戦闘妖精雪風はストライクウィッチーズ世界の空を飛ぶ   作:ブネーネ

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7話

「これは一体どういう事でしょうか」

「不服かね?君の上司、アドルフィーネ・ガランド中将からの許可も頂いているのだが」

501JFWベネツィア基地、ミーナ中佐の執務室には一人のFAF軍人と白衣を纏ったウィッチがヴィルケ中佐の下を訪れていた。

男はノイエカールスラント共同技術開発センターのカール・グノー大佐。

そして少女は同じくノイエ・カールスラント技術省及び共同技術開発センター所属のウルスラ・ハルトマン中尉だ、ハルトマン中尉の妹でもある。

「501は現在五名が負傷しており504JFWから三名の援助を受けてなんとか運営している状態です、この上で新型ストライカーの評価試験を行うような余裕はありません」

501JFWは予想以上に大打撃を受けている、先ほども話があったように人員の不足、兵站の限界、そしてネウロイの強さ。

重症を負った坂本少佐を初め、宮藤軍曹、リネット曹長、クロステルマン中尉、ハルトマン中尉が現在もFAFロマーニャ基地にて治療中、経過は不明。

ベネツィア戦線において最前線である501JFWが非稼働状態になる事を避ける為に504JFWから赤ズボン隊の三人を徴用し何とか運用できている状態だ。

「ではガランド中将の命令を拒否しますか?私としてはオススメしません」

「後方に下がった504JFW本隊やアフリカでもいいでしょう、そもそも何故飛行試験を共同技術開発センターで行わないのです」

「もうやってますよ、そして歴戦のエースパイロットのデータがあれば完成により近づくのです」

「501JFWが使用したという実績が欲しいだけでしょう?予算取りの為に501JFWを巻き込まないで、ガランド中将には私から報告します」

「ミーナ中佐、あなたは現状を理解していますか?」

ミーナは机の下で拳を握りしめた、少なくとも前線に立っているのは自分達だ、言い方は悪いが後ろで引き籠っている人間に何が分かると言うのか。

「ミーナ中佐、最近FAFの戦闘機がかなりの頻度で損傷しているのを知っていますか?この星で一番強いと言える戦力ですらネウロイに絶対はないのです」

「この前もFAFロマーニャ基地で最強の特殊戦機が何度も撃墜されかけている、これがもし君達だったら任務の達成すら果たせなくなるだろう、どうか未来のウィッチ達を思って協力してくれないだろうか」

このカール・グノー大佐という男は軍人と言うよりもセールスマンを思わせた、こうして軍の上層部も丸め込まれたのだろう。

「FAFがどうなろうと私の知った事ではない、少なくともFAFにシールドは無いのだから生存率などたかが知れているでしょう」

壁面に映し出されているそれは真紅のストライカーであった。しかし現在主流のストライカーと比べて別の系譜から来る洗練された印象を与えられる。

中尉は私の態度に気にする素振りも無く話を続ける、「ユニット名はMe262V1。噴流型ストライカーユニット、通称ジェットストライカー。これがその試作品です、カタログスペックでも速度は950km/hを超えます」

「950キロ?それは…確かに破格の性能ね」

ストライカーユニットは地球でいう所のレシプロ戦闘機と似た性質を持っている、ただしフェアリイ星ではストライカーユニットを参考にして同じ名を冠したレシプロ戦闘機が作られるのだが。

単純に技術力の問題からストライカーユニットの速度は出せてもおおよそ700km/hが限界、固有魔法と呼ばれる個人の性質を特化した魔法、シャーロット・イェーガー大尉の『超加速』ですら音速に及ばない遠い世界だ。

「ジェットストライカーの利点は運動性能だけではありません。柔軟な機動こそ失われますが魔力の増幅量はレシプロの比ではなくシールドの強化による防御力の向上、膂力の向上により大型の武装を搭載する事も可能で火力の向上、あるいは多くの弾薬を搭載し継戦能力向上も見込めます」

「そしてジェット機のノウハウはFAFに一日の長がある、提供は惜しまないつもりだよ」

「ジェットの運用で魅力的なのは一撃離脱戦法が新兵に限らずウィッチ達の損耗を大きく減らす事が言えるからです、実際突出した才能がなくともロッテを組み一撃離脱で成果を出す事が出来るのはエディータ・ロスマン曹長が証明しています」

「これからはエースだけが戦場を支配するのではなく、より効果的な戦術がネウロイを殲滅する、501JFWの協力は世界に無駄な出血を強いなくても済むようになるのだ」

「お断りします……何度も言うように501JFWには余裕がありません、これ以上貴重な部下を失う訳にはいきません」

「成程、しかし勿論それ相応の支援もご用意してあります、501JFWの予算や兵站等の物資、人員の不足は聞いていますよ。ノイエカールスラント協同技術センターから食料や基地の備品、食料等の提供も行いましょう。これでも人類連合軍の上層部に掛け合ってなんとか手に入れた分です、これでもダメと言うなら…残念ながら私達は別の場所に向かわなくてはなりません」

今度は表情にも出た、奥歯を噛みしめ不似合いな政治を持ち出す二人を睨みつける。

確かにその通りだ、ベネツィアのネウロイの巣から現れるネウロイは他の地域と比べて強さも数も段違いで基地戦力の損耗が激しいのは事実だった。

ウィッチではない通常の哨戒機やそれに見合うパイロットの被害も決して少なくない、輸入軽路はネウロイに破壊され支援物資の搬入が滞りストライカーの整備もままならない、新たに設立された新504JFW基地とロマーニャ政府に援助を行わなければならなかった分在庫が底を尽きかけていた。

「分かりました、ここまで手を尽くしていただいたのであれば私としても異論はありません」

「ありがとうございます、ミーナ中佐!!それでは後日ストライカー等の物資等をご用意致しますのでよろしくお願いいたします」

一刻も早く二人を追い出したかったミーナ中佐が遂に折れた、資料を片付けて二人が執務室から出ていくと後には静寂だけが取り残されていた。

エースが多くいれば強いわけではない、そうであればカールスラントは失われなかった。

全ウィッチが常に全員出撃出来るわけではなく、夜間哨戒にも戦力を裂かなければならない為にシフトを組んで一回に付き三から五人しか派遣できない状態である、二面作戦は不可能で不意打ちには対応できない。

それでも打ち漏らした際にはFAFに救援要請をいれなければならない、強気で交渉したように見えて実の所落ち目の501JFWは実績というものを残さなければならないから受ける以外に選択肢は無かったのである。

もしメンバーの更迭や異動があれば本当の最前線に送り込まれる事もあるだろう、人の死が数字でのみ管理される地獄のような戦場に。

全ての歯車が狂ったような環境はミーナの精神を摩耗させた、誰も味方が居ない状態で彼女は一人で戦っていた。

心が冷えていくのが自分でも分かる、藻掻いても藁すら掴めない状況で一人で職務を果たす。間違っていない、それが責任だから。

仲間には恵まれた、信頼できる戦友も、そして管理された501JFWという恵まれた環境も。しかし彼女を支えてくれた彼はもういない、彼女の心を暖める事が出来る絶対の味方が彼女には欠けていた。

 

 

「助けてなんて……もう誰にも言えないのよ、ミーナ」

 

 

 

 

 

一週間後、ジェットストライカーの概要を記した書類一式と現物が501JFWに届くとブリーフィングルームにて試験飛行の説明が行われた。

「これがジェットストライカーかぁ、へー!いいなー!!」

「さすがカールスラントの技術力だ、コイツがあればネウロイなど容易く葬ってくれよう」

「ふーん、これがウルスラの新作ねぇ、誰が履くの?」

「それは勿論、私だ!!」

リベリオン合衆国――地球のアメリカに相当する――出身のシャーロット・E・イェーガー大尉が我先にと手を挙げる。

自他ともに認めるスピード狂、そして彼女はバイクレーサー畑の出身だ、入隊の切っ掛けもストライカーを以て更なる速度を求めての事だというのだから筋金入りだ。

「いーや、粗雑なリベリアンに渡すストライカーはない、カールスラントのストライカーはカールスラント軍人が使うべきだ」

世界四強に数えられるカールスラント出身のスーパーエース、ゲルトルート・バルクホルン大尉がこれに対抗した。

元々折り合いの悪い二人だったがここでも衝突した、しかしそれも分かっていた事だったから早急に互いの矛を納めさせることにした。

「ジェットストライカーはバルクホルン大尉に使用してもらいます」

「えぇー!!!そんなー!!」

「本当は未来予測の固有魔法が使えるエイラさんに頼みたかったのですが…」

「私はシールド張らないからナ!」

スオムス――地球ではフィンランドに相当する――出身の彼女は自慢げに胸を張った、彼女の固有魔法、未来予知の力で防御よりも回避に重点を置いている為に今回彼女の出番はないだろう。

「それに、イェーガー大尉の固有魔法は一般的なデータを取る為の試験飛行に向いていません、そしてバルクホルン大尉の固有魔法なら新武装の試験にも向いています」

ストライカーと共に運び込まれて来たのはMK108 2連装30mm機関砲、新型の長砲身50mmカノン砲。いずれもこれまでの中型ネウロイであれば一撃で中破以上を見込める分、精々重機関銃の携行が限界だったウィッチにとって一人では過積載になる武装だ。

「ちぇー……でも私にも使わせてくれよな!」

「ええ、その時はお願いするわ。イエーガー大尉はジェットストライカーの比較試験に参加してもらいます、貴女の全力を見せてちょうだい」

「へぇー、いいのかい中佐」

「構いません、事故の無い範囲であれば」

イエーガー大尉はかつて培ってきた知識で魔改造と言えるほど自らのストライカーをスピード一辺倒にチューニングしている事はミーナ中佐も黙認していた。

しかし今回に至ってサンプルとしてなら彼女の個性は有効な物になる、早くウルスラ中尉を満足させて元の勤務に戻りたい思いが彼女に許可を出させた。

「いつ試験は始めるんだ?」

「三日後の1400時に各種飛行試験を開始します、なお今回の技術試験も任務に含まれる為特殊戦が試験を監視します」

「えぇー覗き見ー?」

「いざと言う時は、特殊戦にネウロイを押し付けてしまえばいいだろ?」

「私達の仕事を忘れないで、ネウロイを倒すのはウィッチの使命です。説明は以上です、質問が無ければ解散」

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャムの放った核弾頭を搭載した対地ミサイルは502ndTFSごとロマーニャの補給拠点であったFAF基地を根こそぎ焼き尽くし、生存者は雪風のパイロット以外に居なかった。

雪風は戦闘後に自動でFAFロマーニャ基地まで帰投、TARポッドに内蔵されていたカメラやセンサ等は失ったが観測データは全て雪風の内部メモリに収められていた。

深井零中尉は無傷でこそ無かったが、であればこそ戦闘データの分析の場に立ち会わされた。

「信じられないな、遂にジャムにしてやられたわけね」

非常事態を受けてクーリィ准将は特殊戦のスーパーシルフに乗ってやって来た、フェアリィ星で一番速い乗り物だ、彼女をエスコートしたのは当然特殊戦の隊員である。

「このデータは貴重ですよ、このロマーニャ基地も危なかった。深井中尉、よくやった」

「やったのは雪風だ、俺は失神していた」

「お前と雪風だから出来た事だ、誇っていいぞ。しかしスーパーシルフがこの様な機動が出来るとは思わなかった、よく空中分解しなかったものだ、Vmaxまで使ってお前の身体は大丈夫なのか」

「生きてるよ、肋骨にヒビが入っただけだ。むしろ相方の方が重症だ、内臓破裂、脾臓が潰れた」

「お前は確か以前脾臓を摘出していたか」

「だからかもな、軽傷で済んだのは」

「フムン、准将、至急対抗手段を用意する必要があります」

「この情報をまとめなさい、戦術空軍緊急作戦参謀会議に提出する、会議は二時間後、以上」

「分かりました、准将」

クーリィ准将はブリーフィングルームを慌ただしく後にする、ブッカー少佐は敬礼、深井中尉は座ったまま見送る、クーリィ准将は後ろに目を付けていない。

「もうこれまでと同じ空中戦は出来ないな、戦法を見直す必要がある、ゆっくり飛んでいては撃墜される」

「旧式のファーンじゃ無理だ、ジャム戦争が始まってからのロートルだろ?アレ」

「FAFにも高速ミサイルはあるんだ、ただ弾頭が高熱になるのと熱雑音がな。ジャムはそれをどうにかして解決している、しかもそれが移動目標に対してホーミングするんだからな」

「アクティブホーミングじゃなさそうだ、ECMが効かなかった」

「その内分かるさ、少なくとも速度では劣るが精度は互角のミサイルの試射には成功している」

「それを積むのがファーンじゃ話にならないよ、アウトレンジでドカン」

「それがあるんだ、ファーン・ザ・セカンド、単座の高機動格闘戦闘機、テストフライトは既に済んでる」

「新型機か」

「そうだ、名前こそ継いでいるが別物だ、エンジン出力はシルフィードの六割程だが機体重量は六割以下、可動する前進翼とベントラルフィン、小さくて軽い高機動戦闘機。雪風が逆向きで飛んだのは奇跡だがファーンⅡは当然の様にやってのけるさ」

「そいつは何で空を飛ばない、欠陥でもあるのか?」

「ファーンⅡはまだ生まれたてだ、戦闘機動に対して翼を最適条件に合わせて動かす為のソフトがまだ出来上がってない。雪風の様な高性能のコンピューターはファーンⅡには収まらない、もっと安価で、省電力で、大容量のコンピューターが必要だ」

「だが飛んだんだろう?」

「飛べばいいわけじゃない、回避と攻撃も出来なければならないんだ。本来なら複座にしてエラーを少なくすればいいという案もあったんだが―――」

「無人化しろって言われたんだろう、システム軍団辺りにな」

「……嫌に勘が働くじゃないか。そうだ、戦闘コンピューター任せればいいとFAFは信じている、人間よりも情報処理速度の早いコンピューターを用いれば少なくとも消耗品であるパイロットが要らなくなるからな」しかし、とジャックは一言置いた。

「ファーンⅡは雪風の様な判断能力を要求されているんだ、逆に言えばファーンⅡに出来る事が雪風に出来ないわけがない、雪風の潜在能力は既に俺達の予想をはるかに超えている」

「あんたが開発したんじゃないのか」

「俺はあくまで纏めただけだ、中身も分からない必要なシステムをつぎ込んだ後、お前の戦術を学習し、対ジャム戦を経験して学習した雪風の中身はもう誰にも理解出来ないほど複雑になっている。雪風は将来お前を必要としなくなる、いや既に雪風は人間を必要としていない」

雪風から降りる時が近づいて来た、そう言外に語るジャックに対して語気が荒くなる、それは俺の逆鱗だった。

「雪風と一緒に、今までやって来た、他に何もない、雪風には俺が必要だ」

「それでもいい、だが覚悟をしておけ。雪風は娘としてもう成長したんだ、無理解の面倒な親父等なんて邪魔者になる」

「斬り捨てたいなら、そう言えよ」

「斬り捨てるだと?したか俺が!たったの一度でも!!」

 

 

「――――他に何も無いんだ!!!」

 

 

息を切らして俺は椅子を押し退けて立ち上がる、だからと言って何かをする訳では無かったが空気は重かった、ジャックは溜息一つ。

「俺がお前やブーメラン隊員を正体不明のジャムの前に送りだす気持ちが分かるか、人間なんて視界にも入ってないかもしれない、だとしたら人間の死は無意味だ」

「だから機械に全て任せてしまえとでも言うのか、人が死のうと、地球が滅ぼうとも―――俺には関係ない」

「……深井中尉、もう行っていい、精密検査を受けて来い」

「もう手当は受けた」

「診断書の提出を命ずる、退出して良し」

ジャックに敬礼して退出、そのままハンガーに移動して人の身よりも巨大な戦闘偵察機を見つめた。

俺はいつも雪風の事を考えてるのに、俺は雪風のことが分からない。

俺は確かにマシンが好きだ。しかしそれは俺自身がマシンになりたかったわけじゃないし、人間を見下していたわけでもなかった。

俺は人から嫌われる事は結構あったが望んで嫌われた事は無かった、そして俺が安心して心を開く事が出来たのがマシンだけであったという事だ。

だがフェアリィ星で出会った『俺が求めていたマシン』は雪風なのか?一言では語りきれない何かが俺と雪風を繋いでいる。―――繋いでいるのか?本当に?

俺と雪風は…一体何なんだ…?

 

「お前は俺を……裏切らないよな……?」

 

雪風の機体に手を当てるもひんやりとした体温を返すのみで、何も答えなかった。

 




皆さまの評価と感想のおかげで楽しくSSを書かせていただいております、特に感想はワクワクしながら読ませていただいております。
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