百折不撓のトリップループ   作:恒例行事

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一話

「…………どこだここ」

 

 思わず言葉が出た。

 周りを見渡しても、何もない。何も無いと言うのは語弊があるから訂正する、『人工物が無い』。

 

 状況を振り返ろう。

 名前、日上八光(ひがみやこう)

 男、年齢は二十四。高卒で田舎を出てから全国区の会社でサービスマンをやってる。今は就業を終えて帰宅途中、山手線の電車に揺られている最中……だった筈だ。

 

 何でだ? どこだここ。

 コンクリートはおろか、人の手が加わった形跡の無い場所だ。具体的に言えば平原? 荒野? 草木はあるから廃れた、滅んだ場所って感じじゃあないが……。

 

「訳が、わからん……夢か?」

 

 取り敢えず腕を軽く抓ってみるが、痛いだけで何も起きない。そもそも夢だとしてもこんなに意識を強く持ったことが無い。取り敢えずスマホを取り出して時間を確認し、現在位置を特定できるか試す。

 

 結果はまあ、当然ダメ。

 時間は二十時半、いつもなら帰宅し家で飯を食っている頃だ。しかも圏外である。

 なんだこの状況、どういう事だ? ドッキリ? そんなまさか。こんな手間暇かけて昏睡させる誘拐とか聞いたこと無いし、あるとは思えない。

 

 現実的じゃなさすぎる。俺の知り合いにそんな巧妙な事をする人間は居ないし、なによりする得が無い。変なユーチューバーの企画にでも巻き込まれた……? いや、犯罪だろ。

 

 あぁー、状況的にはアレだ。

 最近よく広告とかで見る『サバイバル』系の状況だこれ。そんなくだらない考えが頭の中をよぎり、緊張感が霧散する。

 

 唐突すぎるのだ。

 さっきまで電車に乗っていて、その記憶は残っている。なんなら座って寝ようとしていたと証言できる。それが目を覚ました、というより気が付いたらこんな平原の真ん中だ。

 

 これで緊張感を持てと言う方が無理がある。

 

 溜息を一度吐いてから、改めて周りを見渡す。

 幾つか大きな山が存在し中には雲を貫く様な高さを誇るモノもある。木はまばらに生え揃い、沢山生えてる場所も見える。地質学とか、そういうのに明るくないから気候の判断は出来ない。

 

 ある程度の知識を備えたサバイバルに慣れた人間は地域の特色を理解し、生えている植物や地面の様子からどういう風に気候が変化するかわかるそうだ。

 

 そんなの現代日本で生きる上で必要無かったし、俺は仕事と趣味を行ったり来たりするだけの典型的社会人だった。そうして趣味にサバイバルは含まれていなかった。ただそれだけの話だ。

 

「なんて、今は何の役にも立たない考察だな」

 

 取り敢えずその場に腰を下ろして荷物を確認する。

 貨幣が通用する場所かはわからんが、とりあえず財布は無事だ。ドッキリだった場合も問題ない。家の鍵、ちょっとした機密ですらない書類。最低限買ってた炭酸水があるくらいか。あとは……多少の怪我をカバーできる絆創膏? 

 

 最低限の道具だが、こういう時どうすればいいもんか。

 こうやって、まあ、言ってしまえば『トリップ』する状況は創作においてよくある事だ。一つ違うとすれば彼らは選ばれた主人公であり俺はただの凡人だという事。

 

 泣き言を言っている訳にも行かないし、なんとなく安全そうな場所へ向かうとしよう。

 ああ、野生動物がいる場合どうすればいいんだろうか? マーキングで縄張り強調? そんな事をしたらデカイ熊みたいな生き物が居た時速攻殺される気がする。

 

「まあ考えても仕方ないよな」

 

 そう、仕方ない(・・・・)

 全部仕方ないのだ、人生と言うモノは。

 

 鞄を持って立ち上がる。

 火の起こし方も知らない、食料の確保も出来ない、身の安全は保障できない。そんな状況でのサバイバルなのに、不思議と不安は抱かなかった。どこか夢のように感じているからだろうか? 

 

 取り敢えずは今残っている炭酸水、これが命綱になる。

 ペットボトルをうまく切ったりなんかして加工するような動画も見たことあるが、焼け石に水だろう。見様見真似で何かを成せるほど自分は器用ではないのだ。 

 

 良くいる主人公のように医学の知識をつけておけば良かったと内心愚痴りつつちゃぷちゃぷとペットボトルを揺らした。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「……暑い」

 

 変な草原? に謎の転移っぽい現象に遭遇して一時間程度。既にスマホの時間は頼りにならないことを理解し、とりあえず木の陰に隠れる事にした。

 

 直射日光を受けたまま歩くのは体力の消耗が激しすぎる。日本国首都東京のコンクリートジャングルですら蒸し暑く不愉快だったのだ。こんなガチ自然の中命の管理も出来ないのに歩いていればそれは消耗するだろう。

 体力がある訳でもなく、仕事を終えてそのままこの状況だ。

 

「日差しがあるって事は、太陽? 近いような気もするけどなぁ」

 

 現状を何も打破する事はないただの気休め考察を進める。何となく考え事をしている時、楽になるんだ。今この状況だからとかそういう訳じゃ無い、元々気質がそうなんだ。

 

 特になんにも建設的ではない考察をして無駄に雑学を得たようなつもりになる。

 これは俺の中でかなり大事な事だった。仕事でやる気が出ないときも、通勤中満員電車で押されてるときも。将来を考えて不安になるくらいだったら俺はこうしていた。

 

 現実逃避? 

 上等じゃないか。現実は常に向き合わなきゃいけないものでもない。

 

 楽でいい。楽でいいじゃないか。

 なんで自分から苦労しなきゃいけないんだ。誰がそうやって決めたんだ、俺はそんな事決めてないぞ。

 

「ってうわ!」

 

 そんな事を考えていれば、モゾモゾ首筋がこそばゆい。

 触って確かめてみれば見たこともない蟻のような生物がよじ登っていた。

 流石に蟲が身体を這っていれば気持ち悪いし不愉快だ。手で払いのけて立ち上がり、木を眺める。

 

「……蟻かなぁ。あー、わかったところでなんにもならないけどなー」

 

 蟲を不用意に刺激するべきではない、という事は理解してるので触れずにその場から離れる。炎天下ではあるがこっちには文明の利器がある。鞄を頭の上、日差しを遮るようにして歩き出す。

 

 目的地は正直な所ない。

 一番理想的なのは水場なのだが、その水が安全かどうかとかは理解してない。適当に砂とか岩とかの層作ってろ過すれば飲めるだろうと思ってる。それに水場は他の生物にとっても大切な場所で、既に大きな生物が縄張りにしてる可能性の方が高いのだ。

 

「ま、考えても仕方ない(・・・・)

 

 そう、仕方ない。

 俺はプロじゃないんだ。適当に生きれるまで生きて、死ぬなら死ぬ。

 

 そう考えると胸の奥がズキンと痛むような、哀しくなるような感情を覚えるけれど……仕方ない(・・・・)

 

 そうやって小休止取りながら歩いて、やがて陽が傾き始めた頃。

 改めて太陽のような光源が近いと思いながら適当に考察していると動物の足跡を見つけた。正確には足跡のようなモノ、ではあるが。

 

 形状は……馬では無さそう。

 ていうか人に近いな。人の足跡とか子供の頃の泥遊びのときくらいしか見た事ないけど。

 

 大きさは俺と同じか、それより大きい。

 この時点でわかった情報としては、おおよそ人型のような生物が生息していてなおかつ足跡を残しても大丈夫な程度の治安という事だ。それだけする知能がないだけの可能性も否めないが、最悪を想定するならこんな感じか? 

 

 靴では無い。というか、俺が歩いた道に足跡は付いてないから相当重いのか。

 

「夢なら醒めて欲しいわ」

 

 理解できない現状に、思わず言葉が漏れる。

 訳が分からん。取り敢えず動いているが、動いているだけだ。何一つ大切な事はしていないだろう。寝て起きたら元に戻ってるんじゃないかとか、そんな考えが脳裏をよぎった。

 

 ここから元の生活に復帰できる可能性は、低く見積もろうか。死ぬなんて言葉がこんなに身近になるとは思わなかった。事故とかで死ぬならまだしも、こんなよくわからない状況で死ぬ。

 

 理不尽な人生だなぁ。

 

「まあでも、そんなモンか」

 

 適当に生きてきたツケだ。諦めよう。諦めて、少しでもショックを軽減するんだ。

 そうやって生きて来たんだから、最期もそう終わるのがらしい(・・・)だろ? 

 

 足跡の続く方へ向かうかどうか、それだけ決めよう。

 財布の中に入っていた百円玉を取り出して親指の上に乗せる。コイントスで人生を左右する選択をするのなんて、如何にも主人公みたいじゃないか。

 

 表が出れば、足跡を追う。

 裏が出れば、足跡を追わない。

 

 ドッキリだのそんな可能性は捨てよう。

 俺はここで誰に知られる事も無く死ぬ。そう考えて行動すれば気が楽になるさ。

 

 指で弾いた硬貨がゆっくりと回る。勿論目視で追える筈も無く、手の甲でなんとか受け止めて逆の手で蓋をする。

 

 コイントスなんて練習したこと無いけど、意外と様になってたんじゃないか? 

 何の思いも特に抱かずに、硬貨を確認した。

 

 ──表。

 

 さてと、何が出るんだろうか。

 問答無用で殺しに来るような野生動物か、俺と同じような境遇の人間か。それとも、見たことのないような怪物か。

 

 苦しんで死にたくはないなぁ。一息で死にたい。

 クマとか居たらどうしようか。

 

 くだらない事を考えながら足を前に進める。

 その昔、人が野生動物に対抗するために武器が作られた。鱗も毛皮も爪も牙もない俺達人類は、基本的に野生の生物に勝てない。いとも容易く命を奪われる程度の存在でしかないのだ。

 

 じゃあ、今の俺は? 

 

 武器は無い。

 知恵もない。

 生きて行こうという意思もそう多くはない。

 

 現代社会で普通に生きていた人間がこんな目にあって、しっかりとした活力を得られる方がおかしいだろう。絶望で胸が一杯だよ。

 でも苦しむのもイヤだ。だから、心の中で正当化を図り言い訳ばかりしている。

 

 逆に考えよう。

 

 もう誰にも会う事がないのなら、俺は何も考えなくていいんだ。

 育ててくれた親への恩返しとか、親戚との付き合いとか、職場の人間関係とか、将来への不安とか。そういうの全部放り投げちゃっていい。余命宣告されたら誰だって少しは投げやりになる。今の俺はそういう状態だ。

 

 開き直るとも言う。

 

 そうして歩いておよそ五分程度たった頃。

 足跡が途切れ、俺はいつの間にか森の中に迷い込んでいた。

 

 仮に生存を願うなら最悪な展開だが、もうどうでもいい。俺と同じような人間が居たならラッキー、野生動物に喰われるならそこまで。せめて一息で殺してくれと願うばかりだ。

 

 もう、冷静じゃないんだろう。最初から、この現状に連れてこられた時点で。

 

 追うのを諦めてその場に座り込む。

 大分少なくなった炭酸水を流し込んで、ペットボトルを鞄に仕舞う。これで最後の生命線が潰えたなとどこか他人事のように認識した。

 

 ──ポタ、ポタ……と、座り込んだ俺に水滴の様なモノが落ちてくる。

 ああ、意外とどうにかなるもんだな。そう考えながら上を見て──

 

 

 そこに見えたのは、枝に絡まる様に、それでいて木そのものに根を張る様に張り付く異形の怪物だった。

 

 

 その瞬間、怪物は俺に向かって飛び掛かって来た。

 無論反応できる筈も無く、抵抗にならない抵抗をして身をよじるも抑えつけられる。

 

 甚振るような残忍さを見せず、怪物は俺の腕を手に取り──そのまま力任せに引き千切った。

 

「──づっ……あ゛あ゛あ゛!?」

 

 動悸がうるさいくらいに響いてる。千切れた箇所が、口に表せない痛みを訴えてくる。

 両腕の肩から先が無くなって、痛みの反射でじたばた暴れるが怪物は全く気にもせず。そのまま今度は俺の右足にかぶりついた。

 

 牙が喰いこみ、肉が弾ける感覚。液体が溢れ出て命が流れ出ていく。

 

 ──ブチブチィッ!! 

 

「があああ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

 痛みで思考が定まらない。

 やばい、死ぬ、死ぬ、殺される。

 

 わかっていた事実なのに、いまこの瞬間になって急に震えてきた。それが果たして痛みからなのか恐怖からなのか、俺にはわからない。

 ただ一つ確かなのは、最悪な死に方をするという事だけ。

 

 肉が食いちぎられた部分から骨が露出する。

 元は白かったソレは血液と肉に塗れ、異色に染まっている。それを認識して更に激痛が脳に訴えかけてくる。

 

 躊躇うことなく、今度は左脚を破壊するように手のような部位で千切り始めた。

 昆虫の手足を捥ぐように、四股が無くなり激痛にさらされる中少しずつ意識が削れていく。

 

 視界が明滅している。

 腕の感覚が無いのにずっと痛みだけが残り、足先でまた激痛が奔った。もう声を出す体力も残っていないから、自分がどんな状況に陥っているのか想像できない。

 

 ああ、終わる。終わるんだ、俺の人生。全部全部ここで終わりだ。やっぱり努力なんてする必要無かった。いう事を聞いていい子で居る必要も無かった。

 社会なんてモノに身を捧げても、こんな終わり方をする。

 

 生きたまま喰われて、終わるなんて、想像も、出来な──…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 思わず、言葉が漏れた。

 

 そして次の瞬間、両腕を激痛が襲う。

 そうだ、俺の両腕千切られて喰われて、足も喰われて、俺は死んだんじゃ? 

 

 慌てて確認したが両腕は健在。足も無傷でついさっきまでの形を保っていた。

 

「…………どうなってる?」

 

 周囲を見渡せば、どこかでみた風景だ。

 平原に、所々生えている木。

 

 一つ、答えが浮かんだ。

 

 まさか、なんて思いつつ急いで鞄を漁る。目的のモノは一つ、俺が飲み干した炭酸水だ。

 手に取って中身を確認する。

 

「……減って、ない」

 

 少しずつ飲んで最後は全部飲み切ったはずなのに、残っている。

 確かに全部飲んだはずなんだ。

 

 嘘だろう、そんな言葉を飲み込む。

 嘘じゃない。俺はさっき死んだし炭酸水も飲み切った。あの見た光景や体験は偽物じゃない。

 

 現実は小説より奇なり──なんて言葉がよぎる。

 

「は、はは……冗談じゃないぞ」

 

 ああ、確かに前に進んだ。死にはしたけど状況は変わったよ。

 何も出来ない諦めの状態から、何かしなければ終わらない地獄(・・・・・・・・・・・・・・)にな。

 

 最悪だ。

 この状況で一番の救いが絶たれてしまった。死という全てを終わらせる絶対のモノが。

 

「……巻き戻りとか、そんなの物語だけにしてくれよ」

 

 未だ痛む両腕を摩りながら、空を見る。

 

 太陽のような光源が、燦々と大地を照らしていた。

 

 

 

 

 

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