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固まった晴樹を置いて自室へゲームを取りに行く。ゲーム機の片付けは子どもの頃に習慣として身に付いているためお手の物。テキパキと進んでいく。
しかし、友達と家でゲームをするなんて何年ぶりだろうか。
なんやかんや上手く誘導されてゲームの存在を自らバラしたが、元々は隠し通すつもりだった。
アイツ相手だとやってるうちに熱くなってボロが出そうなもの筆頭だからだ。これからやるにしてもハラハラである。
だが晴樹とゲームをやる機会が巡って来るこの状況、実は嬉しかったりもする。
ゲーセンに寄ればよく対戦をしていたが、やはり自分の家で寛ぎながら他人の目を気にせずというのは格別な楽しさがある。俺は晴樹の目を気にしなければいけないが……
そんな色んな気持ちが混ざって俺の胸中は大変複雑になっていた。
それにしても、と支度の最中ふと自分がやった先程の行動を思い出す。
『……海実とのことじゃなくて、もっと私だけのこと知って欲しいな』
晴樹の腕に抱きつきながらの一言。自分なりに媚を売るような甘ったるい演技を意識してやってみたが、目論見は見事に成功。
いや、成功どころか想像以上で、やられた晴樹はものの見事に硬直して動かなくなった。
アイツの方が勉強も出来れば地頭も良い。だからゲームでの読み合いや駆け引き、単純な口喧嘩になればいつも俺が言いくるめられて負けている。
たまに一矢報いることはあった。しかし自分が著しく消耗した上で晴樹は若干の余裕を残しているように見える、いわゆる勝ちを譲られる形のものばかりだった。そんなもの実質敗北したことに変わりない。
だからだろう。アイツのあんな顔は初めて見た時、得も知れぬ感覚を味わった。
あの時の晴樹の顔、まさに度肝を抜いたとしか言い表せないものだ。見開いた目は瞳孔が開いていたし、ポカンと開いた口はそのまま塞がらないまま。何より顔が見たことないぐらい真っ赤になっていたのが新鮮である。
こっちもビックリして少し早足で部屋を抜け出したほどだ。
(やばいな……)
だから俺は現在、ほんのちょっぴりの高揚感に包まれている。今まで色んなことで負け越していた相手をここまで簡単に負かすことが出来たことに。
そんな気持ちの悪い優越感のせいで、顔のニヤつきが抑えきれず僅かに漏れてしまう。口角がやや吊り上がる。
貰ったチート能力で無双するのはこんな気持ちに近いのだろうか。
(ホントやべぇわ)
危ない思考から抜け出すべく頭を振る。これ以上はいけない。
俺の目的はあくまで自分のTSっ娘疑惑を晴らすことだ。流石に最後のあれはやり過ぎな気がしてならない。今後自分からみだりに触れるは止めるべきだろう。そのことを努努忘れず行動しなくては。
しかし、そうは分かっていても晴樹を制したあの感覚
……なんか癖になりそうかも
◆
部屋の外からかわいい鼻唄が聴こえてくる。その歌は徐々に近づいて来ると、ついに扉を隔てた向こう側から聴こえる。
まさにご機嫌と言った感じか。
ガチャリ
ドアの開く音。天は細い身体でゲーム機を抱えながら、塞がった手が使えず肘でやりにくそうにドアノブを回していた。
「お待たせー!」
こっちの気持ちを知ってか知らずか、和やかな笑顔を浮かべている。
戻って来るのにどのくらいかかったかは余裕がなかったため分からない。しかし短くはない時間で俺の心と身体は共に平静状態へ戻っていた。
ふと、抱えて持ってくる途中に手から溢れたのか、コードが一本床に向かって垂れ下がっていることに気付く。固い端子部分を踏めば足の裏が痛いのは勿論、壊れる原因になったり、つんのめって転んでも危ないので早々に拾い上げた。
「あっ、ありがと」
「ん、別にいいよ」
(げっ……)
近づいたことで別のことにも気付く。コイツが分かっててやってるのか判断つかないが、天はゲーム機の上に自分の胸を乗せていた。
ゆったりとしたカーディガンだったため視覚的に分かりにくかったが、小さくはない並サイズの胸が主張している。視線を逸らす意味も兼ねて、その顔を伺ってみると視線が合う。
「どうしたの?」
「っいや、何でもない」
至近距離で目と目があったことが先程の出来事と重なってしまう。さらに腕に当たった胸の柔らかさまで思い出し、そのせいで返答が若干早口になる。グっ、悪女め……
一見何も分かっていないような声音だったが、天の意図は分からないままだ。
俺が悩んでいると、開いていた部屋の扉が突然閉まったことでその思考が途切れる。天は両手が塞がっているし、俺は触れてない。
原因を探るべく扉を観察すると理由はすぐに分かった。単純に天が足で閉めただけだった。特段気にするようなことではなかった、と胸のことへ考えを戻そうとした。しかし、何か引っかかりを覚える。
天が扉をただ足で閉めただけなのだが……いや、そうか。キャラがそぐわない、どちらかと言うと男の天っぽいんだ。机から落ちて遠くに転がったペンやら消しゴムを足で近くまで引き寄せたりコイツ足癖悪かったからな。
そのことを踏まえて改めて天の様子を伺う。
「えっと、重いしゲームのセッティングもしたいんだけど……」
「ああ悪い」
通り道を開けるためさっと横に避けると、天はTVの前にゲーム機を置き準備を始めた。
天はさっき俺が動かないことに困惑はしてても別段自分のやったことに関して気にした様子はなかった。ゲーム機で胸を意識した時と反応が変わらない。つまり……
(天然かコイツ)
神はとんでもない小悪魔をこの世に生んでしまったようだ。
さて、全部やらせるわけにはいかないし早く準備を手伝うか。天がHDMIコードを挿してるから俺はコンセントの方をやろう。
コンセントがどこにあるか部屋の中を見渡す。初めて入る部屋だったが物が片付けられているため、どこにあるのか案外簡単に見つけた。
その中から近いところへ配線すべくコードに手を伸ばす。すると天と手同士ぶつかる。
「あ、悪い」
俺は特段気にすることもなく素直に謝るのだが、天の様子がおかしかった。俺の手に触れたことに気付くと慌てたようにさっと手を引いたのだ。
人の腕抱きしめた悪女が何を今さらと思った。だが、ある一つの考えが浮かび上がる。もしかして、案外コイツも照れているのではないか?
やられた俺は勿論かなりビックリしたし照れてしまった自覚もある。だが、それはやった本人である天の胸中にもかなりの影響を与えているという考察だ。
実はかなり大胆な行動だと分かった上で内心恥ずかしがりながら勇気を出して……みたいな。なんだそのいじらしさは。
……いや待て、男が男の腕にくっ付くのにそんなかわいい理由の勇気があるだろうか。
確かに恥ずかしくはある、というか一部の例を除いて恥ずかしいの前に気持ち悪さを感じる筈だ。そういう意味での覚悟はあるだろう。
しかし、俺が先に想像したのは明らかに女の子の思考パターンではなかったか?
やはり、先程の出来事からTSっ娘センサーが鈍り始めている。
天のことを女として意識し始めてしまっている。クソッ、明らかな
早急に研ぎ直さねばならないと心に決めた。
それとは別でとりあえずコンセントは俺が挿した。
「準備終わったよ」
「何すんの?」
「えへへ、ワクアク」
「楽しそうだな」
「だって家で一緒にゲームやるの初めてだもん」
美少女のだもん、はかわいい。これは一般教養なのだが知識と実体験では得る感覚がまるで違う。そのゲームのパッケージを両手で持ち、顔の下半分隠す仕草と相まって破壊力抜群だ。
しかし
TSっ娘センサー的にはややグレー。若干男臭いセンスではあるがこのご時世、女性ゲーマーも珍しくない。疑う証拠としては弱い。
と、ここでワクアクの名前を目にしたことであることを思い出す。
「そういえば、天ってメリッサのコスプレイヤーの画像スマホに持ってるけどなんで?」
そう、コイツはちょっと露出の高い美人コスプレイヤーの画像を拾ってはスマホに保存していることを俺は知っている。そしてワクアクの中でメリッサは1番露出の高いデザインだったりする辺りコイツのむっつり加減が窺える。
そして共感を求めるためか、たまにラインに貼っては聞いてくるのだ。「この人めっちゃいいね」と。
エロいとかシコいとか直接的な表現は使ってなかったがラインの中に会話履歴が残っている。これを言及するのは良い手だろう。
「えーっと、その、良いなぁって思って……」
「何が?」
会話履歴に関しては勘付いたのだろう。惚けることはしなかった。しかし、別の箇所で事故が起こったぞ。良いっていったい何のことを指すんだ?詳しく聞かせてもらおう。
「良いって言うのは、その……憧れちゃうなーって……じょっ、女性目線だとこういうの1度は自分も着てみたいかもって思うの!」
ちょっとヤケクソ気味にだが、まあ納得できなくもない理屈を並べて来た。しかし、これは良い言質になるな。何かの時に使おう。
「そ、そんなことより早くやろうよっ! 1Pはわたしだから」
「わかったよ」
互いにコントローラーを握る。俺はゲームパッド派だから良いが天は本来アーケードコントローラー派だったはず。負け越してる立場で舐めプか?
ならば良いだろう。先程のやり取りで最初から手加減はなしと決めた。TSっ娘わからせってやつを実践してやろうではないか。
それとは別に女の子座りで肘を広げず両手で持ったコントローラーを太ももの上にちょこんと置いてる画は大変かわいい。写真に残したい。
ーーーーだからと言って手加減はしないが!
モニターには俺の勝利を表す文字が表示されている。さらに言えば俺の体力バーは満タンで見事に完封してしまった。
というか天の操作するキャラの挙動が明らかにおかしかった。反応が遅ければ、やりたかったと予想されるコマンド攻撃とは違うコマンド攻撃に化けたりして散々だった。
画面端同士にも関わらず近距離コマンド攻撃を繰り出した時は煽りかと思った。
俺の予想だが身体と共に手も若干小さくなっているからだろう。実際に触れたから分かるが、指は細くなっていたし手自体も小さく、そして柔らかくなっていた。そのせいでいつもの感覚での操作が上手くいかなかったと考える。
「あはは、晴樹強いね……知らないうちに買って練習してた……?」
天はそう言いながら苦笑いを浮かべている。その見た感じの反応からショックを受けているように見える。しかしそうじゃない。
天と付き合いの長い人間なら分かるが、ストレス系で大きな精神的負荷がかかると前髪を弄り出す癖がある。
まさに今、前髪を弄っており見た感じ以上のショックを受けているようだ。因みに最上級のイライラの場合だと前髪を掴むのがそうらしい。
「……少し待ってて。下から飲み物取ってくるから」
どうやらこんな生き恥を晒した上で続行するらしい。しかも飲み物まで持ってきて長期戦を望むか。良いだろう、ならばその自尊心を完膚なきまでボコボコにしてやる。
流石に連続完全試合とはいかなかったが、俺が受けた手傷と言えばガードした時の削りダメージぐらい。つまり実質攻撃らしい攻撃は受けていない。
天の様子を伺えば想像通り悔しさに顔を顰めていた。
流石にかわいそうかな、次の試合は多少手を抜こうかなどと考えていると
「ちょっと暑くなって来たね……」
そう言って、天はいきなりカーディガンを脱ぎ始めた。
突然のことで反応が出来なかった。天がボタンを一つ一つ外していく様子を俺は黙って凝視してしまう。
天がボタンを下まで外しきり、カーディガンの前を開く。その瞬間、溜まっていた熱気が解放され広がってゆくのを幻視した。さらに熱気と混じり、女性の持つ色気のようなものまで広がるのを錯覚させる。
続いて目に入ったのは生の肩だ。なんとカーディガンの下に着ていた服はノースリーブだった。その大胆な装いに驚く。
清潔感を感じられる白のブラウスだが、ハイウエストのスカートとの組み合わせによってカーディガンを上に着ていた時より胸の形が分かりやすくなっている。
そして肌の露出面積が増えたことも相まって、かなり欲情を煽る格好へと変わってしまった。
やばい、また自分の顔が赤くなっている気がする。
画面に表示された俺の操作するキャラの体力ゲージはほぼ満タンに近い。しかし、頭の中に表示された俺自身の理性ゲージの方は今の一撃だけでかなり削られた。
「ふう、次やろ?」
俺の胸中とは裏腹に天はまったく気にした様子がない。おそらく俺を負かすことで頭の中がいっぱいなのだろう。いったい自分がどんなことをやらかしたのか欠片も気付いてない。
しかし俺は自分を誤魔化すためにツッコミを入れず、すぐさま再戦を選択する。
流石に自身も冷静さを欠いていたため、逃すラウンドがあった。それでも結果を見ればこちらの全勝。残念ながら今の天では相手にならない。いくら戦っても負ける気がしなかった。
「もう一回」
天はそう一言だけ残すと、コントローラーを持ち直した。指先が赤くなっていることから握る力が篭っているのが分かる。
目はもう画面しか見ていないし、1P側は既に再戦を選択していた。
これはダメだ、止まらなければ仮に手加減して負けても逆効果だろう。諦めて俺も再戦を選択する。
「もう一回」
「ちょっとだけ休憩しようぜ」
1Pは既に再戦を選択していた。
俺はゲームに意識が逸れたこと、さらには連戦のおかげで理性ゲージの減少は止まっている。しかし減少が止まっているだけで回復はしていない。そのため少しだけ休憩を挟みたかった。
「も゛っ゛かい゛!!」
中々再戦を選択しない俺に痺れを切らしたのか、天はそう叫んできた。
顔は画面から外れてこちらを向いている。口は固く結ばれ、その目には涙を溜めていた。
少し感情的過ぎではないだろうか。格ゲーで連敗しても流石にここまで大きく取り乱したことなどなかった筈だ。というか色々と綻びが出始めているが、これは早速使うチャンスが巡ってきたか?
「分かったよ、けど疲れたから残り5先な?」
「う゛ん゛」
「お前のペースに合わせた上でやるんだから、お前が負けたら当然罰ゲームな?」
「う゛ん゛!」
「負けたらメリッサのコスプレな?」
「う゛ん゛!!」
「えっ……?」