夜が来た。
俺は、動きやすいようにジャージを着こみ、学校から持って帰ってきた上履きを汚れを拭いて落としてから履いて布団の中にもぐりこんだ。
ジャージは兎も角、上履きを履いたままじゃ寝られなさそうだが、ここ二日間の内に『布団に入って目を閉じれば急激に眠気に襲われる』事を知っているため、予め準備を整えた上で状況に臨もうと考えていた。
「っと、忘れてた」
眠る体制に入る前に、ベッドの脇に用意していたカバンを抱える。
持ち込めるかは分からないものの、無手のままあの学校へ向かうのは流石に不味い気がしたからだ。
因みにこのカバンの中身は、救急セットといくつかのお菓子に、お茶や水の入ったペットボトル数本が入っている。
これから助けに行く二人を思っての内容であり、きっと何も口にしていないだろうから、無事に見つけることが出来たら安心させるついでにこれらのものを渡そうと考えていた。
救急キットについても、もし怪我をしていたならこれで手当てをしようと思っている。
自分が怪我をした時にも使えるだろう。
「よし……それじゃあ、行こう」
意を決した俺は、緊張もそこそこにそっと横になった。
途端、襲われる強烈な睡魔に俺は、自ら身を委ねるように眠りについた───。
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そっと、目を開く。
瞬間、差し込んでくる赤い光に思わず再び目を閉じそうになる。
すぐに周りを見渡し、昨日いた校舎であることを確認。
その後、直ぐに自分の状況の確認に移る。
両手に抱えていたカバンは……残念ながら持ち込むことができなかったようだ。
だが、服装はジャージ姿に上履きと寝る前の服装だった。
「そもそも、ここって腹が減るのかな」
素朴な疑問を抱いたが、そんな事を気にしている余裕はない。
軽く柔軟体操をした後に、俺は行動に移った。
「今回も静葉に会えるといいんだけど……あてにするわけにもいかないか」
出来るだけ足音を立てないよう、忍び足で校舎内を散策する。
昨晩同様すべての教室の扉が開け放たれた状態になっているため、教室の横を通る際も室内に何か異常が無いかを確認しながら行動してゆく。
途中幾度か不定形の黒い何かが教室の中にうごめいていたが、それらに感づかれないよう何とかやり過ごして探索を進めていく。
「ここに来るのも今回で3回目だけど、不気味過ぎて全然慣れないや……竹内、相津、お前ら一体何処に居んだよ……」
段々と心細くなりつつある中、ある教室の中を覗き込もうとした時だった。
「そー君っ!!」
後ろから聞こえてくる声と駆け寄ってくる足音。
内心滅茶苦茶ビビり散らかしながら、勢いよく振り返るとそこには瀬川が走ってきているのが見えた。
「やっと見つかった……怖かった……」
「瀬川、なんで……って、あぁそっか。俺らムジナに魅入られてるから夜になったらここに呼び寄せられちゃうのか」
「うん? むじな?」
「えーっと、あの毛むくじゃらの奴の事だよ。あいつが悪さをするから俺たちがこんな目にあうんだ」
「そうなんだ……」
会話を挟みつつ、先ほど覗き込もうとした教室の中を確認しつつ次の教室へと移る。
中を覗き込むが……
「まただ……あれはいったい何なんだ」
「どうしたの、そー君?」
俺がのぞき込んでいるその下から、しゃがみこんだ状態で瀬川ものぞき込む。
もう何度めかもわからないが、不定形の黒い何かが教室の中をウゾウゾとうごめき回っている。
「ひっ……な、なにあれ」
「わからない。けど、関わり合いにならない方が良いのは確かだと思う」
足音を立てないようにそっと教室の横を通る。ある程度進んだあたりで瀬川にも合図を出して呼ぶ。
俺の行動を見てすぐに察した瀬川は、同じように足音を立てないようゆっくりと歩いて横切ってゆく。
「慣れてるんだね、そー君」
「ん……まぁ、ね」
本当はめっちゃ怖いけど、あいつらを見つけるには避けて通れないから我慢してるだけだ。
けど、それを瀬川に言ってしまえば、瀬川をもっと不安にさせるに違いない。
適度に強がりながら、短く会話を交わしつつ、歩いて回れるところは粗方探しつくした頃には瀬川も幾分か余裕が出てきたのか、ただ後を付いてくるだけじゃなくて周りを見渡しながら行動を起こしていた。
「見つからないね……」
「うん……」
あの黒いの以外は何も変なのがないし、うまく逃げ延びてると思いたいけど……こうも見つからないとなると段々焦ってくる。
あいつら、無事だといいんだが……
それなりの時間を捜し歩いたにもかかわらず見つからなかったため、一度休憩するために何もいない教室の中に入る。
教室の引き戸をゆっくりと閉め、開かないように掃除用具をつっかえ棒代わりにして固定した。
そして改めて状況を整理する。
───今俺たちは五年三組の教室の中に居る。
確認を終えたのは一年生、二年生、三年生、四年生の教室とそれぞれの学年のトイレの中(女子トイレは瀬川と一緒に確認した)。
死体があった教室はまだ確認しに行ってないが、この休憩が終わればそこを見に行く予定だ。
ただ、あの死体は瀬川にだけは見せるわけにはいかない。
だから、俺が中を散策しつつ、瀬川には外を見張っていてもらう形になるだろう。
「そー君、ちょっといい?」
ぼんやりと外を眺めながら考えをまとめていたら、瀬川から声を掛けられる。
どうしたのかと尋ねようとした、その時だった。
ジュルッ……ピチャッ……
ズッ……ズッ、ジュルルッ……
「これ……何の音だ?」
「わかんない……私もついさっき気が付いたの」
瀬川が俺を呼んだのはこの音が原因だという。
変な音は遠くから響いてくるような感じがしたが、あんまり離れた所から聞こえているわけではないようだ。
音の発生源を突き止めるために、恐る恐る教室の引き戸を開いて廊下に顔を出す。
響いてくる音は渡り廊下の先からで、その先にあるのは───
死体のあった教室。
そこまで考えが至った時、激しい悪寒が背筋を伝う。
気づいてはいけない事と一緒に、想像してはならない事にまで考えが及びかけたのを必死に振り払う。
まだだ……確認するまでは、そうと決まったわけじゃない。
そう考えようとするが、2回目の校舎で見たあの死体の様子が頭から離れない。
震える手で出来るだけ静かに、ゆっくりと引き戸を閉める。
俺は、嫌な考えに支配されていく頭をまっさらにするために数度ほど深呼吸をしてから───すべてを飲み込むように一息吸って、覚悟を決めた。
「瀬川……俺はこれから音のする方へ行ってくる。危ない事が起きるかもしれないから、瀬川はここで待っててくれ」
そっと、背中越しに提案する。しかし。
「ううん、ついてく」
直ぐに帰ってきた言葉は、俺の想定したものとは反対の言葉だった。
「俺の話し聞こえてたか? 危ない事が起きるかもしれないから待ってて……」
振り返りながらそう言おうとしたが、瀬川の表情を見て目を見開いた。
「ついてく。だって、約束したもん」
服の裾をギュッとつかみ、両目じりに涙をいっぱいにため込みながら、それでも俺から目を逸らすことなく見つめてくる。
そんな瀬川が発した『約束』という言葉に、俺はハッとした。
そうだった……ああ、確かに、約束をした。
「嫌なものを見るかもしれない。知りたくないことを知ってしまうかも知れない。なにより……ここから先は、きっともう、何も知らなかった頃には戻れなくなる。それでもいいのか?」
俺の最終勧告ともいえる言葉に、瀬川はしばらく迷いを見せた。
俯き、黙り込むが……それでも、次に顔を上げた瀬川の表情からは、迷いが消えていた。
「……本当は待っていてほしいんだけどね、俺としては」
小さくため息をつきつつ、固めた覚悟を新たにする。
先ほど固めた覚悟は、竹内達の生存が絶望的だとした上で、静葉が瀬川を助けてくれることに期待した上での突貫だった。
一旦は絶望しかけた。でも、もう、結末を迎えるまでは諦めない。
竹内達の生存を信じ、瀬川達3人を守り切って、この紅い校舎から生きて脱出する。
静葉はきっとこの音に勘づいてる。聞こえ始めたのはついさっきだったし、今から向かえば合流を果たせるかもしれない。
「───急ごう。元凶は、あの音の源に居るはずだ」
教室の掃除用具入れの中から自在箒を取り出し、頭を取り外して柄だけにしたものを持つ。
あの馬鹿力相手にこれ一本は心もとなさ過ぎるけど、解決方法を知っていそうだった静葉が居るなら、きっと何とかできる。
俺も戦うんだ。戦って、必ずあの三人を守って見せる。守って、そして───連れてみんなで帰るんだ。