今回も駄文注意です
エトとの生活が始まり1ヶ月が経過した。僕が学校に行っている間に彼女は書斎で本を読み、僕が帰ってくると僕の部屋で一緒にゲームをしたりした。夜になると彼女は何処かに出かけているようだが、僕が目を覚ます時には彼女は家に戻ってきているようだ。休日の暇をしている時には彼女は色々と僕の知らないことを教えてくれた。彼女の名前が芳村愛支であることやこの世界の本当の仕組み、彼女たち喰種が隻眼の王を求めていることなどを。
こんななんてことも無い日常が心地よく感じた。まるでおじさんと過ごしていた時のように懐かしさすら覚えていた。だが、彼女との約束の期間ももうすぐ終わる。彼女は書斎にある本をもう少しで読み終えてしまう、きっと彼女ならば本の5冊くらい1日もあれば読み終わってしまうだろう。つまりは今日が彼女とのお別れの日だ。今日は学校が休みのため、僕も彼女と書斎で本を読もうではないかと思い書斎に足を運ぶ。
書斎に向かうと彼女は相も変わらず座布団を下に轢いて寝転がっていた。
「今日は随分と早く起きたんだね」
「まぁ、たまには僕も早起きぐらいするよ」
「いつもなら潰れたカエルのように面白く寝ているのに珍しいな。それで、私とのお別れが寂しいから会いに来てくれたのかな?」
「まぁそんなところかな」
「おや、意外だな。少年がそんなに素直になるだなんて」
彼女は僕のことをなんだと思っているのだ。僕にだって別れを惜しむ感情くらいはある。ましてや彼女との別れなのだから。
「君と過ごしたこの1ヶ月は私も悪くなかったよ。きっと家族というものがいたならこんな感じなのだろうな。」
「君にだって家族はいるだろう?」
「・・・1つある物語を聞かせてあげよう。」
彼女は喰種の男と人間の女の恋話をしてくれた。女は男が所属していた組織に近づくために男に接触してその際に二人の間に子供が出来たそうだ。人間と喰種の間に子供が出来るなんて普通はありえないらしいが、彼らの間には子供が生まれたらしい。しかし、世界は残酷である。男が所属していた組織が彼女の存在とその子供の存在に気づいてしまったのだ。男は子供だけは助けようと遠くへ逃がし、親子は離れ離れになってしまいその子供が世界に復讐を誓うというのが大まかな話だった。
「君はどう思う?副産物として生まれた子供に身勝手な親、この関係を家族と呼べると思うかい?」
なるほど。これはきっと彼女の話なのだろう。あの日見た片目だけが赫眼だったということもこの話を聞けば納得出来る。
家族とは難しい話だな。僕も幼き時から両親ではなくおじさんに育てられた。三者面談や運動会にだっておじさんが来てくれた。僕にとっておじさんは間違いなく家族だろう。だとしたら、僕を産んでくれた両親は家族ではないのだろうか。血の繋がりがあることだけが家族と言えるのだろうか。僕には分からない。だが一つだけ言えることはある。
「僕にも家族というものは分からない。けれども、きっと君の両親は君を愛していたと僕は思うよ。始まりこそは歪かもしれないし、彼らの気持ちは僕にはわからない。だが親は子を愛しているものだ。そうじゃなきゃ君に愛支なんて名前を付けていないだろうから。」
僕の言葉を聞くと彼女は鳩が豆鉄砲を食らったかのように驚いていた。僕だって彼女は話してきた今までの話と今回の話を聞けばおおよその検討はつく。彼女が何故僕にこの話をしてくれたかはわからないが。しばらくすると彼女は短く咳払いをして言葉を発する。
「これは私の話ではない、誰かの話だ。・・・それに君の言っていることが正しかったと仮定しても、生まれてきた子は愛されなかったんだよ。あれは生まれてきてはいけない存在だったんだ。だれからも祝福されない異物にすぎない。」
そんなことは無い。そう反論したかったが、彼女の顔を見て言葉が止まる。彼女の顔はどこか諦めているようで寂しそうだった。彼女も心のどこかでわかっていたのだろう。けれども時は止まらない。物語は始まってしまったのだ、語り手が筆を置くまでこの物語は続いていくのだろう。終電がない電車のようにゴールを目指して果てしない線路をこれからも進まなければならない。これからもずっと彼女は苦しみ続ける。僕にはその物語を止める権利はない。ただ傍観し続けるしかない、そんな自分に吐き気をも覚える。
「少年、君は優しすぎるよ。きっと君はこれからも正しくいるのだろう。けれどね、正しさだけじゃ何も変えられないよ。何かを変えるには代償が必要だ。私は自分の人生を代償にこの世界を変えてみせる、これが私の生きる意味さ。だから全てが終わるまで見守ってはくれないかね?」
あぁやっぱり世界は残酷だ。なぜ彼女がやらねばならないのだろう。彼女である必要性は無いはずだ。神様がいるとするならば、なぜ彼女にばかり試練を与えるのだろう。彼女が成し遂げたい事はわかった。僕はこの物語の登場人物にはなれない。村人にすらなれないだろう。せめて彼女という物語を紡ぐことに専念しよう。きっとこれが僕の生きる意味なのだ、愛する彼女の人生を紡ぐ恋物語だ。
「あぁ、僕は君が壊した世界をみてみたい。だから君の近くで見届けさせてくれ、約束だ。」
「ふふふ。契約成立だね。そうだ、この家から出ていく前に一つだけお願いをしてもいいかな?」
「お願い?まあ内容にもよるが聞かせてもらうよ」
「時々この家に来てもいいだろうか?この書斎にいるとなんだか気分がいいんだ。」
「それくらいなら別に構わないよ。いつでも来てくれていいよ。」
「・・・そうか、ありがとう少年。私はもうこの家を出ていく、まだまだやらなければならないことは山盛りだからね。」
「そうか、君の夢が叶う事を祈っているよ」
「ありがとう。それと、君のおかげで完成した本は後日送らせてもらうよ。今度感想を聞きに来るからそれまでには読んでおいてくれると嬉しいな」
「あぁ了解した」
「それじゃあ、お互い死んでなければまた会おう」
「あぁまたな」
彼女は旅立つ。この家では彼女の拠り所にはなれない、彼女が飛ぶには狭すぎるのだ。自由を求めるためにはこの歪んだ鳥籠を壊さなければならない。僕の彼女に対するこの感情は胸の奥に留めておこう。この思いは伝えてはならない、この感情は彼女を鳥籠に捕らえてしまうだろう。彼女は僕が正しいと言ったが僕は間違えているだろう、そしてこれからも間違え続けるのだ。だって僕は彼女を愛しているから、彼女のためなら全てを捨ててしまうだろう。こんな歪んだ感情が正しいわけがない。
もう寝るとしよう。書斎に背を向け襖を閉める。彼女が居なくなった書斎は月の光が当たっていないからか、とても暗く虚しく見えた。そして居なくなったはずの彼女の匂いが未だに僕の鼻腔をくすぐる。
彼女が家を出てから数日後。tvではアオギリの樹という喰種組織の話が取り上げられていた。何年か前から活動している喰種の集団らしいが最近になってより過激さを増したらしい。彼らも抗っているのだろう、この残酷な世界にエトを中心として。
それから少しして、今度は高槻泉という作家の話がtvで特集されていた。小夜時雨という小説が大ヒットして全国の書店で品切れが続出しているらしい。僕の手元にはその小夜時雨の筆者である高槻泉のサイン入り本が置いてある。そう、これはエトが書いた小説だ。まさかこんな有名人だったとは、書斎で寝転がっていたあの姿からは想像もつかなかった。
約束どうりに彼女が書いた小説を読み感想を用意していた。けれども、エトが僕の家に訪ねてくることは無かった。そしてそのまま僕は高校を卒業して大学生になった。特に夢もなかった僕は近所の平凡な大学に進学した。その間に、虹のモノクロ、なつにっき、ルサンチメンズと彼女の小説は発売されたがエトからの連絡は何事もなく、僕の部屋には本だけが虚しく積み重なっていった。
・・・・・・・・・・・・・・
そんな大学生活を過ごしていた時。突然彼女が僕の家を訪ねてきた。
あれから3年くらいたっただろうか。久々に見るエトはあの時からちっとも変わらなかった。身長も見た目も。変わったのは僕だけだった。彼女との身長の差は20cmはできただろう。
「ご機嫌よう少年。いやこんなにも大きく成長したなら青年か。」
へらへらした態度も変わらないようだ。懐かしい感覚だ、書斎での日々を思い出す。畳の匂いに窓から射す木漏れ日。彼女といる間は僕もあの時に戻れたような感覚に陥る。
「久しぶりだな、本当に。お前が本を出す度に送ってくれるのは嬉しいが、感想を聞きにくると言って用意してたのに随分な遅刻じゃないか。」
「まぁまぁ、男は女の遅刻をいつまでも待つものじゃないか。遅れてしまったのはすまないと思っている。色々と仕事が重なってしまってね。」
「それで一体何があってこんな所に顔を出したんだ?小説は順調に売れているし君の組織も名を馳せているじゃないか。」
「いやね私の求めていたものが揃うかもしれないからさ、一応君にも報告しとこうかと思って来たんだよ。それとこの前出した新刊の吊し人のマクガフィンを渡そうと思ってね。」
「そうか、遂に君の悲願がかなうときが来たのかもしれないな。友人としては心嬉しいばかりだ。小説はありがたく貰っておくよ。」
「うんうん。そういえば君は今朝のニュースを見たかい?」
「ニュースか、今朝は忙しくてtvは見てないな。何かあったのか?」
「臓器移植が患者の同意なしに行われて、その手術をした医者が大バッシングを受けたんだよ。巷じゃ大騒ぎさ。」
大学生ならニュースぐらい見なさいな。小言を呟かれるがレポートを徹夜で書いてから一限を受けて今まで寝ていたのだから仕方がないだろう。
「それで、そのニュースが一体どうしたって言うんだ?」
「もしも、その臓器が喰種のものだったら臓器移植を受けた側はどうなると思う?」
「そんなもの・・・・」
そんなもの失敗するはずだ。人間どうしの移植でさえ高いリスクがあるのに、喰種の臓器を移植なんて。だがもしも、もしもそれが成功したとするなら・・・・
「どうやら、その臓器提供を受けた少年は喰種になってしまったようだ。」
この時エトはまるで将来の夢を語る子供のように楽しそうに言葉を紡ぐが、その言葉を聞いた僕からすればその少年は不幸に思える。きっとその子はエトに遊ばれるのだ、そしてお気に召さなければ壊される。気に入れば隻眼の王にされるのだ。彼女が求めていた世界をぶっ壊すための象徴に。
僕と彼女の再開は物語の歯車が噛み合い動き出した時だった。