女になった日、女にされた日   作:餡穀

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11:58 AM

 目が醒める。目を開けて一番最初に映ったものは自分の部屋の天井だった。つまり俺は昨晩自分のベッドで寝て、そして今起きたということになる。

 

「よかったぁぁぁ〜〜〜〜……」

 

 天井に向かって両腕を突き出すと、そのまま腕を振り反動を使って上体を起こす。先程まで見ていた光景が全て夢であったことに安堵した。

 それもそうだ。朝起きたら性別が変わっていたなんてあまりにも非現実過ぎる。うんうんと頷きながら腕を組んだ。

 

 むにゅ

 

(むにゅ、じゃねぇよ……)

 

 腕に伝わってくる柔らかな感触に気持ちは急転直下。夢じゃないよと、現実という存在に後ろから肩を叩かれたような気分だ。

 部屋の壁には女子用の制服がかけられているし、目が醒める前に見たものがそのまま存在している。

 時計を確認するとそろそろ正午に差し掛かろうかという時間だった。なんやかんや気を失ってから5時間近く寝ていたことになるのか。

 母さんがパートから帰ってくるまで約1時間。気は乗らないが身の回りの物がどれだけ変わっているか確認しよう。

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 とりあえずざっと確認したところ衣服に関しては下着と制服が変わったぐらいで後の私服や部屋着は元との差はなかった。

 さらに袖を通して見て分かったのだが、サイズすら男の時から変わってない。そのため今の自分の身体には少しばかり大きい。

 

(随分雑な仕事してんな)

 

 こんな超常現象を起こした存在が何かは分からないし、居るのかも分からないが心の中で毒づく。突貫工事にも程がある。

 過去に撮った写真だが性別は変わっていても昔着ていた服のままだった。流石に最低限の齟齬が生じないように中学の制服は女子用のセーラーにすり替わっていたし、合唱コンクールの写真は女子と男子でパートが違うため立ち位置が変わっていた。

 小学校の時に授与した賞状を奥から引っ張り出したら、男子の部から女子の部に変わっていた。

 男子の二位として表彰台の上で撮った筈の写真は俺が女子の一位としてのモノに変わっている。代わりに元々女子の一位だった子が二位に、二位の子が三位の位置にズレている。自分の男子としての記録をそのままに女子の順位に加える形で改変したのだろう。

 さて、自分で確認できるものは最低限やった。後の問題は他人からの認識だ。朝の会話からだが、高校三年生にもなって一人称が(おれ)の痛い女子ということは分かっている。最悪を想定して家の中だけでなく学校でもそのままと仮定しておこう。

 重要なのは人間関係だ。家族は毎日顔を合わせるから関係があって当たり前だが学校の人間関係はどうなっているのか。

 少なくとも昨日まで女子とは事務的な会話しかした記憶がない。休み時間の会話も男子が相手だ。その男子相手の交友関係もかなり狭いのだが……

 以上を踏まえて考えられる状況は3パターン。

 

・性別が変わっただけで記憶はそのまま、男子とばかり会話している

・合唱コンクールの件などから男子との関わりはやや減少した上で、代わりに親しくない女子と最低限の交友関係は築いている

・矛盾が生じないように他人と親しくなるほどの関わり合いはなしのぼっち

 

 この無理やりな改変から考えるに一番確率が高いのは人間関係が男子と同じままだろうか。しかしこれは考えれば考えるほど自分が学校で浮いた存在になるだろう。

 

(一人称が俺で男子としか絡まない陰キャとかサークルの姫気取りした痛いサブカルクソ女かよ)

 

 続いて合唱コンクールの位置の入れ替わりなどから女子との交友関係が生まれているという予想。しかしこの場合仲が良いどころか趣味趣向も知らない相手に友達として振る舞うという地獄が待っている。

 3つ目に予想したぼっちが周りの目を気にする上で一番気が楽かもしれない。しかしせっかく仲良くなった人との関係が切れるのは寂しいし悲しい。

 予想した全てにデメリットが生まれることに落胆する。

 

(あー、めちゃくちゃ学校行きたくねぇ……)

 

 そんな暗い気分の中、突然ピコッという電子音が鳴る。音の元を辿れば発生源である携帯端末が画面にメッセージの受信を示していた。

 未読メッセージが2つ。差出人は同一人物からで内容はというと

 

 8:36

『骨なら拾っておいてやろう』

 

 12:24

『クラスで俺とお前のBLが流行っているという地獄』

 

 なるほど。文面を見ただけで差出人が誰か分かる。知り合いでこんな軽い口調で話しかけてくるのは数人で、休んだことでわざわざクソみたいなメッセージを送ってくるのは一人だけだ。

 端末のロックを解除し、メッセージアプリを起動する。予想通り有名マンガのクソコラージュアイコンの横に受信マークが着いていた。

 

(やっぱり晴樹(はるき)だ)

 

 数少ない友人の中で唯一親友と言える存在。高校入学時に同じクラスの帰宅部仲間ということで下校時間がよく被った。その縁からよく話すようになった。

 帰路は反対だが図書室で時間を潰したり、公園や本屋、ファストフードなど寄り道したり共に充実した時間を過ごした仲だ。

 そして重度のTS信者。

 この様子を見るに晴樹との関係は変わっていないのだろう。そのことに関しては嬉しかった。先程立てた予想の中からだと人間関係に変化なしで確定か?

 それにしても二つ目のメッセージの内容がとても気になる。BLなどと言う言葉を使ってくることにどういう意味が含まれているかという点についてだ。

 女になっても男の時と変わらない付き合いで俺のことをほぼほぼ男友達として認識しているのだろうか。それとも……

 頭の中に浮かんだ一つの考え。それは何故かアイツだけ俺が元男という事実を覚えているかもしれないという可能性だ。

 もし仮に覚えていると答えられた場合はそれが死刑宣告と同義になる。アイツは推定『TSした親友を自分へ惚れさせるというシチュエーションに興奮を覚えるヤベー奴』だ。

 俺が男だったことを覚えていて欲しいけど同時に覚えていて欲しくない。そんな矛盾に頭を悩まされる。

 

 コンコン

 

 部屋の扉をノックする音で現実に戻される。思考の深みに落ちていた状態から一度抜け出した。この少し控えめな仕方は母さんだろうか。少し経って「起きてる?」という呼び掛けが聞こえたので「起きてるよ」と返した。

 

(そら)、体調は大丈夫?」

 

 母さんは部屋に入ると俺の心配をしてくれた。格好が仕事着ではないため、帰ってきてからすぐに着替えたのだろうか。

 

「パート早かったね」

「天が倒れたから今日はまだ行ってないわよ。そんなことより食欲はある? 昼ご飯あるから身体怠くないようなら下りてきて食べたらどう?」

「ありがと、食べるよ」

 

 母さんはパートに行かなかったようだ。自分の想定より心配をかけてしまったことに申し訳なく思う。

 そして気にする暇がなかったため気付かなかったが、気を失ったせいで朝食を摂ってない。つまり昨日の夜から何も食べなかったことになる。改めて意識すると空腹を感じた。

 母さんの用意してくれた昼食を摂るべく1階へと降りる。

 

「天なんか痩せた?」

「別に痩せてはないよ」

 

(もっと大変なことは起きてるけど……)

 

「そんなに服ぶかぶかだったっけ? 元々なんでか男物ばっか買ってあげてたけど、サイズが合わないならせっかくだし新しいの買ってあげよっか」

「別に困ってないから良いよ。俺よりデカくなってる大地の方が必要なんじゃない? それに俺だけにわざわざ買ったら海実が怒るでしょ」

 

 食卓テーブルで母さんの用意したミートスパゲティを食べながら話をする。話をしてると俺の性別が変わったことに関してはやはり覚えがないようだ。

 しかし、服装がちぐはぐなところから違和感を覚えていることが伺える。

 

「今まで注意しなかったお母さんも悪いけど、その俺っていうのも直した方がいいんじゃない?」

「考えてはいるよ。でも癖ってなかなか消えないもんだしさ」

「そういう考えがあるなら天に任せるけど」

 

 母さんは俺に物事を強制しない。最初に指摘はしても俺自身に気がないと分かるとそれ以上の追求は無駄だと考えてやらなくなる。

 おそらく俺が非行に走らず、学校の成績も悪くないからだろう。成績に関しては悪いとお小遣いが減るというのが理由でキープしているだけだが。

 俺自身も母さんの指摘を全部無視するわけでなく、納得するものはその通りに従う。お互いに距離感をしっかり決めていると思っている。

 それになんやかんや反抗期というものが訪れなかったのも要因かもしれない。高校一年生の海実は中学二年生の時に兆候が現れ、現在も反抗期の現役選手である。

 大地も表面的な態度などは変わらないが最近は家族に対しての口数が減ったように感じる。

 そうした弟、妹と比べると自分は母さんとは気安い関係を築けているのだろう。

 特に海実に対しては娘だからなのか、結構強くものを言うことがある。私生活の注意から家事を率先して手伝わせようとするなど俺や大地より気にかけているのが分かる。そのせいで喧嘩することもよくあるが。

 テーブルを挟んで向かいにいる母さんが突然俺の前髪を指で触れてくる。こうしたスキンシップに驚きはするが無理に振り払ったり抗う気にはならない。気恥ずかしくはあるが変に意識する方がカッコ悪く感じる。

 母さんは前髪を目にかからないように分けると手を離した。

 

「突然どうしたの?」

「食べるのに邪魔じゃないかなーと思って」

「慣れてるから気にするほどでもないけどありがと」

 

 お礼を言うと少し嬉しそうに笑った。しばらくすると母さんは席を立ち部屋を出ていく。そこから数分かけて昼食を食べ終える。そして使った食器を片付けるべく、シンクまで運んで洗い始める。

 すると水の流れる音に混じって足音が聞こえてくる。

 

「天、お願いがあるんだけど」

 

 一度視線を食器から外す。母さんはいつの間にか私服から仕事着に着替えていた。俺のせいで午前パートに行けなかった代わりに午後の就業を少し延ばすのだろう。

 そうなると困ることが一つあるので頼み事の内容も大体分かる。

 

「晩御飯?」

「そうそう。倒れた人に頼むのもどうかと思ったけど元気そうだったから。その感じなら貧血あたりだから大丈夫だと思うけどお願い出来る?」

「いいよ。材料はある?」

「午前のうちに買ってきたからそれで作って」

「了解」

 

 会話が終わると母さんはそのまま家を出た。

 料理は最低限の生活力として備わっている。帰宅部のため家に居て持て余している時間でたまに手伝っているのが理由だ。

 そのため材料があれば何かしら作れる。器具や調味料などにこだわりはないので大した腕はないが。

 冷蔵庫を確認するとキャベツとピーマンと豚肉が新しく買ってあった。ドレッシングなどの買い置き用の棚に市販の回鍋肉の素があったのでこれを作れば良いのだろう。

 炊飯器が空だったので米を炊かないといけない。あとは味噌汁を作れば良いか。品数が少なくてもメインのおかずの量があれば文句はないだろう。

 

 (飯を作るには時間が早いし米研いで炊飯器のタイマーをセットしたら次の授業のタイミングが提出の課題でもやるか)

 

 この時の母さんとのやり取りがあまりにも普段通り過ぎたことにより、今後女のままだと起こるであろう弊害への危機感を失していた。暫くは案外どうとでもなりそうだと楽観的な考えでこの問題を処理してしまったからだ。

 そして同じ時間、限られた情報から「友人が性転換した」という可能性に晴樹が気付き始めたことを俺はまだ知らない。


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