~ 幻創妖奇譚 ~   作:北宮 涼

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『ムジナ』03

 翌日。

 早くに目が覚めたこともあり、いつもよりも早い時間に登校した俺は、昨晩の記憶を頼りに学校の中を軽く散策していた。

 何故こんなことをしているかというと、あの校舎の中で見た人の死体の服装に見覚えがあったからだ。

 信じたくはないものの、もしかしたらという気持ちが働いたための行動でもあるのだが、彼女の……静葉の言葉を借りるならば、恐らく死体を見つけた教室に足を運んでもそれを見つけることは叶わないだろう。

 だがそれであったとしても、自身の為に確認せざるを得なかった。

 あれが夢でないのだというのなら、俺の身の回りで人死にがあったという事になるからだ。

 

「やっぱりなにも無いか」

 

 死体を発見した教室にたどり着き恐る恐る開くが、中の様子は何事もなかった。

 それでも念のためにと教室の中に足を踏み入れ───教室の中央辺りに来た時、不意に足を滑らせて転んでしまった。

 不意の転倒に打った個所を摩りながら立ち上がる。その瞬間。

 

「っ!!」

 

 視界が、一瞬だけ揺らいだ。

 その一瞬。瞬きの間に見た光景は。

 

「し、死体だ……」

 

 昨晩見た光景、そのままだった。

 何の因果なのか、転んだ位置は丁度死体のあった場所だったが、触れようと手を伸ばした瞬間に景色が元に戻ってしまった。

 遅れて伸ばした手で探るように地面に触れてみても既にその場には何も存在せず、何かが手に触れることはなかった。

 

「半信半疑だったけど、これで確信が持てた。目に見えない、触れられないってだけで、昨日見た光景は今も変わってないんだ」

 

 俺は、一つの決意を固める。

 今この学校で何が起きているかはわからないが、あのムジナと言い二日に渡って起きた夜の出来事と言い、危ない事が起きているのは確かなようだ。

 幸いにも巻き込まれたのは俺と瀬川たちと、あの死体の5人だけ。

 ここからさらに増えるかもわからないが、少しでも状況を変えられるならば、やるしかない。

 

「噂を流そう。学校の怪談みたいな感じで、放課後遅くまで残ってると化け物が出て食べられてしまうって感じな噂を流せば、きっと……」

 

 その為には、死んでしまった人を噂として引き合いに出す外ない。

 人の死をバカにするような真似をこれからしなければいけないのはとても嫌だが、そうしなければ、またあの放課後の時のような事が起こってしまうかも知れない。

 下手をしたら先生からも怒られて、そのことが父さんや母さんにも伝わるかもしれないが、それでも。

 

「やらなくちゃいけないんだ。人が死ぬようなことは、防がなきゃ」

 

 守るんだ。俺が、学校の皆を。

 

 

 

────────

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 お昼休み。

 給食を食べた後、俺は昨日の放課後と夜の出来事を共有すべく瀬川達を探した。

 幸いなことに瀬川はすぐに見つかったが、相津と竹内が見つからない。

 聞けば、この二人は今日は今日は学校に来ていないとの事。

 

「朝礼の時に先生が二人とも欠席だって話をしてたでしょ。そのことを聞きに来たんじゃないの?」

「ごめん、考え事をしてて全然聞いてなかった。それと、俺の用事ってのはそれじゃないんだ」

 

 俺の言葉にビクッと肩を震わせる瀬川。

 昨日までの反応とは異なり妙に大人しく、何処か怯えたような表情も見て取れる。

 やはり昨日の放課後のことが原因なのだろう。

 それでも……と、俺は意を決して話を切り出す。

 

「昨日の放課後と───」

「やめて」

「───夜の出来事を……え?」

 

 要件を言い切る前に拒否をされ、一瞬間が開く。

 見やれば、先ほどよりも怯えの表情が強くなっている。

 

「……ごめん。でも、大事な話なんだ。本当ならこの話を今居ない二人にも聞いて貰って協力してほしかったけど、今は瀬川しかいない。瀬川だけが頼りなんだ」

 

 こちらの真意を伝えるためにしっかりと目を見て話を切り出そうとする。しかし……

 

「ごめん。私、その話だけは協力できない」

 

 半ば耳をふさぐようにして両の手を耳にあてがって顔を横に振り、断られてしまった。

 

「……そう、だよな。怖かったよな。こっちこそ、瀬川の気持ちを考えないことを話そうとしてごめん。俺一人で何とか頑張ってみるから、瀬川は何も気にしないでくれ」

 

 瀬川には拒否されてしまった。

 当たり前な反応だ。あんな怖い思いをしたのに、態々自分から関わろうとする方がおかしい。

 でも俺は、昨日の夜に大体の事を知ってしまった。

 知った以上、動く必要はあるはずだ。

 協力を得られない以上、後は俺が出来る限りのことをする以外に他はない。

 

「創英……」

 

 ふと、瀬川から声を掛けられる。

 いつもの『そー君』呼びじゃない所に違和感を覚えて瀬川を見ると、今にも泣きだしそうな表情をしながら、それでも必死な様子で俺を見つめ、こう言った。

 

「たっくんとひでっちね……全然目を覚まさないんだって」

「え……」

 

 突然の告白に耳を疑う。

 たっくんとひでっち……竹内と相津が、目を覚まさない?

 

「今朝ね、二人を迎えに行ったの。たっくんは寝坊助さんだから、早めに迎えに行かなきゃって思って、早くに家を出て、途中でひでっちの家にも寄ったの。でもね、二人ね、起こしても目を覚まさないんだって」

 

 堪え切れなくなったのか、ポロポロと涙を流しながら嗚咽する瀬川。

 唖然としながら聞く俺を前に、それでも瀬川は語り続ける。

 

「様子が変なんだって。ひでっちは早起きさんなのに、目覚まし時計の音にも反応してなかったって、ひでっちのお父さんが言ってた」

「瀬川……」

「たっくんなんか……ぐすっ、寝相が、ひどいのに、寝返りすら打った様子もなかったって。いつもなら声を掛けたら起きるのに、全然起きないって、たっくんのお母さんが……」

 

 涙で目を真っ赤にしながら、しゃくりあげながら……それでも尚、瀬川は必死にしゃべり続ける。

 

「私ね? そー君もね、学校に来ないんじゃないかって思ったの。ぐすっ……あんなことが、起きた後だし、み、みんな、眠ったまま来ないんじゃないかって。き、昨日だって、真っ赤な学校の夢を見たの。ずっと一人ぼっちで寂しくて、怖くて……私、わだじ……うぅぅぅ」

「大丈夫だ、瀬川」

「みんな、死んじゃうの? あの変なのに襲われて、真っ赤な教室の、倒れてた人みたいに……ぁぁぁぁああああ……」

 

 堪え切れなくなってしまったのか、瀬川は大声で泣き始めてしまった。

 そんな泣きじゃくる瀬川の姿に、ふと……『妹』の姿が重なった。

 

(安心させなきゃ───)

 

 強くそう思った俺は……優しく抱きしめながら、頭を撫でた。

 

「ぅえ……」

「大丈夫、誰も死なない。いや、死なせない。俺が絶対に死なせない」

 

 半ば自分にも言い聞かせながら、ゆっくりと頭をなでる。

 そうだ。俺は、俺の目の前で、もう誰も死なせないと誓ったんだ。

 あの時……『あの事故』が起きた日に。

 

「そーえい……?」

「安心してくれ。瀬川も守るし、アイツら二人も絶対に連れ帰る。瀬川のおかげで、何が起きてるかの確証も取れた。なら、後は行動に移るだけだ」

 

 そっと離れてにぃっと笑って見せる。

 今瀬川は、どうしようもない怖さと不安を抱えて押しつぶされそうになっている。

 なら、その恐怖させている相手を何とかして、不安を取り除かなくちゃいけない。

 俺にできることは限られているが、彼女と……静葉と協力すれば、これ以上の被害は出さずに済むはずだ。

 

「一つだけ聞いていいか? その、赤い学校の夢の最後に、女の子は出てこなかったか?」

「え……何で知ってるの?」

 

 涙を拭きながら、俺の問いかけに驚いたような表情で返事をする瀬川。

 その様子を見て、次に会ったときはお礼を言わなきゃなと考えながら、瀬川の疑問に答えた。

 

「俺も同じだからさ。あの子に……静葉に助けられたんだ」

「それって……じゃあ、たっくんとひでっちは……」

「ああ。きっと竹内と相津はまだあの校舎の中だ。たまたま、静葉に見つけてもらえなかったんだと思う。だから俺は今夜二人を助けに行く」

「あ、危ないよ!! それにもしかしたら、ふたりとも、もう……」

 

 俺の言葉を聞いて慌てふためき、パニックになっている瀬川。

 そんな瀬川の両肩を掴み、落ち着かせるために諭すようにして語り掛ける。

 

「信じるんだ。あいつらなら生きてるって。昨日の放課後だってあいつら真っ先に逃げ出してたじゃないか。足だって早かっただろ? きっと頑張って、あの化け物から逃げてるはずだ。でもあんまり時間を置くのはまずい。それに、これ以上俺達みたいな被害者を出すのもダメだ。その為に俺は、放課後に人が校舎に残るような状況は作らないようにしなきゃいけない」

「それが、さっき話そうとしてたこと?」

「ああ」

 

 未だしゃくりあげている瀬川だが、大分落ち着いたのか、もう涙は流していなかった。しかし。

 

(こんな状態の瀬川に手伝わせるのは、いくら何でも酷すぎる───)

 

 そう思った俺は、瀬川に何も気にするなと言い聞かせようとした。だが……

 

「私も手伝う。さっきは嫌だって言ったし、もうあんな怖い思いもしたくないけど、二人が戻って来ないことの方がもっと嫌」

 

 そう言って顔を上げた瀬川の表情には、もう不安の色は消えていた。

 

「瀬川……いいのか?」

「助けてくれるんだよね? 連れて帰ってきてくれるんだよね? 信じてもいいんだよね?」

「ああ。死んでない限りは絶対に助ける。約束する」

 

 そう言って小指を差し出す。

 対する瀬川も、少し躊躇いながら……

 

「分かった。そー君の事、信じる」

 

 俺のことをまっすぐに見つめて、まじないの言葉を交す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆびきりげんまん。

 

      うそついたら、

 

 はりせんぼんのます。

 

      ゆびきった───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「約束、だからね」

「ああ。約束だ」

 

 短く言葉を交わし、俺は、放課後に人が残らないように出来るだけ多くの生徒に噂を流すことを瀬川に伝え、行動に移るのだった。

 

 

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