訳:俺の部屋行こうぜ、発言からどこか落ち着きのない様子の天。部屋へ案内される途中の口数がやけに多く感じるが、まあ言及する程のことでもないか。
そして、ある部屋の前に立ち止まる。どうやらここが天の部屋らしい。天は胸に手を置き、目を瞑っている。心を落ち着かせているのだろうか。
しばらくすると目を開けドアノブへと手を伸ばす。慎重にゆっくりと回すと、その調子のままドアを開けた。
こちらへと顔を向ける。
「じゃあ、どうぞ……?」
「いやいや、俺相手を自分の部屋に入れるのにそこまで緊張するこたないだろ」
ニコリ、と笑っているがやはり緊張した空気は隠せていない。なので、その緊張をほぐしてやろうと茶化すよう笑いながらツッコミを入れた。天は「べ、別に……」と吃ったようにごにょごにょと言葉を返すのみ。
くっ、なんかその含みのありそうな態度は勘違いしそうになるからやめて欲しい。俺は推定TSっ娘だと認識してるから友情を優先することで何とか理性を保つことが出来る。だが、もしお前が本当に女だとしたら自分に気があるようにしか見えない。
部屋の中での雰囲気や状況によっては自制出来るか分からないぞ。唯でさえ格好から見た目まで俺の好みだと言うのに。
あー、このまま深く考え続けるのはマズい。とりあえず招待されてるのだからさっさと部屋に入ろう。俺はTSっ娘の証拠を掴むため、家宅捜査に来たTS
煩悩を振り払おうとヤケクソ気味に部屋の中へと踏み入る。
「はい、これ」
入ってすぐ、天からラベンダー色のクッションを渡された。そして、自身は水色のクッションをちゃぶ台の横へと下ろし、その上へと腰を落とす。これを使って座れと言うことか。
それにしても今の動作、中々様になっていたな。先程の失敗を学習したのかスカートをお尻の下へ敷くようにして座った。そうそう、男の頃の癖が抜けずちょっと恥ずかしい思いをした後に女の子として作法をラーニングする。これこそTSっ娘の味わいだ。やっとらしくなってきたな。
そんな親友の成長する姿を目に焼き付けているとあることに気付く。
(おお、それは……!)
男性と女性の身体の構造は違う。性器もちろんだが、次に分かりやすく異なる箇所と言えば骨格だろうか。男性の肩幅や肋骨など重い筋肉を支えるため、女性より広い。だが逆に骨盤は女性の方が広い。その影響で男性はガニ股、女性は内股になり易い。それが楽な座り方への違いに出てくる。
天は今、両足の間にお尻を落として座った。いわゆる女の子座りというやつだ。意識的かそれとも無意識的だったかは分からないがTSっ娘がそれをやるのが俺は大好きでね。ありがたみの深い光景を前に心がほくほくだ。
(……おっと、いかん。和んでる場合じゃないな)
本命を思い出すと、早速何か引っかかるものがないか部屋の中を見渡す。足下にゴミ一つ見当たらず、机の上に物が散乱しているなどもなく綺麗に片付いてある。ファストフードで食べ終わったハンバーガーの包み紙をわざわざ綺麗に折り畳むなど几帳面だと思っていたが、部屋もそんな性格と違わず綺麗にしているらしい。
家具など白を基調にしているが、カーテンやクッションなど所々パステルカラーをあしらっている。チェストの上には写真立てに小さな観葉植物、卓上カレンダーに謎雑貨などの小物がきっちりとした配置で並べてある。
机の上にはクリアカラーのシャープペンシルなどが入ったペン立て、小物ケースと畳めるタイプの卓上ミラーが置いてある。その机の隣の背が低い本棚は布を被せているため中身は分からないがサイズ的に教科書用だろう。
フローリングの床には敷いたカーペットと、現在俺と天の間にある足を畳めるちゃぶ台がある。他にもモニター、ではなくあれはTVか。あと球体のような洒落た形のテープルランプに加湿器らしき家電など色々と整頓して配置されている。
ハンガーラックにはうちの学校の女子制服がかかっていた。天の妹は別の高校のため、あれは正しく天本人の制服だろう。
なんというか「かわいい印象を受ける部屋」というのが感想だ。自分が想像する女の子の部屋に近い。
しかし、おかしいな。俺と天の共通の趣味であるマンガやアニメ、ゲームの類いが見当たらない。
「えっと、何か気になる?」
「いや、まあ初めて招待されたわけだし色々興味はあるって。でも普通に良い部屋だな」
部屋チェックに没頭していると、天が心配そうな顔をしながら声をかけて来た。まあ部屋に入ってから黙って室内を見渡すのは部屋の主人としては気になるわな。
だから、まずは安心させる。そして次に相手を褒めることで口を軽くしよう。この場合、部屋を褒めることが有効だろう。
「その、どの辺りが良いと思った?」
「なんというか、女の子らしいかわいい部屋だと思った」
「ほ、ほんとっ!?」
天は先程まで不安そうだった顔を綻ばせ、その声を気色に滲ませながら返事をした。身体の前で両手を軽くきゅっと握るようなポーズが愛らしい。
「わざわざ嘘はつかないって」
「えへへ、そっかぁ……! 女の子らしい、かぁ……!」
安心したのか息を吐いているが、この照れ笑いが反則的にかわいい。部屋もだけどお前もまさにかわいい女の子って感じだよ。このままずっと見ていたい気分である。
だが、そうはならない。心苦しいがこれから俺はお前を少しずつ追い詰めなければならない。違和感の正体に繋がる何かを本人の口からも語ってもらおう。
「そういや部屋まで来たけど何しようか。ゲームとかどこ? やろうぜ」
「えっ!? げ、ゲームなら……弟の部屋だよ? ちょうど今貸してて……」
ふむ、やはり焦りを見せたな。
俺と天は性別が変わっても学校で仲が良いという認識をされている。しかしアニメやマンガ、ゲームが好きという共通の話題もなしに俺が女子と仲良くなるとは考え難い。
つまり逆説的に考えれば男だろうが女だろうが俺と仲が良いのなら必然的に、天はゲームもマンガも俺と話せるぐらい好きだろう。そうでなければ大前提として俺と天の間に接点が生まれないのである。
男の天は一緒にゲーセンへ寄れば毎回格ゲーの筐体へ行くぐらいにはゲームが好きだ。その拘りはTVだと反応速度が遅くなるということで、わざわざモニターを購入して使用しているぐらいだと聞く。
そう、この部屋にあるのはモニターでなくTVだ。
違和感の正体、それはマンガやゲームなど天の趣味に基づく痕跡が一切存在しないことだ。
ゲームを弟に貸したから部屋にないのは嘘だとしても納得は出来る。その流れでモニターごと貸した、まででも百歩譲ってギリギリ分からなくもない。しかしモニターを貸した上でわざわざTVを替わりに置くのは疑問が生じる。
これはつまり移動させたのではなく、初めから存在しなかったという風に俺は捉えた。
そこから導き出されること。それは、ここは天の部屋ではなく別の誰かの部屋疑惑だ。そして、消去法で考えるならおそらく妹さんの部屋だろう。
なるほど、一度そう思うと色んなことが芋づるのように繋がって見える。例えば本棚へかけられた布だ。これは中にある教科書が3年生で使うものでなく1年生のものが並んであるが故の目隠し。そう考えるとしっくりくる。
しかし、この推理勝負の不利な点はモニター程度の知識の食い違いなど、天が惚ければそれだけで意味を為さなくなることだ。
仮にマンガの話題を出しても同じ手法で躱される。マンガも最近は電子書籍に乗り換えて紙類のヤツを厳選したと聞いた。ポンと貸し出したと言っても無理のない量だろう。
つまり、天の趣味由来でこの部屋にある筈のものを聞き出すのは全て悪魔の証明を使われて無効化されるわけだ。
そしてここが自分の家でないため、あそこに何か隠してあるのでは? と疑惑があっても流れもなしに突然家探しすることなど出来ない。だから先程の教科書の推理も現時点では検める方法が存在しないのだ。
だが、これはこれで好都合。ゲームやマンガを借りて読むなどやることがないなら流れは自然にトークへと変わる。何を話題にしても良いが折角だし、そちらが用意した隙を突かせてもらおう。
「ゲームが出来ないならしょうがない。ま、いっか」
「ごめんね」
「そう言えば気になったんだけどあそこにあるのって家族写真だよな」
「え? あっ……! そうだよ。おばあちゃんの家がある岐阜に行った時の写真」
俺はチェストの上に飾ってある写真立てに注目する。その中には葉坂家が帰省先で撮ったであろう一枚が入っていた。天が小学校の高学年か中学1年生ぐらいの時期だろうか。いかんせん写真の中の天も女になっているため年齢が分かりにくい。
父親の側で嬉しそうにしているちびっ子は天の弟だろう。母親の側にいる髪の短い女の子が天で、その隣で仲良く手を繋いでいる小さい女の子が妹さんか。お互い笑顔のようで話に聞いていた通り、この頃の兄妹仲は良いようだ。
そしてこの頃の天は前髪が今のように長くなく、日焼けした肌といい雰囲気も元気溌剌といった感じだ。屈託のない眩しい笑顔を浮かべている。
やんちゃっぽさから女の子らしさは薄くなっているが、顔立ちの良さが美人になるだろうという将来性を感じさせる。実際すぐ目の前に居る天はかわいいので進化は成功している。
というか意外だな。当時流行ったものとかの思い出話はしても、天は自分の昔話はあまりしない。だから小中学生の頃なんて断片的にしか知らなかったけど、この日焼け褐色少女の性別を反対に置き換えたらバリバリのスポーツ少年って見た目をしている。
今は帰宅部生活によって真っ白な肌に変わり見る影もないが、体育の授業でそこらの運動部より卒なくこなしてる辺り素の運動神経が良いのだろう。
と、まあ話を戻そう。何故俺がここに目をつけたかというと新たな手札になり得そうな情報があるからだ。それは写真の中の天の服装にある。
この半袖に短パンは完全に男物の服だ。仮に天が次男であった場合、兄からの服をお下がりで着ているというそれっぽい理由が出来る。しかしそうじゃない、天は長男だ。
両親はわざわざ男物の服を買い与えるだろうか。あり得なくはないが確率はかなり低いだろう。もし、そうだとしたら小さい頃男の子だと思ってた子が再会したら女の子だったを娘がやるために狙ったとしか思えない。
さて、写真に対しての天の反応だが狼狽えているように見える。あんな目のつく位置に写真を飾っていれば、それこそ話の種になるだろうに。自分から部屋へ誘ったにも関わらず、見られるのが嫌なら初めから片付けておいても良い筈だ
俺からは存在自体に気づいてなかったが故の狼狽えにしか見えない。
余計にこの部屋が妹さんの部屋疑惑を補強していく。いいぞ、もっとガバを出せ。
と、不意にワイシャツの袖口を弱く引っ張られる。無造作にちゃぶ台の上に放り出していた右腕の方を弱々しく、天がちょいと指で摘んでいた。
「あんまり見るのは恥ずかしいかもっ、だってその頃の私、その……す、凄く……男の子っぽいし……」
天はやや俯き加減で顔を赤くしながら、上目遣いで抗議してくる。少し縮こまりながら、どこか子犬を彷彿とさせるような健気さを演出している。
ぐッ、こいつ自分の容姿の良さを自覚して仕掛けて来やがる。あざとさを熟知した上で狙い澄ました攻撃は厄介だ。一撃一撃の破壊力が高い上に急所へと確実に叩き込んできやがる。
「あー、すまん。お前の昔の写真とか物珍しくてさ。でも、話には聞いてたが妹さんと昔は本当に仲良かったんだな」
「うん、あの頃は私も運動とか色々頑張ってたから」
天の策略に引っ掛かり、話の腰を折りそうになったがまだ逃さんぞ。あの写真から上手く妹さんとの話題へ繋げる。この妹さんとの関係さえ、はっきりすれば一気に牙城を崩すことが出来る。
次弾は込めてある。いつでも「それは違うよ」という準備は出来ているのだから。
「それで、妹さんとはいつ仲直りしたんだ? この前も機嫌損ねたーって落ち込んでたのに、今日はそんな不仲なんて事実なかったみたいに2人で楽しそうにやり取りしてたじゃん?」
矛盾点に切り込んでゆく。それに対して天は目を泳がせている。やはり、何か隠していることがあるのは明白。元から仲が良かったと惚けるにも先程、言質をとってある。確かに天は昔
つまり何か理由があって昨日今日で仲直りをしたことが明白となった。
「さっきの事故の時もあの子がサッと天を助けてたし、天もあの子のこと頼ってる感じあったし話と全然違う礼儀正しい良い子じゃん」
さらにもう一発とばかりに追求内容に補足を加えたが……よし、天の視線は泳いだまま。この渋り方は核心を突いたに違いない。
俺から見た妹さん像からどう返せばいいかあぐねているのだろう。
素直に「外面だよ」なんて言えばどこで聞いてるか分からない妹さんの怒りを買うに違いないし、今必死こいて言い訳を考えてるのか?
天の今の状況を例えるなら「四面楚歌」、「五里霧中」、「八方塞がり」と言ったところだろう
あれ、これつまり実質詰みまで持っていった? つまり勝ちというわけか。よし、
(勝ったわ、風呂入ってくる)
突然だった。
心の中で勝利を確信しながら天がどうするか待っていたら、天はお尻を浮かして隣へ移動して来る。何が起こるのか予測が付かず、かと言って反応して動くことも出来ず次の行動を待つしかなかった。すると右腕が暖かく、柔らかい感覚に包まれる。
驚きに目を開きながら隣に視線を映すと、縋るような熱の籠もった双眸と目が逢う。そして、その細く折れそうな繊細な身体で俺の腕を抱きながら――――
「……海実とのことじゃなくて、もっと私だけのこと知って欲しいな」
甘い声を鼓膜に染み渡らせた。
……心臓が止まるかと思った
コイツは昨日まで本当に男だったのか……?
だとしたらとんでもない人を誑かす才能があるだろう
いや、待て……やっぱり女だったのではなかろうか……?
これはひょっとして異性としてアピールされてるのか……?
だとしたら俺はどうすれば良いんだ
いやいや……
いやいやいやいやいやいやいやいやいや
(いや、待てッ!)
だから待て、俺の心臓ッ! 鼓動が早くなってるのが体感で分かる。そして、口から心臓が漏れ出しそうだと錯覚させる程の鼓動とは反対に、身体は石のように固まって動けない。なんなんだ一体、どうしたんだ俺の身体。
今まで体験したことのない状態に陥って頭が完璧に混乱している。
俺は瞬きすら出来ず、ただずっと天を見つめることしか出来なかった。
しかしそんな金縛りにかかっているのは俺だけだったのか、天は動かない俺から慌てたように離れる。
「や、やっぱりゲームしよっか!? そうしよ! うん、話してるだけじゃつまんないもんね! 大地のところから持ってくるから待っててねっ!!」
そう早口で捲し立てると早足で部屋から出て行った。俺も金縛りから解かれてやっと身体が反応出来るようになった。そして、急いで振り返ったが、部屋から出る背中を見送ることしか出来なかった。
完璧に負けた。俺が聞きたかったことを見事にはぐらかされてしまった。しかも理路整然とした言葉で言い負かされたのではなく、あんな雰囲気だけの行動に。
大きな溜息が溢れる。
(TSっ娘だとしても、アレ狙ってやったなら元から
天がゲーム機を抱えて持ってくるまで右腕に残った感触を忘れないよう、ずっと思い返すことしか出来なかった。