◆ side:静葉 ◆
失敗した。
失敗してしまった。
事ここに至り、懸念すべき事も、考慮に値する情報も得ていたにもかかわらず、私は───判断を、誤ってしまった。
「ハァ……ハァ……うぐっ」
使い物にならなくなった右腕を庇いながら、ただひたすら廊下を駆け、目についた教室の中へと転がり込む。
辛くも背後からの急襲に反応できたけれど、窮地を脱するために払った代償は、深々と肉をえぐられたこの右腕が物語っている。
───ガァァァァァァァァァァァ!!!!!
痛みで心が挫けそうになりながら、それでも歯をくいしばって耐えているけれど、背後から聞こえる二体目のオオムジナが追ってくる音に絶望感を募らされる。
一体目に施した拘束も、今は維持し続けられているけれど、それも何時まで持つか分からない。
集中力が切れたその時が全ての終わりとなることは、深く考えずとも理解出来てしまう。
「は、はは……は……」
ああ、本当に嫌になる。私はいつもそうだ。
失敗できない局面で、いつも私は選択を誤る。
───グルァァァァァァァァァァ!!!!!
一体これまでに、どれだけの後悔を重ねただろう。
どれだけ間違えれば、私は───
「助けて……」
───独り立ち、出来るのだろう。
「お兄ちゃん」
───くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
◆ side:創英 ◆
「へ……?」
間の抜けたような声を上げる静葉の傷ついて弱った姿が、ムジナの大きな身体越しにチラリと見える。
血に濡れた右腕を力なくダラリと下げたその姿は、つい先ほど見た血みどろの姿よりももっと痛々しく目に映る。
その姿に、俺は───
「オラァァァァァァ!!!!!」
───ムジナへ対し、どうしようもない怒りを覚えていた……!!
───ギャァァァァァァァァァァ!!?!?
両手で持った椅子を、全身を使っておもいきり振りかぶり、体重をかけるようにしてムジナの頭に振り下ろす。
雄たけびを上げながら繰り出した、不意を突いた全力の一撃。
さすがのムジナも反応が出来なかったようで、振り向いたその顔面へと奇麗に決まった。
バキリ、と鼻先を叩き潰すように決まったその一撃は、明確な痛手をムジナへ与えられたらしく、悲鳴を上げながら静葉の目の前から転がり退いた。
対する俺はと言うと、受け身の事を全く考えずにぶちかました事で、振りぬいた椅子ごと地面へと叩きつけられていた。
「ぐあっち……つぁああ!! なんのっ!!」
めっちゃ痛いけど負けん気で痛みをねじ込めて、静葉の目の前に立ち、しっかりと言い放つ。
「助けに来たぞ、静葉ッ!!」
のたうち回るように暴れた影響でそこら中に文具が散乱している教室の中で、椅子を再び両手で握り直し、ムジナを見据える。
鼻先から血のような何かを滴らせたムジナは俺を敵だと明確に定めたようで、あれだけ静葉を追い回していたにもかかわらず、今はすっかり俺だけを見つめてきている。
「ブン殴れば怯むってのは分かったんだ、もうお前なんざ怖くねェ!! お前が殺して食った人たちの分まで、殴ってやるから覚悟しやがれッ!!」
大きく振りかぶり、掴んでいた椅子を投げつける。
それを警戒して大回りに避けたムジナの動きに合わせ、今度は倒れた机の脚を両手でつかみ、身体を使って振り回してからムジナの顔面に叩きつけた。
先の一撃で傷ついた鼻先に机の平たい面が深々と叩き込まれ、金切り声の様な悲鳴が再び木霊する。
ぶつけた影響で勢いが完全に死んだ机の脚を手放し、近くに転がっていた大きめのハサミを拾い上げながら離れた位置に構える。
露わになった顔面は、鼻先があらぬ方向へと折れ曲がり、黒みを帯びた体液でぐしゃぐしゃになっていた。
それを見て言い知れようのない嫌悪感を感じつつ、ここからどうしようかと考えていた、その時。
「私が動きを抑える!! だから、狙って!!」
静葉が何かを叫ぶと、左腕から伸びた紐のような何かが瞬く間にムジナに巻き付いた。
「なんだそれ!?」
「説明は後!!」
「お、おうっ!!」
苦しそうに身を捩りながら抑えたと叫ぶ静葉の言葉通り、ムジナの方は確かに動きが止まっている。
明確なチャンスが、生じた。
「オラァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
これから自分がすることと、その末に体験するであろう事に言いようのない悪寒を感じて声が裏返りつつ、それでも腹の底から絞り出した雄たけびに乗じてムジナの前に迫り───
グチュ……
身動きが取れないムジナの眉間に、渾身の力でハサミの刃先を叩き込んだ。