百折不撓のトリップループ   作:恒例行事

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五話

「…………ちょっと、動かしてもらえるかい?」

 

 手を開き、閉じる。

 指を一本ずつ動かしてそこに痛みが生じないのを確認し、問題ない事を伝えた。

 

「ン~~…………」

 

 桑田は何か不満そうな、というより納得いかない表情で腕を組んで唸っている。

 まあ、それはそうか。医者としてある程度勉強してきた人間からすれば、今の俺の身体は少し異常らしい。

 

 なにせ、折れた指が三日で治るのだ。

 これを異常と言わず何を異常と言うんだ? 

 

「……再生が早すぎる。原理がわからない。人間の身体にそんな機能が付いてるか? 飛ばされる前の世界に違いがあるのか? 少なくとも同事例はここで発生してない。サンプルが少なすぎるし設備も足りない。個人、日上くん単体としての性能が……」

「先生、患者の前ですよ」

「うおっと、これは失敬。つい癖でね」

 

 そう言いながらバインダーに留めた紙に書き込んでいく桑田。

 貴重な資源ではあるが使わない理由はない。紙は数が限られているが故に、基本的に責任者クラスが使用の権限を有していると説明を受けた。

 

 そんなポンポン使っていいのだろうか。

 

「ああ、スグリちゃんに言われたのかい? いいんだよ、なにせ僕は責任者だからね。体調管理に土の板なんて使えないだろう?」

「紙は貴重です。先月流れ着いた人間が大量の紙を有していたからいいものの、このペースだと二ヵ月後には無くなりますよ」

「文化と文明は使ってこそさ。限りがあるからと言って最後の一枚をずっと補完する訳にもいかないさ」

 

 これまた滅茶苦茶な短さまで削られた鉛筆を使って書く桑田。

 物資に限りはあるが、それでも躊躇う事はしない。思い切りがいいのか後先考えてないのか……。

 

「──こんなものかな、うん」

 

 情報を書き込み終わったのか、桑田がバインダーをスグリに渡す。

 

「正直医者としてはあまり信じたくないんだけど、実際治ってるからしょうがない。後で彼女に連絡するよ」

「実戦か」

「気が早いね。多分そこまで急がなくてもいいと思うよ?」

 

 とは言うものの、俺にはそれしかない。

 あの怪物を殺していくしか、それ以外に出来る事が無いんだ。他人の病気を肩代わりも出来ないし食料を作ることも出来ないからな。

 

「ハハハ、全くここは働き甲斐がある場所だなぁ」

「先生、全体会議まであと一時間程です。レポートの作成はなさいましたか?」

「…………スグリちゃん。僕はね、デジタルな人間なんだ。アナログじゃあないんだ。学生の頃の感想文とか死ぬほど嫌いだったしパソコンを手に入れてからは技術革新でも起きたのかと見間違える程に生きて行くのが楽しくなった。僕はこうやって鉛筆でモノを書くタイプじゃないんだな、これが」

「いいから早く作ってください。また怒られますよ」

 

 パソコンが恋しいよ……と言いながら退出する桑田を見送って、改めて自分の調子を確かめる。

 

 ぎゅ、と拳を握り込んでも痛みはない。

 いつの間にか、あの時味わった幻痛が消えている。腕を喰われた感触、足を喰われた感触、腹を開かれた感触、臓物を目の前で弄ばれた感触。

 その全てが残っているのに、痛みはない。

 

 どうにも気持ちが悪くて、顔を顰めた。

 

「何か、言ってない事がありませんか?」

 

 スグリが話しかけてくる。

 俺が戦いたいから虚偽申告をしていると疑っているのだろうか。その気持ちはよくわかる。

 

 普通は治らない速度で怪我を治し、尚且つさっさと戦わせろと言っている。

 まあ疑うよな。これで俺が完治していなかったら責任は桑田に飛ぶ。つまりスグリの上司の責任にされるわけだ。

 

「ない。嘘偽りなく完治してるよ(・・・・・・)

 

 そうだ。

 治ってることは嘘じゃない。

 痛みもなく、折れた指や怪我は完全に治っている。ただ純粋に話してない事があるだけだ。

 

「……そうですか。ならいいんです」

 

 ──三日間スグリや桑田と過ごしてわかったのは、互いに信頼し合っているという事だ。

 辛辣なように見えてその実とても心配性なスグリに、ぶっきらぼうで適当に見えて誠実な桑田。一朝一夕で形成される信頼関係じゃないのはすぐわかった。

 

 あの薄っぺらい、金ですら繋ぎ留めてない適当な人間関係しか築いてこなかった俺には眩しい。

 生き残る為なら俺も、そうなれるのだろうか。

 

「…………」

 

 少し、羨ましく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「──と言う訳でお連れしました。これから戦闘要員の一人になる日上さんです」

「日上八光だ。好きに呼んでくれて構わない」

 

 集められた男女数人の前で取り敢えず自己紹介する。

 軽く見た感じ鍛えらえれてそうな身体つき、体格差、そういうモノを考慮して戦えそうに見える人員だ。

 

「治ったんですね、怪我」

「お陰様で。名前を聞いてもいいか?」

 

 俺の事を見つけてくれた件の女も居た。

 世話もしてくれてたみたいだし、礼儀は尽くすべきだろう。

 

水木(みずき)雪菜(ゆきな)です。これからよろしくお願いします!」

 

 よろしく、と言いながら握手をする。

 小さい手だ。俺よりもよっぽど小さい手。これであの怪物を殺せるのか。

 

「では、私はこれで」

「あ、もう行っちゃうんですか?」

「また今度、ね?」

 

 そう言ってそのまま歩いて行くスグリ。

 意外だった。

 

 あんな風に笑うんだな。

 

「……相変わらず美人だなー、スグリさん」

「ばっかお前、俺達に向けた笑顔じゃねえよ」

「わかっとるわ! 美人を美人と言って何が悪い!」

 

 わいわい騒ぐ男性陣。

 ああ、意外と和気藹々としてるんだな。

 もっとこう、異世界なんて殺伐としてるもんだと思ってた。

 

「あはは、騒がしくてごめんなさい。こういう感じなんですよ」

「……いや」

 

 仲間、か。

 命を賭けて、賭けられる信頼関係。そんな物とは無縁だったから新鮮に感じる。

 

「いいものだと思う」

 

 素直にそう思うんだ。

 こういう状況になっても諦めることなく前向きに立ち向かうその精神が。すぐ諦めてしまう(・・・・・・)俺とは違って、希望に満ち溢れている心が。

 まあ、今も諦める為に生きている。そんな俺からしたら、羨ましくて眩しい事この上ないよ。

 

「……ふふ、良かったです」

 

 ニコリと笑う水木。

 身長の関係上どうしても俺を見上げる形になり上目遣いのようになる。

 

「はー、水木ちゃんのガチ笑顔ありがたや」

「私が普段作り笑いしてるみたいな言い方やめてくれません!?」

 

 ……中々濃い連中だが、馴染めるだろうか。

 ちょっと自信が無くなってきた。俺も、こういう関係に憧れてたのかな。遠慮なく冗談を言い合えて、一緒に何かに打ち込める友人とか。

 なんてセンチメンタルに考えてみたが俺自身がつまらん奴だから出来なかっただけだな。

 

「おい、慣れ合うのもいいが先にやることがあるだろ」

 

 若干ツンケンした口調で話しかけられる。

 視線を向ければ仏頂面で腕を組んで仁王立ちする男。俺と同じくらいの身長で髪色は茶色、少し長めに切り揃え襟足を何かで縛っている。

 

「話には聞いたが素手で連中を殺したんだろ。なら、武器をどうするかだ」

 

 武器、か。

 正直考えても居なかった。目とか関節部に捻じ込めるなら何でもいいし、力だけで顔面を割れたから何とかなる気もする。だが、十全に備えて悪いことは無い。寧ろいい。準備はするだけ得をするのだ。

 

 個人的な望みとしては、俺の力を要さずに殺せる武器が欲しい。

 

「……罠か?」

 

 その旨を伝えると少しズレた回答が返って来た。

 罠とかそういうのじゃなく、なんというか……鈍器? かな。

 

 連中を複数相手していて理解したが、個体差が存在する。

 姿形が一致している奴の方が少なく逆にバラバラだ。つまり俺達人間と同様に体格差が存在し、強度が変わる。

 

 その個体差の微妙なラインをねじ伏せられる武器が欲しい。頭を砕けば死ぬ事は証明済みだから、頭を一撃で砕ける強い鈍器が。

 

「合理的だな。だがそれは一対一の場合だ」

 

 複数に遭遇したのなら一匹ずつ殺せばいい。

 今の俺にはそれが出来る。一体の頭を砕いて、次の選択肢を見て、その先を行く。言ってしまえば死に戻りによる強制的な先読みだ。

 

 出来るから今ここにいる。それじゃ納得できないか? 

 

「…………まあ、いい。足手纏いにさえならなければな」

 

 そう言って目を閉じる男。

 どうやら既に戦力の中に俺は組み込まれているようだ。確かに一体殺しはしたが、殺している風景を見た訳でもないのによくもまあ信用できる。

 ……いや、信用している訳では無いな。ただ純粋に殺したという事実のみ見ているだけか。

 

「そういえば今日の見回りってホオヅキくんですよね」

「そうだが」

 

 俺に質問をしてきた男──ホオヅキと言うのか。

 水木が少し近寄って、周りに聞こえない程度の声で話している。若干ホオヅキが苛立った様子を見せているが何を話しているんだか。

 

「……俺が? なんでそこまでする必要がある」

「いいじゃないですか。きっと納得できると思いますよ?」

 

 少しの間話し合った後、不機嫌そうに顔を顰めるホオヅキとニコニコ笑う水木。

 

「日上さん、いきなりで申し訳ないんですけど今日の見回りから付いて行ってもらってもいいですか?」

 

 さっきの会話から察するにホオヅキと二人でか。

 俺は構わないがそいつはいいのか? 

 

「一人くらい増えた所で問題ない。お前も少しは考えておけよ」

「わかった。よろしく頼む、ホオヅキ」

「……フン」

 

 さっきのノリで和気藹々とやれるメンバーもいれば、そうではない奴もいる。

 それはそうか。俺達は人間で個人差があり性格の差もある。全員統一されているなんて気持ちが悪い。

 

「じゃあ武器も取りに行きましょうか。武器と呼べるほど上等じゃ無いんですけどね」

 

 水木に手を引かれその場から立ち去る。

 

 いいのか? 打ち合わせとかしなくて。

 

「大丈夫です! 後で一度集まりますから」

 

 ならいい。

 武器、武器か。ハンマーとかそういう系統になるのだろうか。メイス、名前はわかる。詳しい形状はわからん。振るうための筋力が足りてるのかも不明。

 でもまあ、その内慣れるだろう。振って、振って振って振って振る。とにかく数を重ねればマシになる。

 

 今もそうやって生きているんだから。

 

 そうして歩いて一分ほど。

 ちょっとした倉庫の中に武器を収納しているらしく、扉には鍵が掛かっている。よくこの環境で鍵なんて作れたなと思ったが、どうやらかなり簡単な形状で造ったらしい。

 

 中を覗けば、ごちゃっと整理されないまま放置されてる道具が沢山転がっている。

 これだけで相当数の試行回数を重ねているのが理解できるし、少しでもマシなモノを作ろうとしていたのが見て取れた。

 

「ちょっと前まで居た人がかなり優秀で、鉱石を探して来て自分で造っちゃうような人だったんです」

 

 居た人、という事は既に居ないという事か。

 言い方的に死んだんだろうな。連中に遭遇でもしたのか、自分で探索に行って帰ってこれるような人材がミスをするとは思えない。運が悪かったのだろう。

 

「さっき言っていたような武器なら……これとかどうですか?」

 

 ズシッと、少し重そうに持ち上げる。

 先端に少し鋭利に加工された鉄の塊が付いている棒だ。もっとわかりやすく言うなら、ハンマーと呼べばいいのだろうか。素人目にはハンマーにしか見えないからハンマーで良い。

 

 水木から渡してもらい、握る。

 持った感じはしっくりくる。違和感もそんなに無いし、振るう事が出来るなら十分に威力を発揮するだろう。ただそこまで重く感じないのが気になるな。この位の軽さで大丈夫なのだろうか。

 

「え、軽い……ですか?」

 

 それを伝えると少し考えるような仕草をされた。

 男と女、その差かもしれない。

 

 いくら水木が戦えると言ったところでどうしても差が発生してしまう。男と女では埋める事の出来ない差が存在する。

 同じ男でも体格によって変わるんだ、しょうがない。

 

「うーん、それより重たいのは多分……」

 

 その言い方で何となく理解した。

 ここの管理をしている水木が薦めてきた武器だ。多分これ以上俺に適してそうなモノは無かったんだろう。

 

「試しに振ってみましょうか。たしか……ここら辺に……」

 

 ガサゴソ何かを探し出したので、俺も少し協力する。

 大方巻藁とかそういうもんだろう。武器を作るのに試すモノを作らないとは思えん。

 

「ありました!」

 

 えへへと言いながら巻藁を持ち上げる水木。

 それをそのまま外に持っていったのでついて行く。

 

「よい……しょっと!」

 

 ドスンと地面に無造作に置かれた巻藁。

 試してもいいか確認すると頷いた。

 

 両手で持つ。

 振り方なんて知らないから、とりあえず相手を破壊できる力を籠める。

 

 上段に振り上げて、そのまま振り下ろす。

 インパクトなんてわからん。とにかくアイツを殺す。あの真っ白な怪物を殺す。

 ぞわ、と。俺の身体中を貪ったあの感覚。

 

 アレを思い出せ。あの不快感を刻み込め。

 恨みを重ねよう、痛みを連ねよう。自然と手に籠める力が増していき握り手がギリギリと音を鳴らす。

 

 ──死ね。

 

 純粋な想いだ。

 俺がこの鈍器に籠める想いと力はそれだけでいい。

 

「…………いいな」

 

 いい。

 この武器は、ちょうどいい。

 

 きっと殺せる。間違いなく殺せる。

 

 巻藁を貫通し陥没した地面を見て、俺はその確信を抱いた。

 

 

 

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