最初ということでかなり悩みましたが、最初はこんなお話から始まり始まり。
ロドスには、ある問題を抱えた人物がいる。
中度の鉱石病患者のオペレーターだ。
特別なオペレーター、とは言わないが……
近付きづらい。
会話が出来ない。
単独行動が多い。
命令を聞いているか分からない。
意思疎通が困難。
人を寄せつけない物言い。
誰に関しても平等に悪い口を開き、誰も寄せつけない。
常に孤独を求める、組織の異端。
どれだけ手を差し伸べようと、その手を払う。
言い方を悪くすれば、癌とも呼べるような青年だ。
これは、その青年の記録の一番最初。
彼が、ロドスに馴染んでいくための第1歩の話……
誰もいない、整理されていない宿舎の中。
灯りをつけることも無く、静かに。
ソファに寝そべってうつらうつらとする1人の姿。
音もなく、光も無い中でゆったりとしている。
それは、誰もが目を向ける容貌の姿。
美しいなどという褒め言葉よりも……
異常という侮蔑の言葉が似合う姿だ。
本来2つで1つの羽は、片方無くなっている。
頭上に浮かぶ輪は、壊れたかのようにひび割れて。
その2つとも、黒く染まっている。
彼はサンクタ族だ。
天使でありながら、本当に正真正銘の
生まれつきの先天的なものか、それとも後遺症とも言える後天的なものなのか。
それを知るものはほとんど居ない。
どちらにせよ、その容姿は彼が普通でないことを示すことは確かだ。
1人しかいない部屋に、もう1人の影が入り込んだ。
「……アズライル、起きてるかな?」
「起きてる。……何の用事だ、ドクター」
呼ばれるがままに、”アズライル”と呼ばれた彼は目を覚ます。
嫌々そうな声色で返事をしながら、渋々体を起こして。
体の節々が痛むと言わんばかりに顔をしかめる。
一人しかいない古い宿舎でのびのびとできる時間を邪魔された、とでも思っているのかもしれない。
大きく息をついて、座り直す。
足を組んで、頬杖をつきながら。
態度は相変わらず変わらないまま。
”ドクター”と呼ばれる人物に振り向いた。
ーーロドス・アイランド所属オペレーター、アズライル。
狙撃担当であり、ラテラーノ製の銃を扱える数少ないサンクタのオペレーター。
ロドスに加入する前は少人数による傭兵稼業を行っていたらしく、その銃の扱いや戦況を見る目に曇りはない。
強襲作戦や防衛作戦など、戦闘の行われる行動において著しい戦果を上げているオペレーターだ。
数いるオペレーターの中でも、実力が勝る人物。
口数は少なく、人を寄せつけない雰囲気を持つ。
その理由の殆どは、その口の悪さと雰囲気の悪さ……
ロドス内のファイルには、それに連なる事が記載されている。
彼は実力よりも、悪評が強い。
確かに、戦場では有難いのかもしれない。
しかし、同時に迷惑でもあるだろう。
そのどれもが、対して良い情報ではない。
それほど彼はよく思われない立ち振る舞いをしている。
そんな人物に、ドクターは直接何かをしに来たのだ。
ドクターは持っている紙袋からゴソゴソと何かを漁り、彼に向けてそれを差し出した。
「差し入れだ。任務で疲れているだろうし、良ければ食べてくれ」
「……またかよ。別にいいって言ってるだろうに」
つい直前まで、作戦が行われていたのだろうか。
ドクターから渡されたのは焼き菓子だった。
労いという意味でのプレゼントだろうが、興味が無さげに。
渡されたもの自体が嫌いというわけでは無さそうだが……
本人は、あまり受け取る気が無さそうにしている。
また再びソファの上に寝転がる。
またかよ、という言葉から察するに何度か彼はこういうやり取りをしているにもかかわらず、未だに突っぱねているらしい。
「まぁ、そう言わないで。任務に報酬は付き物だろう?」
そうでも言わないと、彼はきっと受け取らない。
彼は、誰かに気を遣われることを良く思わない節がある。
純粋に、その気遣いを馬鹿にされていると勘違いしているのか……それとも、自分がそれに値するものじゃないと思っているのか。
彼の心情はよく分からないというオペレーターが多い。
それだけ、彼が内面を見せていないということだろう。
悪態をつきながらも、しつこい好意を無下にするのは良しとしないのかぶっきらぼうに受け取ってテーブルに置く。
わざわざ投げることも無く、丁寧に手の届く範囲へ。
「私もアーミヤも、ケルシー先生も……君を心配してるんだ。他のオペレーターと関わりを全く持たないって」
「別に心配しなくたっていいだろ……俺みたいな化け物に交流は必要ない」
ロドスの上層部は、彼を心配している。
全くと言っていいほど関わりを持たないオペレーターは彼ほどの物だろう。
誰かが話しかけてきても反応せず、自分から離れる。
必要最低限以外は話さず、近付きそうなら直ぐに拒否する。
コミュニケーションを取らないオペレーターは数居れど、ここまで交流を断絶するオペレーターは彼ほどのものだ。
それゆえか、宿舎に誰か来た場合はほとんど自分の部屋にいることがない。
空き部屋か、はたまた別の場所で時間を潰していることが多い。
今回もその例だ。
通常の宿舎ではなく、まだ整理されきっていない宿舎の一角をわざわざ1人で片付けて勝手に寛いでいる。
ロドスとしては、あまり褒められたことではないがドクターはまだ黙認している。
曰く、この部屋はまだ誰も来ていないから大丈夫……との事らしい。
最後あたりの言葉は、自嘲気味に。
この態度は、今に始まったことじゃない。
彼はその風貌が自分のコンプレックスなのか、自分を化物と呼ぶことが多い。
羽を失って堕ちた天使。
人ならざる化け物。
なりそこない。
自分をそういう風に語るのがアズライルだ。
自分が特異だからこそ、関わりは必要ないと乾いた笑いを零した。
「……気にしてるのか?悪い噂を……ーー”死神”と呼ばれてる事を」
「周りの言うことなんて気にしてない」
死神と言うキーワード。
彼が自分を忌み嫌う理由。
彼の名前の所以にして、彼の汚名。
死神と。
彼は、死神なのだ。
その天使とは思えぬ異様な風貌。
戦場に立てば躊躇いなく敵を屠る残酷さ。
理想論を切り捨てる冷徹さ。
それは、人ならざる何かが、天使の形を取ったもの。
そんな話が、ロドスの内部では広まっている。
彼と共に任務に出た者は、死を目の当たりにすることになる。
それが自身であろうが、敵であろうが、味方であろうが。
幾多もの死を目の当たりにしてしまうという噂が流れている。
恐ろしく、そして無慈悲。
ただ、屍の山の上に立ちすくむ死神。
彼が自分を化物と呼ぶ所以だ。
「なら、どうして他人を避けるんだい?」
「化物が近くにいれば、別のオペレーターの作戦行動に支障が出る。それで責任追及を受けたくないだけだ」
「そんな事はしない。そういうのは君たちの責任ではないからね」
どうだか、と吐き捨てるように彼は言う。
人は危機に陥れば、何かに責任を擦り付けたくなる。
今はこういっていても、いざ問題が出た時に何を言われるかわかったものでは無い。
そういう風な説明をして、面倒だと息を付く。
過去にそんなことがあったかのような口振りで。
けれど、ドクターは黙った。
うんうん、と頷くだけ。
確かに、その可能性は完全に無くせず……そういう事態もあるということはわかっているのだろう。
けれどそれでも再びドクターは口を開く。
「私は誓えるよ。そんなことはしないと……君は随分と自分を低く見すぎじゃないかな?……思っているほど、彼らは君を悪く思っていないかもしれないよ」
「それを確かめる術は無い。その為だけに近づくのも面倒だろ」
周りが彼を悪く思っていないという言葉に訝しむ。
それならば、最初からあんな言葉は出ない。
悪気は無いのだろう。
彼は組織という団体を考えた上で発言をしている。
……しかし、深く考えられてはいない。
考え無しとは言えないが、考え込まれているとも言えない。
なんとも、中途半端だ。
まるで、どちらとも振り切れないような。
「……そうだね、改めて思うが……君には、もっと交流を持ってもらうべきだ。君は自分を化物だと言うが、周りにそうではないということを知ってもらわなくてはね。そうじゃなければ、君の言うように作戦中の混乱を招く原因になりかねない。なら、常日頃から関わって慣れておかなければならないだろう」
面倒なことを言っている、と彼は小声で呟いた。
しかし、それが間違っていないのも事実。
苦虫を噛み潰したような顔を彼は浮かべた。
ドクターの言う通り、作戦中のコミュニケーションはとても大切だ。それを欠かすだけで重大な事態になりかねない。
その為には、日頃からの交流も必要だ。
人から距離を取りがちな彼の、一番最初に改善すべき点だった。
しかし、本人からしたらそれはストレスでしかない。
周りに耳を傾ければ、良い話など聞こえない。
あるのは、今日は何人殺したのか。
どれ程の死を運んだのか。
そんな話題ばかり。
少なくとも、彼自身にはそう聞こえる。
そんな周りと交流を持とうなどと思うわけもない。
「明日から君にはある程度誰かと動いてもらおうと思う。……宛はまだないが、それが君のためになると信じてね」
「チッ……どうせ碌な事にならない。お前だって分かってんだろ」
本人が気乗りしなければ、良い結果は出ない。
物事の結果というのは不思議と本人の気分に左右されてしまうものだと認識している。
それ故に、無理に行われたとしても相手に不快感を与えるだけだと彼は断りを入れた。
片や乗り気だったとしても、もう片方が無理無理にストレスを貯めながらでは意味が無い。
人は良い方向に釣られることは無くとも、悪い方向には簡単に靡いてしまう。
そういったことを考えても、彼としてはあまり良く思わないのだろう。
……正直な所、彼が交流を避ける為に無駄な理由付けをしているように見えなくもない。
「これは命令だ、いいね?」
「……命令と言われれば何も言えない」
彼もなぜ自分が此処に居れるかは分かっている。
契約の元、ドクター等の指示に従うという条件でここに居座っている。それを反故にするのは筋が通らない。
彼は筋の通らないことは絶対にしないと心に決めている故に、それ以上の反抗は出来なかった。
ただ大きくため息をついて、面倒だと言うだけ。
彼は、とても人との交流が苦手だ。
それは嫌われると思う故の恐怖か。
それとも孤独こそ至高と思う傲慢か。
はたまた、本当にただ手間が嫌なだけなのか。
それを知るのもまた、彼しか居ない。
「じゃあ、早速明日から行ってもらうよ。……もちろん、適任の人も探すよ。なるべく、君を嫌わないような人をね」
「何も言わねえ……勝手にしろ」
そんな反応に、表情の見えないドクターは少し頷く。
それが勝手にやるという突き放した意味なのか、それともそれでいいよ、という肯定なのか。
どちらにせよ、彼にとってはどうでもよかった。
明日から、地獄のような場所に変わるのだろうか。
「じゃあ、ゆっくり休んでね。おやすみ」
漸く嵐のような男が去ったと一息つく。
彼にとっては、ドクターさえも”面倒”の内に入るのだろう。
ドクターの居なくなった部屋で、また再びソファに寝転がる。
少し苛立ちがあるのか、その爪先を揺すりながら。
しかし、しばらくするとその動きも収まる。
「……俺は孤独でいいんだ。……いいや、そうでなければならない」
暗がりでぽつりと、そう呟いた。
突き放すような強い口調でもなければ、適当な口調でもない。
ただ、自分に言い聞かせるような弱い口ぶり。
静寂の中に消え入るように、その音を響かせる。
忘れるな。自分は化け物なんだ。
そう彼は自分の中に刷り込んでいく。
羽をもがれ、輪を欠けさせた天使など紛い物でしかない。
様々な過去が、自分を苛む。
自らを、天使と呼ぶことすら腹立たしい。
だから自分は、”怪物”でなければならない。
強迫観念を自分の中に強く刻みつける。
それが、自分を保ちながら周りに迷惑を掛けない唯一の方法だと信じている。
自分が怪物であると認め、そして距離を取れば、誰にも迷惑がかかることは無い。
だから、こうして孤独を選んだのだと何度も彼は唱えた。
自分に、絆など得る資格はない。
「明日から……どうやって凌ぐか考えなきゃな」
諦観しきった様な声が、誰もいない部屋に響いた。
羽と輪を失い、擦れきった天使の青年。
自身の非力と、残酷な争いの中で壊れていき……
化け物と呼ばれ、なりそこないと自分を嘲笑い続けた天使が少しづつ……少しづつ、ロドスの皆と交流を深めていく。
最初は辛いながらも、1歩づつ。
その少しづつの絆の繋がりから、変わっていく話。
その落ちた影は、とても不器用で、優しく。
後に皆はそう、彼をこう呼ぶ。
ーー片羽の天使、と。
後書きって結構大変……(?)なので、結構短めに。
今回はオリジナルオペレーターがどのようにして関わっていくか、その導入部分でした。
かなり嫌悪感を抱く方も多そうなキャラとなりましたが、これからの成長にご期待ください。