引きによって夢から覚めた俺は現実へと引き戻される。閉じていた目を開けてしまう。息がかかる程近づいた晴樹の顔。冷静になって見るには、その光景はあまりにも刺激的で

 

 「うわああああああああああああ!!!!!!!」

 

 大声を上げて晴樹を突き飛ばしてしまった。ガタン、と物にぶつかる音が聞こえたがそれよりも心配なのは、この光景を見られること。身体を翻して急いでドアへと近づく。

 

 (何やってんだ俺!?!? 今流れでキスまでやろうとしてたよな!?!? ウッソだろお前???)

 

 先程の光景を思い出す。繕わない感情のまま発した「私」という一人称。愛し合う男女のようにした、晴樹との情熱的な抱擁。そして、未遂に終わったがキス。考えるだけで顔から火が出るほどの羞恥を感じてしまう。

 

 しかし、今はそんなことより大地のことだ。この場を見られるのは色々と面倒くさいしマズい。

 

 「どっ、どうしたの大地っ!?)

 

 咄嗟に返事をしたが、動揺のあまり声が裏返ってしまう。怪しさを生んでしまったがしかし、先程の絶叫&物音を考えれば今さらのこと。この後、何ともないように振る舞ってリカバリーすれば何とかなるか。いや、ならんだろうな……

 

 というか海実はどうしたんだ。俺と晴樹が2人で飯食ってる間に簡単な部屋の掃除をしたところまでは打ち合わせの通り。その後、元々話してた薬局に行った筈。時間的にも帰ってきてもおかしくないのだが、流石にセコムまではしてくれなかったのか……?

 

 「いや、リビングで姉ちゃんがさ、なんかスゲー落ち込んでるんだよ。理由聞いても『杉山くん……違うから……』ってなんかずっと杉山先輩の名前繰り返しながら呟いてて俺の質問に答えてるんだか、独り言なのか分からんくてこれが怖いんだわ……」

 

 俺が知りたかった海実の状況を大地は聞く前に答えてくれた。というか大地が来たのもそれが大元の理由のようだ。杉山というのは俺の2年下で中学の後輩、つまり海実の同級生の男子だ。確か部活も俺と同じ陸上部だったけど、1年生の頃は成長前というのを差し引いても周りと比較してちびっ子だった。そのせいか実力も低くて俺とはあまり関わり合いが生まれなかったな。

 

 ストレッチとかで男子が1人余る時は大体杉山が女子と組んでた思い出がある。今ではスラっと成長して、身長160前半と同級生の中でも大きい方に部類される海実。しかし、中1の時は130の半ばと、女子にしては目覚ましい成長をするまでは結構ちびっ子だった。

 

 そのちびっ子同士の誼か海実は溢れた杉山の相手をするのが多かったというのが俺の当時の記憶だ。海実も今では辛辣な言葉を使うが、あの頃は小さなビジュアルも相まって癒し系というかぽわぽわしたマスコットみたいなキャラだったし男子の相手も気にならなかったんだろう。

 

 そして杉山の方も耳にしただけで実際に目にはしてないが成長期で劇的に身長と体格が変わり記録も伸びたらしい。2年の夏の大会で補欠だったのが、3年生ではうちのエースで大活躍だったとか。

 

 そんな杉山と海実は高校も同じだったりする。陸上の強い高校が割と通学可能な距離にあったため、杉山はそこに進学したらしい。海実は別に中学で並の選手だったにも関わらず、同じ高校へ進学している。

 

 そして高校では陸上部には所属していない。部活を目的とするなら近いが、目的もなしに通うには少し遠く感じる距離だ。部活で学校を選ばないなら俺と同じ高校でも構わないだろうに違うところだったのは、俺と一緒になりたくなかった反抗心か、それとも……

 

 あれ、改めて情報を整理するとめっちゃアオハルの気配を感じる。もしかして、もしかしたりする……? 片想いだったり……!? なんか海実のことを凄く可愛がりたくなってきたぞ。

 

 ……待て、話を戻そう。海実は家を出る前はいつも通りだったし、薬局に行くまでで何かあったのか。それとも薬局で何かあったのか、杉山は近所に住んでるしばったり会う確率も高いし何かあっただろうことは推測出来る。

 

 一体何があったのかまでは想像できないが、何か勘違いされるようなことが起こったのだろう。海実の呟く『違うから』にはそういう意味が込められていそうだが……

 

 「それは大変そうだね」

 「いや、他人事みたいだけど姉ちゃんが何故か姉ちゃんの部屋使ってるから姉ちゃんがリビングで落ち込んでるんだよ」

 

 ちょっ、おまっ、いきなりぶっ込んできたな。後ろで大人しくしているが今のは晴樹にも聞こえただろう。言い方がややこしいとはいえ、意味が通じたと思った方が良い。今ので部屋を借りてることがバレたわ……

 

 「うん? 2人とも姉ちゃんだとややこしいな。あれ、昨日までややこしいとかあったっけ……? これから、天姉ちゃんのことは姉さんって呼ぶけど」

 「分かったよ! 用件も呼び方も分かったから。善処するから一旦下へ戻ろ? ね?」

 

 この弟、短時間でとんでもねえ絨毯爆撃してきやがる。俺が精一杯整地したところが無差別でドカドカ破壊されてゆく。悪気がないのは分かるし、落ち度もないがこれ以上お前が居ても悪いことしか起こらねえ。

 

 いや、空気を入れ替えるために俺もこの気に乗じて部屋から脱出すべきだろうか。一回クールダウンが必要だと思っていたところだ。心配で海実の様子を見に行く態で1階のリビングへ向かおう。

 

 「じゃあ、私も責任あるってことだし海実のところへ行くよ」

 「え、私?」

 「ーーーーッ! ゥ私が私で何かおかしいところあるっけェッ!?」

 「いや、いつもおrーーーー」

 「先下行っててッ! すぐ行くからッッッ!!」

 

 そこが1番マズいんだよッ! 一人称のことに触れるのが、今1番やっちゃいけないことなんだって。「私」が本当ってことになったのに「俺」の方が実は本当っていうのを掘り返すのは〜〜〜〜っ。

 

 さっきの光景思い出して照れてる場合かっ! ただでさえ興奮してるのにさらに血が上って暑くなる。あー、今日こんなんばっかじゃ!

 

 「いやそんな声張り上げてやっぱ、なんか朝からおかしくない?」

 「お、おかしくないから……っ! 別に朝から何か変わったとかないしっ!!! もう分かった、私も一緒に下に行くから」

 

 このままじゃ一向に、らちが明かない。それどころか傷口を広げ続けると思った。部屋からサッと出れば、中を覗かれることもないだろう。大地を1人だけで先に下へ返すことは観念して、諸共行こうと思った。しかし、それが間違いだった。

 

 ガチャ

 

 「行こっ! さっ、下へ……って」

 

 ドアを開けて邂逅。俺としてはそのまま流れで下まで行くのが理想だった。しかし大地は俺の顔を見た途端、固まってしまう。そして、そこで自分の失敗に気付く。そう言えば今自分のイメージにそぐわない、メッチャお洒落した格好だということが頭からすっぽ抜けていた。

 

 そんなことを知らない大地が見ればそりゃこんな反応にもなるさ。真顔になってしまった弟の背後に宇宙を幻視する。やらかした、と顔を手で覆う。

 

 「えっと、姉さんの友達……」

 「違うよ……姉さんだよ……」

 

 消え入りそうな声でなんとか返事をした。あまりのギャップに大地は俺のことを自分の友達か何かと勘違いしてるのではないかと確認を取ってきた。だからそれは違うと答えた。

 

 何というか諦観というか燃え尽きたな。色んな理由で昂っていた感情が一周回って落ち着きを取り戻してる。感情がローギアに入ったみたいに波が低速になっていた。

 

 「……あっ、本当ごめん。彼氏居たんだ」

 「違うしッ!! 友達だからッ!! もう良いよ、はよ行けよぉ!! もぉぉぉぉぉ!!!」

 

 部屋の中に居た晴樹が見えたのだろう。本当だったら部屋から出たらサッとドアを閉めて視認させないつもりだったが、今の膠着で目論見は上手くいかず。それどころか大地に最後の置き土産と言わんばかりに導火線へ火をつけられた。

 

 そんな理由でやけになってしまった俺は、理不尽にも大地にローキック数発を入れて追っ払った。手応えが軽すぎて全然ダメージは入ってなかっただろうが、追い払う効果はあったようで大地は早速さに退散した。そして、部屋は最悪の状態で2人きりに戻る。

 

 「証拠、見つかっちゃったな」

 

 晴樹は開口一番、皮肉げにそう言い放つ。この証拠というのは、俺が元男だったということだろう。途中で遮ったけど晴樹は普段の一人称が「俺」であるということを知ってしまった。海実の部屋を自分の部屋として紹介したり、そう言った不自然な情報もその説を後押ししている。

 

 女としての自分を認めるために「私」を使った以上、「俺」を使うことは自分が男であることを認めること。だからコイツに「俺」を使っている"葉坂天"を見せることは絶対にしてはいけなかった。

 

 もう先程のような雰囲気には、決して戻らない。それだけは分かる。そして、その事実に気を落としている自分が居ることにも気付いた。

 

 (何、落ち込んでるんだよ。あのまま続けてたら堕ちてただろ)

 

 訳が分からない、なんて誤魔化すつもりはない。だって、俺はあのまま……。自分の前髪をくしゃり、と握っていた。

 

 「天、お前は今は女だけど昨日まで男だったってことで良いんだよな」

 「そうだよ、俺は昨日まで男だったTSっ娘だよ。なんか文句あるかよ」

 「文句ねえよ。むしろ良かったとまで思ってる」

 

 俺の状況を肯定してくれる言葉だったが、今はその言葉に苛立ちを感じる。むしろってなんだよ、お前だってさっきは顔赤くしてた癖に。俺だけが勝手に盛り上がってたみたいに言いやがって。そんな不満をぶつけるように睨みつけた。

 

 「明日、一緒に出掛けるぞ」

 「そんな気分じゃねえ」

 

 なんだか今コイツと会話しててとてもイライラする。こんな軽口いつもと変わらないのに、凄く自分の気持ちを茶化されているような気分だった。なんかペラペラ語ってるけど頭に入ってこない。早く終われ、帰れとコイツが目の前から消えることだけを思っていた。

 

 そんな時、気付けば目の前に晴樹が移動していた。そのことに、一瞬心臓が跳ねたのも束の間。突然両頬に手を添えられて無理やり顔同士で向かい合う状態になる。どれだけ心の中で憎く思っても、本能は受け入れてしまう。近くにある晴樹の顔を見て、ドキリとしてしまった。また体温が上昇する。小さな反抗心から目の前にある端正な顔から目を逸らす。

 

 「目を逸らすな」

 「知るか……」

 「いいか、俺は明日お前をメス堕ちさせる」

 「……はあ?」

 

 一度息を吸って何を言うかと思えば素っ頓狂な言葉。何を言ってるんだと。思わず目の前にある顔へ視線を戻してしまった。しかし、その顔を見ればその眼が、表情が本気だと語っている。絶対頭おかしいだろ……

 

 「お前は今日勝手に自滅しただけだ。だから俺自身の手で堕とす」

 

 晴樹の顔が目の前にある状態のせいで先程の光景がリフレインし、ドキドキしている。でもその一方的な、自分勝手な物言いに怒りが沸いてくる。ムカムカと腹の底が煮えたぎるような気持ちだ。だから、これ以上ない感情を込めて睨みつける。そして、喧嘩を買うような気分で啖呵を切った。

 

 「何が堕とすだ、お前がオレに堕ちるんだよバーカ!!」

 「悪いが明日も勝つ」

 

 そう言うと晴樹は顔から手を離した。そして、自分の荷物をまとめ始めた。帰り支度のようだった。その支度もサッと終わると部屋から出て、そのまま玄関へと向かった。外は時間が時間だけに日は落ち、生活電源と月明かりで照らされる暗闇の世界になっていた。

 

 「じゃあ明日、楽しみにしてる」

 「明日、その余裕のある面を絶対変えてやるからな」

 

 晴樹は背を向けながら余裕だと言わんばかりに手を振ってきた。俺はその背中に向けて言葉を返す。すると、晴樹は立ち止まりこちらへと顔だけを向けた。

 

 「そういえばメリッサのコスプレ忘れんなよ」

 「帰れ!」

 

 それだけのやり取りを終えると歩みを再開し、暗闇へと溶けていった。絶対、絶ぇ対っ、今日以上のアホ面を衆目に晒させてやるからなッ!! そのためには、また海実の協力が必要不可欠だ。今日以上に仕上げて貰って明確で、確実に、完全な勝利を手に入れてやる。

 

 ということで早速リビングに居る海実に相談をしよう。あれ、なんか忘れてるような……

 

 「ふっ、ふふ、もう私の楽しみは姪っ子か甥っ子をかわいがることだけ……アンタたち2人には期待しているから……」

 

 リビングへ戻った俺を待ち構えていたのは部屋の隅で縮こまりながらテレビを観てるのか分からないが冷や汗を浮かべた大地。そして愛を失った悲しき怪物(モンスター)だった。そんな骸のような存在に俺は思わず悲鳴を上げてしまう。

 

 こうして俺は"女になった日"を何とか乗り切ったのだった。




追記
Skebを利用して挿絵を描いていただきました

【挿絵表示】


天の容姿及び女になった日編の服装はこちらになります
個人的に大満足です

海老名えび先生
Twitter:@not_ebi
※成人向けコンテンツを取り扱っているため18歳未満の方は閲覧をお控えください
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