女になった日、女にされた日   作:餡穀

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5:15 PM

 海実によるコーディネートは嵐のような怒涛の勢いだった。それは俺への口撃も同様でいつもの倍罵られた。

 

 『なんでスキンケアしてないのに肌がこんなに綺麗なの?』

 『食事制限せずにそのくびれとか嫌味か!』

 『クッソ!! アタシよりややデカいとかふざけんな!!』

 『自堕落に生きてるだけでアタシの日頃の努力を馬鹿にしやがって!!!!』

 『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛まつ毛長いのムカつくぅぅぅううう!!!!』

 

 ……怨嗟が大半を占めていたが。

 

 30分という限られた時間で一仕事やり終えた海実は肩で息をしている。そして着飾られた俺もかなり消耗していた。主に精神的な疲れが強い。異性の友達がいなければ彼女も居たことのないためファッショントークに頭がついていかなかった。

 

 とりあえず今回のコーディネートで最近の服は馴染みのない難しい呼称が多いということを学ぶ。

 

 『身長高いからガーリーよりフェミニンの方が似合いそうだしフェミニンでいくから」

 『ガー、リー……? フェミ、ニンとは……?』

 『クソ女子力が』

 

 『組み合わせは明るくホワイトとスカイブルーで良いかも』

 『白と水色だよね、わざわざ英語でカッコつけなくても白と水色でイイじゃん』

 『お前は横文字に弱いおっさんか?』

 

 『なんでスカート履くのに深呼吸してるわけ?』

 『(男としての尊厳を一時的に捨てる)覚悟を決めないと』

 『別にいつも制服で履いてるだろ』

 

 『妹相手なのに胸隠すって過剰すぎ』

 『家族相手にも距離感ってのがあるじゃん』

 『弟相手には今朝丸見えにしてたくせに?』

 

 『今日はそのやっすい下着を履くのはやめろ』

 『別に見せるわけじゃないし』

 『見せないところにも気を遣うことで内面から女子力が上がるわけ。新品のサイズ合うやつあげるからそれ履け』

 

 『ブラぐらい早くつけろ。時間ないんでしょ?』

 『ちょっと待てって!(こんなんで良いのか!?全然分かんねー!?)』

 『もっと周りの肉詰め込む』

 『急に触られるとびっくりするだろ!』

 

 ……思い出すだけでゲンナリしてきた。

 

 これからは思わぬボロが出ないようにある程度は意識して生活しようと思った。しかしたった数十分のそれも片手間の指導でくたびれてしまい、自分の今後が心配になってくる。そして、今の格好は恋愛経験0の俺の主観だが、これからお出かけにでも行くんじゃないかと言うぐらいかっちり決めている。

 

 トップスはノースリーブで白……じゃなくてホワイトのブラウス。袖なしは少しだけ肌寒いためネイビーで薄手のカーディガンを羽織っている。

 ボトムスはハイウエストでスカイブルーのスカートだ。フロントに並んでいるボタンがポイントになっている。丈は履いていて安心出来る膝下丈。これ以上短いのは女子歴半日の元男にはハードルが高いので勘弁願う。後はショート丈で白の靴下を履いている。

 

 正直自分でもびっくりするぐらい可愛くなっている。まさか同じ日にまた姿見に写っている自分の姿を疑うとは思っていなかった。下着は海実から貰った新品のものを着用している。サックスで小さな白いリボンが付いている。サテンという触り心地が良い生地らしく、フィット感といい男の下着と全然違う。

 

 しかしこれはどう見ても部屋着の域を超えている気がする。何故ならこれ並みに気合が入った服を海実が家の中で着ているところを見たことがない。さらに今の俺は髪に編み込みを入れている。前髪の量が多いため前髪の一部を残しつつ、左側を編む形でアレンジした。もちろん海実が家で編み込みをしているところは見たことがない。出かける時か練習で編んでる時ぐらいで、練習の時はすぐ解いている。

 

 「気合い入りすぎじゃね……?」

 「普段が気抜けすぎだろうからギャップを出すなら気合いを入れなきゃ意味ないじゃん。心配しなくても色の組み合わせは地味目だし柄も使ってないから部屋着で通じるっしょ」

 「そういうものなのか」

 「ごめん、半分嘘。なんかだんだん楽しくなったから髪まで弄っちゃった」

 「おい」

 

 謝罪の言葉を口にしているが海実は悪びれる様子はない。むしろ少し笑っていた。俺もこの何気ないやりとりが楽しくて笑っていた。こうして談笑するのはいつ振りだろうか。

 

 「今日は時間がないしすると露骨すぎるからしないけど次はメイクもアイロンもさせてよ」

 「考えとく」

 「いや、決定事項だから」

 

 普段は不機嫌で悪態ばかりついてくる妹と久しぶりに仲良く過ごせた。それだけはTSしたことに感謝したい。あとは晴樹を待つだけだが何分ぐらいで家に着くのだろうか。予想した時間より少し遅れて支度が終わったのでいつ来てもおかしくはない。案外寄り道でもして遅くなっている可能性もある。まあ時間がある分には対策を練れるので助かるが。

 

 「ちょっと手出して」

 「……?」

 

 海実がこちらに手を差し出していたので、その上にそっと重ねるように手を置く。

 

 「爪のツヤ出してあげる」

 

 もう片方の手には爪やすりが握られていた。ここまで手伝ってくれることが意外で一瞬、惚けてしまうが、そのまま厚意に甘えて爪のケアをしてもらう。爪の手入れなど人生で一度もしたことがないため、表面を削るこそばゆさが慣れない。

 

 それにしても手際が良い。指一本に対して20秒かからないぐらいで終わらせる。普段から自分の手入れを欠かしていない証拠だろう。女子はカワイクなるために裏で努力していると耳にしたことはあるが実際はどんなものか知ることもなかった。しかし、こうして努力の結果を目の当たりにすると感心せざるを得ない。

 

 「いつもおつかれさま」

 「どういたしまして」

 

 さて、最後の仕上げは海実に任せるとして今のうちに晴樹と相対する時のルールを決めておこう。最低限口調は変えるべきだ。ロールプレイだと意識すれば女性的な口調も苦ではない。一人称は私、柔らかい言葉遣いを出来るだけ意識して使う。

 

 イメージとしては朝、鏡の前で真似した自分の好きなヒロインだ。明るくて優しくて笑顔の似合う清楚な娘。

 

 『おはよ。頭に寝癖ついてるよ?』

 『あそこのお店で売ってるスイーツがとってもおいしいの!』

 『ど、どうかな? この水着、似合う?』

 『今日はまだ一緒に居たいな。もうちょっとだけ○○くんの家に居ても良いよね……?』

 

 自分が言うことを考えて少し気分が悪くなるが、そうも言っていられない。自分の感情を押し殺すように無理やりだがイメージのインプットが完了。同時にメッセージの受信音が鳴る。

 

 17:20

 『着いた』

 

 これは玄関の前にもう居るってことだろうか。インターホンを鳴らさなかったのが疑問だが。しかし、これからだと意識すると緊張で指先から血が引いていく。大きく深呼吸して心を落ち着かせようと試みる。まだ少し硬さが残ってる気がする。この格好を見せること自体が恥ずかしいのだから落ち着かないのも当たり前だろう。ただ向こうも長く待たせれては困るはず。緊張してようがなんだろうが行かなくては。

 

 「これ最後にしていきなよ」

 

 海実から手のひらサイズで円筒型の物体を手渡される。これは俺も使ったことがある。しかし何故今手渡されたのか理由は分からない。緊張をほぐすために敢えてボケてくれたのだろうか。確認の意味も込めて渡された物の名前を声に出す。

 

 

 

 「……スティックのり?」

 

 「無色のリップ! 何ボケてんのッ!!」

 

 ボケてたのは俺の方だったか。それぐらい今の自分に余裕がない証拠なんだよ。あまりにもベタなボケをナチュラルにやってしまった。正直恥ずかしい。

 

 とりあえず好意を無駄にするわけにはいかないので早く使おう……と思ったが使ったことがないのでなんとなくの使い方になってしまう。俺はキャップを外し底の部分を回して押し出す。そして勝手も分からぬまま恐る恐る自分の唇に近づける。

 

 「もしかしてリップすらやったことない?」

 

 何かを察した海実が呆れた声で聞いてくる。もちろん俺からの答えは一つ。

 

 「……はい」

 「この女子力赤点女〜〜〜〜っ!」

 

 素直に肯定しても許されないようだ。これは声を荒げられてもしょうがない。海実は眉間の間に指を当て、ため息を吐く。自分のケアをまったくしたことのない俺に対して頭を悩ませているのだろう。せっかくの好意を無駄にしてしまったことに困っていると自分の手からリップがひったくられた。

 

 「ほら、こっち向いて」

 「えっと……」

 「最低限の手伝いくらいは最後までしたげるから」

 

 海実のされるがままにじっとする。唇をなぞられる感覚が数回したと思えばあっという間に終わった。最後にしっかり塗れたのか目視で確認している。しかし年頃の女の子に顔を触れられたり、息がかかるような距離に顔があるのは実の妹とはいえ少し照れる。

 

 「よし、いいんじゃない?」

 「ありがとう。それじゃ行ってくる」

 「適当に助け舟くらいは出してあげるから、まぁ頑張って」

 

 適度に力のこもってない激励に頷いて返す。まさか海実がここまで面倒を見てくれるとは思っていなかった。あとでしっかり今回のお礼をしよう。

 

 行く前に最終確認。

 

 (俺、じゃない……私。だろ、じゃない……でしょ。しよう、より……しよ? "くん"付けの方が女としてのあざとさが出るな、じゃなくて……出るよね。えーっと、こんな感じでいいのかな? いいよね……?)

 

 覚悟を決めていざ、晴樹の待つ玄関先へ。

 

 

 

 

 いつもと同じ朝。いつもと同じアラームの音で朝目を覚ます。いつもと同じ時刻の電車に揺られて学校に着けば、いつもと同じ顔ぶれのクラスメートと他愛のない挨拶を交わして席に着く。

 

 何も変わらないどこにでもありふれた日常。いつもと違うところがあるとすれば、一つ前の席が空いていること。高校生活2年と数ヶ月を共に過ごした親友の姿が見当たらないぐらいか。皆勤ではないがアイツが休むことは珍しく、久しぶりに親友の居ない学校になる。だからいつもとは少しだけ違う1日になると思った。

 

 しかし自分が思っていた以上に変わった1日を過ごす。天を除いて比較的仲の良い上原の居るグループのところへ足を運んだ時のこと。

 

 「うっす」

 「ういっす。(てん)さんが居なくて寂しそうだな」

 

 会話を始めて早々に天を絡めたいじりを受ける。寂しいというよりかはつまらないの方が正しいのだが、それより開口一番関連付けられる辺り俺たちはセットで認識されてるのだろうか。確かにクラスが一緒で学校行事も基本的に行動を共にしてた。しかしいつも一緒に居るわけでもない。心外とまではいかないがつっこまざるを得ない。

 

 「俺は共働きの親が恋しい小学生か」

 「……つまり天さんに母性を求めているのか。お前らの関係は想像以上に業が深いな」

 「何故そうなる。何故母性」

 「いつもイチャついてるからそういうことも裏でやっててもおかしくない」

 「いや、おかしい。オギャリティの高いプレイはカップルでも人によっては拒否されるだろ。というかイチャついてるって表現やめろよ」

 

 軽口の応酬は高校男子の会話では日常茶飯事。しかし流石に同性愛者をイメージさせるような表現をみんなに聞こえる教室の中でするのはやめて欲しい。いや、TS好きと考えると白とは言えないグレーだけども。精神的BL好きだけども。ただそういうのは天以外にバラしてないし広まって欲しくない。適当に別の話題を振って会話を切り替えてその場はやり過ごした。

 

 次に移動教室のため別の教室に向かっていた際にクラスの女子と話をした時のこと。

 

 「なんか葉坂(はさか)さんと居ない平川(ひらかわ)くんってレアだよね」

 「別に学校でも常に一緒ってわけじゃないと思うんだけど」

 

 仲里(なかさと)から天を切り口に話しかけられる。どうやらクラスの男子だけでなく女子からも俺と天はセットの認識らしい。

 

 クラスの女子とは必要最低限の関わり合いしかないため、こうして会話することは珍しい。1年の時は何もしなくとも女子側から話しかけられることが多かった。しかし3年にもなると俺があまり女子と会話しないタイプの人間だと分かってくれる。それに慣れた同級生からは何かきっかけがあれば話しかけてくるぐらいに落ち着いた。

 

 「葉坂さん休みってことは結構重い方なんだね。ラインでやり取りするならいつもより優しく接してあげなよ?」

 「貧血だしそこまで心配するほどでもないと思うけど。アイツも貧血で学校休めてラッキーぐらいに思ってるんじゃないかな」

 

 天の休んだ理由だが貧血を起こしたためだと朝のHRで担任の保谷(やすたに)が言っていた。個人的に天がそのくらいで休むことはまだ少し疑問が残る。ただ疑問に思っていても体調不良以上のことは分からないし気に止める必要はないだろうとそこで考えるのをやめていた。とりあえず休み時間に適当なメッセージを送ったぐらいだ。

 

 「……葉坂さんかわいそうに」

 「えっ、なんで?」

 「あー、あまり愚痴とか態度に出さないタイプか。偉いなぁ」

 

 今の会話の流れで何故天が同情されているか分からない。別に男友達の関係なんてこのぐらいドライだと思う。治るのに何日もかかる怪我とか病気なら心配もするが、ただの貧血なら心配するほどでもないだろう。

 

 しかし今の会話で明らかに仲里が俺に向ける視線が冷たくなった。女子の友情や仲間意識の違いに唖然となる。

 

 「まぁ私たちには大変な日があるんだよ。彼氏ならもう少し理解を深めてあげたら?」

 「心配するのは分かったけど、彼氏という言葉を使われる理由が分からないんだけど」

 「……葉坂さんかわいそうに」

 「なんで!?」

 

 さらに仲里の視線が冷ややかになったところで目的地に辿り着き会話が終了した。

 

 その後も休み時間でクラスの誰かと話す度に、似た流れで俺と天が友達以上の関係とされた上で話をされた。その自分の知らないお決まりの流れに辟易して思わずラインで天に愚痴ってしまう。

 

 しかし互いにからかい合うのがスタンダードな男子ならともかく、女子からもホモカップル扱いされることに違和感があった。しかもそこまで仲が良いわけでもなく、距離感としてはあくまでクラスメートとしてまでしかない相手からだ。今までそう言ったからかいがなかったため余計に不審に思う。

 

 気になって聞き返してみると逆に付き合ってなかったの? みたいな反応が返ってくるか俺の好感度が下がる一方で自分が知りたい答えを聞けずに居た。

 

 そして放課後、図書室で今日の出来事を整理している時のことである。司書の女性からついに核心へと迫る言葉を聞く。

 

 「いつもの女の子と一緒じゃないなんて珍しいのね」

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