あの地獄のような宣告をされた後日。
また使われていない宿舎の一角で寛いでいた。
きっと面倒なことをさせられる。
命令とはいえ、あまり乗り気ではない。
「……どこにいたかと思ったら、やっぱりここだったか」
気づけば、すぐそこにドクターの姿があった。
しかも、俺の寛いでいるソファから顔を出す形でこちらを見ている。なんか腹立つ。
と言うより、いつからそこにいたのか分からない。
そもそも、俺はあまり一箇所に留まっていないのになぜ分かったのか……
もう俺の行動はすぐに読まれるようになったのかもしれない。
「……で?結局俺に団体行動を取れって言うんだろ?」
「そうだね……話した通り、君には交流を持ってもらいたい。勿論、それを頼む相手に無理無理なことはしていないよ。了承の上だ」
納得させるような口調で俺に話すドクター。
無理無理に相手を探しているようだったら、少し罵るか1発手が出るかのどちらかだった。
まぁ、そんなことはしないだろうが。
ドクターは連れている青いフードを被った女性に挨拶して、と優しく指示をしていた。
彼女が不幸にも俺と関わらなきゃならなくなった者だろう。
「アズリウスと申しますわ。ドクターから、貴方と話してあげて欲しいとお願いされました」
「……彼女もまた、避けられている。同じ様な立場同士、仲良くできると思うんだが」
俺が人に慣れるためのコミュニケーション計画第一回目。
その相手は、俺と同じく避けられていると言う。
正直な所、それはミスじゃないのかと思った。
避けられているもの同士は、自分から交流を取ろうとなど思うわけが無い。
お互いに距離を取るだけで、無駄な時間が過ぎるだけだ。
だが、俺と同じような立場と言うその言葉は訂正した方がいい。俺は人に避けられてもいるし、そもそも人を避ける。
目の前にいる女性は避けられているだけで、本人自体が避けている訳では無い。
その差はかなり大きい筈だ。
自分から人と距離を取る者と一緒くたにされてはたまらないだろう。
「お前は俺よりも先に口を直した方がいいな。その言葉選びじゃいつか敵を作ることになる」
「いや、そんな意図はなかった……済まない、言葉選びには気をつけるよ」
そう陳謝するドクターに首を振る女性。
お気になさらないで、と言う当たりそういう意図として聞いてはいなかったらしい。
悪意を第一に感じる俺とはやはり違う。
まぁ、それならそれで構わない。
本人が気にしていないのなら、それ以上掘り返す意味も無いしこのことに関して責める意味もない。
「じゃあ、今日1日よろしく頼むよ。ある程度慣れてほしい。その為に私が呼んだからね」
そう言って、ドクターはこの暗い部屋を後にした。
気まずい空気の漂うこの部屋から、逃げるようにも見える。
……かと言って、止めようとも思わないんだが。
「……立ったままじゃなくていい。ある程度整理してるから寛げるところはあるだろ」
「いいんですの?」
別に俺が整理しただけであって、俺の管轄ではない。
適当にすればいいだろうに。
そう言うと、彼女は近くのベッドに腰をかけた。
立ったままはさすがに辛いだろうし、それをそのまま放置するのも気分が良くない。
……自分らしくもないが。
「……」
「……」
暫くの沈黙。
俺から口を開くことなど何も無い。
話すことも無いし、話題を作ろうとも思わない。
そもそもこの計画事態に乗り気じゃないのになぜこうやって放置して改善されると思っているのかが分からない。
「……貴方が”死神”……ですか?」
「さあな、だったらどうする」
最初に開いた口がそれだった。
俺の背に付いた、黒い片羽を見ながら彼女は言う。
もはや、片羽と砕けた輪は死神の象徴……
そう言えるような物になってしまった。
躊躇いもなく、遠慮もない言葉にため息を吐いて答えた。
こういうやり取りは珍しくない。
この場所の人間は感がいいのか、それとも戦場で俺を見て確信するのか。
開口一番にそう聞く奴が多い。
肯定も否定もしない。
それが一番楽だ。
別に避けるならそれでいい。
何も言わずにそのまま俺の休憩の邪魔をしてくれなければ。
……とは言っても、そうやって騒ぎ立てる人物には見えなかった。下手に変な奴を連れてこられるよりかはマシかと心で自分を納得させながら、ソファの上で寝返る。
相変わらず居心地が悪いままで、眠れない。
「いいえ、ただ聞いてみただけですわ」
「別に不気味に思うんならそれでいいし、離れたきゃ離れればいい。
聞いてみただけ、という言葉に意外さを感じてしまった。
普通の奴なら、この時点で直ぐに俺を避けるか……それとも何かしらの怯えた様な、嫌がるようなリアクションを取る。
それならそれで向こうから距離を取ってくれるから楽なんだが。
しかし、今目の前にいる女性は何もしない。
本当にただ聞いてみただけという反応だ。
大して話の話題になることも無く、かと言ってこの時間が終わるわけでも泣く。
ただ意味の無い言葉を交わしただけだ。
正直、これでもまだ意思疎通を取ろうとしている方だ。
もしこの部屋に盗聴器でも仕掛けられていたら、ドクターは余計に俺に大して面倒な方法を取るだろう。
上辺だけでも、せめて会話している成りを装わなくては。
「私は無理に来た訳ではありませんわ……私自身、交流は持ちたい方ですの。……逆に、貴方は離れないのかしら。人との関わりを自分から切りに行く人物と聞いているのですけれど」
「ドクターの命令じゃなければ今頃1人でゆっくりしてる。ここに居る以上は彼奴の命令を聞かなねればいけねぇだろ」
不思議そうな表情でそう聞いてくる。
まるで煽られているように聞こえる。
俺はどうやらストレスがもう回ってきているらしい。
突き放すような棘のある口調で理由を呟く。
「でも、何だかんだで話してくれていますのね」
「命令に従ってるだけだ」
「その割には、噂よりも口数が多いようでしてよ?」
「……煩ぇな」
そう言ってそっぽを向くように再び寝返った。
……正直な所を言う。
何かを話さなければ申し訳ないという気持ちはある。
俺が人を突き放したがっているのは事実だ。
俺が他人と関わっても、他人が俺と関わっても。
碌な事などありはしない……
だから、関わりを切ろうとしている。
しかし、目の前の奴をドクターの命令で下らない事に付き合わせてしまっている故に……申し訳ないという気持ちが欠片くらいはある。更に答えるなら、いくら上層部と言えど、俺と関わると言う苦を強いるのはどうかと思っていた。
俺なんかと関わる時間があるなら、他のオペレーターと話していたほうがいい。
その方が本人のためだろう。
俺は面白い話も出来なければ、そもそも良い人間でもない。
人を突き放すことしか出来ないし、不快にさせるだけ。
そんなことに時間を使わせるくらいなら、他のことをさせた方が余程有意義だ。
「……貴方は、私個人をを避けませんのね」
「何の話してんだ」
紡がれた言葉の意味が分からなかった。
個人を避けないと言うとそうだろう。
全体的に人との関わりを持たないんだから。
ただ、そういう意味には聞こえない。
「”毒物”の噂はご存知ないのでして?」
……毒物。
戦場において、毒を以て敵を殺す。
そんな戦い方をするオペレーターがいるという話を聞いた。
大きな外傷を付けず、クリーンに殺す。
確かに恐ろしいような話だ。
だが……
「聞きはする。正体なんざどうでもいいが」
別に気にしたところでどうにもならない。
俺はわざわざそれを敵でもないのに特別忌み嫌おうとは思わないし、特異だと思って無理に近づこうとも思わない。
噂など、結局は当てにならないのだから。
所詮はただの話。
何処までが真実で、何処までが虚構かも分からない。
誰かが尾ひれを付け、余計なことになるように細工した話などに振り回されるのは馬鹿馬鹿しい。
人のイメージをそこまで掻き乱して何が面白いのか。
俺にはさっぱりわからなかった。
「……そういった話題には無関心ですの?」
「興味無いな。別に正体が身近な奴だったとしても変わらない。噂は所詮噂だ。惑わされた所で変に混乱して面倒なだけだろ」
俺に関しての噂は本当だ。
事実であることは変わらない。
だが、目の前の人物の噂は本当かどうかなど分からない。
そんなものに惑わされるほど弱い頭ではない。
人と言うのは、何かを誇張して話すのが好きなのだ。
俺に関しても、目の前の女性にしても。
興味を引きたいのか、それとも嫌がらせなのか。
少しでも自分の中の”普通”と離れれば、すぐに悪い様に蔑称を着け、それを批判し、本人に近づかないように警告し。
とても苛立つ。
本人に被害を加えた訳では無いだろうに。
俺は別にいい。
俺が異常なのはすぐ分かる。
むしろ、俺からそうなるように仕向けている。
俺は……そうでもしなければ、余計に酷いことになる。
だが、彼女はどうだ?
別に大して見てくれが可笑しい訳では無い。
特に異常な行動だって見られない。
戦場で見た事が無い故かもしれないが……
それとも、俺と同じ様に周りから忌まれるような何かがあるのか。いや、なければおかしいとも言える。
そうでもなければ、そこまで言われるいわれはない。
ただ、それを見ていない以上は何も言えないのが現実だが。
「周りに興味を持っていない故に、自分をしっかり持っていらっしゃるのね……」
「誰かの言葉など曖昧で、それが確かな物かも分からない。そんなもので振り回されるのが嫌なだけだ。俺は俺の感覚だけを信頼する」
自分の意思を持つこと。
自分の感覚を第一に動くこと。
戦場で信じられるのは味方ではない。
自分自身だけだと多くの戦場に教わった。
これは通常の会話や、普段の行動にも言えることだろう。
今の噂話にしてもそうだ。
他人の事ばかりを信用する者は、悪意ある他人の言葉に惑わされる。しかし、自分の目を第一に信じるものであれば……それはあくまで話半分であり、悪意ある言葉に囲まれた物でも本当の姿を見ることが出来るはずだ。
わざわざそんな風に悪評を広める奴の事など分かりはしないが、そういう奴の思い通りになるのは癪だ。
だからこそ、悪い話は話半分で聞く。
本当は、別に悪い奴でも無いかも知れないだろうし。
「……確かに、言えていますわね。それを体現するかのような方が、目の前にいますもの。貴方の噂も、根も葉もない物ではないのでして?」
「俺の噂は事実だ。それは間違いない。……何人も殺したし、何人も俺の前で死んだ。……死神の話は嘘でもなんでもない」
きっと奴は俺も噂と違うと言いたかったのだろう。
だが、それは違う。
俺は全くもって、噂の通りだ。
敵に慈悲は必要ないと思っているし、下手な情は死を招くとも知っている。だからこそ、感情を殺して死を運ぶ。
それが死神の在り方。
そこに関しては、ありのままを語っているだろう。
「他人の噂は信じないのに、自分の噂は否定なさらないの?」
「本人が事実と言うなら事実だ。俺は別にそう言われているところに覚えがある。わざわざ見苦しい真似はしない」
彼女は彼女の噂に対して否定的だったのに対し、自分の噂に否定的じゃないことを俺に聞いた。
自分だったら否定する、と言わんばかりに。
俺が気に入らないのは、事実と異なる事を言う者達だ。
俺がもし何もしていないのにも関わらず、民間人を虐殺したなどという根も葉もないことを言うようなら、俺はきっとそれを流した者達に対して非常に口汚く罵るだろう。
だが、俺の話に関してはそうじゃない。
事実を確かに述べている。
それにああだこうだと楯突く気は無い。
事実は事実。変わりようの無いもの。
下手に違うと言い張る方が疲れるし、何より面倒だ。
「私からしてみれば、同じことが言えますのに……貴方はそれでも自分の悪評を否定なさらないのかしら」
「……別にいいだろ。そんな物は勝手だ。自分の噂をを否定しようが肯定しようが」
不思議そうな視線をこちらに向けてくる。
その視線に耐えられなくて、つい強い語気で答えてしまった。
別に悪評を否定しない事に理由なんて無い。
それこそ、それに関して言い合いになったところで水掛け論になるだけだ。
自分の事は自分でよくわかっている、だから否定しない。
そこに何の文句がある。
人の噂を信じないことに特に損は無いだろうに。
それとも、それを頑なに聞くという事は俺と同じように悪く思われたいのか。
人から避けられたいのか。
そんな風にも思える行動だ。
しかし、そうには見えない。
雰囲気的に、だが。
「……そうですわね。つまらないことを聞いて申し訳ありませんわ」
「いい、謝るな。お前の思ったことを聞いただけだろ」
丁寧な言葉で、そんな話を聞いたことに関して謝罪の意を述べられた。
なんだかバツが悪くなって、謝るなと自然に言ってしまう。
別に詮索するなという気が無かった訳では無いが、元からそこまで強く言うつもりもなかった。
悪いのは俺の方だ。
相手は、ただ思ったことを聞いただけだろうに。
そう言うと、奴は不思議そうな顔を浮かべた。
俺が何を言っているのか分かっていないのだろうか?
「……話し疲れた。俺は面倒な奴だと分かっただろ?だから……」
そう言おうとした時、無線に通信が入った。
向かい側に目を配ると、偶然と目が合った。
何とまぁタイミングが悪い。
目を合わせる事には慣れていない。
また気まずくなってきた。
はぁ、と息を吐いて無線に応答する。
「……なんだ、急に通信を入れて。命令は聞いてるぞ」
「ああ、済まない。そこに関して心配が無いわけじゃないが……この通信はそういう意図で入れたものじゃないから安心して欲しい」
あ?と素っ頓狂な声を出す。
こういう時は重要な事柄だろう。
軽口を叩いてはいるが、声は違う。
真剣な時の声だ。
「近辺にレユニオンが活動していることが確認されたらしい。今はある程度偵察してもらっている状態なんだが……アズライル、アズリウスを連れて現場に向かって貰えないか?ちょうど良く連携を取るための訓練だと思って頼むよ」
静かに舌打ちをした。
訓練とはまぁ……
実戦を訓練と言うとは、かなり呆けたか。
しかも相手はレユニオンだ。
下手をしたら、オペレーター内に死傷者が出る。
そんな物を訓練と言うだろうか?
気楽な事だと呆れながらも、命令を反故には出来ない。
「お前は俺を馬鹿にしているのか?訓練と一緒にするな。実戦とあらば上手くやるしかないだろうが。慣れてない事だとしても……」
「まぁ、そう言うと思ってた。指示はこっちで出すから安心してくれ。……アズリウスも、戦闘経験は浅いとはいえ力になってくれるはずだ。よろしく頼むよ」
戦闘経験が浅い。
その言葉に、恐ろしい不安感を感じた。
戦闘経験の浅い者は、その分危険だ。
どんな状況になったら、どんな行動を取るべきか。
そのパターンが頭の中に完成されきっていない。
危機的状況において、最悪の結末を招くかもしれない理由に成りうる。
足手まといになるとか、そういう問題ではない。
もっと別の不安が、俺の中に渦巻いている。
「……どうされましたか?」
「戦闘だ。すぐ近く。……お前を連れて現場に向かえだとさ」
呆れたように答える俺に、動じることなく準備を始める。
通信が入った時から何となく察していたようだ。
苛立ちを隠せないまま、ソファから立ち上がる。
戦闘経験が浅い相手を連れながら上手く戦えるだろうか。
俺には正直、自信が無い。
基本的には単独行動が多かった。
援護をしろと言われる時は、人知れずひっそりと。
自分は施しを受けず、他人には施しを受けさせる。
それが俺のやり方だ。
しかし、今回はその通りには行かない。
共に行き、共に戦う。
その感覚など知っているわけもない。
孤独を選んだ俺には無縁だからだ。
それでも、連れていく以上は……
責任というものが付きまとう。
下手な失敗は許されない。
「……大事なことを1つ言っとく」
「何でしょうか」
一言だけ告げた。
1番大切なことを。
「死ぬのだけはやめろ。……死体の処理は勘弁だからよ」
何を言ったか理解出来なさそうな奴を置いて……
早く行くぞ、とその足を進めた。
一番最初の交流するオペレーターはアズリウスでした。
名前が似ていて、忌まれ仲間でもあるので仲良くできるのでは?と一番最初に来ました。
嘘です。作者が好きだから最初に出しました。
でも仲良く出来そうというのも嘘じゃないんです。
(見苦しい言い訳)
次もアズリウスとのお話です。
次回をお待ちください。