百折不撓のトリップループ   作:恒例行事

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七話

 ──怖い。

 

 常々感じている。

 ずっと怖いと思ってる。

 

 真っ直ぐに生きるのも、逸れて生きるのも怖い。

 誰かにそれを指摘されるのも嫌だ。俺は俺の人生を、誰に妨害されることも無く生きていたかった。

 

 だからアイツらが嫌いだ(羨ましい)

 

 どこまでも真っ直ぐで強烈で苛烈で、まるで俺が矮小な存在だと知らしめて来るようで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、皆さん頑張ってくださいねー」

 

「幾ら応援されてもこれは嫌なんだが」

「でもなぁ、いや、しかし、いや……」

 

 水木が呼んできた連中、陽気な戦闘組とでも名付けようか。

 そいつらが滅茶苦茶顔を顰めながら小屋の掃除をしている。勿論俺も手伝っているし、何なら俺が一番汚い部分を掃除してる。具体的に言うなら床板をぶち抜いて染み込んだ血肉を只管拾ってる。

 

 たまにピクピク動く部位があると気持ち悪くてその都度握り潰してる。

 

「うえ、アイツまた潰してる」

「やっぱちょっと外れてるよな」

「でも強いしな……」

 

 何か言われてるような気もするが、まあどうでもいい。

 そうして手伝ってもらって漸く綺麗になった小屋。ただし穴は直してないので風が入り放題なのがちょっとネックだ。

 

「これは後で桑田さんに渡しておきます。多分有意義に使ってくれるでしょう」

 

 また仕事が増えたと嫌な顔をする桑田が目に浮かぶ。

 まあ、悪いな。

 

「──さて。じゃあ会議に今回の件を提出する必要があるのでちょっと情報を纏めたいと思います。本当ならホオヅキくんにも居て欲しかったんですが、ちょっと地雷踏んだので居なくなっちゃいました」

「まあしょうがない」

「切り替えていこー」

 

 陽気な戦闘組が賑やかしで言う。

 ホオヅキが気難しい奴という印象はあったが、相当に面倒な過去があるらしい。

 俺はそんな過去は無いから大変だなという他人視点での気持ちしか抱く事が出来ない。しょうがない。

 

「まず簡単に壁の方を見てきましたが壊れてる形跡はなし、尚且つ地下から潜って来た訳でもなく普通に乗り越えてきたようです」

 

 壁を過去乗り越えられたことは何度ある? 

 足跡があるのは確認しているが、それをここから動いてない俺が言うのは怪しい……というより辻褄が合わないので黙っておく。

 

「それが無いんですよね。少なくとも私が来てから二年以上起きてないです」

 

 初めて起きた、か。

 これは俺の立場がマズイ事になるか? 

 

「うーん、どうでしょう。桑田さんとかはかなり現実的なラインでの話しか出してこないので大丈夫だと思いますが、他がどうなるか」

 

 戦う力を持たない生産部、とか。

 そこと繋がりが無いから出ていけと言われてしまえば俺は出ていくしかなくなるな。

 

「日上さんを追ってきたわけでは無い──って断言できればいいんですけど、正直言い逃れできないんですよね」

 

 外に居る誰を襲う訳でもなく、わざわざ建物の中に居る俺を狙ってやってきた。どういう方法で探していたのかは不明だが俺個人を追い続ける追尾機能があることが明らかになってしまった以上、同じ場所に留まり続ければいつか手遅れになる。

 

「……寧ろ、ここまで維持出来たことが異常なんですかね」

 

 囁くように水木が呟いた。

 何年間もあの怪物がたまたま(・・・・)来なかった。その均衡が俺によって破られた。

 

 事実を並べればそれだけだ。

 

 その原因である俺が言っても説得力は無いがな。

 居なければ怪物が来ることは無かったかもしれない。だけどいずれ来たかもしれない。それは意味の無い「たられば」──可能性の話だ。

 

「まあ、それはさておき。私としては追い出す必要性を感じませんし、チャンスだとすら思ってます」

 

 ……その心は? 

 

「滅ぶかこのまま一生停滞するかの二択しかありません。──でも、日上さんならそれ以外を選べる」

 

 何故そう思う。

 俺をそこまで評価する理由はなんだ? 

 

 そう言うと、水木は少し困った顔で笑った。

 

「……それは、秘密です」

「……そうか」

 

 教える気が無いなら、いい。

 別に知らなければいけない訳でもないからな。

 

「私はここで終わる気はありません。絶対に死んでなんかやりませんよ」

 

 そう宣言する水木の瞳は、とても強い光が宿っていた。

 思わず魅せられるような圧倒的な煌めき。

 

 ギラギラともキラキラとも表現できるような鮮やかな光だった。

 

「だから、絶対に逆らいます。あなたは、私にとって必要な人なんです」

 

 ……こんなに熱烈に必要とされた事はあっただろうか。

 俺の過去をどれだけ振り返ってもそんなことは無かった。

 

 俺はどうでもいい人間だ。

 才能もない、特別な何かも持ってない。つまらない人間で、いつだって世界の最先端を行く人間を羨んでいた。

 

 誰かに注目される人間が羨ましかった。

 誰かを惹きつけられる人間が羨ましかった。

 

 特別な人間(・・・・・)に、憧れていた。

 

「……もし駄目だったら、二人で逃げましょうか?」

 

 また困ったように笑う水木に、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 水木が立ち去り、陽気な三人組も居なくなった。

 少しずつ日が暮れて茜色に染まりつつある空。どういう原理かは謎だが、そういう事実がある。

 

 呆けたように座り込んで考える。

 

 水木の目的──ここで終わるつもりはない(・・・・・・・・・・・・)

 ここ(・・)がどこを指すのか不明だが、俺も同意見ではある。

 

 元の世界に帰れるかどうかはどうでもいい。あの世界に価値はもう無い。

 

 求めているのは『終わり』。

 俺と言う生命体が死を完全に迎える、それを目指して生きている。死ぬために生きているのは矛盾しているかもしれないが、生物なんてそんなものだ。

 

 水木がこんな退廃的な事を求めるとは思わないから、普通に目指してるモノがあるんだろう。それを手に入れるために俺を利用するのは歓迎するし、俺も共通して歩ける奴が居るなら助かる。

 何故なら、優秀だから。

 俺とは比べ物にならない優秀さだ。

 

 生身であの怪物と渡り合える強者でありながら、前を向いている。

 前を向き続ける心を持っている。

 

 諦めない(・・・・)──不撓、と表現しよう。

 

 そんな強いヤツが俺と一緒に終わりを探してくれるなら、なんて心強いのか。

 

「…………一緒に、か」

 

 心の底から何かを目指したことはあっただろうか。

 誰かと目的を共有したことは? 

 

 無いわけでは無い。ただ、それは仕事だった。

 金のためにやっただけで、別に心の底からやりたかったわけじゃない。金を得られるなら何でも良かったんだ。

 

 今はそんな風に生きる必要はない。

 それ以外の生き方も知らないのに。

 

 そう考えると惨めで、自分が如何につまらない人間なのかを実感する。

 

 転移して、適当にぶらついて死ぬ事を期待して、死ななくて狂って。

 狂っても死なないから意味が無くてこうやって生きている。

 

 こうやって無意味な事を考える癖も抜けてない。

 

 駄目だな、切り替えよう。

 一人になると無駄に色々考えてしまう。そんな事をしても意味はないのに。

 

 それならば少しでも早く殺せるように素振りでもした方がマシだ。

 そう思いハンマーを手に取って、血に染まってるのを思い出した。流石に水場を使おうにも汚染しそうで嫌だしどうやって拭き取ろうか。

 資源は限られてる。紙を使い放題だった現代とは大違いだ。

 

 ぐりぐりと地面に擦り付けて汚れを取る。

 

 こうやって汚れた血肉でも役に立つ。

 地球と同じならこれを主食にする虫が居て、それを更に利用する微生物なんかも居るはずだ。居ないという事はないだろう。

 

 ここまで地球に似た環境で一気に変わるとは考えにくい。

 

 ゆっくり息を吸ってから、吐き出す。

 

 変わるべきか? 

 いや、そんな筈はない。俺は変わる意味はない。

 例えるなら新生活──高校へ進学、大学へ進学、就職して社会に出る。そういった節目に変わっていくモノではあるが、今の状況はそのどれとも違う。

 

 一つだけでいい。

 喰われた痛みを忘れるな。弄ばれた事を忘れるな。

 復讐と終活、それを求めるだけの人生だ。

 

 

 

 


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