取り敢えず、情報を纏める。
未だに幻痛を訴えてくる両腕を少し労わりながら鞄の中を漁り、メモ帳を取り出す。スマホでメモすればいいだろと思い購入だけしたメモ帳がこんな形で役に立つとは、やはり色々手に取っておくべきだと実感した。
まず一番大事な項目から。
『死んだけど死んでいない』、これだ。
記憶の中にある最後の光景は、俺の身体を容易に抑えつけて身体を生で喰ってきた怪物の顔。人のようで人でない、何と言えばいいか……表すのが難しい。
考えるだけでぶるりと身体が震えるから正直考えたくもないんだが、こんな状況だ。考えるしか出来る事が無い。
仮の名前で安直だが『怪物』と名付けよう。
その怪物に喰われ、俺は死んだ。食いちぎられた箇所から流れ出ていく血液の感覚は、暫く忘れられそうにない。
……無意識に脚を摩っていた。
気持ち悪いな、どうにも。あのまま死ねれば楽だった、というより苦しまなくて済んだんだが。
話を戻そう。
死んだけど死んでない、死んでもこの場所に戻ってくる。
一度しか死んでいないが、これは確定事項なのだろうか?
流石に何度も死にたくない。
自分が想定していたより死ぬときの感覚は不愉快じゃ無かったが、二度目からは多分
それが抜け出せないのが確定していたら救いでも何でもない。
ただ失敗を表し、再度始まる
死だのなんだの、そういう概念を考えるのは宗教とかの仕事だろう。俺が考えるべきことじゃない。
ボールペンとメモ帳を地面に置き、手を首に当てる。包み込むように、首の最も太い箇所を掴む様に。
両手で覆い思い切り力を籠める。
「あ……がッ……!」
喉に焼けたような刺激が奔る。むず痒いような痛いような、それでも手を緩める事はなく力を入れ続ける。
苦しみでその場で黙ってしていられなくなり、身をよじる。
吐きそうだ。
胃の中のもの全てが流れ出ていくような感覚だが、何も口から出ていない。出ているのは声にもならない呻き声と空気だけ。
「こ……おぇッ!」
ああ、苦しい。
怖い、痛い、苦しい苦しい苦しい!
ゲホゲホと咳き込んで、手を放してしまった。
嫌だ。死にたくない。いや、死んでもいい。死なないのだから。
苦しみたくない。辛い、痛い、苦しい。
「……ははっ」
ああ、クソったれ。涙が出てくる。
泣いたのなんていつ以来だよ、高校の頃好きな子に彼氏が出来た時?
そんなどうでもいい事を思い出す程度には苦しかった。駄目だ、手軽に自殺できる道具がないから確かめようがない。
いやだなぁ、諦めたいなぁ。
何で死ねないんだろ。
もう心はバキバキだよ。死ねば全部終わると思ってたのに、全然終わらない。
寧ろ始まりじゃないか。
くそ、くそクソクソクソくそ……。
はー、やってられん。
空を仰ぐように、呆けて見つめる。
やってられんからと言って、これ以上ここに居る意味もない。
簡単に切り替え何て出来ない。前向きに行こうなんてやれるかよ。でも終わらないと理解したし、俺じゃあ自分で決着をつける事すら出来ない。
ならば、前に進むしかない。少しでも情報をかき集めて生き残って、死ぬ。
そうだ。
死ねないならば死ぬために頑張ろう。
矛盾してるかもしれないが、それしかない。俺は
ならば試そう。
苦しんで苦しんで辛くて涙が出る現実でも、目を逸らせないのだから。
どれだけ折れたって仕方ない。折れて折れてズタボロになっても終わらないんだから、いいだろちょっくらい折れても。
そうと決まれば話は早い。
死ぬ苦しみも、いつか死ねば無くなるさ。
取り敢えずは飯を食って、水を確保して、あの怪物には出会わないように細々と生きて行こう。
時間は沢山ある。
文字通り、『死ぬ
死を求めて、ああ……なんと表現するべきか。
「三周目」、とでも記しておく。これが一番正しいような気がする。
一周目は怪物に喰われて死んだ。生きたまま喰われる痛みと苦しみは味わったから、もう味わいたくない。
だから二周目は徹底して怪物に近づかないようにした。
活動圏内を周囲五十メートル程度に限定して、とにかくなんでも口に放り込んだ。そこら辺に生えてる草の味は覚えたし、食べても問題ない食料の確保は出来た。
栄養があるかは知らん。虫よりかは美味いしマシだった。
木、そのものにかぶりつきもした。木の根っこ? だか新芽は食えるみたいな話を聞いたことがあったので掘り起こしてみたが……それに労力を割きすぎてダウン。完全に動けなくなって二周目は終わった。
自分の身体の限界はなんとなく理解したから、メモ帳に回数だけ書き込んでいく。
それじゃあ次はどうしようか。思っていたより衰弱死が辛くなかったから、出来るだけこの形で死ぬのを選んでいきたい。餓死にも近いけど、喰われるよりマシだった。
昔読んだ小説に、ループするジャンルの作品があった。
それは外敵との戦闘だったり、誰かを救うために無限に繰り返したりする話だった。
目的がはっきりしているしわかりやすい。誰が見たって理解できるから俺はその話が好きだった。
でも、こうやって自分が当事者になると……クソったれだ。
突如謎の場所に転移。目的不明、生き残る事すら不透明。その上見たこともない怪物がいるしソイツは肉食ときた。
そんな状況でどう抗えばいいのだろうか?
ああ、やめだやめ。メンタルが早くも折れそうになってる。
さっきまでは水浴びすら満足に出来なかったから不愉快を極めていたが、死んで周回を重ねた事で元に戻っている。リセットできると、簡単に考えよう。深く考えようとするから俺は駄目なんだ。それを解決する知能も知識も持っていないのに無駄に考えようとするから。
とにかく手を出すんだよ、色々と。
取り敢えず、寝床の心配は要らない。
野晒しではあるが一週間程度は生き延びれた。本当に生命を維持していただけだが。
周囲の探索と行こうか。あの怪物のような奴に出会ったら、どうしようか。
……その事を考えるだけで気持ち悪くなる。またあんな奴に遭遇したら死ぬ。ただ死ぬだけじゃなく、最低の苦しみの中で死ぬ。
武器は、ない。
仮にあったとしてもそれを振るうセンスは無い。我武者羅にやっていこう。
知恵や知識の代わりに、俺は経験だ。賢者にはなれない。
軽くスタート地点に目印、折った枝とかを集めて重ねておく。
無駄に労力を割いては死ぬ。それがわかっただけ二周目は収穫があったな。
東西南北。その方角が合っているかどうかはわからんが、とりあえず暫定で決めた。
一周目は何も考えずに向かっていったが、場所で言えば南の方。じゃあ今度は北に行く事にしようか。トライ&エラーなんて言葉がこれほど似合う状況だ、しょうがない。
「そうだ、仕方ない、
自分に言い聞かせながら歩き出す。
ああ、またアイツに出会ったらどうしよう。嫌だ、もう喰われて死にたくない。歩いてる筈なのに足が震えてる気がする。
怖いなぁ、嫌だ。一思いに殺してくれないんだ。一撃で頭を潰してくれれば痛みを理解しなくて済むのになぁ。
こんなにも未知が恐ろしいなんて思ってなかった。全知全能の人間は未知を求めるらしいが、俺はそうは思えないよ。確実に結果が分かりきってる方がいい。不安も恐怖も無く生きて行けるならそれ以外求めるモンないだろ。
込み上げてくる嘔吐感に、抵抗する事も無くその場に蹲り吐き出す。
元々ロクに入ってない胃の中から貴重なエネルギーと共に外に流れ出ていく。ああもう、トラウマになりつつある。
いつまで続くんだ。いつになったら死ねるんだ。終われるんだ。
生き地獄だ。人間生きてれば幸せ? 馬鹿を言うな、こんなのクソだ。
絶望しかないけど、絶望しても
「ふぅ、ふー……」
呼吸を整えて、食べても問題なかった草を口に放り込む。
オーケー、切り替えていこう。殺せばいい。あの怪物を殺せばいいんだ。アイツに出会ったら殺せば、俺は苦しまなくて済む。
内臓は弱い筈だ。木の枝でも何でも突き刺して暴れさせて、ひたすら殺せばいい。
よし、よし。そうだ、
殺そう。全部全部全部殺そう。
立ち上がって口を適当にふき取り、一歩踏み込む。
喧嘩なんてしたこと無い。人を全力で殴ったことなんて子供のころ以来一度もないぞ。
「大丈夫大丈夫、やれるさきっと」
自己暗示を繰り返す。
その果てに、俺が求めるモノがある筈なんだ。死すらも乗り越えた、本当の終わりが。
そうやって考えながら歩いて、およそ三十分。
一周目の時は日差しの強さに一度木陰に移動していたが、こっち側も変わらずのようだ。距離が離れすぎてるわけでもないし当然と言えば当然。
改めて一度木陰に移動し、ついでにエネルギー源になるモノを探す。
木の種類は流石に覚えてないが少しくらい虫が居る筈だ。毒の有無は判断できない。色が派手じゃなければ食べても大丈夫だろう。
見つけたのは小さな蜘蛛と小さな蟻。
……腹が減ってる訳じゃ無いが、少しでもいい。少しでも動ける分を増やすんだ。
どうせ
こんな繰り返しの力じゃなくて、もっと上辺だけの借り物だけくれれば良かったのに。
──ないものねだりは止そう。無意味だし、何よりも非生産的だ。
そういう訳で、蟻を見つけた。
最初俺の首筋にくっついていた奴と同じ種類であってるだろうか? 同じでも同じじゃなくてもどうでもいいが、とりあえず口に放り込む。
爆発するような酸味の刺激に、仄かな甘みが後味でやってくる。味はぶっちゃけいいんだけど食感が悪すぎてクソだ。
硬くてゴロゴロした本体、ブチブチ千切れて口の中で自由に泳ぎ回る足。
コンビニのおにぎりが愛おしくなる。
でも、食料にはなる。ちょっとしか栄養が無くても食える。毒だったとしたら、次食べなければいい。
サバイバルのようでサバイバルじゃない今の状況にはうってつけだ。
十匹程胃の中に運んで空腹感が更に刺激されたのを感じながら、木陰から身を出す。
夜移動すればいいと思うかもしれないが、そうはいかない。
夜は真っ暗なんだ。星なんて見えないし、明かりが一つも存在してない。だから今比較的安全に移動できる昼に移動してる。
それに、あの怪物が夜目が効かないとは限らない。
完全に不利な状況を招き入れるよりかはマシだ。
そしてちょくちょく虫を口に放り込んでその不快感に顔を顰めながら歩いて、一時間。
雨でも降ったのか、ぬかるんだ地面。俺が歩いても痕が残る程度には緩くなった土壌。
その場所を見て、俺は止まった。
地面一杯に、足跡。
それも俺より大きく、素足の形で残されたモノ。
「……そーいうパターンね」
南にも怪物、目の前の森にも怪物。
この感じだと西にも東にも居るだろうな。全方位囲まれた場所だと思った方が良さそうだ。クソが、最悪だ。
本当に最悪を想定していかなければならない。ずっとずっと、この先もずっとそうだろう。
「詰んでんなぁ、オイ」
思わずため息を吐きながら、その場に立ち尽くした。