百折不撓のトリップループ   作:恒例行事

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四話

 とろん、と。

 上質なベッドに身を任せるような、そんな感覚。

 何かに包まれている様な過ごしやすさだ。

 

 その静かさに身を任せてゆっくりとしていると、ふと思う。

 

 ──ああ、これは夢だ。

 

 そうはっきりと自覚できる。

 だって現実は優しくない。どこまでも厳しくて真っ直ぐで、逃げ道が無いんだ。

 

 一度失敗すれば終わりの社会。失敗を容認せず練習を許容しない歯車の一員。そんなつまらないサイクルに身を投じれば最後、もうそこから抜け出せなくなる。

 

 日々の生活が受容するだけのモノに変わり、自分で生産的な行動が出来なくなっていく。

 俺はそれが怖くてしょうがなかった。

 

 大人は皆、それが正しい事だと言う。

 趣味や個人は優先しないのが普通、家庭を持てば幸せ。そうやって皆口を合わせるのだ。

 

 ──本当に、それが幸せか? 

 

 生物的には正しくて幸せだろう。

 雄が雌を孕ませることに興奮を覚えるように、異性と番になるのは絶対的に正しい事だ。

 でも、でもそれは社会が未発展の頃の話だ。

 

 社会が発展し、文化が成長した。

 そんな時代の中でそれが『絶対』の事なんて、誰が言える。人には人の価値観があって、それだけ生き方が自由になる。同性を好きになる者も生まれるし、その理由だって解明されているんだ。

 

 それはそれでいいじゃないか。認めればいいじゃないか。

 俺は、そう思う。

 

 どこまでも頭ごなしに否定してきた両親に社会の人間。

 そのどれもが、俺はどうしようもない程に嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が重たい。

 思考に靄が掛かったみたいで気持ち悪い。

 

 ぼやけた視界が少しずつ正常に戻って行く感覚を受けながら、深呼吸をする。

 息を吐こうとして、僅かに胸が痛んだ。

 あの時(喰われた時)に比べればマシだ、そう自己暗示しつつゆっくりと息を吸う。

 

 ──そうだ、アイツ(怪物)はどうなった。死んだのか。俺はどうなった? 

 

 意識が覚醒する。

 視界が目覚め、脳に映る情報が急激に増加した。その負荷が頭痛になって襲いかかって来るのを堪えて身体に力を入れる。

 

「……どこだここ」

 

 俺の記憶にはない。

 屋内、だろうか。恐らく木材で造られた壁に地面。俺……というより、人間と同程度の文化を有している場所なのはわかる。窓があって、扉があって、そして俺はベッドに寝ている。

 

 起き上がり自分の身体を確認する。

 

 両腕に巻かれた包帯に、捻じ曲がった指。折れていると認識すればピリピリするような痛みが奔る。

 この程度で済むなら安いモノだ。

 

 記憶を整理する。

 謎の転移に始まり、死んでも死なない生き地獄(・・・・)。自分の周辺に住み着いた白い人間のような怪物連中に弄ばれ喰われ千切られ死にまくった現実。

 

 そしてようやく一体、殺す事に成功した。

 

 なるほど、俺は殺す事に成功した上に生き残ったのか。

 欲を言えば無傷なまま生き残りたかったけれどしょうがない。……今死ねばどうなるのか気になるが、何がどうなっているのかを知りたい。

 

 恐らく俺を治療した奴が居る筈だ。それが人間かどうかはわからんが、危害を加えてくる可能性は低い。

 殺すつもりなら治療なんてしない。

 もしそうだったらよっぽどのサイコパスだ。

 

 状況は好転した……というか、前に進んだのだろう。それが良いにしろ悪いにしろ、俺が足掻くだけの状態からすこし変化した。

 俺だけ終われないという事実がわかってしまった。それがどうしようもないくらいに響く。

 

 コンコンコン、と扉がノックされる。

 俺の他に人がいるような環境じゃないしわざわざする必要も無いと思うが律儀な奴だ。

 一言だけ言おうかと思い声を出そうとしたが、それより早く扉が開く。

 

「よっこいしょ、と」

 

 そんな声と共に、バケツを両手に持った奴が入ってくる。

 黒い髪を後ろで一つ結び──俗に言うポニーテール、だったか。それで軽く纏め、服は俺が着ている様なワイシャツにスカートを身に付けている。

 

 扉を器用に開きながら入って来たその()は鼻歌混じりにこちらを見て──固まった。

 

「…………え?」

 

 え、はこっちの台詞だが。

 ああ、コイツか。どうやら最後に見た人間らしき姿は幻覚じゃなかったらしい。

 

「世話になったみたいだな」

「え、あっ、えと、はい」

 

 扉の前でバケツ両手に立つ女。

 

「俺はどれくらいここに居る?」

「えっと、大体二日くらいですね」

 

 二日間意識がない状態だった、か。

 そしてこの問答で大分希望が持てるようになった。両腕が折れている人間を診察し治療、更にそのケアまで出来る程に余裕がある。そして、彼女は人間である。というか人間にしか見えない。

 

「──いや、普通に起きてるんですか!?」

 

 女の声が部屋に響く。

 傷に響くから(・・・・)やめて欲しいが、我慢する。今更この程度の痛みはどうでもいい。

 

「あ、すみません。今お医者さん呼んできますね!」

 

 バケツを置いて外に出ていく女を尻目に、少し情報を整理しようと思って──止めた。

 ベッドから身体を降ろして、少しだけ痛んだ足を無視して歩く。

 

 離れた位置にあった小窓から外を見る。

 

 家が幾つもあって、公園のような場所も見える。子供達は走り回ってるし、大人たちは忙しそうに動いている。

 この光景の中にあの怪物は居らず、死の感覚もない。

 

 現代日本とは違うが、紛れもない『人間社会』が形成されていた。

 

 ──……ああ、良かった。

 

 絶望しても、折れても、挫けても、精神(こころ)を保てて良かった。

 痛くても耐えて良かった。苦しくても堪えて良かった。辛くても歯を食い縛って良かった。

 

 涙が、零れる。

 どうしようもないくらいに胸が痛い。良かった、良かったと何度も反芻する。

 

 たとえこの後に苦しくて辛い世界が待っていようとも、今この瞬間だけは──良かったと。

 

 安堵の気持ちを、胸に刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「………………うん。呼吸も安定してるし、一先ずは大丈夫かな」

 

 白衣を着る、少しやる気のなさそうな男。

 

「なんであの状態から普通に生還できるんだ? アレ、死んでてもおかしくないというか死んでるべき怪我なんだけど」

「先生、その言い方は非常によろしくないかと」

 

 あまりにも真っ直ぐ言ってくるモンだから驚いた。これってヤブ医者の類じゃなかろうかと心配になったが、腕は確かなようだ。少なくとも俺が生存してるからそこに関しては納得した。

 

 隈がこびり付いた目からは疲労が見て取れ、医者本人が体調管理できて無さそうに見える。

 その傍らにはさっきの黒髪の女とは別に作業服に身を包んだ女が佇んでいる。

 

 医学の方面に明るくないから名称不明だがまあ助手でいいのだろうか。

 

「まあ良いか。こんな状況だ、奇跡の一つや二つポンポン起きてくれないと困るね」

 

 医者としては情けない限りだが、と男は薄く笑った。

 それに関しては同意する。こんな意味の分からない状況なんだから奇跡くらい簡単に起きて欲しい。

 

「診察も終わったことだし、時間もある。どうだい? 僕とおしゃべりでもしようじゃないか」

 

 願っても無い事だ。

 確実に俺より先にこの場所へ来て生活に馴染んでいる人物。それも医者という重要なポジションについてる人間から情報を与えてもらえるとは有り難い。

 

 嘘を吐く可能性に関しては、一先ず考えない事にする。

 

「僕は桑田(くわた)(れん)。こっちは暫定助手のスグリさん。年齢不詳でミステリアスな女性さ」

「勝手に属性を付けないでください。……よろしくお願いします」

 

 マイペースなのか、それともあえてなのか。見知らぬ人間に対する自己紹介で身内ノリを発動する事は一般的にあまり良くないが気にした様子はない。

 

「俺は日上八光(ひがみやこう)、日本人だ」

「ああ、だろうね。申し訳ないけれど君の荷物を確認させてもらったよ」

 

 ならば話は早い。

 いや、逆に身元が割れているからこんな風に招き入れたのか。こんな異質な場所でこそ発揮された身分証明書の力に内心安堵した。

 

「僕も日本人でね。多分君も飛ばされたクチ(・・・・・・・)だろう?」

 

 僕はこの拠点に飛ばされたけどね、そんな風に桑田は肩を竦めて話す。

 

「飛ばされた……便宜上転移(てんい)と呼んでる。君を見つけた彼女もそうだよ?」

「……そうなのか」

 

 つまり不定期でやってくるのか。

 誰かに呼ばれているのか、それとも唐突に流れ着いているのか。そこはわかってないだろうがまた一つ情報が増えた。

 

「さて、何から話すべきか……逆に君の聞きたいことを教えて貰った方が良いかな」

「ここについて知っている事全て」

 

 端的に目的だけ伝える。

 俺が知りたい情報はこの場所についてだ。俺の巻き戻り──死ねば戻るのだから『死に戻り』か─はここに来てから発生したモノだ。以前現代日本で死んだことが無いからわからないがその時点で起きたことは無かった。

 

 この死ねない地獄の原因は必ずここにある。

 

「……君は素手で奴ら(・・)を殺したと聞く」

 

 少し躊躇うような、これまでの様子とは違う問い。

 

「正確には器具を使用している。完全に素手で殺したわけじゃない」

「まあそこは良いんだ。僕たちも奴らには手を焼かされていてね、数だけ増えていくモノだからもうお手上げさ」

 

 肩を竦めておどけるように言う桑田。

 軽く絶望できる情報を簡単に出されてしまった。数が増える。数だけは増えていく。元になるモノは一体なんだ? 単一の生命体として生まれるのか? 成長過程はどうなっている、まさか生まれた時からその姿な訳がない。

 

「この拠点で奴らを殺せる人間はそう多くない。さっき話した君と同じ転移者の女の子が居るだろう?」

 

 そう言われて、黒髪の女を思い出す。

 

「彼女がこの拠点で一番奴らとの戦闘に慣れている。既に二年近く戦っていると聞くよ」

 

 二年──二年間もこの世界で戦っている。

 俺がまだ新卒の社会人として働こうとしている頃から命のやり取りを行っている。

 

「あまりここで説明してもアレだけど、彼女は【奇跡】の一つだと思ってるよ。居なかったらとっくに拠点は滅んでるさ」

 

 俺のように死に戻りでも保有しているのだろうか? 

 俺以外の人間がそういう不可思議な状態に陥っていても不思議ではない。何せ死んでも死なないなんて現実がここにあるんだから、何が現実になるか……予想できるわけがない。

 

「そんなわけで、ぶっちゃけ僕らも情報不足。僕がここに来たのは半年前の事だしねぇ」

 

 半年間で得られる情報は、少ない。

 暗にそう告げられたがそれを意に介せずにもう一言踏み込んだ。

 

「──俺は、探してる物がある」

 

 今の俺が求めてるモノだ。

 とても身近にあるのに、今は手に入らないモノ。どんな物質にも存在している等しい終わり──死、そのもの。終わらない時を終わらせるため。

 

「謎を知りたい。誰が、どうやって、どんな目的を持って俺たちをここに放り込んだのか。何故人間を喰らうような生物が生まれたのか。ここは何処なのか、元の場所に帰れるのか。それら全てを俺は知る必要がある」

 

 全部だ。

 全部求めて理解すれば必ずそこに辿り着ける筈だ。

 俺に死に戻りを付与した奴も、俺を何度も何度も喰らった怪物を作った奴も、この世界そのものにだって近づける。

 

 確証はない。

 だが、俺は終わらない。終われない(・・・・・)から諦められない。どれだけ諦めても意味が無いから。

 

「協力してくれ。情報をくれ。俺が代わりに戦おう、あの女の代わりにだってなろう。奇跡を起こせと言うのなら奇跡になる。戦って戦って戦って、殺し尽くした果てを俺は知りたい」

 

 悪意のある転移だった。

 悪意のある状況だった。

 

「──俺が死ぬその時まで、戦い続けると約束する」

 

 文字通り、死ぬまで。

 死ぬことが出来るその時までこの命は担保にすぎない。

 

「…………それ、仮にも医者の目の前で言うことかい?」

「あくまで一例だが、それくらいの覚悟は持っている」

 

 覚悟を持ったと言うより、持たざるを得なかった。

 それを言っても意味が無いことは理解してる。死に戻りしています、なんて他人に知られるメリットはない。

 

「俺は優秀じゃないし神様でもない。俺に出来ることは数える程度の事でしかないが、それでもやるよ」

「んー…………いや、そうか。うん、こっちとしてもそう言ってくれるなら助かるけどね」

 

 隈が目立つ目を細めながら桑田が話す。

 

「うん。僕の一存でどうこう言える事じゃないけど会議で伝える、それは約束する。スグリちゃんの権利を賭けてもいい」

「勝手に人の権利賭けないでくれます? そもそも貴方のじゃないです」

 

 ナチュラル外道なことを言った桑田に対してスグリから即座に断りが入る。仲が良いのか、逆にビジネス的な交友関係だからこうやって好き勝手言い合えるのか。

 

「僕としては信用したいけどね。あの子が連れてきたんだし」

 

 ……あの子、ね。

 あの黒髪の女がそれほど戦えるとは、世の中わからないものだ。

 

「あの大怪我から復活できる生命力の持ち主だ。生きていれば絶対に何かに役に立つだろう?」

 

 打算的な考えをオープンに出してくるのは信用して欲しいと思っているからか。

 別に不愉快な考え方ではないし、俺もそう思う。

 

「それじゃあヨロシク、また改めて来るよ。スグリちゃん、ここの説明してあげて」

「わかりました。ちゃんと診察に行ってくださいね」

「おぉ、やだやだ。医者の僕が診察に行かないなんて、そんなことあるわけないじゃないか!」

 

 そうやって昨日子供達と遊んでましたよね──スグリから放たれた一言で桑田はそそくさと出て行った。

 

「……日上さん、と呼んでも?」

「好きにしてくれ」

「では日上さん。差し支えなければ教えますが、どうなさいますか?」

 

 情報共有は早ければ早い方が良い。

 手早く頭の中に叩き込む。呑み込みが早い人間じゃないがそこは仕方ない。何度か聞くしかないだろう。

 

「頼む、あー……なんと呼べば?」

 

 俺が問うと、少しだけ目元を動かすスグリ。

 

「……お好きにどうぞ」

「じゃあスグリさん。よろしくな」

 

 社会の歯車にもう一度組み込まれる。

 まあ、なんだ。元の場所でやっていた事と変わらない。ただ一つ重要なのは、ただ受容するだけの生き方では何も進まないと言う事だ。

 

 自分で考えて、自分で未来を考えて、自分で世界を変える覚悟を持つ。

 

 そんな御伽噺みたいな現状だが──やるだけやる。

 それしかもう、俺に道はない。

 

 

 

 

 

 

 

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