来年もよろしくお願いします
目次をご覧の方はご存知かもしれませんが天の挿絵を依頼して描いていただきました
8:20 PM (11話)にございます
素晴らしいイラストですので是非
◆
女子2人と別れた後、俺と晴樹はカラオケ店へ来ていた。ここに来る道中は先程の同級生と出会すというアクシデントのせいで、若干機嫌が悪かった自覚がある。しかし歌を歌えばあっという間に曲がったヘソも元通り。今まさに熱唱している最中だったりする。
TSしたおかげで今までは出なかった音域が出るのがとても気持ち良い。男の頃は原曲キーで歌えなかった女性ボーカルの曲を中心にもう選曲しまくっている。普段はジャンヌやポルノやシドのようなバンドの一昔前のアニメ主題歌を中心に歌っている。しかし、今日はヨルシカからSuperflyや相川七瀬と女性ボーカルならなんでも来いという心意気の下、新旧ごちゃ混ぜセトリを作ってしまった。
『男の低い声でそれ歌ったら台無しじゃん』と、自分が歌う時にいつも思ってたので、女性の声を出せるようになればこの結果は必然だったな。今歌ってる曲は世界のYUI MAKINOの「アムリタ」。本家はやはり偉大というか、それと比べれば俺の意識して出す甘い声も控えめに感じてしまう。
しかし、自画自賛してしまうが俺のさらっとした清涼感のあるウィスパーボイスもそれはそれで悪くない。特にサビで1番高くなるところで使うファルセットは自分で聴いてても心地良く感じる。
「ふぃー……やり遂げた感凄いな」
最後まで歌い切って一息つく。首を左右にコキコキと傾けた後に肩をひと回し。その何とも男臭い仕草を美少女な見た目の自分がやっているのは酷くアンバランスだろう。しかし、コイツにはそれが良いのか嬉しそうにこちらを見てくる。
「というか三曲連続で俺が歌っているんだが?」
「気にするな、満たされてる」
「いや、流石に疲れたから休憩がてらお前の歌でも聴こうかと思ってるんだけど」
「気にするな、満たされてる」
「おい」
繰り返し同じ返答をするアホに、壊れたテレビを直す要領で肩パンを一発入れる。男の時なら「いてーな」と一言返ってきただろうが、痛くも痒くもないのか気にする様子もない。今の拳は骨張ってないし当たっても全然ダメージは入らないようだ。むしろこっちが痛かったりする。くそぅ……。
こちらのツッコミを受けて晴樹はようやくタブレットを手に取った。首を竦めてしょうがないなと言った動作をした後に画面に目を落とす。曲を探し始めたようだ。俺は晴樹が探し始めたのを確認すると、空になったコップを片手に立ち上がる。喉が渇いたのでドリンクバーに注ぎに行こう。
晴樹は俺が立ち上がったことに気付くと、足を浮かせて身体の方に引っ込める。そうすることで机と椅子の間に通れるスペースが出来る。
「サンキュ」
「ん」
一言簡素な礼を言ってから間を通り抜けていく。部屋の中は時間経過と共に熱気が篭っていったのだろう。廊下へ出た瞬間に先程まで然程感じなかった寒暖差に身体が震える。冷たい飲み物だけだと思っていたが、温かい飲み物も持っていくことを決めた。
しかし自分で言うのもなんだが、空になるペースが早いな。まだ1時間程度にも関わらず3回目ぐらいの補給になる。明らかに俺の歌ってる回数の方が多かったからそれも当然か。トレーを使い、冷たい飲み物の入ったグラスと温かい飲み物の入ったカップを部屋まで運ぶ。
「ホット?」
「いつもより肌出てるせいかちょっと寒ぃ」
「ああ、なるほど。まあ女性の方が体温低いらしいし、もしかしたら体質が変わっててその影響もあるかもな」
部屋に戻ると早速晴樹は気になったようで聞いてきた。俺はてっきり足出してたりとかが原因かと思ったが、そんな理由もあるかもしれないのか。そう言えば男女の体温の違いが敵の能力の突破口とかうんたらをマンガで見た記憶があるな。
ぼんやりとそんなことを考えつつ持ってきたコーヒーに口を付ける。ただし熱かったため少し口をつけただけであまり飲めない。しょうがないので放置して冷めるのを待とうか。晴樹の方を見るとまだ曲を選んでいるのか画面をスクロールしていた。そんな風に眺めていたら目の前にタブレットが差し出される。
「やっぱ俺の順番飛ばして歌って良いよ」
「いや、もっと歌えや」
「えぇー……」
聴き専になろうとしているがそうはいかない。晴樹は基本何でも器用に熟すが、歌も例外でなく割りかし上手い。だからコイツの歌を聴くのは結構好きだったりする。特にバラードとかスローテンポの曲が良い。
しかし、本人は恥ずかしいのか何なのか知らないがバラードは滅多に歌わない。毎度歌いたい曲を出し切った後でようやく歌うが、今日はそこまで辿り着くだろうか。普段ならほぼ交互で歌っているが今日は俺が一方的に歌っている。
つまりコイツのレパートリーが切れる前に退出する可能性が高い。だが折角来たのだ、聴かずして帰れるか。差し出されたタブレットを突き返してやった。俺にはコイツに言うことを聞かせる有効的な手札が幾らでもある。さっきはしてやられたが今は部屋に2人きり。第三者が居なければ想定外な事態も起こり得ない。
よし、今度こそ晴樹にこれからの関係でどちらがイニシアチブを握るのかを分からせてやる。そのための矢をつがえる。まず意図的に晴樹と視線を合わせる。こちらから視線を投げ掛ければ向こうも気付き、容易に目は合った。次にくすっ、と意識してやらないと出来ないだろう綻ばせるような笑みを浮かべる。そうすれば晴樹は今までの自然体の佇まいから一点、明らかに身構えて警戒心を露わにした。
「なんだよ」
「ん?」
その意味深な笑みは何だと聞きたいのだろうが、惚けた笑顔で答えををはぐらかす。いい感じに意識してるな。そう、不意を突くのではなくこれから何かやるぞという素振りを敢えて見せる。そして相手に対応させた上でそれを真っ向から打破する。そうすることで何をやっても無意味だと、力関係を見せつけてやるのだ。
席を移動して晴樹の隣へそっと腰を下ろす。3人分くらい空いていたスペースを詰めれば、お互いの肌が触れるギリギリの距離になる。晴樹は意地かプライドか、身体を反らしたり反対に向きを変えたりはしなかった。
しかし、口元を隠しながら目線を逸らした。これはおもしろがってる時のわざと作った照れ方でなく、素で出てしまった方の照れ方だ。よしよし、予想通りの反応に手応えを感じれば晴樹の耳元へ口を近づける。そして、先程ウィスパーボイスで歌った時よりさらに吐息の量多めを意識して囁く。
「晴樹の本気の歌、聴きたいなぁ」
晴樹の口元を隠していた手が顔を覆うように変わり、俺から逃げるように顔を背ける。
云々唸ってまだ無駄な抵抗を見せているようだが、かなり傾いているのは一目で分かる。もう、そっと触れるどころかそよ風を送るだけで倒れるだろう。今すぐ楽にしてやる。
赤くなった耳に狙いを定める。音と吐息の逃げ場を消すよう口の前に両手を添えれば、鼓膜直通のトンネルの出来上がり。DL時間一切なし、美少女から直接の生体験ASMRを味わうが良い。
すぅー。
「もし、高得点出したら何か好きなことしてあげよっか……?」
「っ…………………………」
「……ね♡」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッああ、分かったよ!」
長い沈黙の後、観念したのか了承の返事を得ることが出来た。俺が離れると渋々と言った感じにタブレットを操作し出すが、ぶふっ、ガチ照れしてるのは分かってんだよ……くくっ。あっ、無理、ダメだ、あまりに目論見通り事が進んだのが面白すぎて我慢できねえわ!
俺の中にある笑いを抑え込むダムが決壊を起こしてしまったため、大口開けて笑う。ソファを手でバンバン叩いてしまうし、下の階にお構いなしに地面も足で何度も叩いてしまう。
「アホや! 中身が、元が男だって知ってんのにこんな見え見えの演技に乗せられて!! ばーか! ばぁーか!」
あー、やっぱおもしれーな! 美少女ってステータスは違うぜ、なあ? 朝から色んな人に視線を浴びせられて、これから外出するたびにジロジロ見られるのかと考えた時は勘弁してくれと思った。
しかし、そんな美少女になったが故のデメリットも、晴樹に言うことを聞かせるというメリットの前ではお釣りが来る。腹を抱えてぎゃははは笑っていると、スピーカーから突然音が流れてくる。早速採点モードを入れたようである。
「好きなことって言ったけどそれって得点で変化したりすんの?」
「ああ? 細かいことは考えてないけど良いよ、んふふっ、じゃあ95点以上取れたら何か言えよ。それ以外はなしだ、ぷっ……!」
笑いを堪えながら何とか返事をする。俺としては真面目になって歌った歌を何曲も聴きたいから一発勝負をさせるつもりはない。むしろ高得点狙って何度も挑戦してくれた方が都合が良い。だから目標値を設定してそれ以下は、たとえ94点取ろうが全部考慮しない形をとる。
「回数無制限でいいから、95点以上取れるようせいぜい頑張れや……っ」
「へぇ、一度吐いた唾は飲み込めないからな。後悔すんなよ?」
「期待せずに期待してやんよ……くくっ」
画面に入れた曲のタイトルが映る。晴樹が入れた曲はWANDSの『錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう』だ。古いが良いチョイスじゃないか。画面がカラオケ用の映像に遷移するとイントロが流れ始める。さて、お前の実力を見せて貰おう。
……。
……いや、上手くね?
なんだその音程のブレなささは。サビの高いところでも外さないのは一体何なんだ。曲の1番が終わった時思わず聴き入ってたわ。やや冷や汗を掻きつつ採点画面を見守る。そして歌い終わった後、画面に表示された点数は89点。ふぅ、と気付かないうちに止めてた呼吸を再開すれば大きく息を吐く。
いや、目標にはまだまだだが全国平均より高いじゃん。全然余裕出来ないラインじゃん。てか、今まで採点機能なんて使ってなかったけどコイツ数字にするとこんな上手いの? 感覚的なもので上手いなあとは思ってたけど機械からだとこんなに評価高いの? もしかして俺は部が悪い約束を取り付けてしまったのでは。
「や、やるじゃん」
何とか余裕そうな表情と態度を繕いながら晴樹に一言かける。それに対して晴樹は簡素な返事をした後に「なるほどね」と、意味深な言葉を漏らしてから背もたれに身体を預けた。いや、なんだ今の「なるほどね」は。
「次、いいぞ」
「え、あっ、う、うん。よっしゃ、次は何を歌おうかなぁ〜?」
考え事をしているところへ、不意を突かれるように目の前にタブレットが差し出された。そのため若干挙動不審になってしまう。クッソ、何でこんな緊張感を味合わなければいけなくなったんだ。
だがそれで楽しめなくなる程、俺の精神は繊細じゃない。今さら止めろなんて言えないし、さっき散々馬鹿にした後だから許して貰えそうもない。なら当初の予定通り楽しむしかない。ということで椎名林檎の『公然の秘密』を選択。
まあ、晴樹も頭おかしいことは頼まんだろう。あったとしても飯奢ってくれとかでしょ! ……でしょ? 不安は拭えないがイントロが流れ始めたので気持ちを切り替えた。
……
…………
………………
「おっ、超えたな」
「いや、お前……」
晴樹は5曲目でついに95点超えを達成してしまった。曲はGreeeeNの『愛唄』。晴樹が1曲目の歌い終わった後に言った「なるほどね」は、採点機能の癖が分かったという意味だった。2曲目からは加点をバンバンに稼ぐようになり、以降は点数を落とさずにじわじわ上げてきたのだ。こんなガチに取り組んでくるって何やらせる気だコイツ……
やっぱり今、見た目とか肉体的には男じゃないし折角なら女の子にやって欲しいこととか頼んで来るのか……? そうなるとやっぱスキンシップ系、例えば抱き着かせてとか。
うぅ、自分から揶揄う目的にやるのは全然変な意識しなかったが、そんな風に相手から求められて態々やるとなるとやっぱり恥ずかしいっていうか……。もしかしたらそれ以上のこと、昨日の続きしようとか言われたら……
あーーーーーーーっ、頭ピンクか!!! どこのアニメのヒロインだ俺は!!! あー、やめやめ、んなことないない。一旦自分を落ち着かせよう、そうしよう。気付けば口の中が渇いていたので、飲み物を飲んで潤わせる。
「よーし、もう一回95点超え狙うか」
ブーッ!!
口に含んでいた液体を全部噴き出す。
は!?!?!?
信じられないものを見るような目で見てしまう。口の端や顎から液体がポタポタ滴れるのも気にならないぐらい気が動転している。いや、コイツマジで何やらせる気だ!?
「なんで!? もう一回ナンデ!?」
「回数無制限って言ってたからおかわりしようかと」
いや、言ったけどそういう意味じゃねーから! 手のひらを前に突き出し待てのジェスチャーをしつつ、汚くなった口周りを拭く。落ち着け、相手のペースの乗せられてるぞ。一回深呼吸する。OK、取り敢えず言い分を聞く程度の落ち着きは取り戻した。
「お前何やらせるつもりなん?」
「辱め」
……。
「……ごめん、俺泣いても良いかな」
「……それはそれでちょっと興奮するかも」
「変態っ!!クソ変態野郎っ!!」
マイクを通さないにも関わらず部屋に響くほど大きな声で罵倒した。肩で息をする程、目一杯発声したので改めて水分補給。飲み終わった後、アルコール飲料系のCMのように「あ゛ー」と息を吐く。
まあ良い感じに言葉のプロレスも終了したことだし、そろそろ本当のことを聞き出そう。わざわざストレートな単語を使ったってことは、その気はないと考えても良いだろう。
「で、結局何やらせたいんだよ」
「この曲を歌ってくれ」
俺が問えば晴樹はタブレットを操作しだす。慣れた手つきで検索を始めれば数秒後、画面を突き出される。画面に表示された曲は松浦亜弥の『ね〜え?』だった。うっへぇ、ゴリゴリのアイドルソングじゃん。歌番組の懐メロ特集で知ってるし、割と好きだけど自分じゃ絶対選ばない曲だ。何故かって? そりゃ歌詞とか曲調とかめっちゃかわいい系だからだ。
「手抜くなよ?」
「ぐっ、分かってるよ。やってやろうじゃねーか! 俺に惚れさせてやるよ」
晴樹から釘を刺されたがこれは言わば罰ゲーム。罰までしっかりやらねばゲームは成立しない。だから言われなくとも当然全力でやるに決まってるだろ。だから、俺はこれ以上ない啖呵を切ってやった。こんなかわいい見た目でこんなかわいい歌を歌う女の子が居たら俺なら骨抜きだね。逆手に取ってやる。
イントロが流れる。やっぱこのポップでかわいい曲調自分で歌うってなると恥ずいな。
〜♪
あっ、駄目だ声が震えてるわ。顔が熱ぃし確かにこれは辱めだ、ひぃー……! おそらくそんな俺の醜態を見てニヤついているだろう晴樹の方を見る勇気が起きない。だが、恥ずかしがる程余計に喜ばせてしまう。だから全力でノリノリで歌ってやる。
何とかAサビを歌い切った頃には照れも大分抜けており、そこそこの余裕が生まれていた。間奏部分のためチラリと晴樹の方へ目をやる。いやー、思い通りにならなくてすまんな。……もしかしたら逆に歌声の前で無様にメロメロになってるかもしれなかったり。かわいいしな、それも仕方なし!
……チラッ
▽はるきはスマホをいじっていた
なぐる
○す
▷ツッコむ
「いや、聴けや!」
マイクを通して全力でツッコミを入れる。なんと晴樹はスマホの画面に目を落として、ながらで俺の歌を聴いていた。ツッコミを入れられたことでやっと晴樹はスマホ画面からこちらへ視線を移す。なんだよ、ノリノリで歌って、俺めっちゃ恥ずかしいやつじゃん! メロメロとかなん……ッ、あ〜〜〜〜〜〜っっっ!!! クソッ!! 過去の俺、このムカつく男と一緒に死ね〜〜〜〜〜〜っ!!!
「約束なんだから何があってもちゃんと歌わないとダメだろ?」
余裕綽々な表情で淡々と語る晴樹。いや、今確かに口角が少し上がった! コイツゥ……ッ、辱めってただ歌うどころか俺が勝手に空回りして自滅するところまで計算の内ってか……ッ!!
許せねえ、そっちがその気ならこっちにも考えがある。絶対意識向けさせてやろうじゃねえか。罰ゲームじゃなくて、ここからはもう戦争だ。本気にさせたことをアホに後悔させてやる。俺は固く、固く誓うのだった。