時間通りに支度が終わったため、現在予定していたバスに揺られながら待ち合わせ場所に向かっている。家を出る際に海実から昨日の晩のお礼を言われた。その言葉に心が温まるのを感じながら、次に続いた「デート頑張れ」という見当違いな叱咤激励に「違う!」と声を張り上げてしまった。俺は今から晴樹と遊びに行くだけでこれはデートじゃねえ。
いや、遊びに行くなんて表現も生温い。これから赴くは戦場で、言うならばこれは戦だ。
昨日、不遜にも目の前で宣戦布告されたため「おもしろい、ならば此方も全力で叩き潰してやろう」という上方魔王面ムーブをしてやってるに過ぎない。俺の美少女力はビジュアルだけでかなり高い数値を叩き出す。さらに男の頭脳を持つことにより敵の視点に立つことが出来るため、男がどうすれば喜ぶかなど手に取るように分かる。二つの力が合わさり最強に見えるというやつだ。
つまり、俺が全力を出せば容姿だけが取り柄の童貞オタクなど羽虫と変わらぬ。それでも獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという。だから1番信頼のおける人物である海実に戦装束を任せたのだ。最強装備で挑むだけ。俺の思惑としてはそんな感じである。
さて、今の時間は11:39で次の停留所が降車する場所だ。確認のため、チラリとバックミラー付近にある電光掲示板を確認する。その際、離れて立っている男の人と目があってしまい、俺は気まずさから目を逸らした。
先程からこんなことばかり起こっている。昨日母さんに言われたこともあり、他人からの視線というものを自分なりに意識してみたのだが、思っていた以上に自分は周りから見られていることに気付かされる。
元々人から注目されるのは苦手なため、不特定多数からの視線に晒されている今の状況は居心地が悪い。しかもこれはバスの中だけでなく、道を歩いている時でもそんな状態だ。自分は今まで見る側の立場だったので見たい気持ちは分かる。特に顔と脚に視線を向けてしまう気持ちもよく分かる。しかし、いざ自分が見られる側の立場になってその苦労を知ると今までのことを申し訳なく思う……というかもう、勘弁して欲しい。
精神的に大変窮屈な思いをしているとバスが停車し、同時に車内アナウンスが耳に入る。停留所に到着したようだ。立っている人の間を早足に抜けて降車した。それと同時に大きく息を吐く。乗車率は高くなかったにも関わらず、満員電車ですら味わったことのないような疲れを感じていた。
時間に少し余裕があるため呼吸を整える。そして、気を取り直してから目的地へと向かった。ショートブーツは初めて履くが思いの外歩き辛くない。常に運動靴を履いて出かけていた人間のため、この底と踵が高い靴に最初は戦々恐々であったが何とかなりそうだ。そのまま歩くこと5分、広場が見えてくる。
約束の時間より10分も早くに着いたが、晴樹がまだ居ない場合は待てば良いので問題はない。早速、広場の中にある植木の近くへ向かえば、先に着いていた晴樹を発見する。
「……は?」
晴樹が珍しく洒落た服で着飾っていた。プライベートで遊ぶ時は全身ユニクロ&GUで固めている男だったので普段との違いに驚く。それは別にいい。良い心がけだと思う。それ以上に俺は気にかけたことがある。
それは何かというと、アイツは待ち合わせの場所で女性2人と会話をしていた。2人は丁度こちらに背中を見せているため顔は分からないが、装いからして若い女の子に違いない。
……ふーん。
まあ、もし、これで俺が彼女だったら待ち合わせ場所で別の女子と会話して待っているなどマイナス100億点は付く失態だな、うん。だが、俺は友達なのでなんも問題はない。これから会うのも友達同士で遊ぶための待ち合わせなわけだし? まったく、命拾いしたな晴樹。
……。
いや、女の子と話して待つだなんて同性の立場で考えても嫌味ったらしいにも程がある。もし、仮に俺が男のままだったとしてもあんな堂々としたモテるアピールは赦すまじ。
よし、早速だが恥を掻いてもらうことに決めた。昨日のように突然アイツの腕に抱きついてやろう。そして衆人環視の中、真っ赤な間抜け面&激ダサリアクションを披露して目の前にいる女子2人に引かれてしまえ。
如何にも女慣れしてますって見た目からの落差に失望待ったなしだろう。いやー、暴力的な方法に頼らない俺はなんて出来た人間なんだ。しかも、それで女子2人も離れれば一石二鳥じゃないか。我ながら冴えてるね。
ということで早速行動に起こそう。まさかマンガとかでよく見る「すいません、コイツ俺のツレなんで」を実行できる日が来るとはな。HAHAHA。
お、晴樹がこっちに気付いた。何やら焦っているようだが俺は止まらねえからよ……。アイツからおそらくだが制止を求めるようなアイコンタクト受け取るが無視する。そして、そのまま女の子2人の間をすり抜けて腕に着弾。
「すいません、この人私のツレなんです♪」
昨日、実戦で散々鍛えた女の子ロールを駆使して和やかな笑顔を作る。口調ももちろん整えたものに変えた。そんな美少女のサプライズ登場演出に対して晴樹はというと、何とも言えない表情を浮かべている。言葉で表現するなら苦笑い。
おいおい、俺はお前にもっとダサい反応を期待してたんだが。さらに俺に対しての言葉はなく、左の瞼に左手の指先を添えながら困ったように「うーん」と唸っているだけ。口元がややニヤけているのが気に食わぬ。なんというか、想像してたものと違うつまらない反応に不満を感じた。
「葉坂さんだよね?」
女の子から声をかけられてハッとする。今、俺の苗字を呼ばれたよな……? というか女の子2人が私服姿だったのと、アホの反応見るのに意識を割いてたせいで気付かなかったけど、あれ……?
この2人、クラスの女子では……?
……。
……。
……。
ああああああああああああああ!!!!!!
しくじったああああああああああ!!!!!!
◆
現在、目の前に広がる光景は混沌としていた。俺は待ち合わせの場所に20分早く着いたのでスマホを弄りながら待っていた。そしたら、たまたま見知った顔の2人組と出会したため、何するためにここに居るのかなど世間話もそこそこに過ごしていた。
そんなところへ天が現れたのだが、こちらを認識して早々にアイツは明らかな作り笑顔でこちらへ向かって来た。俺は天が何か勘違いをしていることに気付いたため、このままだとアイツが恥を掻くと察して制止するよう意思を送る。しかし、そんなものは知らんとばかりに
「すいません、この人私のツレなんです♪」
そして、完璧に作った笑顔と弾むような口調でクラスメートの女子2人にそう言い放つ。それに対して女子2人はというと、面食らって静止している。それもそうだろう。我がクラスに置いて葉坂天という人物がどのようなキャラで認識されているかを考えれば、この2人のリアクションは想像に難くない。
どれだけ元の男の時点で整った顔立ちをしてても、セットしたわけでもない長い前髪を見れば近付き難くなる。服など他で清潔感を損なうようなことはしてないが前髪のマイナスイメージは中々に強い。
そして自分から積極的に話に行くわけでも、目立つような行動も発言もせず常に誰かの影に徹して大人しくしている。その結果、接点のないクラスメートからは対人関係が苦手で消極的な人間だと思われている。勘違いしている人が俺を間に挟んでやり取りするぐらいだ。
そんな伝言ゲームをしなくとも、本人同士で十分やり取りは可能だ。喋ってみれば当たり障りのない会話を出来る程度の対人能力があることは分かるだろうに。まあ、本人も気疲れするのでクラスメートとはそのくらいの距離が丁度良いと納得している。そのため、俺から特に行動を起こす必要はないが。
話を総合すると自分の身嗜みに興味がなく何を考えているか分からないため、やや近寄り難い存在というのが天のクラス内でのイメージとなる。しかも、今は女の子だがTSした後でも天は身長がそこそこある。元が170前半ぐらいに対して今は160半ばぐらいだろうか。女性にしては高い方に部類される背丈で、いつものような猫背で、ぬぼーっとした佇まいをしていた場合かなり不気味に感じるだろう。
それに比べて今はどうだ。足や肩などそこそこの露出のあるオシャレな格好に明るい表情と口調、俺を驚かせるためか背筋を伸ばした綺麗な姿勢をしている。髪も編み込みハーフアップと昨日とまた違ったアレンジをしているし、よく見ればメイクまで施してある。普段、関わり合いのない人がそのギャップからフリーズするのもしょうがない。
「葉坂さんだよね?」
相川の復活が思いの外早かった。新しく現れた人物が天であるかどうかをかなり困惑気味に尋ねてくる。天はかけられた言葉でやっと女子2人を正しく認識したのだろう。静止した後に3回テンポを置けば、みるみるうちに顔が赤くなる。そして、声にならない呻き声を漏らし始めた。
その様子に女子2人は楽しそうな笑みを浮かべる。あーあ、これはもう弄られるの待ったなしだろうな。
「顔、あけーぞ」
「うっさいな!」
かく言う俺も天の様子がおもしろくて若干意地悪な言葉を投げかける。それに対して怒り気味な返答をされたのだが全然怖くない。子犬がやる威嚇は必死なのに、それが寧ろ愛くるしいのと同じだ。髪がきっちりセットしてなかったら撫でていただろう。
「あ、やっぱり葉坂さんなんだ! すっごいモデルの人みたいに変身してて分かんなかったわ〜」
「葉坂さん美人だしかわいいー!」
俺たちのやり取りを皮切りに女子2人とも興奮気味に天へと詰め寄る。天は肩から身体に対して斜めにして巻いていたサコッシュを顔の前に持っていき隠していた。普通の会話ならともかく同級生の女子からあんな風にテンションの高い状態で近寄られるのは慣れてないのだろう。俺もあの距離感は後込みすると思う。
しかし、サコッシュを顔の前で盾にしたことにより、目敏い女子2人は天の爪の加工に気付く。その流れのまま手を取られれば「ひぁっ」と小さな悲鳴を漏らしていた。見た目は完璧美少女なので見られるが、元を知ってる俺はただただダサい童貞みたいなリアクションを披露している親友の姿に心の中で笑いが止まらない。
「やっぱり付き合ってたんだ? いいな〜美男美女カップル」
「さっきの平坂くんを自分のものアピールするあれとか、意外と独占欲強いね〜!」
「違う! 違うから!」
天は必死に否定の言葉を投げかけつつ、こちらに助けを求める視線を送ってくる。もう顔どころか耳まで真っ赤だが、まだもう少し羞恥して貰おう。どうせ昨日の俺の反応で味を占めたとかで、からかおうとしたのは容易に想像出来る。残念ながらそう言う目論見は自分に返ってくるものなんだよ。だから、諦めて受けたまえ。
それに性別が変わったことをきっかけに、知り合いの女子にあれよあれよと揉みくちゃにされるTSっ娘あるあるをもう少し目に焼き付けたいんだ。「すまんな、天」と心の中で気持ちを込めてない言葉を送る。とりあえず、この後のことも考えてほんの少しその光景を見守ることにした。
そして丁度5分経った頃、放っておけばまだまだ長引きそうなので間に割って入る。
「あー、2人とも悪いけどコイツ、俺との約束あるからここら辺でちょっと、ね?」
女子2人はそれで俺が蚊帳の外で待っていたことに気付いたのだろう。俺たちにそれぞれ簡単に謝ると天を解放してくれた。解放された天だが体力に自信があっても、慣れない女子トークに短い時間ながら身を置いたことで疲れを見せていた。そしてこっちを見るや否や、顔目掛けて無言の猫パンチを放ってくる。力のないそれを俺はピッチャーフライを取るみたいに片手で軽くキャッチして見せた。
「そんなに手を繋いで欲しかったのか?」
「ちげーよバカ!」
いつものように軽口を叩けばツッコミが返ってくる。言葉に若干の怒りが込められてた辺り、俺の煽りは中々のキレだったようだ。少し満足気になる。
そして、そんな俺たちのやり取りを見て女子2人がワーキャー言った影響だろうか。照れ隠しの勢い余って、天は蹴りを入れようと足を上げる。高さ的にローではなくミドルか。流石にハイキックはないだろうが、ミドルでもスカートの長さ的に俺の腹の高さまで足を上げるのは危うい。勢いが乗る前に手で制して蹴りを殺した。
「い゛っ゛」
しかし、予想外なことに蹴りを未然に防いだことで天が痛がる。別に抑えただけで、強く叩いたわけでもないため理由が分からなかった。天は一層内股気味になれば、股間から足の付け根付近を手で抑える。流石に心配になるも興奮が冷めてないのか、天が吠えたため近寄れなかった。代わりに女子2人が近寄る。
「葉坂さんどうしたの?」
「ま、股が……」
「……股? え、今の蹴りで?」
どうやら股を負傷したらしい。しかし、相川が言及したようにあの程度の蹴りで足の間の筋を痛めるだろうか。天も流石に格闘家やスポーツ選手のような柔軟性は持ってないだろう。だが極端に身体が硬かった記憶もない。それに女の子の身体になったのなら、寧ろ柔軟性が増すのではないか?
とりあえず返答を待つしかないのだが、言葉が中々返ってこない。顔を見れば目線が左右に泳いでいるし、また顔に赤みが増している。何かを思い出しているのだろうか。しかも自分にやましいことがある恥ずかしい記憶的な。こう、枕に顔を埋めたくなるような感じのやつだ。何か嫌な予感がする。そう思ったところで天から指を差される。同時に女子2人の目線が刺さる。
「こ、こいつ……こいつが昨日色々するから……っ」
「え、ええええええ!?」
「うっそー!?!?!?!?」
天の言葉を皮切りに2人の驚愕を含む叫びが広場に木霊する。今の声で通行人も何人か一瞬だけ足を止めた程だ。かく言う俺はというと、『あっ、コイツ今自分の恥ずかしい記憶を誤魔化すために罪をなすりつけたな』と冷静に判断を下していた。早速だがこの後の仕返しを考え始める。
「ど、どう言うこと!? どう言うことなの!? 昨日葉坂さん休んでたけど!?!?」
しかし、相川が興奮気味に詰め寄ってくる。その勢いに圧倒されてしまい、考えを中断する。とりあえず落ち着いてもらうためにも、疑問には正直に答えていこう。
「昨日、天の家までお見舞いに行って会ってはいるから」
「お見舞い、そっか。で、でも葉坂さんって昨日はあの日だったから休んだんじゃ……?」
「……あの日?」
「その、あれだって……………………女の子の日」
相川の言葉にイマイチ実感が湧かないため頭の中で反復させる。女の子の日って生理のことだよな。生理って知識でしかないが重いと学校とか職場を休むぐらい辛いと聞く。と、ここで一つの疑問の答えが見つかる。
なる程、休む程重い生理にも関わらず労ってあげないのは、友達としてやや薄情ということか。昨日、仲里が言っていたことの意味がやっと理解できた。だが、昨日の天の様子を思い出してみても全然辛そうではなかった。隠していた可能性もあるがTSして1日目、しかも生理も初体験だとしたらそれを隠す余裕なんてあるだろうか。
寧ろなんだこのダルさは、と理由の分からない体調不良へのイライラで冷静に居られないのでは。さらに言えば自分の股から流血するショックでパニックする方があり得る。あ、女子にこんなこと聞けないしもし天に生理が来たらTS好きとして聞いてみよう。そうしよう。ということを踏まえると、昨日のあの感じは生理じゃないと考えて良いだろう。
「天って別に昨日、生理とかじゃないよな」
「……は? いや、違うでしょ。昨日夜までずっと一緒に居たじゃん」
一瞬ポカンとした表情を浮かべるも、天は顔は赤いまま何ともないように返事をする。態度的にも白と見て良いだろう。その際に相川から白い目で見られて、こんなところで聞いた自分のデリカシーのなさに気付く。この手の話題をするにあたって距離感が男友達のそれだったのは流石にまずいな。
しかし、天が何ともないように答えたことで、女子2人は何とも言えない表情で固まっていた。
「あ、この後、守屋とかと会う時話題にしてもいいけど、教室とか俺たちが居るところで堂々と話すのは無しな」
「え、あっ、うん、了解」
「じゃあ、また学校で」
時間も惜しいので仲里と相川とはここらで別れよう。天も大分落ち着いたようなので、もう近寄れる。そして、肘を曲げて身体と腕の間にスペースを作った。
「ほれ」
「やんないからっ!」
腕を組むよう促したが断られる。まあ、さっきの行動への意趣返しなので当たり前だが。とりあえず、いつものように肩を並べて歩き出す。後ろを振り向いて仲里たちに軽く手を挙げれば、向こうも振り返した。
「俺じゃなくて私って言ってたよ葉坂さん!」
「普段は付き合ってるの隠したかったから、キャラ作ってたのかな?」
「あー、ただあれは昨日初めて済ませた感じだよね……!」
遠くからでも女子2人が何か盛り上がってるのが分かる。男女が2人一緒に居るだけで女子にとってはお祭りごとなんだな、としみじみ思った。いや、否定しなかったから天はともかく俺は確信犯か。
まあ他人からどう解釈されようが、邪魔されないなら俺はそれで良い。関係性を決めるのは他人じゃなくてあくまで自分たちだから。拗ねてそっぽを向いている親友の姿を見つつ想うのだった。