◆ side:静葉 ◆
振るわれる前足を後ろに後退ることで避ける。
振りかぶった前足の反動を利用して飛び掛かってくるのを、脇に回り込むことでいなす。
直線的な動き故、引き付けてから回避に徹すれば、横幅にゆとりのない廊下であっても避け回るのに苦労はしない。
「人並みの知能があるムジナも、こうなってしまってはただの獣同然ね」
人の血肉を味わい虜となった個体は、我を忘れたように暴れまわり、食欲に突き動かされるように貪り喰らう。
加えて今目の前に居るのは、折角の狩りを邪魔されたことで怒りに染まったオオムジナだ。
凶暴さは増しているが、その分単純で───
「───御しやすい」
両手を合わせ、広げる。
合わせ広げた両掌の間に一条の"紐"が生じ、その紐をオオムジナへと素早く伸ばして身体を絡めるように捕らえた。
両前足を振り回して紐による拘束を必死に振り払おうとするが身を捩るたびにその紐が絡み、身体に深く食い込んでいく。
「さあ、観念なさい」
ギリギリと音を立ててオオムジナを締め上げていく。
次第に肉へと食い込み始めた紐がもたらす痛みに悲鳴にも似た咆哮を上げ始め、必死に暴れて抜け出そうとする。
その姿に哀れさを覚え、見るに堪えなくなった私は一思いに首を飛ばしてやろうと、紐に込めた『霊質』を一層強めようとした。
その時だった。
───グルァァァァァァァァァァ!!!!!
背後から聞こえる咆哮に驚き、振り返る。
そこには、二体目のオオムジナが、その巨椀を振り上げている姿があった。
◆ side:創英 ◆
静葉の指示通りに6年3組に向かった俺達は、教室の中に異様なものがあるのを見て思わず足を止めた。
紅い光に照らされた室内の中に、まるで切り取ったかのように二つの別の光景が入れ替わるようにして交互に浮かび上がっている。
片方は俺、もう片方は瀬川が、それぞれベッドで眠っている様子だった。
「そー君、これって……」
「出口、だろうな」
そう直感した俺は、まず先に瀬川に行かせようとした。しかしそれを瀬川が拒む。
見やれば、不安そうな表情を浮かべて俺の服の裾を掴んでいた。
(そうだよな、怖いよな)
裾を掴む瀬川の手を握る。
驚いたように顔を上げた瀬川を見つめ、小さくうなずく。
俺のその仕草にこれからどうするのかを察した瀬川は、握っていた俺の服の裾を離した。
「せーので、行くぞ」
「うんっ」
手をつなぎ直し、歩みを進める。
一歩、二歩、三歩───
「瀬川、大丈夫か?」
映り込んだ光景の中に手を繋いだ瀬川と一緒に歩み入った俺は、隣に居る瀬川に声をかけた。
しかし返事はなく……
「瀬川? せが……っ!?」
それ所か、手を繋いでいた筈の瀬川がいつの間にか居なくなってしまっていた。
「不味い、瀬川ッ!!」
いなくなってしまった瀬川を、周りを見回すことで探す。
見えた光景は、進んでいた方向から差す白い光と、その後ろから差し込んでくる紅い光。
どこで逸れたのか皆目見当もつかなかった俺は、瀬川を探す為に紅い光の方へと駆け出した。
「瀬川ッ!! どこだ、瀬川ァ!!」
先ほどの教室に戻ってきた俺は、教室の中をくまなく探して回った。
ロッカーの中から押しやられて倒れた机の裏など、物陰になりうる場所はすべて探したが見当たらない。
途方に暮れ、先ほど入り込んだ『出口』を見ると……
「あ……瀬川」
映り込んだ景色の中に、目を覚まして周りをキョロキョロ見渡している瀬川の姿が映り込んだ。
「よかった、ちゃんと戻れてたんだな」
ほっとして漏れた言葉に、映り込んだ映像の中の瀬川が反応した。
『そー君!? どこに居るの!?』
映像の先から、多少くぐもった瀬川の声が響くように聞こえてくる。
「俺の声が聞こえるのか……?」
『うんっ!! ちょっと変な感じだけど、聞こえるよ!!』
どこから聞こえてくるのかまだ分かっていない瀬川がしきりに俺の事を探しているのが見える。
その光景を見て、ちょっと面白いと思った俺は、同時に肩の荷が下りたように感じ、その場に座り込んでいた。
「今何時かわかるか?」
『うーんと……10時!!』
「そっか、あれから2時間か……」
俺が準備をして眠ったのが8時過ぎ。
瀬川が答えた時間から考えて、あれから2時間経っているのが分かった。
そこから色々と考えが頭の中をめぐり、そして……
「あ、竹内と相津!!」
オオムジナと出くわした事ですっかり失念していたことを思い出した。
だが同時に、もう心配することは無いだろうという思いもあった。
「瀬川、電話で竹内と相津の家に電話してみてくれ。もしかしたら、静葉が二人を送り返してくれているかもしれない」
『へっ? う、うん分かった!!』
瀬川の返事を聞いた俺は、そっと立ち上がってから軽く柔軟運動をする。
準備が出来た俺は『出口』へ入るのではなく、教室の外へと向かおうとした。
『そー君』
そんな俺の行動を知ってか知らずか、瀬川が俺の名前を呼んで引き留めた。
『きっと、静葉ちゃんを助けに行くんだよね』
瀬川の言葉に、一言、背を向けたままうんと答える。
『絶対……グスッ、戻って、きてね。眠ったままなんて、嫌だからね』
くぐもっていて尚泣いているのが分かった俺は、すうっと一息吸って。
───絶対戻る!! 明日、また会おうな!!
はっきりと、大きな声で返事を返した。
『グスッ……うん!! また、明日ねっ!!』
瀬川の返事を聞き、覚悟を───静葉を助けるという思いを新たに固めた俺は、教室を勢いよく飛び出した。