~ 幻創妖奇譚 ~   作:北宮 涼

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『ムジナ』08

 眉間に叩き込んだハサミが深々と突き刺さり、静葉が伸ばした紐のようなものがミチミチと音を立てながらムジナを締め上げる。

 大分動きが鈍ってきたムジナだが、それでもまだ抵抗しようというのか、虚空に伸ばした両前足を闇雲に振り回し始める。

 

「まだ元気があんのかよ!?」

 

 転げながらも鋭い爪に巻き込まれないように一度距離を取りながら静葉の方を見る。

 必死に紐のようなもので抑えつけているが、踏ん張りがきかないのか、ムジナの動きにつられて血濡れの身体を振り回されかけている。

 このままでいれば、何れは静葉の拘束を振り切ってまた襲い掛かってくる。

 チャンスは今、この時だけ。まだ終わってないこの状況を、明確に終わらせられるとしたら……それは。

 

「俺が、やるしかない」

 

 ムジナが暴れたせいで散乱した勉強机へと駆け寄り、脚を握りこむ。

 同時にムジナの方を向くと、紅色の瞳と俺の眼とが通った。

 ミツケタ。ムジナは、そう言わんばかりに大きな金切り声を上げると、今度こそ静葉の拘束を振り切った。

 頭を下げ、四肢を使って犬の様に詰め寄ってくるムジナの、その眉間───依然として刺さったままになっているハサミへ向け。俺は。

 

「くたばれぇぇぇぇェェェェェェェェェ!!!!」

 

 勉強机を、フルスイングした。

 

 

 

 

 

 グシャ……

 

 

 

 

 

 何か硬質なものを砕いたかのような、今までに感じたことのない手応えが手を伝う。

 ムジナは、突進してきた勢いのままに俺を巻き込んで雪崩れ込む。

 巨体に叩きつけた勉強机ごと巻き込まれた俺は、揉みくちゃになりながら廊下の外へと押し出された。

 

 

 

 

 

 ◆ side:静葉 ◆

 

 信じられなかった。ただ、目の前の光景があり得ないもののように思えた。

 助けに来る、確かに彼はそう言った。

 けど、オオムジナを目の当たりにして本当に戻ってくるとは思わなかった。

 普通なら怖気づき、動けなくなったっておかしくないのにも関わらず、彼は。

 

「助けに来たぞ、静葉ッ!!」

 

 彼は、私の前に立ち、背を向けながら、そう言った。

 

(なんでよ……どうして、あなたは)

 

 色んな感情が胸の内でぐちゃぐちゃに混ざり合わさって、何故か溢れてきた涙で視界がぼやけ始める。

 助かったことに対する安堵? それは違う。

 戻ってきた彼に対する怒り? それも違う。

 では、私はなぜ、泣いてるの?

 訳も分からず嗚咽を漏らしそうになりながら、それでもと私は彼を見つめる。

 勇ましく『もう怖くない』と吼えるように言い放った彼の背に、兄の面影が重なった。

 そこで私は悟った。

 あの時の───今よりももっと幼い時に遭遇した、暴走したオオムジナに襲われたときに起きた事と、今のこの状況が、酷似しているんだ。

 

 その時のことを私は今でも覚えている。

 突然の邂逅に怯えきり、腰を抜かして動けなくなっていた私の前に、私とは異なり力を持たない兄は両腕を広げて立ちはだかったのだ。

 『助けに来た』と、そう言いながら。

 しかし、抵抗するすべを持たない兄は、オオムジナの鋭い爪に弾かれて倒れ伏す。

 あまりの光景に恐怖が絶頂に達しかけたその時、兄はあらん限りの声で私に逃げろと言った。

 その声に弾かれるように、私は、這う這うの体でその場から駆け出して逃げた。

 兄の命を犠牲にして、私は、生きながらえた。

 

(まるで……まるで、成長できていないじゃないッ!!)

 

 自覚した『恐怖』に、私は自分自身への怒りの感情を浮かべる。

 また繰り返すのか? 目の前の彼を、勇敢な彼を、兄の時のような形で再び死なせるのか?

 

「く、うぅ……ッ!!」

 

 焦燥を駆り立てるような恐怖を、身を焦がすほどの怒りで塗りつぶす。

 痛みで悲鳴を上げる身体に力を籠め、吹き出す血にすら知らん振りを決め込んだ。

 はっきりとし始めた視界の先では、あのオオムジナに対し善戦している彼の姿が映り込む。

 ひん曲がった鼻先は彼がやったものなのだろう。

 最大級の警戒をオオムジナに向けられ、鋏を手に次の手を考えているように見えた私は、叫ぶ。

 

「私が動きを抑える!! だから、狙って!!」

 

 今一度霊質を練り上げ、両手を叩き合わせる。

 両掌より生じさせた霊質の糸を撚り合わせ、再び"紐"を生み出した。

 それを直ぐにオオムジナへと飛ばし、拘束を試みる。

 

「なんだそれ!?」

 

 驚き見開かれた瞳で私を見る彼に説明は後だと檄を飛ばし、目の前に集中させた。

 ここで足りていない分は私が受け持とう。

 消耗した今の私では首を飛ばすほどの力を発揮できないが、彼ならば……勇気を示した彼ならば、オオムジナを眠りにつかせることができる筈だ。

 そんな私の思いを汲み取ったのか、彼はオオムジナの眉間に鋏を突き刺すことに成功する。

 しかし……

 

「まだ元気があんのかよ!?」

 

 一撃が浅かったのだろうか。それでもオオムジナは止まらない。

 振り回された前足を、転げるようにして飛びのくことで間一髪で回避した彼を見て肝が冷える。

 そのまま襲い掛かろうとオオムジナは強く身を捩るが、それを私は全霊を持って抑え込んだ。

 

(絶対に行かせない。やらせてなるものかッ!!)

 

 全身の霊質をかき集めて抑え込もうとするが、気持ちとは裏腹に体は軋むような痛みで私に訴えかける。

 これ以上の無茶は、私自身の命に係わる。

 だが、ここでこの拘束を解いてしまえば、それこそ私も彼も、このオオムジナに殺される事だろう。

 

「く、うぅぅ……」

 

 固く結んだ意思に反して段々弱り解けていく拘束。

 込める霊質はおろか、もう踏ん張る力すらも尽きかけていた。

 

(ここまで、なの……?)

 

 私が一瞬だけ弱気になったその時、それを感じ取ったかのように、オオムジナは私の拘束を完全に振り払ってしまった。

 まっすぐ、彼へ突進していくオオムジナの背中。

 私は、絶望で目の前が真っ暗になりかけた。

 

「にげ、て……」

 

 震える声を絞り出すように、そう呟くのが精いっぱいだった。

 もう、助からない。彼も、そして、私も。ここで……

 

 

 

 

 

───くたばれぇぇぇぇェェェェェェェェェ!!!!

 

 

 

 

 

 そんな、私の想いを吹き飛ばすような、力強い声が室内に響く。

 その声に驚いて、俯きかけていた顔を上げた私は、眼前に広がっていた光景に今再びの驚愕を覚えた。

 彼が、オオムジナの頭部を見事に砕き潰したのだ。

 自制を失ったオオムジナの身体は、勢いのまま彼の身体ごと廊下の外へと雪崩れていく。

 一瞬だけ血の気が引いたが、のしかかる形となったオオムジナの身体の下から直ぐに這い出てきた彼を見て……再び視界がぼやける。

 今度こそ、安堵の涙が込み上げてきたのだった。

 

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